DISSIDIA CAMPUS

１

「おーほっほ、抜き打ちテストの衝動ですわあ！」
　そう言って、いきなり十人の生徒をひとりずつクリスタルボックスに閉じこめたのは、我らが担任、シャントット先生だ。
　小さな人形のような身体をぴょこぴょこと飛びまわらせながら彼女はテスト用クリスタルを配布してまわる。この学校では、ノートも、テキストも、そしてこうしたテストにもクリスタルが使われるのだ。当然、筆記具も机も必要なかった。ただ、テストというと動けないようにクリスタルボックスに閉じこめられる。
　あれから――なんとかカオスから合格点をもらい（もぎ取ったともいう）、進級してそれぞれ別の世界へ帰れるかと誰もが思っていたのに、なぜか彼らはまだ学校にいる。栄光コースやらいうものに放りこまれ、また単位と点数の奪いあいに終始している十人のコスモス生徒だった。
　ルフェインのシドの登場でコスモスとカオスは和解し、学園は以前と同様、適度な秩序と適度な混沌とでまだ存在している。
　今度は担任がいて、彼らの成績はその担任がすべて管理しているのだ。適当にディスティニーポイントを溜めて改竄するということはできない状態だった。
　その担任――シャントットはことあるごとに、こうして抜き打ちテストをやらかしてくれる。反抗すればぶち切れて、フレア、フラッド、バースト、クエイク、トルネド、フリーズと、立て続けに浴びせてくれるだろうことはもう、彼らにもわかっていた。
　なので、問答無用でクリスタルの仕切りにかこまれたボックスに閉じこめられようと、誰も文句は言わない。
　それでも懲りずに悪あがきするのがコスモス組だ。
　シャントットは、とことことバッツのクリスタルボックスに近づき、彼が膝に載せていた羽毛のかたまりをぱっと取りあげた。
「ああっ、ボコ！」
「ボコはカンニングに使われるためのものではありませんのよ」とシャントットはボコの首に縄を括りつけ、天井からぶら下げた。「あとで燻製にしておきましょう」
「なんでみんな、食うことしか考えないんだ！」
　シャントットはそうしながら、ほかの生徒への注意も怠らなかった。「ティナはふかふか忘れなさいな」
　唯一の女生徒ティナは、クリスタルボックスの中でぼーっと宙を見つめていたのだ。その横ではチョコボ頭の最年長生徒が頬杖をついている。
「クラウド、名前だけでもいいからお書きなさい」
　ちらりと足もとを通りすぎていく担任を見おろしてから、クラウドはしぶしぶクリスタルに手をかざした。
「ジタン、尻尾を揺らさないで」と歩きまわりながらシャントットは丁寧に注意していく。「ティーダ、ボール遊びはテストが終わってからですわよ」「ウォーリア・オブ・ライト、あなたはいいかげん剣をしまってちょうだい」「セシル、兄さんなんて解答を書いたらお仕置きですからね」「オニオンナイト、自分のとフリオニールのクリスタルをすり替えないこと！」「フリオニール、そのカーネイションはしまいなさい」
「これはのばらです、先生」
「あら、鶏頭でしたの？」
　クラウドの逆立った金髪がぴくりと反応した。「誰かチョコボと言ったか？」
　言ってない言ってないと、セシルとジタンがそろって手を振った。
　オニオンが手をあげた。「フリオニールの持ってるのはマリアンディールってやつです。のばらでもないよ」
「マリアカラスじゃなかったのか？」とスコール。
「マリア……」フリオニールはぼんやりと薔薇を見つめた。
「では、マリー・アントワネットの母についてレポート宿題ですわね。テーマは自由でよろしい」
　なんでそうなるんだと、スコールが通りすぎていくシャントットの後ろ頭を見おろして肩を落とす。
「ぐうぐう」と隣のボックスでティーダは夢の中だった。
「はい、終了」シャントットは、ぱんぱんと手を叩いた。
　途端に彼らの手もとにあったクリスタルがたちまち担任のロッドに引き寄せられていく。そのロッドの石が赤く輝き、シャントットはわずかに目を細めた。「まあ、ヘッポコ君たちにしては、よくやっ――てない生徒もいますわね！」
　シャントットの手から棍が飛び出し、立ち去ろうとしていたクラウドの顎を打ちあげて吹き飛ばした。
「ぐはっ！」
「素直に名前だけしか記入してないとはどういうことですの！」倒れ伏したクラウドの頭の上でぴょんぴょん飛び跳ねながら、シャントットはぷんすか怒った。「やっぱり退学ものですわよ、あなた！」
「クラウドは、やればできるらしいからいいけどね」セシルがその様子を遠くから眺めて溜息をついた。
「それって、結局はやらないとできないってことだよな」フリオニールが頷いた。「やらなくてもできる頭があるといいんだが」
「ぼくにはちゃんとあるからね」とオニオンが頭の羽根飾りを揺らしながら歩いていく。
「たーまーちゃーん」とバッツが彼を後ろから羽交い絞めにした。「ときどきむかつくぞ、てめえ！」
「誰がたまちゃんだよ！」
　互いにこんぐらがってごろんごろんと転がりはじめるふたりに、シャントットはクラウドの背中に乗ったままファイガを立て続けに浴びせた。「騒がしいですわよ！　罰として、わたくしの部屋、お片づけなさい！」
「そんな！　やたら自分勝手に動く人形を黙らせるのに、どんだけバトル――」
「ちょっとふざけただけで罰掃除って――」
「わたくしに逆らうおつもり？」とその両手にばちばちと稲妻が溜まっていく。
「申しわけありません！」ふたりは正坐した。
「さて、今回のテストの結果もまあ……」シャントットは起きあがったクラウドの肩に乗ったまま重い溜息をついた。「前回と同じテストだったっていうのに、なぜ正解率が二パーセントしかあがっていませんの？　復習という言葉をご存じないようね、みなさん」
「復讐なら知ってるけど」ぼそりとフリオニール。
　すこーん、とブーメランのように回転したロッドが、フリオニールの後頭部に当たって撥ね返った。
「私は、過去など振り返りは――」
　まっすぐ教室を出ていこうとしたＷＯＬの兜の角に、撥ね返ってあらぬ方向へ飛んだロッドが激突する。
　途端にＷＯＬの鎧が色鮮やかになり、その全身から青いオーラが噴き出した。
「わーっ！」とオニオンが転がるようにしてＷＯＬのそばから離れたものの、ティナがつられてピンクに輝きはじめたものだから、今度は素早くフリオニールのマントに潜りこむ。
　ティナのブリザドコンボがスコールにまともに浴びせられ、獅子がうっかり放ったサンダーバレットはフリオニールの弓に落ちた。
「避雷針になりそうだな、それ」と呟いたジタンはフリオニールに殴り飛ばされ、壁に激突する前にセシルに尻尾を掴まれて途中捕捉された。だが、あんまり強く引っ張られたので、「痛えよ！」と暗黒騎士のマスクを蹴りつける始末だ。
　バッツはその騒ぎのあいだに天井から吊り下げられていたボコを救出し、ＷＯＬはＥＸモードのオーラを出したまま、ただひたすらじっとその場で動かず仁王立ちになり、ティーダはいまだに居眠りしていた。
「ちょっと、あの子たちを止めなさい」とシャントットが髪の毛を引っ張るのにも構わず、クラウドは、「興味ないね」と教室を出ていった。
　これが栄光コース、コスモス組のいつもの光景である。