FUNNY GANG

　そこは古(いにしえ)の森と呼ばれていた。
　入るものを拒み、出るものを閉じこめる、森自体がなんらかの魔法でできあがっているような場所である。
　しかし、呪いや禁忌といったおどろおどろしいイメージはなかった。ぎっしりと樹木が絡みあうようにして繁殖しているが、陽光はふんだんに降りそそぎ、枝々の下に惜しげもなく温もりを伝えているようだ。蔦は元気よく生い茂り、下生えはふさふさと育って崖や亀裂を覆い隠していた。鮮やかな赤い大きな花がそこかしこに咲き誇り、近くを通るものを誘惑している。
　コスモキャニオンにほど近い山間、ゴンガガとのあいだに延々と連なる山脈の奥にそれはあった。途中には険しい谷や山があって、辿りつくのさえ山チョコボを使ってやっとのことだ。
　クラウドは飛空艇ハイウィンドをゴンガガの平野に待機させ、ユフィとヴィンセントを連れてこの森にやってきた。生まれてまもない山チョコボは、大きさこそ、そこらのチョコボに劣らなかったが、その緑がかった羽はまだ柔らかく、脚もそれほど丈夫ではなかった。それでも三人ぶんの体重を懸命に支え、この古(いにしえ)の森まで彼らを運んでくれたのだ。
「よく我慢したな、おまえ。えらいぞ」クラウドは鳥の頭をなでなでしながら、あちこち羽づくろいしてやっていた。チョコボはくるくると気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
　ユフィはヴィンセントとともに彼らの別れがすむまで長いあいだ待っていた。
「なあ」とユフィはついに口をひらく。「もう、チョコボも充分わかったと思うよ。アンタ、羽づくろい始めたら長いんだからさ。いいかげん宝探しに取りかかろうよ」
「まだ尾羽を整えてない！」クラウドとチョコボがじろりと彼女を睨みつけてくる。
　ユフィはたじろいで、ヴィンセントのマントにしがみついた。「なんとか言ってやってくれよう」
「いいではないか」ヴィンセントが、ぼーっと立ったまま呟いた。「殺伐とした戦いばかりの日々だ。たまにはこうして、のほほんとした光景を見て癒されるのもなかなか――」
「たまに？」ユフィは両手を広げて大きく首をまわした。「アタシら、これまでずっとチョコボファームにいたんだよ。その山チョコボが生まれるまでどれだけ長い時間かかってると思うのさ。そのかん、クラウドはギザールの野菜をうきうき運んで、アタシらはカラブの実を取るのに死ぬ思いしてさ。こいつが生まれてからも、餌だ、レースの練習だって、クラウド以外、誰も得してないのに。あんな光景、毎日五回は見させられてたじゃないか！　それに」彼女は空へと指を突きつける。「メテオがいまにも落ちてくるんだぞ。チョコボなんかにかかずらわっている場合か？」
　ヴィンセントは空を見あげた。
　底抜けに明るい空。白い雲。爽やかな山の風。にもかかわらず、赤黒く闇の波動を広げている隕石がそこに浮かんでいる。世界じゅう、どこにいても見られる光景だ。
「……まだいたのか」
「忘れるなあ！」ユフィは幽霊の後頭部を蹴りつけた。そしてそのまま彼を踏みつけ、クラウドに向かって怒鳴る。「アンタもアンタだ、武器を手に入れるためにここに来たんだろ？　チョコボと日向ぼっこしてる暇があると思うのか！」
　クラウドは名残惜しげにチョコボと抱きあうと、ようやく彼らのほうへ歩いてきた。「ユフィは宝物があればいいだけのくせに、自分ひとりまじめに冒険やってるようなふりしてさ」
「うっ」
「でも、ここにおれの剣があるのは確かなんだ」クラウドは地面の上に寝ているヴィンセントを見おろす。「そうなんだろ？」
「う、うむ……」マントのかたまりがむくりと起きあがった。上に乗っていたユフィは慌てて跳び離れる。
　ヴィンセントは立ちあがると、意味もなく、ばさりとマントを払った。「あれは忘れもしない、セフィロスが三歳の頃だ。私はおまえの母親とともにこのあたりを徘徊していた……あの頃の彼女は元気でタフで……いや、それはいつものことだったが……とにかくその頃、私は育児に疲れて嫌気がさしていてな。ぼーっとしているまに彼女に引きずられて、いやいやコスモキャニオンへ旅行することになったのだ。ニブルヘイムの地下暮らしだった私にとって、その旅行は驚嘆すべきことが多く――」
