CALLING

　幻獣界。
　そう呼んではいるものの、それがどういう世界なのか把握しているものはいない。ライフストリームの溜まった空間だとか、星の夢の中だとか、次元の隙間にできた、空間も時間もない、無と無限の混在する世界だとか。まあ、いろいろと考えてくれる人間はいるようだけど。
　でも、召喚獣にとっちゃ、ここがどこかなんてたいして関係ないんだ。
　きらきら輝く青い空間。昼も夜もなく、広さもない。なんにもないから、なんにもすることがないし、ぐうすか眠って過ごすのも結構いる。
　ときたま、ハリネズミ頭の天使がふらふらとやってきては召喚獣の点呼していくけどさ。ついでにおれには説教、セフィロスには釘刺しも怠らなかったりするし。
　そんなわけで、ここでは本当は時間も流れていない。
　だけど、おれたちはもともと人間だったから、ついつい時間で考えちゃうんだよな。眠って、起きて、腹減ったと食事して。セフィロスなんか、きちんと自分の屋敷をぶち建てて（具体的なイメージを湧かせるだけで出てくるんだから便利だよな）、鳩時計も置いちゃってさ。飛び出してくるのがチョコボだってところが気に入らないけど、午後のお茶の時間もぴっちり決まっている。
　紅茶の種類なんて、おれ、わからないけど、セフィロスは大抵、おれ好みのものを出してくれるし、必ずチョコボ型が混じっているクッキーやビスケットもおいしい。
　ふたりでチェスしたり、トランプやったり、まあ、たまには取っ組みあったり。
　ただ、この世界ってどうにも……。「暇だ」
　呟けば、セフィロスが読んでいた本から顔をあげる。分厚いハードカバーに見せかけてはいるけど中身はピーナ○ツだ。おれ、知ってるんだからな。
「暇なら遊びに行けばよかろう」セフィロスはまた漫画に目を落とす。
　遊びに行こうにも、勝手に星に降りるのは禁止されてるじゃないか。ザックスはあれで抜け目がないから脱走もひと苦労なんだぞ。「なあ、あんたは遊んでくれないわけ」
「俺はいま、ウッ○ストックに夢中なのだ」
「あんた、鳥好きだよな」
「黄色いのはな」セフィロスはしっしっと手を振った。「とにかく邪魔をするな。俺は忙しいのだ」
　むか。
「犬が野球やってるのが、そんなに面白いのかよ！」
「面白いぞ」
　くそう。「野球ぐらい、タイタンだってできる」
「この犬はスケートもやるのだ。アイスホッケーも、スキーも」
「そのくらい、シヴァだって……ああ、いや、氷を量産するぐらいか」クラウドは拳を握ったまま足もとを睨みつけて唸った。「……わかった」
　セフィロスがやっと訝しげに顔をあげる。
　クラウドはすっくと立ちあがり、そばを漂っていたカーバンクルをひっ掴まえ、それでセフィロスを指し示しながら挑戦するように宣言した。「どうせ暇こいてんだ、みんなでウィンタースポーツやろう」
　セフィロスはじっとクラウドを見つめてきたものだ。「……毎度のことながら、おまえの考えがどこへ向かうのか、まるで予想がつかんな」
「なんだよ、やりたくないか？」クラウドはカーバンクルをぶらぶら揺すった。「やりたいよな、な？」
　カーバンクルは逆さまにぶら下がったまま、こくこくと頷く。
「じゃあ、全員集合だ。スキーにスケート、スノーボード、カーリングにバイアスロン、リュージュ！」
　セフィロスは溜息をつき、本を閉じた。「ひとつ訊きたいが、それらの競技を誰がやると？」
　クラウドはにっこりと笑った。「参加する？」

