DISSIDIA CAMPUS

「いや、このあいださあ、実験器具壊したとかで、クラウドとスコールが闇の神殿の罰掃除やってるところに出くわして」
　オニオンナイトがジタンやバッツを相手にそう話しているのが聞こえてきて、スコールはカオス神殿の柱の陰で思わず足を止めてしまった。
「どっちも破壊しまくり、吹き飛ばしまくりのタイプだろ。闇の神殿の柱、きれいさっぱりなくなってて隠れる場所もなくてさ。そんでもって、ふたりして剣を肩に担いで無言で振り返ってくるんだ」オニオンは自分の腕をこすりながらぶるりと慄えたようだった。「いや、べつにあのふたりがなにかするとか考えたわけじゃないけど……ほら、ぼくはいちばん小さいし。だから勝てない相手とは戦わないって言ってるけど、あれは勝てるとか勝てないとか、そういう問題じゃないよね」
「罰当番させられて不機嫌なふたりの前に立つのは、オレでもやだな」
　ジタンがそう応えているのを聞きながら、スコールはそっとその場を離れた。
　聞こえてしまったというだけで盗み聞きをしていたわけではないのだから、堂々と通り抜ければいいのだが……。
　スコール自身は、クラウドについて個人的にどうのと思っているわけではない。ただ、無口だ、無表情だ、不機嫌だと、妙に並べられて語られるのがちょっと面白くない。
　そういえば、あいつとはあまり手合わせしたことがないな。ティーダやフリオニールなどは自己鍛錬に余念がないから、暇があるとちょっとつきあってくれと、なんのかのとバトルしてみることもあるが……クラウドも俺も用がないと挨拶ひとつしないし、それじゃあ、ちょっくらやるかなんて話に持っていきようがない。
　しかし、あの大剣は要注意だ。特に元気なうちにＥＸモードにチェンジされると厄介。アルテマウェポンは本人の状態によって攻撃力が倍にも跳ねあがるからな。まあ、破壊力があるといえば歴史のガーランドもそうなんだが、クラウドは小柄――俺よりは小さかったはず――だから、あの先生ほど動きが鈍いわけじゃない。あの重量のある剣を持っているせいか、さすがに攻撃速度は俺のほうが遥かに速いが、移動も跳躍力も俺とほとんど同じ、隙もそれほどない。月牙天昇や超究武神覇斬Ver.5に捕まったりすると、最後まで打ちこまれるうえ、天井だの壁だのに叩きつけられる。
　たぶん装備をきちんと整え、対処法を研究して挑めばいいんだろうが、そもそもあいつをバトルにひっぱり出すのが骨だ。勝負を申し込んだところで、「なぜ、俺たちは戦うんだ」と訊かれたら、ちょっと答えに詰まる。あいつはいつも答えにくい質問ばかりするんだ。ティナはよくよく引っ張り出しているみたいなんだがな……彼女から頼んでもらうという手もあるか？　いや、そのティナを説き伏せるのがまた大変だ。彼女もぶっ飛ぶときは手がつけられないが、普段はバトルは敬遠しがちだし。
　そんなことをぶつぶつと考えながら、スコールはいつしか月の渓谷に入りこんでいた。
　そうして彼は立ちすくんだのだ。
　星の光に照らされた静謐とも言える景色の中、凹凸の激しい地形に見え隠れして、大量のイミテーションやら外部からのバトル要員やら……ぽつぽつと瀕死になって倒れている。
「これは……？」とスコールは唸った。
　この場所で相当長い時間、ありとあらゆる挑戦者を迎え、バトルエントリーを繰り返した結果というしかない。
　いったい、誰が？　いや、誰であろうと、もしかしたらいまも、相手を求めてここで戦っているやつがいるのかもしれない。
　ガンブレードのグリップを無意識に握りながらスコールは足を踏み出そうとした。
　その彼の上に月の光を遮って影を落とし、少し高い位置の岩棚に立つ気配がある。
　はっと振り仰いで見えた、いちばん最初のものは――
　長い金の髪。そして艶を波打たせながら風に踊る薄紫のドレス。
　……女の子？
　ドレスもその髪も若干の返り血で汚れているものの、その細い両手には武器が見あたらない。右手に香水瓶を持ち、左手には猫の人形のようなものをぶら下げていた。
　白い顔をこちらに向けて見おろしてきた彼女の目は青。珍しくはないが、まさに磁器人形のような、ガラスか水晶のような目だ。
　しかし、彼女はその目をふいと逸らし、スコールがいるほうとは反対側へと岩棚を跳びおりていってしまう。彼には一瞥の興味しかなかったらしい。
　スコールは思わずそれを追って視界を塞ぐ岩を迂回した。
　と、その岩棚の足もとでティナが立っていた。彼女は跳びおりてきた金髪の女の子に手を振っている。
　ティナの――知りあい？
　ティナはコスモス組唯一の女の子だ。ときおりはおしゃべりの相手を探して、よそのクラスの生徒と連絡を取っていても不思議はない。まあ、よそのクラスというものがあればの話だがな。
　この学園に来てから、コスモス組の十人と教師たち以外に個性のあるやつを見たことはなかった。そのほかはイミテーションや通信で紛れこんでくるやつ、そしてたまにドッペルゲンガーかと思うほど自分にそっくりな、アナザーと呼ばれる者以外、出会うこともなかったのだ。
