FUNNY GANG

１

　闇夜の森のなか。
　ねじくれた幹の木々をぼうっと照らし出すのは小さな焚火の炎。
　ちらちらと火の勢いに合わせて踊るように蠢く影は、黒いフードつきマントをかぶった小柄な人影が三つ。
　それらは背中を丸め、焚き火をかこんでいた。フードに隠れて見えないが、その目はそれぞれ炎の上にかざした小さな壺の中に興味を注ぎこんでいるようだった。
　やがて薬匙代わりの細い枝を壺に突っこみ、フード姿のひとりがそのどろっとした液体をすくってみせる。それは不気味な紫色の煙を立て、しかし、甘く誘うような匂いを発していた。
　興奮剤の素である。これを水で薄めて彼女らが狙う標的に使い、その運命を狂わせてやろうというのだ。その人間が王になろうなんて野心を持っていたりするとなおさら、からかいがいがある。
　薬匙を壺から引き抜くと、影はほかのふたつの影へと満足そうな身ぶりで見まわす。
　もうひとつの影が応えるように身じろぎした。
　やがて影たちはそれぞれの手に小さな瓶を持ち、興奮剤を詰めこんでいく。
　準備ができ、残った薬を壺に入れたまま蓋を閉め、それをかたわらの木の虚(うろ)に押しこんで片づける。
　そして影たちは立ちあがった。
　ひとりが、今度はいつ会おうという目で仲間たちを見まわす。
　騒ぎが終わってそのあとで、とひとりが身ぶりで訴えた。
　影たちは言語を持たなかったが、それらにはそれらなりにコミュニケーションを取る方法はある。
　だから、そのまま相談を続けた。
　どこで？
　草原がいい
　そうしてチョコボに会う
　そのとき、彼女らの耳にケロケロと両生類の鳴き声が聞こえてきた。
　ひとりがぶるりとマントを震わせる――すぐ行かないと
　もうひとりものろのろと立ちあがった――毒蛙が呼んでいる
　最後のひとりが焚火に砂をかけはじめる――飛んでいこう
　雪山に
　古き神殿跡に
　大空洞へ
　そしてそれらは、それぞれ闇の中に溶けていった。

