REGENERATION

１

　ライフストリームはどこへ向かって流れるのだろう。
　人の魂はどこをどうめぐって星に還っていくのだろう。
　ずっと考えていた。
　自分にはまだ辿りつけない、その約束の地のことを。
　いつもいつも。
　だから旅を続けた。
　いつでもどこにでも自由に行けるから。
　ただときどき、なにも自分を縛るものがないことが寂しくなるだけ。
　自由でいたい。でも、誰かに呼び止めてもらいたい。
　孤独というのでなく、どこかしら物足りない自由ばかりがこの手にあるんだ。

＊＊＊

　クラウドはぼんやりと飛空艇のコックピットから下を見おろしていた。雲を透かして見るガイアの海は広大で荒々しく、揺動する波は躍動感に満ちている。
　この星の地殻はまだ安定しているとは言えず、北のほうではいまだに造山活動が活発だった。東では地震が多発し、北の〈閉ざされた大陸〉では、地元の住人がグルグ火山と呼ぶ灼熱の洞窟を抱える山が生まれたての悲鳴をあげている。
　隆起する山脈、消えていく小島。嵐が駆け抜け、台風はゆっくりと星をめぐり……だが、それらの自然の活動はどこかしら泣きたくなるほど必死な様子に見える。
　大量に生み出されるはずの生命、魂。それらが生まれようとする先から枯渇していくその虚しさを、荒ぶる自然活動で騒ぎ埋めつくそうとしているかのよう。
　不自然な星の状態。不安定なライフストリーム。
　いつかそれが不自然でなくなる時が来るのかもしれない。霧の大陸に住む人々が高台でしか生活できないことになんの疑問も持たなくなったように。
「具合が悪そうだな」手すりにぶら下がるようにしてフロントガラスを覗きこんでいたクラウドに、セフィロスが遥か上から声をかけてきた。
「具合の悪いやつにそういうこと言うと、本当に具合悪くなるからやめろ」クラウドはぼそぼそと応えた。
「酔うとわかっていただろうに……まさか、本気でテラに行きたかったから飛空艇に乗せてもらうなどという条件を出したのか？」
「うるさいな」言うもんか。
「俺のためだとしたら、すまんのひとことぐらい言ってやろうかと思ったのだが」
　クラウドはセフィロスを見あげた。無表情に近くはあるが、やや神妙な顔つき。「やめろ。あんたらしくもない」
「俺らしくとは言うが、どうすればおまえの俺になる」
「誰がおれの俺で、俺がおれ……」クラウドは舌打ちした。「ああ、もう、わけわかんなくなってきた。とにかく、あんたはそんなこと考えなくていいんだ。おれがあんたのためになんて当てこすったら、仕返しとばかりに礼を言おうとかいって冷笑してりゃそれでいいんだよ。相手の苦労に同調して眉間に皺なんか寄せるな、馬鹿」
　セフィロスは俯き、指で目のあいだをこすった。「寄っていたか？」
「もういい」やりにくいな、ちくしょう。「そんなことより、怪我人はおとなしく医務室で転がってろ」
「勝手に人の血を抜きたがる機械どものあいだにいるのは好かん」
　クラウドは身を起こし、身体ごとセフィロスを振り返った。
　肩から腹にかけてぐるぐる巻きに包帯でかため、左腕はそれといっしょに固定されている。局部麻酔でそのあたりの神経を殺しているために、固定しなくてもうまく動かないのだ。かためられているのは不快だろうが、腕を無造作にぶら下げてあちこちぶつかって歩くよりはましだった。
「身体を調べようとしてるのか？」クラウドはセフィロスからさらにその後方、艦橋のいちばん上の指揮フロアにいるガーランドを見あげた。
　黒いマントに甲冑にも見えるボディスーツを身にまとい、闇々(くろぐろ)と立っている老戦士。
　薄く彫られた皺のある顔を向け、ガーランドは無表情な目をクラウドに下ろした。「カルテを作るための最低限のプログラムだろう。私は指示を出していない」
「ふうん」クラウドは両腕を後ろで手すりにひっかけ、そのままずるずると足を投げ出した。ぶら下がるような恰好になる。
「だらしのない」セフィロスが注意してきた。
「気持ち悪くて立ってられないんだよ」
「気の持ちようだろうが」そう言いながら、ふと思いついたように後方へ親指を立てる。「むしろ俺の代わりに医務室で寝てきたらどうだ」
「そうしようかな」クラウドはちょっと本気で考えた。
「実験か解剖されるとは考えんのか」セフィロスが顔をしかめる。
「慣れてるし」
　セフィロスは横を向いてそっと吐息をついたらしい。嫌味だと思ったかな、それともまた同情してるんじゃないだろうな？
「慣れているとは？」ガーランドが聞きとがめたようだった。指揮台からゆっくりとおりてフロアをまわってくる。
「おれもこいつも実験の産物だからさ」クラウドは軽くセフィロスを示してみせた。
「クラウド」セフィロスが鋭く咎める。
　クラウドはセフィロスを見あげながら、ぱたぱたと手首から先だけを振ってみせた。「なにを心配してるんだか知らないけどさ、どれだけ血を抜かれたって平気、平気。ちょっと貧血に悩むぐらいが関の山じゃないか？」
「誰がおまえの貧血を心配している」
「なんだよ、心配してくれないわけ？」
「おまえは……さっきと言っていることが正反対――」
「おまえたちもジェノムなのか？」ガーランドの声が割りこんだ。
「惜しい」クラウドは笑った。
「それは配偶子(ゲノム)のことか？」セフィロスがほぼ同時に訊き返す。
「ジェノム。遺伝子情報(ゲノム)を保存する純粋な器のことだ」ガーランドはまじめに応えた。
　クラウドは笑いを止める。一瞬、意識が遠くなったような気がした。「もしかして、おれにはわかんない話かな」
「そうだ」ときっぱり言うセフィロス。
「馬鹿にすんな！」蹴りあげようとしたが、手すりにぶら下がったままでは彼のコートの裾にも届かなかった。ちくしょう。
　確かに、正直言って自分の遺伝子だのなんだのという話でもよくわからない。おれは母さんの子で、自分の中にジェノバが入っていて、いろいろ便利な身体になった、それぐらいの理解が関の山だ。
　ガーランドが前方に顔をあげた。「そろそろゲートに突入する」
　クラウドは両足をついて立ちあがり、手すりに掴まりなおしながら振り返った。
　フロントガラスのむこうには海と大陸の一部、そして小さな輝く島が見える。細い光が天にまっすぐ伸びていた。
　近づくにつれ、その光はどんどん横へと広がっていく。この飛空艇のカモフラージュにまとっている黒雲を吹き払うようにそれは正面から押し寄せ、彼らを呑みこもうと視界いっぱいに膨れあがった。
　クラウドは目を細めながらまっすぐ正面を睨みつけた。