REGENERATION

１

　そこは海も山もあり、空には太陽がひとつ、青い月と赤い月とがある、ごく普通の星に見えたものだ。
　だが、いろいろと不可思議な現象があった。
　常に霧が大地を覆い、それに触発されて異常進化したモンスターがそこかしこに棲息しているのがそのひとつだ。進化軸にも食物連鎖にも溶けこめないそれらの獣は人々を遠慮なく襲い、殺しまわる。人々は高台に町や村を築き、獣たちの脅威に怯えるように暮らしていた。
　それでも戦乱はやまなかった。人の住める地域が限られているので土地争いが激しいのだ。特に第九次リンドブルム戦役と呼ばれる大戦では多くの人命と文明が失われたらしい。それでもまだ国は残っている。
　いつのときも彼らはそうして争い、再建し、また争い、勝者と敗者を生み出していくのだろう。
　だが、セフィロスにはどうでもいいことだった。彼はただひたすら金髪の子どもを捜してこの星の上をさまようだけだ。
　それでも文無しというわけにはいかないのが人間社会の窮屈なところである。立ち寄った町や村でちょっとした力仕事や護衛などを請け負いつつ、そのつど接触する人間たちからそれとなく情報を集め、彼は大陸の北方にあったアレクサンドリアから西へと移動していった。
　山脈にかこまれた砂漠に出ると、その中心に天高く聳える砂の柱が立っていた。といっても砂の堆積というわけではない。それはつむじ風のように渦巻き、だが、移動することも途絶えることもなかったのだ。
　不自然極まりないその現象はやはり魔法だった。砂嵐を強引に突っ切ってその中にあった町に入れば、そこはクレイラと呼ばれる都で、外界から完全に孤立して生活を営んでいるという聖地だった。わずかな行商人だけがこの街と取り引きをしているらしい。
　この都は砂漠の中にあってオアシスのように水も樹木も豊富だった。食べるものは少ないが、ネズミに酷似した亜人種たちはそれほど食物を必要としないらしい。充分に自給自足できるようだった。
　砂嵐はかつてアレクサンドリアを襲った召喚獣、それを喚(よ)び出した宝玉のかけらで起こしているという。星の力を引き出すマテリアと似たような性質を持つものなのだろう。その宝玉の力がライフストリームを噴き出させ、風を竜巻状に起こして砂の結界を作っているのだ。
　そしてセフィロスが金髪の少年について初めて情報を得ることができたのがこの街だった。
「ああ、それなら」と竪琴をぱらぱらとはじきながら吟遊詩人らしいネズミ族は言った。「たぶんクラウドのことだろう」
「クラウド……そう名乗っているのか」
「なんだい、名前も知らないで捜してるのかい？」そして詩人は竪琴をはじく手を止め、セフィロスを見あげてきた。「金髪に不思議な輝きの青い目。十五、六歳くらいかなあ。明るくって元気な子だった。よく食べたしね」とくすくす笑う。「いいんだ、人間はみんな食べるから。あの子は名前のとおり雲のように自由で、雲のようにくるくる印象が変わったよ」
　十五、六歳にまで成長した姿など知らない。だが、話に聞く限りではあのクラウド・ストライフにうりふたつだ。
　セフィロスは詩人に訊いた。「どこにいる？」
「もう、この街を出てったよ。やっぱり食うものがないのはつらいってさ」
　天界でもよく腹をすかせていたものだが……育ってもあまり変わりはなさそうだな。
　セフィロスはクレイラをあとにし、北の海岸線に出た。
　霧でけぶった海のむこう、ソルジャーの目にはうっすらと大陸の線が見える。やはりあそこでも霧が充満しているのだろうか。
　彼は灰色の海原を見渡し、ぐるりと東から西へと視線を移していった。
　そしてふと眉をひそめる。
　かなり遠いが、天にまっすぐ聳える細いものが見えた。おそらく、それそのものが光っているのだろう。でなければセフィロスの目にさえそれが捉えられたかどうかの細さだ。
　クレイラと同様に魔法の結界かなにかだろうか。
　セフィロスはなんとなく、そこにクラウドがいるような気がした。
　彼がああいう不自然なものに興味をいだく子どもだったかどうかは、はっきりと思い出せない。だが、食べものがないと文句を言いながらもかなり長いことクレイラにとどまっていたことを考えれば、あそこをめざしている可能性は大きいだろう。
　もっとも、クレイラで聞いたクラウド少年が彼の捜し求める赤ん坊と同一人物かどうかはセフィロスにも確信は持てないことだ。だが、行ってみるしかない。それしか彼にできることはないのだから。たとえあの赤ん坊を捜す理由がわからなくとも。
　しかし、おそらく交通機関はないだろう。人々は高台で暮らしているのだ。標高の低い場所には常に霧が伴なうため、電磁気によるレーダーの発達していないこの世界で目隠し状態で海に船を出す無謀者はいなかった。
　セフィロスは海岸線をしばらく歩き、山脈の入り組んだ、町も村もまったく見あたらない場所へと出た。もともと人口の少ない世界だ。近くにあるのは外界から遮断されたクレイラという国だけだし、この霧の下でなにが起ころうと誰かが感知することもないだろう。
　彼は意識を集中し、魔法を思い出そうとした。ライフストリームに接触し、その流れを辿る。
　彼の感覚は、やがて天界らしい特異空間に行き当たった。
　そして、「バハムート」と呟く。
　ライフストリームが大きく波打ち、特異空間とのあいだに道を形成する。
　セフィロスは苦笑した。この召喚魔法でできた道、その入口があの虚空点だったのだ。天界でのライフストリームの状態など関係ない。シヴァもアレクサンダーも、ただ喚(よ)ばれただけなのだ。
　だが、召喚する者に襲ってくる魔法の反動はものすごかった。確かに、マテリアに代わるなんらかの媒体がなければ直接扱える者など人間の中にはいないだろう。
　セフィロスはわずかに後悔した。このまま喚び出して、もし制御できなかったらと考えたのだ。
　だが、バハムートは虚空から現われ、空をぐるりとループしつつセフィロスのもとへ降り立った。大きな翼でかなり強い風を起こし、彼を吹き飛ばさんばかりにしたのは単なるいやがらせかもしれない。
　なんの用だとばかりに、じろりと睨んでくる竜王。
　セフィロスは問答無用に彼の背に跳び乗った。「あの光の線が見えるか」
　竜王は返事の咆哮ひとつせず飛びあがった。この召喚獣は一度だけでもセフィロスを振り落としてみたいに違いない。わざと乱暴に飛行し、宙返りさえする。
　しかし、セフィロスは落とされなかった。
　巨大な竜はやがて、いやがらせを諦め、まっすぐ天に聳える光の線をめざしていった。