　彼は気がつけば、ぶつぶつとチョコボに向かって語り聞かせていた。そのあいだにクラウドとユフィは森へと踏みこんでいる。
「アポカリプスっていうんだよ」クラウドは森の奥を指し示した。「どういう仕組みなのかわからないけど、マテリアをいっぱい成長させることができるんだ。おれ、そいつを必ず手に入れ、幻の召喚マテリアを取りに行って、ちゃんと育てるんだ」
「そうそう、チョコボ育てるよりマテリアを優先してくれよな」ユフィは頷いた。
「だめだ」クラウドはきっぱりと首を振った。「幻の召喚マテリアを手に入れるためにはチョコボを育てないと」
「なんで！」
「だって、その幻の召喚マテリアは北の果ての幻の島にあって、幻の海チョコボでないと行けないところなんだ」クラウドは遠い目をした。「道のりは長いぞ」
「うう……」ユフィはジレンマを起こして頭をかきむしった。「マテリアのためならって言いたいけど、これ以上、アンタとチョコボの仲睦まじい光景を眺めさせられるってのも……そもそも、ハイウィンドじゃ行けないのか？」
「酔うじゃないか。あんたもいやだろ」
「ああ、またも反論ができない！」ユフィはストレスのこもった叫びをあげる。「ちくしょう！」
「でも、まだ山チョコボが生まれたばかりだからな。これからなんとかして川チョコボを生ませて、山川が生まれたらすごいチョコボと掛けあわせないと。でも、なにかまだ足りないんだ。チョコボ仙人に訊いても思い出してくれなくてさ」
「なあ、アンタ、あれのことを忘れてない？」ユフィは空を指し示した。もちろんその先には、忘れないでくれとばかりに存在を誇張しているメテオがある。
　クラウドはぐるりと頭上を見まわした。「そういや、まだいたんだ」
「馬鹿野郎！」
　クラウドは蹴られながらもバングルのマテリアを示してみせた。「けど、この〈ものまね〉のマテリアだって、山チョコボがいなかったら一生手に入らなかったんだぞ」
「クラウド」ユフィは蹴った彼の背中をぱたぱたとはたき撫でながらおねだりの目をした。「そのマテリア、アタシに使わせてよ」
「やだ」
「なんでだよ。アンタがバハムート呼んでアタシがそれを真似すれば、どんな敵だっていちころじゃないか」
「やだ、これはおれが使うんだ！」
「だから、アンタがなんの真似をするってんだよ！」
「決まってる、セフィロスの物真似して本物のソルジャーに――」
「やめんか」ふたつの足がクラウドを踏みつけた。
　ヴィンセントが復活している。「人が愛と感動の物語を聞かせているときに、なぜ人気(ひとけ)のない映画館に雨宿りに来た人間のように、いつのまにか立ち去っているのだ。おかげでチョコボに延々と語ってしまったではないか」
「おれの母さんに蹴られる話がどうして愛と感動の物語なのか、おれにはよくわからないんだけど」地面に埋もれたまま、クラウドはもごもごと呟いた。
「そうか、チョコボにとって食べもの以外の話は感動を呼び起こさないものだったな」地面にめりこんでいたクラウドを引きずりあげながらヴィンセントは進んだ。「とにかく行くぞ」
「このふたりといっしょで、アタシ、無事に戻ってこれるのかなあ？」ユフィはかたわらの樹木に相談しながら彼らのあとをついていく。
　取り残されたチョコボが行ってらっしゃいとばかりにくるくる鳴いた。
　おいしいもの、期待してるからね。

＊＊＊

　古(いにしえ)の森に入った途端、魔法的なシールドが張られていたかのように明らかに空気が変わった。
　陽光は木々の葉を透かして緑色に輝き、どこか魔晄にも似た暖かさと涼やかさを同時に含んでいる。繁った緑の中に点々と赤い花が咲き、地形は複雑に入り組んで自然の橋や滑り台を形成していた。
　クラウドはさっそく丸いアーチの上をとことこと渡り、崖を渡す細い道の真ん中に赤い大きな花を見つけたものだ。