　新しい転入生か？　それにしてはバトルに慣れているが……そもそも、あのドレスでよく戦えるものだ。武器もなにを使っているのか――まさか、あの大量に倒れていた連中は……？
　スコールがぐるぐると思考の迷路の中で迷っているばかりでなんのアクションもできないでいるうちに、金髪の彼女はティナになにかを渡したあと、歩いて去っていってしまった。
　ティナはその場に残って渡されたものをうきうきと見つめている。
　スコールはそれからしばらく金髪の彼女が見えなくなるまで迂闊にも茫然としていたのだが、はっとするとティナに駆け寄った。「ティナ」
「あ、スコール？」
「あの子は知りあいか？」
「え？」とティナがぼんやり顔をあげる。「ふわふわ羽毛のお友達はチョコボだよ」
（いや、ふわふわじゃなくて金髪の彼女のことなんだが）そしてスコールは彼女の手にあるものを見おろした。陶器の猫の置物だ。「それは……」
「マネキネコ！」ティナは大事そうにそれを撫でた。「ライズしてくれたの」
　それであの挑戦者の残骸の山か……それにしても、こんなレアなものをライズするほど戦えるとは……。
　――できる。
　スコールは目を細めて唇を引き結んだ。
　ぜひとも手合わせ願いたいものだが……いったい、どこの誰なのか。
「ティナ――」と彼女の素性を訊き出そうとした矢先、再びスコールの頭上に影を落として跳びおりてきた人影があった。
　黒いコートを翻し、長い銀の髪を月光の中でなびかせ――
　厄介なやつが、どうしてここに。スコールはセフィロスの長身をうんざりと睨みつけた。
　だが、セフィロスはちらりとスコールに目をくれただけでティナのほうに向きなおり、彼女を見おろす。「クラウドがこちらに来ていると聞いたのだが」
　ティナは頷いた。「いま、もういないの」
「ふむ、すれ違いか」呟くと、教師は肩越しに振り返ってくる。「どこへ行った？」
「俺は知らん。見かけてもいない」スコールはむっつりと答えた。どうしてクラウドのことを訊かれなきゃならないんだ。俺はあの金髪の彼女のことを訊きたいのに。「見たのは――新しい女生徒でも転校してきたのか？」
「女生徒？」セフィロスは片眉を跳ねあげ、少し記憶を探ったらしい。
　やがて、「ああ、あれか」と唇の端をくっとあげて笑ったものだ。
　……むかつく。これがいやなんだ、この教師は。
「それで」と英雄はティナに向きなおった。「なにをもらったのだ？」
「ネコもらったの」ティナはアクセサリの猫の置物を両手で自慢げに掲げてみせた。
「おまえも、そのくらい自分でライズせんか。同じものを装備できるだろうに。いちいちあいつに頼るな」
　あいつと呼ぶということはよく知っているんだな。腹が立つが……彼女のことをこいつに訊かなきゃならないのか？
　仕方がないと覚悟を決めて質問しようと一歩踏みこんだスコールだが、彼が言葉を発するより先にセフィロスが黒い羽根を取り出し、ティナのほうへ身を屈めるようにしたものだ。
「天使の羽根だ。そのネコと交換しろ」と悪魔の囁きのような声。
　ティナはさすがに渋い顔をした。「黒いわ……」
「仕方がない。私の羽根だからな。だが、ふわふわだぞ」
「ふわふわ……」
　ティナはふかふかとふわふわが大好きだ。もう夢中になって羽根を受け取ってしまった。
　なんで交換する。というか、なんでそんな猫の置物を欲しがるんだ、セフィロス？　生徒の大事なものを没収するのがこの教師の趣味とはいえ、ティナの大切なものなら、ほかにいくらでもあるだろうに。
　スコールはもう、どこからなにを突っこんでいいかわからず、茫然とその場で立っていることしかできなかった。直前まで質問しようとしていたことさえ、うっかり忘れたくらいだ。
　セフィロスが姿勢を戻しながら、またちらりと肩越しに振り返ってくる。「おまえも欲しいのか」
「いらん。そんなものならアルティミシアのショールから引っこ抜ける」即座にスコールは返した。
　ふんと鼻を鳴らして歩き出そうとしたものの、セフィロスはなにを思ったか、ふと立ち止まる。「そういえば、魔女からおまえを見かけたら伝えてほしいということがあったのだった。因果性と相補性について、ウボァーの論文集から抜粋してレポートを提出しろと言っていたぞ」
　ウボァー？　って、なんなんだ。
「ああ、すまん、間違えた。ボーアだ」
「………」スコールは溜息をついた。ボーアの論文集は量子力学を中心とした近代物理学の論説集だ。理論なんだか哲学なんだか……いくら物理学の教師だからって、なんで十七歳の俺にそんなやたら難しい課題を押しつけてくる、アルティミシアめ！
　魔女とは、いつか決着をつけなくては！
　腹が立って、むっつりしながらきびすを返したスコールだ。しかし、金髪の彼女のことをすっかり忘れていたことに気づいたのは、やつあたりで通りすがりの兎にブラスティングゾーンで攻撃したあとだった。

