SOLDIERS

１　陰謀

　鋼鉄都市、そう呼ぶに相応しいミッドガルは常に夜の中にあった。
　八つの魔晄炉から噴き出る高熱の余剰ガスが大気を温め、厚い雲を上空に形成させるからだ。
　暗雲立ちこめる空中都市は、ともすれば魔物の城にも見える。
　しかし、実際にはこの都市は不夜城である。常に稼動する魔晄炉とそこから供給される豊富な電力のおかげで、各街は夜も昼も関係なく生活することができた。
　八番街には大きな劇場が構えられ、各種娯楽施設はネオンもきらびやかにその存在を主張している。そこから続く繁華街は、七番街、六番街、五番街と、連続して賑やかな通りを形作っていた。
　それらの街や高級住宅地、オフィスビルなど、きれいに区画されたその建物群のあいだを、ぐるりとハイウェイが貫いている。
　そしてその中心には〇番街があった。倉庫や軍施設の多いそこにはさすがに賑やかな通りはなく、一般の人々がうろうろすることもないが、じつはいちばん人の出入りの激しい区域である。
　なぜなら、このミッドガルのシンボルとも言える七十階建ての巨大なビルがあるからだ。世界最大の企業であり、世界最強の軍隊を擁する神羅カンパニー、その本社である。
　神羅製作所として車輌製造販売から始まったこの企業は、魔晄エネルギーを発見し、それによる電力供給と市場独占で莫大な利益を引き出し、急激に成長を遂げた。
　魔晄炉のもたらす産業革命はあっというまに各大陸を席捲し、神羅の肥大化はとどまることを知らなかった。
　神羅カンパニーは軍隊を養成し、兵器を開発し、ネットワークを作りあげ、金と資本と軍力で各国の政府を解体に追いこんでいく。そして現在は知らぬ者とてない独裁的な存在となった。ニブル地域の片隅で始まった小さな製造業は、いまや全世界に君臨している。
　ミッドガルは、神羅の技術、豊かさを象徴すると同時に、その圧倒的な軍力と支配力とを象徴する人工都市であった。
　その中心、神羅本社ビルには当然ながら神羅カンパニーの中枢が詰まっている。ことに六十五階から上部は、神羅五大巨頭の縄張りであった。
　六十階を境目に異様に厳しくなるセキュリティもさることながら、この六十五階以上に足を踏み入れることのできる人間は限られている。もっとも、甲高い笑い声をあげながらゴージャスなドレス姿でミサイルを手作りしているおばさんや、関係者さえ締め出して奇妙な猫ロボットを造っているおじさん、砂糖とラードが切れると踊り出すキューピー人形が棲息していては、誰も近づきたがらないのも当然のことだろう。
　そして彼が歩いているとモンスターさえ柱の陰に隠れるという、白衣のマッドサイエンティスト、宝条。
　彼の棲息場所は六十八階にあった。もっともサンプルが増えすぎて六十七階にもはみ出しているのだが、その階にいるはずのハイデッカーは大抵、ジュノンに入りびたってあまり本社に顔を出さないので、誰も文句をつけることもない。
　宝条はその日、ウータイ終戦の報とともにあるデータをデスクに放り出したまま、うろうろと室内を歩きまわった。
　もちろん、彼が手塩にかけて育成したソルジャー、セフィロスがその頑固な古い国をひれ伏させ、ついに事実上の世界統一を成したということは、彼にとっても誇らしいことである。
　だが、それとは別に、秘密裡に調査させたこの報告結果が彼には気に入らなかった。
　宝条は長いあいだ部屋をぐるぐると歩きまわり、さすがにちょっと目がまわってきたところでデスクに坐りなおす。そして否が応でも目に入ってしまうその報告書を手に取り、睨みつけた。
　それには写真もなにもついておらず、『訓練予備隊三十二班、六月末日をもって後送』と書きなぐってあった。そしてその下に続く生存者のリスト。
　そのリストのいちばん下にある名前、これが宝条の気に入らなかったのである。
「クラウド・ストライフ」彼はついに声を出して呟いた。「あの湯たんぽが生きて帰るとは」
　せっかく入社五日めにして強引に前線に送りこみ、あの手この手を駆使して、やつの所属する訓練予備隊がゲリラの横行する輸送任務につけるよう、すべて根まわししたというのに。
　あの湯たんぽめ、ライフルの使いかたもろくに教わらずに行ったはず。なのに、しっかり生き残っている。
　運がいいというか、なにかが憑いていると思わずにいられないというか。戦死した十七名の中に入っていてもいいはずなのに。いっそのことデータを書きなおしてやりたかったのだが、それはあまりにも虚しい行為になりそうだったので彼は断念した。
　まったく、あれを殺そうと思うたびに失敗するのはなぜだ。
　あの湯たんぽが生きていて、なおかつ、ミッドガルにいるなどということをセフィロスに気取られんようにせんと。あれにジェノバ以外に執着するものがあってはならんのだ。
　まあいい、セフィロスはあの湯たんぽ嫁のフルネームさえ知らない。いや、ファーストネームもおそらくは掴んでいないだろう。だいいち、あれはいまだにモンスターに横取りされたと信じて疑っていないのだ。
　そうとも、なぜあのままモンスターの嫁になってしまわなかったのか。いや、いっそ食われてしまえばよかったものを。そもそもなぜ、よりにもよって神羅になど入社する。というか、入社を許可したのはいったい、どこの迂闊者だ。
　宝条は椅子をリクライニングさせ、眼鏡を取りながら瞼をこすった。
　セフィロスが気づかんうちに、なんとかジュノンかロケットポートあたりに遠ざけることができんものか。どうやら命まで取ろうとなると、なにかと裏目に出るような気がするからな。
　しかし、なんの工作をするにしろ、もうタークスは使えんだろう。主任になったヴェルドはあれ以来、湯たんぽと聞くといささか神経質になってしまう。その反面、やたらと冷徹になり、部下に厳しい上司に育ったものだが……いったい、あの村でなにがあったのだろう。
　まあいい、それはヴェルドの問題だ。そのヴェルドがタークスを牛耳っているものだから、湯たんぽ関連にあいつらが使えんというだけだ。苛立たしいことだが仕方がない。
　ともかく、あれをミッドガルから遠ざけ、セフィロスを孤立させ、母を求めるように仕向けねば……いやいや、そう示唆してはならんのだ。示唆して行動を強制してしまってはリユニオン証明にならん。
　むむ、やはりサンプルがひとつでは足りんのだろうか。とはいえ、造るソルジャーどもはどんどんジェノバ性質が薄れてくるし、モンスターたちは平穏に子孫繁栄しはじめてしまっている。あれ以上の成功例はもう、造れないのかもしれんな。
　だいいち、サンプルを増やそうにも、ここのところ社長の監視も厳しい。それにこれ以上、ミッドガルで行方不明者を出すわけにもいかんだろう。
　ああ、人間というものはやはり面倒なものだ。
　いっそのこと、今度は兵士の中から……。
　宝条は眼鏡の奥で爛々と目を輝かせた。
　なるほど、その手があったか。