　肉感的な花弁には縁の棘がついており、甘そうな匂いを発するおしべとめしべが密集していた。明らかに、どこからどう見ても怪しい食肉花である。
　クラウドは近づいていった。
　ばぐん。
　いきなり花弁が立ちあがり、クラウドを挟んでその棘の中に閉じこめたのだ。
　なんかまずいものを食ったなという感じで花はチョコボを吐き出した。
　クラウドはよろよろと立ちあがり、またもとの様子に戻って新しい獲物を待ちかまえている花を睨みつける。「おれの行く手を阻むなんて、いい度胸じゃないか！」
　ユフィは手をあげ、いちおう止めた。「植物に喧嘩売るなって……おおい？」
　しかし、彼女のせっかくの言葉もチョコボの耳には届いていない。クラウドは助走までつけてその植物に突進していったのだった。
　ばぐん。
　再び挟まれ、とっとと戻されるクラウド。
「おれは、負けない！」
「いや、だからさ」ユフィはまた中途半端に手をあげたが、クラウドは懲りずに再挑戦の姿勢。
　走り出すチョコボを横目にヴィンセントがきびすを返した。「放っておけ」
「ったって、いつかはＨＰが０になるよ、あれじゃ」
「案ずるな、あいつは蘇生のマテリアを装着している」
「いや、戦闘不能のやつに魔法は使えないんじゃ？」
「………」ヴィンセントは崖の上で立ち止まった。「むむ、まあ、なんとかなる。クラウドなら根性で生き返るに違いない。それより、この植物だが」
　ヴィンセントが指し示したのは樹木から垂れ下がっている袋型の葉をしたものだった。花弁のような蓋が上部についていて、袋の口はカエルでも入りそうなほど嬉々として大きくひらいている。
「ここには、ほかのものを食って成長する植物しかないわけ？」ユフィはちょっとうんざりした。
「星は滅びに瀕しているのだ。この熱帯でも植物同士の弱肉強食が流行っているようだな」ヴィンセントは同情するような目でそれを見つめる。
「いや、それは流行とかじゃないし、そもそも山の上だってのに、なんで熱帯……まあいいか」ユフィは虚ろに食虫（だと思われる）植物を見つめた。「で、これがなんだって？」
「あの崖を越えるのに役立つのではないかと思うのだが」
　ユフィは彼が指し示した先へと視線をやった。深く落ち窪んだ崖だが、跳び越えられないような距離ではなさそうだ。しかし、この下生えの繁殖の様子を鑑みるに、崖の縁と思っているものが、じつは踏み抜いてしまうほど弱い葉っぱの堆積でしかなかったりすることもありうる。この正体不明の森で、うっかりどこかに落ちるのはごめんだった。
　クラウドは落ちるのは大丈夫だろう。なにしろニブルヘイムで落ちて、五番街でも落ちて、コレル鉄道でも落ちて、ゴールドソーサーでも落ちて、さらに古代種の神殿でも秒針を待ち受けてわざと落ちている。たぶん趣味になっているに違いない。
　しかし、ユフィはごめんだった。「それであの植物にぶら下がろうってのか？　アタシはやだぞ。へたに突ついたら、なにが出てくるか」
「大丈夫だ」ヴィンセントは食虫植物のほうへ手を伸ばし、いつのまに捕まえていたのか虫をその袋の中に入れながら頷いた。「こうして虫を食べさせてやれば蓋が閉まる。ほかに手も足も生えていないから、それ以上のアクションはないだろうと思われる」
「ふうん、じゃ、食べてるあいだに伝っていけばいいんだな」ユフィは納得した。
「む、もう蓋がひらいてしまった」ヴィンセントはあたりを見まわした。「そこいらに虫がいないか」
「これでいいのか？」とバッタを摘まんだ手を差し出してきたのはクラウドだった。
「アンタ、あの食肉花と決闘してたんじゃ？」ユフィは彼を見あげた。
「うん、結局、勝負つかなくてさ」クラウドは残念そうに瞑目する。「まあ、あいつには石食わせてきたからいいんだ」そして目をひらき、ヴィンセントに向けてバッタを揺らしてみせた。「それで、虫をどうするんだ」
　ヴィンセントは哀れな生贄を見つめた。「あれがこれを食っているうちに、その上を通ることができるだろうと話していたのだ」
「そうか」クラウドは、あーんと口をあけた。