＊＊＊

「だから、そこには古代種の残したお宝がどっさり残っているっていうんだ」クラウドは古くなった地図をぱんぱんと叩きながら訴えた。
　その地図は本当にぼろぼろで、ところどころ折り目に沿って裂けている個所もある。ついでに言えば、国境線の位置も人の住んでいる街や村の名前もいまだ五十年前のままのもので、現在ではほとんど役に立たないものだ。だが、辺境を好んでうろつくクラウドには充分役に立った。ただ、地図記号を憶えていないうえ、等高線の意味も方角のマークもよく理解しておらず、逆さまに読んだりして、しょっちゅう迷子になるだけだ。まあ、結局、役に立っていないということだろう。
「そんなもの、ガセだろうが」ヴィンセントがむっつりと呟いた。「だいたい、いまさらお宝を掘り起こしてどうしようというのだ」
「黒マテリアが出てきたらどうする」
「むっ……」
　ふたりのあいだでナナキが光る尻尾を振りまわした。「ヴィンセント、ごまかされないでよ。クラウドはちょっと変わったところでピクニックがしたいだけなんだ」
「それのどこが悪い！」クラウドは、むっとして腕組みした。「古代種が厄介なものを残してないか確かめるついでに、少しぐらい遊んだっていいだろ。それに」彼は拳を天に向かって突きあげた。「ピクニックっていったら大自然の中と決まってる！」
「大自然など、そこらにごろごろ転がっているではないか」ヴィンセントがむっつりと言い返す。「わざわざ藪蚊だらけの森林を選ばずともよかろう。どうせなら静かで過ごしやすい大空洞あたりで探検したほうが――」
「ヴィンセントは暗いところに行きたいだけ」ナナキがぴしりと口を挟んだ。「大空洞のどこが静かなんだか、おいらには疑問だよ。パラサイトは鬱陶しいし、ドラゴンゾンビなんか、クラウドの姿見るたびに、遊んで遊んでって骨だらけの尻尾を振って突進してくるじゃないか」
　ヴィンセントは赤い狼をじろりと睨みおろした。「それなら、おまえはどこへ遊びに行くのがいいと考えているのだ」
「えっ、ええと」ナナキはぐるりと右目をまわした。「そうだな、大雪原とか」
「雪しかないぞ」クラウドはじっとりと狼を見つめた。
「なんだよ、スノーボードにあれだけ嵌まってたくせに」
「まあな、じつはいまもやってたりするんだが」クラウドは頷いた。「タイムアタックしてると、ときどきサボテンダーの幽霊が出てくるんだ。うっかり最高記録出してるから、なかなか追いつけないことも――」
「なんだそれは」ヴィンセントが長くなりそうなクラウドの話を打ち切った。
　その隙にナナキが急いで口を挟む。「だからさ、あれだけ起伏の激しい土地だったら、おいらたち三人でも充分軽い運動ができると思うんだ」彼は斜面で思いっきり駆けまわる爽快さを想像したらしい。うっとりと北のほうの空を仰いだ。尻尾が期待に揺れている。
「寒いのはやだ」クラウドはきっぱりと言った。「そりゃ、ナナキは毛皮があるからいいけどな」
「ジェノバ入りのくせに、関係ないだろ」
「そういう言いかた、やめろ」クラウドは唇を歪める。「これでもちょっと気にしてるんだぞ……そのおかげで背丈は伸びないし、髪の毛も伸びないし、いつまでもおれ、チョコボって……ううっ」
「頭の中身ぐらいは成長してもよさそうなものだがな」ヴィンセントがぼそりと呟く。
　クラウドは幽霊の顔面に蹴りを入れた。
　蹴りこまれたまま、ヴィンセントはクラウドの靴裏に向かって続けた。「そもそもクラウド、そのお宝という話はどこから聞いてきたのだ」
「ウータイの双子が――」
「やっぱり」ナナキが顔をしかめる。「たとえとっくに成人してたって、あの子たちはユフィの子どもなんだよ、クラウド」
　クラウドはちょっと考えた。「そうか……じゃあ、古代種の残したお宝というのはマテリアかもしれない」
「そうじゃなくて」ナナキは慌てて言った。「あの家系は、人をからかって、クラウドで遊んで、騒動を起こさせたあげくに、とんずらこくのが身上じゃないか」
「じゃあ、嘘なのか!?」
　ナナキは頷きかけ、しかし、思いなおしたように首を振った。「いや、その、もしかしたら……まあ、場所も場所だし、なんか石版のかけらとかは残っていそうだけどさ」
「だったら、それを確かめに古代種の神殿跡に――」
「私はごめんだ」ヴィンセントは、ばさりとマントを翻し、きびすを返した。「話があるというからわざわざ出てきてやったというのに、つまらんピクニックの計画とはな」
「つまらないだと！」クラウドは吼えた。「いつも食っちゃ寝してるだけのくせに！　少しはダイエットぐらいしようと思わないのか」
「このスレンダーな私にダイエットが必要だと？」
「密かに気にしてるくせに」ナナキがぼそっと呟く。
　ヴィンセントはサンダガを浴びせた。輝く電球の中で赤い毛並みが逆立ち、ぴーんと四肢を伸ばし、ナナキは硬直した。魔法が収まったあと、狼はばったりと倒れこむ。
「ああっ、ナナキ！」クラウドは、ばちばちと電撃の名残をとどめる毛皮を揺すった。「なにするんだ、ヴィンセント、ナナキを丸焼きにしたって、まずくて食えたもんじゃないぞ！」
「おまえも少しは本気で心配したらどうだ」ヴィンセントはちょっと呆れた声になった。
　と、ぷすぷすと焦げる毛皮をぶるぶる震わせたと思うと、ナナキはふらふらと立ちあがった。
「ナナキ？」クラウドは、ぱっと手を離す。
「もう……」ナナキは唸るように言った。「もう、頭来た！　ヴィンセントなんか大空洞でもなんでも引きこもってりゃいいんだ！　だいたい、しょっちゅうクラウドと遊んでるくせに、私は悪夢の中で生きる身だとかなんとか言ってかっこつけて、ただの住所不定無職、口だけ引きこもり幽霊じゃないか！」
「く、口だけだと！」
「住所不定無職って言われたことはショックじゃないのか」クラウドは思わず突っこんでしまった。
「貴様とて同じことだろうが」ざわりと空気を波打たせ、ヴィンセントは紅い目をぎらぎらさせてクラウドを睨みつけてくる。「食べ歩きツァーを延々と続けているただのチョコボのくせに、あちこちで目撃されるがために伝説の黄金チョコボだなどと言われ、誤解のうえでチョコボ英雄になっているだけのことだというのに」
「チョコボチョコボと……」
「それがどうした、馬鹿チョコボ！」
　それから彼らは三人三様に罵りあいを始め、延々と二日ほどのあいだ声が涸れるまで口喧嘩を続けた。