＊＊＊

　リヴァイアサンが大津波を起こし、シヴァがそれを凍らせ、あっというまにリンクができあがる。タイタンが山を造り、オーディンが雨を降らせて、やはりシヴァがそれを雪に変えた。積もった粉雪は瞬くまにスキー場を形成する。
　セフィロスは腕組みし、どかどかと造りあげられていく白銀の世界を眺めやった。
　これほどのバイタリティーがあるのなら、わざわざ召喚を待たずとも、こいつら、自力で現実世界に行けるのではないか？
「始めるぞ！」クラウドが獣たちの中心で叫んでいた。「チーム分けは、さっき決めたとおりだからな。ちゃんとルール守れよ……あっ、フェニックス、あんたはだめだよ、競技場が溶けちゃうじゃないか。イフリートは〈地獄の火炎〉ぶっ放さなきゃ参加してもいいけど、あんた耐えられるのか？　あ、そう、我慢する？」
　そんなわけで、まずはスピードスケートが始まった。
　ブラザーズが兄弟喧嘩をしながら氷の上をぐるぐるまわり、ラムウが腰に手を当てながら、すすすと滑っていく。トンベリがこの競技に挑戦しているのは、どこか間違っているな。サボテンダーも、忙しく走っている割にはちっとも位置が動かない。
　その彼らを蹴散らかし、グラシャラボラスが駆け抜けていった。
　セフィロスはその行方を目で追う。「……反則ではないのか？」
「しょうがないだろ、あいつはああいう走りかたなんだから」クラウドはあまり気にしていないらしい。「ハンデつけような。トンベリは〈みんなの恨み〉を使っていいぞ」
「やめんか」
　今度はアイスホッケーだった。オーディンが六本脚の馬を駆使して得点王になるかと思ったが、相手側のゴールキーパーがアレクサンダーだ。これは鉄壁というもの。クジャタが興奮して地団太を踏み、イクシオンが対抗して雷電をまき散らす。
　試合どころではなくなったのでバイアスロンに変更した。
　ナイツ・オブ・ラウンドの連中が交代で距離を稼ぐものだから、たちまち失格、リタイア。もういいというのにシヴァとセイレーンが並んで射撃を繰り返し、いつまでも決着がつかない。女の戦いがどこまで発展していくかを恐れて、みな遠ざかった。
　ハーデスが自慢の釜で作ったシチューで食事を摂りながらフィギュアスケートの観戦。
　可愛らしいカーバンクルやモーグリダンス、チョコボの踊りを堪能したあと、エデン、バハムート、アークと空中で舞い踊る。というか、すでにその時点でスケートとは言えないだろうに。
　タイタンとイフリートがペアで出てきたところで、みな目を逸らし、カーリングの準備を始めた。
　しかし、これもパンデモニウムとテュポーンが風を起こして反則。
　セフィロスは、ついに吹雪と歌声で戦いはじめたシヴァとセイレーンを遠目に見やりながら大きく溜息をついた。いまではアニマまで参戦しているようだ。
「クラウド、いいかげん無理があったと認めないか？」
「そんなことないよ、みんな楽しんでるじゃないか」クラウドはスノーボードをぽんと取り出した。「おれたちも行こう」
「おれたち？」
「なんだよ、やらないのか？」
「この俺に、そんな板に乗れと言うのか」
「だったら、なにで決着つけるのさ」
「なんの決着だ」
「わかった、板じゃなきゃいいんなら、じゃあ、犬橇な」
「だから、なぜというに……聞いとらんな、おまえ」
　クラウドはうきうきとフェンリルに橇を繋げ、跳び乗った。セフィロスもしぶしぶ、ケルベロスを引っ張って並ぶ。
　セフィロスは犬代わりの召喚獣を見比べた。「体格的に無理があると思うが、ハンデをやろうか？」
「ふふふーん」クラウドはちっちっと指を振った。「ケルベロスがあんたの言うことを素直に聞くと思ってるのか？」
「なんだと？」手綱を握りながらセフィロスは眉を寄せた。
　クラウドはとっとと走り出す。鞭も当てず、掛け声もなくフェンリルを操るところは、さすがクラウドと言うべきか。
　いや、感心している場合ではない。出遅れてしまった。「ほれ、走らんか」
　ケルベロスは三つの首をそれぞれ別々の方向にむける。橇は動かなかった。
　セフィロスは正宗を掲げる。「鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ケルベロス、などと俺が言うと思うか？」
　ケルベロスはそれぞれ、ちょっとだけ顔色を黒くさせた。
　セフィロスはたたみかける。「鳴かぬなら、鳴かせてみせよう、ケルベロス、でも甘いかもしれんな」
　ぎくしゃくと地獄の番人は足を蠢かす。
　セフィロスは正宗で空(くう)を払った。「最後のひとつを言わんとならんか？」
　召喚獣は走り出した。