「アンタが食うな！」ユフィはチョコボ頭を蹴りつける。「植物に食わせるんだ、植物に！」
「だったら、その名詞をはっきり言ってくれよ。こそあど言葉じゃ、おれ、わからないんだからさ」
「なんで記憶が戻ってからのほうが馬鹿なんだ、こいつ？」
「馬鹿って言うな！」
「事実だろ！」
「……とにかく植物に食わせてやれ」ヴィンセントがのっそりと割って入った。
「ああ、うん」クラウドは崖の端へ寄り、めいっぱい腕を伸ばして虫を袋の口へ近づけた。
　ぱくりと蓋が閉まる。
「あ、食った」クラウドは感心したように呟いた。「でもさ」とつけ足す。「おれの手まで食われてるんだけど」
「馬鹿チョコボ！」ユフィは彼を引っ張り、背負い投げで放り出した。植物はクラウドの手に食いついたまま、彼について引きちぎられていったらしい。
「む、いかん」ヴィンセントがぼそりと呟いた。「虫がもう、いないぞ」
「じゃあ、どうするんだ」ユフィは口を尖らせた。
　ヴィンセントが溜息をつく。「仕方があるまい。リセットしかないだろう」
「リセット？」
「うむ」彼は重々しく頷いた。「この古(いにしえ)の森には、□ボタンの呪文ですべてをもとに戻す便利な魔法があるのだ」
「□ボタンてなんだかよくわからないけど、虫がいないんじゃしょうがないよな」
「ただ」
「ただ？」
「こんな入口でリセットするなど情けなくないか？」
「しょーがないじゃん」ユフィは苛々と叫んだ。「こちとらどうせ、か弱いユフィちゃんのほかは身体の弱い幽霊と馬鹿チョコボだけなんだからさ」
「馬鹿って言うな！」クラウドはぐったりした植物を放り出しながら反論する。
　ユフィは腕組みして彼を睨みつけた。「じゃあ、なんて言えばいいのさ！」
「というか、そう言う時点でクラウド、おまえは自分がチョコボだと認めたようなものだぞ」
「うっ」
「もー！」ユフィは地団太を踏んだ。「さっさとそのリセットしろよ。話が進まないだろ」
　彼らはリセットした。□ボタンがなんなのかよくわからなかったが、とにかく森はもとどおりの佇まいに戻る。陽光が古い森を照らし、花々が自己主張するほどに咲き誇り、虫がぴょんぴょん跳んでいる。
　クラウドはその一匹を両手で包むように捕まえた。虫は抵抗ひとつせず、むしろチョコボに見とれてぼうっとしていたかのようである。
「アンタ、鳥だけじゃなくて虫の捕獲もうまいな」ユフィは感心してやった。
「任せろ」クラウドは崖のほうへ歩いていき、その虫を慎重に植物へと差し出した。
　かぷりと蓋が閉まり、ぐむぐむと植物はおいしそうに餌を食べる。
「ああ、食われちゃった」クラウドは合掌して供養してやった。
「おまえが食わせたくせに、しらじらしく手を合わせるとは」ヴィンセントがぼそりと突っこむ。
「いいかげんにしろ！」ユフィはふたりを蹴り飛ばし、崖のむこうへとすっ飛ばした。

＊＊＊

　とりあえず彼らはひとつめの崖を渡り、よりいっそう複雑さを増す森を歩きつづけた。
「ああ……」ユフィは疲れて肩を落とし、とぼとぼと足を運んでいる。「どこにお宝があるっていうのさ」
「あ、あった」クラウドが立ち止まった。
「え、どこどこ？」ユフィは慌ててあたりを見まわす。
「食肉花、あいつ、さっきの仲間に違いない」そう言って、クラウドはいきなりジグザグに走り出した。
　なにかを探そうとしているように草むらに頭を突っこんだり、剥き出しの岩肌をよじ登ったりしている。
　少し高い岩棚に跳び乗った彼は、そこに突き出た岩をがくがくと揺すっていた。その岩棚の足もとには例の赤い大きな花が地面に横たわるように花弁を広げて獲物を待っている。
　ユフィとヴィンセントは並んでチョコボを見あげた。「なにしてるんだ？」
「石食わせるんだ」
「変な遊びを覚えたものだな」ヴィンセントが溜息をついた。
「遊びじゃないってば」クラウドは岩とも呼べるほどの石を頭上に持ちあげたままユフィを見おろした。「あいつの足もとにマテリアが――」
　ユフィは突進した。
　ばぐん。
　彼女はそのマテリアを確認することもできないままに見事に挟まれ、ふらふらとあとずさりした。「あちゃあ、きついわ、こりゃ……アンタ、どうやって復活したの」
