FUNNY GANG

　ここは砂漠だ。
　当然ながら、砂以外、なにもない。
　水もなければ草もなく、樹木もなく、そして動物もいない。
　日中は暑く、その灼熱の空気は汗をかくそばからその水分さえも奪っていき、体力も吸い取られる。そればかりか思考能力をも蒸発させてしまうのだ。
　そして夜は寒冷だった。乾燥した空気に水分を根こそぎ奪われつづけ、かろうじて蒸発せずに残ったといった状態の身体をたちまち凍りつかせてくれる。
　ティファはかじかむ手を懸命に動かし、レッド13の尻尾を引っ張って無理やり焚火を熾していた。
「ティファ」
「黙ってて、レッド、わたしだってこんな失礼なことやりたくないのよ。でも、でもね……」
「わかっている……」レッド13は溜息をついた。「言うな」
「ライターはないし、マッチじゃ冷えすぎててすぐ消えちゃうのよ！」
「なんでレッドの尻尾の火は消えないのかしらね」エアリスが隣で布を引き裂きながら呟いた。ここいらには焚火に使う枯れ木も紙のごみもないのだ。ぼろ布に油を浸して火を熾すしかなかった。
　どうにか炎が移り、油臭いささやかな熱気が氷点下の夜に抵抗を始める。
「ふう、これでちょっとは人心地つくわ」ティファとエアリスは並んで両手を火にかざした。
「おい」と野太い声が彼女らの背後から投げつけられる。「人心地つきすぎる前に、早いところメシ作ってくれ」
　ティファが振り返ると、そこにはバレットが立っていた。もっとも、すっぽりと毛布を身体に巻きつけたその姿は砂漠のクマかなにかと間違えそうなほど不気味だ。
「脱水症状起こしてるわけじゃないでしょ。もうちょっと待ってよ」
「まあな。オレの腹は大丈夫だ」バレットは頭からかぶった毛布の下でなにかに耐えるように眉を寄せた。「けど、できればオレの腕が咀嚼されきっちまわない前に、こいつらの餌だけでも頼むぜ」
　ティファはやっと彼の両腕にぶら下がっているふたつの影に気がついた。
　彼の右腕には、毛布の上からかじりついて、「肉、肉」と呟いているチョコボ頭。そして左腕には同様にがじがじと噛みながら、「ひもじいよう」と泣き叫んでいるニンジャ娘がいる。
　エアリスが溜息をつき、右手のひらを上にしてバレットのほうに腕を伸ばした。「クラウド、お手、おあずけよ」
　彼女の手のひらに、ぽんと赤い犬の前脚が載る。
「はっ」レッド13がお手をしたまま、正気に返ったように目を見ひらいた。「なな、なんでオイラ――いや、私はこんなことを！」
　エアリスは引っこめられようとする狼の前脚を逆に掴んだ。「やっぱり正体を隠してるでしょ、レッド？　さあさあ、観念してわたしの召喚獣になるの」
「だから違うって！」レッド13は彼女からもがき離れようとする。「エアリス、まだ昼間の熱が残ってるんじゃないのか？」
　エアリスとレッド13が焚き火のまわりでぐるぐると鬼ごっこを始めるかたわら、もうひとつのエアリスの召喚獣候補クラウドは、まだバレットを食べようとすることに挑戦していた。
「クラウド、それは生(なま)よ」ティファは言った。
　クラウドのチョコボ頭がぴたりと動きを止め、やがてしぶしぶとバレットから離れたものだ。ふうん、前々から思ってたけど、生(なま)じゃ食べない躾はできてるのね。
「ありがとう、ティファ」クラウドはどっかりと焚き火のそばに腰をおろし、がりがりと頭をかいた。「おれは自分を見失っていた。あんまりにも昼間が暑かったせいだな」
「そうね、ユフィは車に酔ったふりして――ふりじゃないのかもしれないけど――、マテリアを手に脱走しようとしたし、バレットはとち狂って発砲しまくるし、エアリスはチョコボ召喚ばかりしてたし、レッド13は、『おうちに帰りたいよう』なんて泣き叫ぶし、みんな本性の一部を曝け出してたわね」
「そうだな」クラウドは頷いた。「そういうティファも、オーバーヒートしかけたバギーを拳で脅してエンジンが冷えるほど怯えさせていた」
「クラウド、無機物は怯えたりしないわ」ティファはバックパックを引き寄せ、缶詰を取り出そうと中をひっかきまわした。
　が、どれほど手探りしてもなにかを掴むことはできない。彼女は怪訝にバックパックを覗きこんだ。
　からっぽだ。
　あれほどあった缶詰と水はどこへ？
　ティファはじっとクラウドを見つめた。
　クラウドは暗闇でも光るような鋭い目で無言のままにごはんの催促をしている。このバックパックの中に食べものがあると信じて疑っていないようだ。