＊＊＊

　フェンリルは溶けかけている雪の上をまっすぐ走っていく。
　クラウドは橇の上で手綱を握り、上機嫌だった。
　びゅんびゅん通りすぎる景色は、雪以外なにもないからちょっと物足りない。セフィロスに言って、森のひとつやふたつ、拵えてもらえばよかったかもしれない。
　そんなことを考えていれば、横手をどどどっと雪を蹴散らかし、モーグリを乗せたチョコボが追い抜いていった。
　あいつ、なにか乗せてれば競技に参加できると思ったのかな。
「フェンリル、負けるな！」
　高く吼えながらフェンリルは速度をあげた。
　行く手はやや上り坂、シヴァの吹雪が彼女のご機嫌どおりに吹いたせいか、ところどころぽこぽこと瘤ができている。
　ときおり撥ねる橇の上でタイミングを合わせて体重を移動しながら、クラウドはちょっとだけ冷や汗をかいていた。フェンリルに橇のほうの状態を考えろとは言えないし、言ったことを理解したとしても、たぶん考えていると立ち止まってしまうだろう。
　と、突然、召喚獣チョコボを撥ね飛ばすほど勢いよく氷の柱が立ちあがった。黄色い鳥は面食らって鳴き叫び、あちこちでたらめに走りまわる。
　それに驚いてフェンリルが急激に方向転換し、クラウドはついに放り出された。ちくしょう、セフィロスのブリザガぐらいで混乱するんじゃないよ。
　クラウドは空を飛びながら、目の隅にケルベロスを追い立てるように迫ってくる黒い鬼神の姿を認めた。
「魔法使ったんだから、あんた失格だぞ！」クラウドは叫び、やけくそに近い気分で魔力をかき集めた。「コメット！」
　どんどん、と雪に埋もれていく隕石のあいだを、セフィロスはなお駆け抜けてくる。「フレア！」
「だから使うなって言ってるんだよ――リフレク！」
　クラウドの目の前に炸裂するはずだったフレアは、きいんと歪んだ音を立てて一瞬、青い光を描き出し、近くのジャンプ台で気持ちよく飛んでいたヴァルファーレに撥ね返った。
　怒ったヴァルファーレがでたらめにシューティング・レイをまき散らしはじめる。
　フィギュアスケート空中シングル決勝戦の真っ最中だったバハムートがちょっとむっとし、エデンが容赦なくエターナル・ブレスを吐き出した。
　クラウドは雪溜まりに落ち、モーグリの助けを借りてなんとか上半身だけ抜け出せた。その上をチョコボが走っていく。あの野郎、チョコボのくせにおれの頭を踏みつけていくなんて。あとで憶えてろ。
　あたりがにわかに騒がしくなったのでケルベロスが落ちつかなくなったらしい。セフィロスの橇は止まっており、鬼神は顔をしかめて騒ぎのほうを見やった。
「召喚獣同士で戦争でも起こすつもりか」
「みんな、まだ子どもだからなあ」クラウドは雪に埋もれたまま頬杖をついた。「ずるした、しないで、すぐ喧嘩するんだから」
「それはおまえも同じだろう」
「なんか言った？」
　のんびりとしているうちにも火種はほかの召喚獣たちへと次々に飛び移っていく。反則を取られていじけまくり、十三人で円陣を組んでいた騎士たちがここぞとばかりに暴れ出すと、メーガス三姉妹が対抗する。
　もともと女の戦いを繰り広げていたシヴァとセイレーン、そしてアニマは、いまではそれぞれ、なにをやっているのかわからないぐらいに興奮していた。
　アレクサンダーとパンデモニウムが仲裁に走りまわっているが、どうも追いつかない様子。
　マイペースにまだスケートをやっているラムウ。ご機嫌でところ構わず走りまわっているグラシャラボラス。喧騒のひどいところへ飛びこんではひっかきまわしているチョコボに、のたのたと地面を歩いているがゆえにブラザーズに踏みつけられ、みんなの恨みをまき散らすトンベリ。
　イフリートとタイタンが華麗なペアスケート演技を披露したにもかかわらず、すべてから無視されて怒髪天を突いたらしい。地獄の火炎が一部の召喚獣を燃やし、大地の怒りでスケートリンクがひっくり返った。
　そうした光景を眺めながらクラウドは頭の上にカーバンクルを載せ、モーグリとともに並んで溜息をついた。
　そりゃさ、静かで暇だから始めた競技会だけど……ここまではじけてくれると、なんか疲れるよな。
　クラウドはセフィロスを見あげた。「帰ろっか」
　といっても、セフィロスがイメージで作っている屋敷にってことだけどさ。
「連中をこのままにしてか？」セフィロスが、くいと指を上に向ける。「あとでまた、幻獣界管理官が怒鳴りこんでくるぞ」
「どうせ、もうばれてるし」クラウドは、よっこらしょと雪の中から這いあがった。「だいたい、ザックスはうるさすぎるんだよ。自分だけ、さっさと天使になって高みの見物決めこみやがって。そのくせ、口出しするの好きなんだから」
「なぜ俺たちは天使になれんのだろうな」
「うん、変だよな。おれたち、こんなに強いのに」クラウドは火柱が立っている召喚獣たちのほうへと背を向け、セフィロスとともに崩壊しはじめた雪の斜面をくだり歩いた。「天使になったら自由に星に降りられるって、ほんと？」
「その代わり、戒律が厳しいぞ」
　クラウドは首を傾げた。「どのくらい？」
「一日一食、一汁一菜、肉を食ってはいかんとか」
「あ、それパス」
「おまえは天使にはなれんな」
「あんたもね」
「それならむしろ、おたがい、おそろい片翼のままでいいではないか」
「おれ……それもやだ」クラウドはばたりと倒れ伏した。
　ああ、もう、そのうち、ほんとにこの世界から脱走してやる。
　幻獣界から抜け出して、誰かの命令でなしに、おれ、自由に冒険するんだ。
　クラウドは明るい星の世界へと想いを馳せた。

THE END.

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