「おれ、このあいだファイナルアタックをディオからもらったんだ。蘇生と組みあわせてるから、おれ、死なないよ」クラウドは、ぽいと植物のほうへその石を投げた。
　ヴィンセントはその石の軌跡を目で追う。「反則だな、それは」
　植物は石を餌と勘違いして見事に挟みこみ、喉に詰まったような呻き声をあげ、花弁を立てて閉じたままかたまったようだった。
「おおっ、ほんとにマテリアがある」ユフィはそろそろと近づいて、その黄色みのかかったマテリアを拾った。「なんだか知らないけど便利そうな色！　これはアタシのだかんね！」
「おれが見つけたのに」クラウドが崖をずり落ちてきながら不満そうに呟いた。
「アタシが拾ったんだもん」ユフィはマテリアをポケットにしまう。
「ちぇっ、ちゃんと交番に届けろよ」
「落とし主がいるかよ」
「落とし主が出てこなかったら、一割もらえるじゃないか」
「マテリアの一割って、どうやって分割するわけ」
「砕いてみるか？」
「やめろ！」
「そもそも」ヴィンセントが突然、彼らの背後に現われ割りこんだ。「ここに交番などというものはない」
「………」
「………」ユフィは口の中で呟いた。「あたりまえのことをあたりまえに言われただけなのに、なんでこんなにしらけるんだ？」
「ヴィンセントがあたりまえじゃないからな」クラウドが囁く。
　人のことは言えないだろうとユフィは思ったが、賢明にも口を閉じることにした。そうしたことを以前バレットが言ったことがあるが、おれはちゃんと立派に生きてるじゃないかと口を挟むまもなく反論されたのだ。認めてやるまでそれは止まることなく、ティファが餌で釣ってやっと落ちついたらしい。クラウドはやはりチョコボだと、みなのあいだで再認識されたのは言うまでもないだろう。
　ちなみにヴィンセント相手でも同様の論争になる。あちらはその身長を誇示して暗雲まで背負って迫ってくるから、かえって苦笑する余裕もなくなるというものだ。
　さて、交番うんぬんの話題は三人それぞれがなかったことにして彼らは先へと進みはじめた。再び深い切り窪んだ崖に辿りつく。
「また虫を捕まえなきゃならないのか？」ユフィはうんざりした。
　クラウドは頭上を振り仰いだ。「なあ、あの紐、なんだ？」
「蛇じゃないのか？」ユフィも目を細め、高い枝にぶらさがっているそれを見やる。「いや、違う。なんかゴムみたいだね」
「ゴムというと、あのびよーんと伸びるやつか？」クラウドはなにかを引っ張るように両手を広げてみせた。
「引っ張ってみればよかろう」ヴィンセントが手を伸ばした。
　びよーんとそれは伸び、次の瞬間、赤マントの幽霊はびよーんと飛ばされて樹木の枝の上へと消えていった。
「なあ、面白いか？」クラウドは彼の行方を目で追いながら訊ねる。
「勝手に行ってこい！」ユフィはチョコボを蹴り出した。
　うるさい馬鹿コンビを木の上に追い出しておいて、ユフィはぐるりと崖を迂回した。わざわざ飛んだり跳ねたりしなくても、崖のむこうとは地面続きで行けるのだ。
　だが、雷に打たれて朽ち果てたような大きな洞のある倒木が彼女の行く手を阻んだのだった。
　その倒木の後ろ側は再び亀裂がぱっくりと口をあけ、さあ使ってくれと言わんばかりに例の食虫植物がぶら下がっている。しかし、その植物に与える虫は見あたらなかった。
「ちくしょう」彼女はほかになにかないか、あたりを見まわした。
　そこは相変わらず静まった緑の牢獄だ。どこからかスライムのような化物が出てきてもおかしくない。でなくても、きっと薮蚊はいるだろう。ヒルとか、ヘビとか、あるいは……。
　げろ。
「………」
　この鳴き声を立てるものを、ユフィはあまり好きではなかった。
　だが、背に腹は代えられない。
　彼女は振り返り、その緑のものを電光石火に捕まえた。
　げろげろげろっ！
　非難するようにそれは激しく鳴きわめくが、彼女は容赦しなかった。食虫植物に突っこみ、ぱたんと閉じた蓋を見澄まし、その植物の蔦を伝ってむこう側へ渡る。