＊＊＊

　獲ってきた兎をセシルが料理してくれるというので獲物を渡し、相伴に与ろうと寄ってきたジタンやバッツとは少し離れて、スコールはカオス神殿の瓦礫の上で頬杖をついていた。
　兎に香草を詰めて焼きながら、暗黒騎士のセシルは心配そうに彼を振り返る。だが、スコールは気づかず、おのれの思考に没頭していた。
「またスコールは、うわの空だね」とセシルは呟く。
　肉の焼け具合を気にしながらジタンが頷いた。「あいつ、ああやっていつもひとりで考えこんで迷路に嵌まるから、勉強が進まないんだよな」
「今度はレポートだって？」バッツが同情的に振り返った。
「みたいだね」ジタンは充分焼けた部分の肉を引きちぎって口の中に放りこんだ。「あちち」と言いながら、もぐもぐとしっかり飲みこむ。「まあ、どうせバトルでケリつけるんだろうけど」
「それがコスモス組だしな！」
「僕もディスティニーポイントも溜めないと……兄さんはどうして単位をくれないんだろう」セシルが溜息をついた。
「だからさ、羅生門のどこに兄弟愛があるっていうんだよ。名作をみんな生き別れの兄弟の物語にするなって」
　はあ……とジタンとバッツはそろって項垂れた。
　そしてそれらの光景とはまったく関係なく、スコールは相変わらずそっぽを向き、しかし、その目になにも映さずに瓦礫の天井から暗い空を見あげていた。
（あの金髪美人と今度出会ったら、しっかり勝負を申し込まないと……しかし、なんでセフィロスが彼女を知っているんだ？　本当に……なんか……腹が立つ。くそっ）
　香ばしい兎肉の焼ける匂いを嗅ぎながら、スコールは金髪の彼女の素性に想いを馳せ、いつしかセフィロスに目にもの見せてやる方法を模索して、どんどん違うほうへ思考を向けていったのだった。

＊＊＊

「もうひとつ、マネキネコが欲しい？」クラウドはティナを振り返った。
　ごめんなさいと項垂れるようにして彼女はそこに立っている。遠慮がちに、しかし、やっぱり欲しいのと訴えてくる彼女。
　クラウドは静かに訊いた。「……このあいだライズしてやったやつは、どうしたんだ」
「交換したの、天使の羽根」ティナはにっこりと手に入れたものを見せてくれる。
　その黒い羽根をしばらく見つめてから、クラウドはゆっくりと時間をかけて溜息をついた。またティナの大切なものだと勘違いして取りあげたのか、あの馬鹿。「……なにを考えているんだ、あいつは」
「クラウド？」
「いや、なんでもない」クラウドはまた溜息をついてから、亜空間ロッカーからシルクのドレスとブロンドのかつらを引っ張り出した。「いいか、今度はそんな汚い羽根と交換するんじゃないぞ」
「でも、羽根、ふわふわ。枕にしたいの」
「……夢見が悪くなりそうだな」
　そうしてクラウドはティナのおねだりの目に晒されながら、しぶしぶとドレスを着て、かつらをかぶり、香水壜とカードを手に、バトルを求めてさまようのだった。

THE END.

DISSIDIA CAMPUS contents