SOLDIERS

１　別れ

　クラウドはまっすぐ前を見て立っていた。
　振り仰げば蒼穹に流れる白い雲。鳥の姿はない。
　鳥がいるのは草原のほうだった。緑と金色に輝きながら風に波打つ草の海。その合間にちらほらと見え隠れする黄色い生きもの。
　クラウドはそれをじっと見つめていた。
　ここまで来るあいだ、彼らにずっと付き添ってきたあの大きな鳥。
　チョコボである。
　クラウドもこれまで絵本でしか見たことがない、飛べない代わりにどこまでも走るというあの鳥だった。
　絵本の上から撫でるのと違って、本物は素晴らしくさわり心地がよく、温かくて、びっくりするぐらい元気だった。
　ふわふわの黄色い羽毛、頑丈な嘴、太い脚と嬉しくなるほど凶暴な爪。
　バックパックの中の食糧はすっからかんに取られたけど、あの鳥に乗っているとクラウドは幸せだった。
　あの鳥の羽づくろいしていると、なにもかも忘れていた。
　いっしょに走っていると……ついていけなかったけどさ。
　クラウドは、いつかはあの鳥と同じように走れるようになろうと決心していた。
　けど、いまは……。
「ストライフ！」背後で隊長が叫ぶ。「いつまでチョコボと別れを惜しんでいるつもりだよ。今日の行程、全然進まないじゃないか！」
　クラウドはしぶしぶ、きびすを返した。
　隊長の背後には二列横隊になったまま草の上に坐りこんでいる十数人の隊員たちがいる。彼らは演習のためにここまで隊伍を組んできたのだった。
　ミッドガルから出て草原を渡り、ミスリルマイン手前の湿地帯で匍匐前進の練習をするのだという。
　おれ、匍匐前進は得意なのに。なんでわざわざ、やらなきゃならないのかな。でも、全員参加だから行かないではすまないんだってクマさんが言ったんだ。
　これがすんだら、新しい服をくれるんだって。
　ぴかぴかのソルジャー候補生のバッジもくれるんだ。
　おれ、ソルジャーになるために村を出てきたんだもん。我慢しなきゃ。
　でも、この演習、クマさんがいないんだ。おれがミッドガルにいないあいだ、クマさんはおれの寝床を確保しておいてくれるんだって。それで代わりに、レノってやつが食事の時間を教えてくれるんだ。
　そのレノが、ちょいちょいとクラウドをさし招いた。「いつまでもおまえさんがそこにいると、チョコボだって去りがたいだろうがよ」
　クラウドがおとなしく彼のそばに行くと、今度は隊長のほうがあからさまな安堵の表情を浮かべる。「まったく、頼むよ。チョコボといっしょに走り出したかと思えば、一日じゅう毛づくろいしたり、どつきあいしたり……」
「羽づくろいだぞ、と」レノが訂正する。
「どっちだっていいだろ」隊長はうんざりしたように首を振り、地面にしゃがみこんで待っていた隊員たちに合図した。「とにかく行くぞ。今日じゅうに湿地帯に到着しないと全員減点だ」
「あれ、もう終わり？」誰かが叫んだ。
「チョコボ、まだいるぞ」
「もっと見てたかったけどなあ」
「愛と感動のドラマ、最終回ってとこ」
「お別れして終わりだなんて寂しいよ」
　クラウドはその言葉に、ちょっとだけ頷いた。
　ちらと肩越しに振り返れば、まだ草の海の中でこちらを見つめてきているチョコボ。
　本当は、おれも連れていきたい。
　でも、そろそろ草原も終わりだ。あんたを生まれた場所から引き離すなんて、おれ、できないよ。
「これは演習なんだってば！」隊長は泣き叫ぶように怒鳴った。「おれたちはチョコボ物語を観に来たわけじゃねえんだぞ！」
　そうして彼らはのろのろと立ちあがり、のろのろと足を運び、草原を再び移動しはじめた。
　クラウドはレノと並んで歩きながらまた振り返る。
　波打つ草は手を振って別れを惜しんでくれているよう。そのあいだにチョコボがまだ見える。
　寂しげな、そして悲しげな鳴き声がひとつ。
「チョコボ……」クラウドは呟いた。
　チョコボがさらに大きく、甲高い声でひとつ鳴いた。
　そして突進してくる。
　クラウドも身体ごと向きなおり、そちらへ駆け出した。「チョコボ！」
　やっぱり置いていけないよ。おれたち、友達だもんな。

＊＊＊

　衝突しながら、しっかりと抱きしめあったチョコボとチョコボ。
　レノは、（やっぱりついていく）と鳴きわめいているチョコボと、「やっぱり置いていけないよ」と泣くチョコボを虚ろな微笑で見守っていた。
「またか……」隊長が、がっくりと項垂れた。
「こりゃ、連れてくしかねえな」レノは、ぽりぽり頭をかいた。
「そんなこと言ったって」
「あのよう、おれら、何度、あのチョコボを追い払ったと思う」レノは諭すように彼に耳打ちした。「追っ払っても追っ払っても、あとからあとから現われただろうが。ようするにおれたちは、ストライフの形したチョコボ寄せマテリア持ってるみたいなもんだぞ、と。諦めるしかないんじゃねえかな、と？」
「チョコボなんか連れて本隊と合流した日には、おれたち、なんて呼ばれると思うんだ！」隊長は助けを求めるように天を振り仰いだ。
「ストライフ単品だって似たようなもんだろ」
　レノが言えば、ほかの隊員たちもそれぞれに頷く。
「そうそう、ミッドガルで隊編成が発表されたとき、おれたち、羨ましがられてなあ」
「ストライフって密かにアイドルなんだぜ」
「騒ぐと逃げるから、こっそりファンクラブ作ってるんだ」
「こないだ、カメラ向けたやつが咬みつかれたって」
「おれは蹴り飛ばされたって聞いたぜ」
　隊長は恨めしそうに彼らを振り返った。「おまえら、どうしてそう、能天気にあのストライフの存在を受け容れられるんだ」
「そりゃもう、三日もいっしょに旅していれば」
「いままでの演習で、いちばん退屈しなかった」
「おれ、毎回、チョコボといっしょの隊になりたいなあ」
「こう、心が洗われるんだ」
「癒しだよな」
「でも、ストライフ、この演習終わったら新設のソルジャー養成部隊行っちまうんだろ？」
「そんな！　おれ、戦車隊なのに」
「機動隊で走りまわるんだと思ってた」
　レノは、なにも言えなくなった隊長の肩をぽんぽんと優しく叩いてやった。「チョコボについてあれこれ気を揉んだって、あんたが疲れるだけだぞ、と。いっしょに、かいぐりして遊んでやったら」
「おれは……」隊長は泣き出した。「おれは……」
　泣きくずれる彼の前方には、生まれ故郷を旅立つ一大決心をしたチョコボと、それにすっかり魅了されたチョコボがいまだ抱きしめあっていた。