　彼女はぬめった手のひらをシャツにこすりつけてその感触を忘れようとしていた。ところが、その頭に同様の感触のものがぶつかってくる。
　驚いて振り返れば、食虫植物がなんてものを食わせるんだとばかりに暴れまわっていた。どうやらカエルは吐き出したらしい。好き嫌いがあるなんて贅沢な植物だ。
「あ、ユフィだ」頭上からチョコボの声が聞こえて、ユフィは思わず、へらっと笑ってしまった。
「ちぇっ、戻ってきやがったよ」彼女は振り返り、やあと軽く手を振る。
　と、いきなり蹴り倒された。
　クラウドは蔦を使ってするりんと高い樹木から滑りおりてきており、彼女はその着地点にいたのだ。
「だめじゃないか、ぼーっとしてちゃ。明るい森だけど、なにがいるかわからないんだぞ」
「そうだな。アンタのことを忘れてたよ」ユフィは地面に倒れたまま呟いた。
　クラウドはうきうきとしながら赤みがかった色合いのマテリアを陽光にかざす。「木の上にこれがあったんだ。今度はおれのものだからな。おれが拾ったんだもん」
「はいはい」ユフィは起きあがった。この戦いが終わったらマテリアはぜーんぶユフィちゃんのもんだって書類、まだ持ってるんだぞ、アタシ。いつかサインさせてやるからな。
「ところで」いつのまにか幽霊まで戻ってきて、ふたりの背後にぼうっと立っていた。「葉をつけた枝がラインダンスを踊っているのだが、あれはモンスターか？」
　見れば、確かに葉っぱのあるほうを上にした枝か棒のようなものが何本も、ぴょんぴょん跳びつつ一列になって移動してきている。
「ようし、さっそくデビューだ、テュポーン！」クラウドはさっき拾ったマテリアを握りこんだ。「出てこーい！」
　召喚の呪文（？）が彼の魔力に反応し、召喚獣がたちまち姿を現わす。それはふたつ頭のお化けみたいな召喚獣だった。前後についた顔はどちらも笑っているようで、いっぽうが大きくのけぞって息を吸い、一気に吐き出して竜巻を作ると、残ったいっぽうが空間を逆さまにし、空へ落としてダメージを与えるらしい。
　葉っぱたちは竜巻に揉まれ、崩れる土塊の雨に晒され、虚空に叩きつけられた……はずだった。
　ユフィはそれらを指さす。「ぴんぴんしてるじゃないか！」
「ち、ちくしょう……土属性無効だなんてずるいぞ！」クラウドはアルテマウェポンを振りかざし、突進していった。
　ちなみに、あの剣はあのウェポンだ。天下の神羅軍も手こずらせたやつの仲間で、誰にも手出しできないだろうと空を自由に飛びまわるのを黙認されていたものだった。ところが、クラウドはあっさりと超究武神覇斬で説得したのである。だから、いまはおとなしく剣の形になってクラウドにひっついている。したがって、その武器はかなりの攻撃力を誇るはずだった。
　しかし、それも当たればの話である。葉っぱたちはひょいひょいとよけて遊んでいる。
　すかっ、すかっ、すかっ。
「逃げるな、よけるな、戦え！」クラウドは泣きそうになりながら、なおでたらめに大剣を振りまわしていた。
「好きに遊ばせておこう」ヴィンセントがまたもむっつりと言って、暴れるチョコボに背中を向けた。

＊＊＊

　彼らはまた亀裂を越える難問に挑戦していた。
　手近にあるのは蔦にぶら下がっている食虫植物、そしてカエル。結論はすぐに出た。
「いやだあああ！」
　ヴィンセントが拾ってきたカエルを見て、いちばんに叫んだのはクラウドだった。彼はあっというまにユフィの後ろに隠れたものだ。
「おい、クラウド、それでもアンタ、ソルジャーかよ！」チョコボから逃れようと、ユフィは左右を振り返りながら叫ぶ。
「自称だもん、それにザックスだってカエルは嫌いだったんだ。おれも大っ嫌いなんだ！」
「アタシだって好きじゃないよ！」
「そう毛嫌いされるとは……カエルに生まれたのはカエルの罪ではないというのに」ヴィンセントは嘆かわしげに手の中の小さな生きものを見つめる。「世の中には、うまいカエル料理もあるのだぞ」
　ヴィンセントのその言葉に、クラウドはそうっとユフィの陰から顔を出した。「ほんとか？」