　そうね、違うわ。クラウドじゃない。
　彼女はユフィを振り返ってみた。だが、どれほど腹が膨れていても食べろと言われれば食べてしまうクラウドと違い、彼女は少なくとも胃袋の大きさはティファやエアリスと同等だ。単に消費するエネルギーが多くて、すぐにお腹をすかせるだけ。
　あれほど空腹を訴えるなら、あの大量の缶詰を盗み食いしたわけではないだろう。
　となると……バレット？　いや、まさか。
　エアリスは問題外よね。レッド13……も違うわ。だって彼には手がないから、このバックパックの金具をあけられるわけがない。ちゃんと鍵をつけているんだから。
　ティファはしぶしぶ、バレットに声をかけた。「ねえ、バレット、このバックパックの中身だけど」
「なんだそれ？」巨漢はやっとニンジャ娘を引き剥がして遠くに投げ捨てた。
　やっぱり違うわ。バレットみたいな単純な人、こんなふうに完全にぼけたふりができるわけがない。
「あ、それ？」エアリスがレッド13の背中に跨って戻ってきた。「わたし、使ったわよ」
「えっ!?」ティファは耳を疑った。「まさか、食べたの？」
「なんだって」クラウドが立ちあがった。「エアリスがおれの食いものを横取りするなんて裏切りに等しいぞ」
「クラウドのだったの？」エアリスはレッド13のたてがみを左右に引っ張りながらまばたいた。「途中でキマイラに会ったから、手懐けられるかどうか食べものをやってみたのよ」
「なんでそんなこと！」
「だって、召喚獣になってくれるかもしれないじゃない」
「エアリスう！」ティファは泣きたくなった。ほんとに裏切りだわ！
「キマイラはね、アクアブレスを使ってくれたのよ。砂漠で水を拝めるなんて、すごく便利じゃない」
「その代わり、クラウドが瀕死になっていたな」レッド13が首を振った。「バレットが戦闘不能だったか？」
「そうよ、それなのにクラウドってば、魔法カウンターでフェニックスを召喚するんですもの。せっかく潤ったところを、〈転生の炎〉でたちまち乾いちゃった」
「……つまり」ティファは眉を寄せた。「ここにテントを張るまで、クラウド、瀕死状態で魔法使う余力も残っていないまま、ばたばたとモンスターをやっつけてたわけ？」
「そういえば、フェニックスなんか召喚したら魔力が残ってるはずもないわね」エアリスは、ぽんと拳で手のひらを打った。「それでクラウド、しゃがみこんでばかりだったんだ。わたし、ただお腹すいてるだけかと思ってた」
「なあ」クラウドが複雑そうな顔で割りこんだ。「つまり、おれの食いものはどうなったんだ」
「キマイラが食べちゃったってことみたいね」
「ぶっ飛ばす」クラウドはあさってのほうを向いて拳を作った。
　ティファは慌てて彼の服を掴んで引き止める。「だから、そのキマイラはあなたが斃しちゃってるの！　もう、いないの！」
「じゃあ、おれは誰に復讐すればいいんだ」
　ティファは溜息をついた。「しょうがないな。ちょっと寒いけど、ひと休みしたから元気でしょ。フラップビートでも捕まえてきて。なんとか料理してみる」
「モンスター、食べるの？」エアリスが顔をしかめる。
「食べられないことはないみたいよ」彼女は自分のバックパックを引き寄せ、その中から一冊の本を取り出した。「サバイバルな旅になりそうだったから、いちおう古本屋で見つけたこれを買っておいたの。『珍味と猛毒は紙一重〜モンスター料理に関する考察』Ｖ・Ｖ著」
「そのＶ・Ｖって、誰？」
「さあ、知らないわ。でも、モンスターの毒の処理や気をつけなきゃならない有害な食べあわせとか、すごく細かく書かれてるの」
「その著者は、よくモンスターを食う気になったものだな」レッド13が炎のついた尻尾をひと振りした。
「よっぽど好きなんでしょ」ティファはクラウドを振り返った。「とにかく、なんでもいいからモンスターを狩ってきてちょうだい。バレット？」
　バレットは鼾をかいていた。レッドがエアリスを振り落とし、くるりと一回転してまわし蹴りを浴びせる。
　さすがにバレットは目を覚ました。「なんだよ」
「クラウドについて、ちょっとバトルしてきてちょうだい」ティファは軽く手を振ってつけ加えた。「あと、そのへんにユフィもうろうろしてるでしょ。三人で行って」
「ちっ、しょうがねえな」
　やがて難なくフラップビートを数匹捕獲してきたのち、彼らは充分な食糧にありつき、平和な砂漠の夜を過ごしたのだった。