「本当だ。鳥肉のようにさっぱりしていて臭みもなく、歯ごたえがたまらないそうだ」
　クラウドはヴィンセントの手にある緑色のものをじっと凝視した。それだけでカエルにもなにが取り沙汰されているのか理解できたらしい。カエルは暴れた。
「むっ？」
「あ、逃げた！」
　カエルはヴィンセントの手の中からもがき出ると、地面をジグザグに逃げまわる。
「待て」幽霊が追いかけ、再び捕まえた。
　ばぐん。
　食肉花がヴィンセントごとカエルをくわえこんだのだった。
　変なものが混じってるじゃないかとばかりに、吐き出されてくるカエルつきヴィンセント。
　幽霊はふらふらとよろめき、カエルを掴んだまま、ばたりとその場に倒れた。「こ、これも私の罪……」
「なんでもかんでも罪に結びつけるんだよな、こいつ」ユフィはヴィンセントの頭を踏みつける。
　クラウドも倒れた幽霊のわきにしゃがみこみ、リルフサックの成れの果ての棒切れでちょいちょいと彼の頭を突ついてみた。「反応はかすかにあるな。なんとか生きてるみたいだ。ちぇっ」
　クラウドはリルフサックの成れの果ての棒切れをふたつ使ってカエルをしっかり挟みこみ、その両生類を食虫植物に与えてやった。
　喉に詰まって苦しんでるような暴れぶりのその植物を、クラウドは遠慮なく軍靴で踏みつける。
　なにしやがるとばかりに植物の口があき、クラウドはむこう側へすっ飛ばされた。
　転がって受け身を取り、彼は立ちあがる。目の前にはぽっかりと黒い口をあけた洞窟が待ちかまえていた。
　ユフィが同様にカエルを使って追いついてくる。「いよいよ、お宝だな！」
「なんでそう思うんだ？」クラウドは彼女を振り返った。
「お宝は洞窟にあるものと決まってるよ」
「その代わり、ドラゴンとかやたらでかいものが守ってるんだぞ」
「それは、クラウドがいれば大丈夫」
「なんで」
「アンタ、でかいのに好かれる体質してるんだ。ジェノバがいい例じゃないか」
「好かれたんじゃない！」クラウドは頭を抱え、激しく振りまわした。パニックの徴候だ。
「とにかくさ」ユフィは彼を落ちつかせるようにぽんぽんと肩を叩いた。「アンタがドラゴンに食われてるあいだに、アタシがお宝ゲットしといてやるからさ。心配すんなよ、剣なんてアタシに使えるわけないだろ。ちゃんと、アンタが無事なら渡してやるって」
「ほんとだな？」
「食われてくれる？」
「いい――」クラウドは頷きかけ、慌ててぶんぶん首を振る。「ちがああう！」
「ちっ」ユフィは指を鳴らした。「大空洞のラスボスもその策(て)でいこうと思ったのに」
「おれがセフィロスに食われてるあいだに、あんた、マテリア全部持って逃げるつもりか」
「ぴんぽーん」ぱちぱちとユフィが手を叩く。「絶対、アンタ、セフィロスの好物だって。あれだけ、リユニオン、リユニオンって誘ってたんだからさ」
　クラウドはショックでよろめいた。「そんな……リユニオンってそういうことだったのか？　セフィロス、おれを食うつもりで……」
　しかし、クラウドは立ちなおった。「いや、おれは抵抗する！　たとえそれが不変の食物連鎖だったとしたって、おれは運命に抗ってみせる！」
「アンタ、食物連鎖って言葉、意味わかってないだろう」ユフィは、ぱたぱたと手を振った。
「おい」
　背後から声をかけられ、クラウドは振り返った。ユフィも肩越しにそれを見あげる。
　ヴィンセントが聳えていた。
　その足もとにはトゲトゲのついた太い触手の大きな植物型モンスター。木の根っこのような脚と太い胴体のあいだにはチュチュのごとく花びらが何枚も重ねられている。大きな口を持ち、ぎざぎざの鋭い歯を見せてそれは笑っていた。
　その上に聳えるヴィンセントは容赦なくふたりを見おろしてくる。「貴様ら、瀕死の私を置いて、とっとと先へ行くとは……しかもなんだ、まだ一歩も進んでおらんではないか！」
「運命と食べものについて話しあっていたんだ」クラウドは拳を握って力強く答えた。
「どこでどうなったら、そうなるんだ？」ユフィが突っこむが、チョコボ頭は聞いていない。
　クラウドは、びしりとモンスターに指を突きつけた。「これ、誰？」
「誰ではない、オチューだ」応えるヴィンセント。
　しんと森じゅうが静まったようだった。
「逃げろ！」ユフィがいちばん初めに駆け出した。
「えっ、どうして？」クラウドはつられてあとを追う。
「ええい、待たんか！」ヴィンセントが叫び、オチューを蹴りつけて走らせようとした。
　しかし、ヴィンセントはチョコボではない。ある程度のモンスターはチョコボには逆らわないが、そのほかには容赦がなかった。
　痛いじゃないかとオチューは身震いし、幽霊を放り出す。
　そしてオチューは、しばらく不思議そうにヴィンセントを見おろしていた。いつのまに頭に乗っていたのだろうと考えていたらしいが、次には、ちょうどいいからいただきますとばかりに、ぎざぎざの歯のついた口をさらに大きく広げる。
「くっ、おとなしく乗せてくれていたから懐いたと思ったのに」ヴィンセントは悔しげに呟き、とっとと逃げに入った。「単に私に気づかなかっただけか……やはり、モンスターを手懐けるのはチョコボでなくてはならんということだな」
　彼らは洞窟内をうろうろと逃げた。そのあとをオチューがどたどたと追いかけていく。
　洞窟の中は暗く、ほんのり魔晄の光が岩肌に沁みこんでいるらしい。ぼんやりと蛍光塗料を塗ったように光る岩壁や石段、それらを踏み越え、跳び越え、さらにぶつかって砕きながら、クラウドもユフィも、そしてヴィンセントもひたすらに逃げたのだった。
「出口だ！」ユフィが叫ぶ。
　ラストスパートとばかりに彼らの足は速まった。
　光の門は彼らを素直に受け容れ、ユフィが飛びこみ、クラウドがヘッドスライディングし、ヴィンセントも滑りこみながら外へと飛び出す。その彼らの頭上を、一瞬だけオチューの触手が薙いでいった。
「やった、無事に抜けきったよ！」ユフィが地面に坐りこみ、本当に嬉しそうに両手をあげた。
　洞窟を抜けるときに感じたあの結界の境界線。それを越えたからには、オチューも、虫も、カエルも、彼女らについてまわることもないだろう。
　そこでは緑色のチョコボがじっと我慢の子で立ち、彼らを見て嬉しそうにくるると鳴いている。お帰りとばかりに、ばたばた羽を上下させていた。
「ふっ、危ないところだった」ヴィンセントもさすがに疲れたように呟く。
　クラウドは元気に立ちあがった。「よし、これでクリア……あれ？」
　ユフィは彼を振り仰いだ。「なんだよ？」
　チョコボが近づいてきて、怪訝そうに首を傾げながらクラウドのまわりをうろついている。
　クラウドは落としものはどこへ行ったというようにあたりの地面を見まわし、ヴィンセントに、ついでユフィへと視線を移していった。
　やがて、ぽつりと口をひらく。「なあ、おれの剣は？」
「………」ユフィは両手をあげたまま、かたまった。
　ヴィンセントも沈黙の中にいたが、やがてマントを払いつつ立ちあがる。「これも私の罪か。仕方があるまい。もう一度やりなおしだ」
「ええ？」ユフィは顔をしかめたが、それでもしぶしぶ立ちあがる。
　クラウドはぽりぽりと髪をかきまわした。「……なあ、メンバー変えていいか？」
　ユフィとヴィンセントが同時に振り返ってくる。
「この私に」とヴィンセント。
「このアタシに」とユフィ。
　そして彼らは同時にクラウドのほうへ迫ってきた。「なにか不満でもあるのか？」
「おれ……いや、ないよ」
「さあ、行こうか」
「おっしゃ、今度こそ根こそぎお宝ゲットだ！」
　チョコボがくるくると鳴きながらクラウドを慰めてくれた。
　クラウドは彼の耳の裏をこちょこちょしてやる。「うん、おれ、頑張るよ」
　再びチョコボは取り残され、三人はまた森へ入っていった。
　見えない結界の中からの騒がしい叫び声や魔法の炸裂する音を聞きながらチョコボは考える。
　……お腹すいた。
　いつ、ごはんになるんだろう。
　やがてチョコボはメテオに向かって悲しげに吼えた。

THE END.

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