１ 候補生
この秋、神羅軍は大幅に組織改編を行ない、戦時に膨れあがっていた余分な贅肉を落としたものである。
世界各地に駐留していた軍隊はいっせいに引き揚げられ、代わりに行政的な監視が強化された。まだテロリズムや残存ゲリラの報復などの危険もあったが、コレルやジュノンなど、すでに魔晄エネルギーによって神羅の支配は確立していると言っていいのだ。戦時中のときのように大量に兵員を抱えておく必要はほぼなくなってきていた。
ところで、もともと神羅は国家でも地方自治体でもない。単に利益を追求する一企業であった。軍隊を擁するとはいっても、起業した当初は警備員として雇った社員やアルバイトしかおらず、ときには全員が定年後の再就職者で形成されていたものだ。
それが、いつのまにか世界最強最大の軍隊に育っていたのだから不思議である。戦争という狂った時流のせいだと言わざるを得ないだろう。地域との連携を取っているという立場だった神羅カンパニーが、戦争の推移とともにその地方の利権政権を呑みこむにつれ立場が逆転し、民衆はこぞって魔晄エネルギーを求めた。若者は入隊希望書にサインして活躍の場を求め、軍隊が大きくなるにつれて会社の権威はいや増した。
そしていま、兵役制度を撤廃し、およそ半分まで人員を削減したのである。当然ながら駐留軍はほとんど引き揚げることになり、基地のいくつかはほかに売却することとなった。ことにコレルの砂漠地方では、ディオという豪快な人物が基地ごと砂漠を買い叩き、そこにばかでかい遊園地を造る予定だという。
各地では、兵役から解放された息子や恋人、夫を迎える光景も見られ、メディアはこぞってそうしたリポートを集めてまわったものだ。おかげで神羅人気は上昇した。
もっとも、魔晄エネルギーを握っている以上、神羅はあまり世論を気にしない。むしろ、軍備縮小と見てつけあがってくるテロリストやゲリラの動きこそ注視していたものだ。
確かに兵員は半減した。しかし、機能が損なわれたわけではない。戦争拡大につれてつけ加えるだけつけ加えてきた余分な部隊を統合し、指揮系統をそれぞれの師団にほぼ一本化したのである。
かえって動きは迅速になり、兵員ひとりひとりにも充分な訓練が課せられ、全体的に能力はあがったと言ってもいい。
ちなみに、この整理整頓によって更迭降格された将官が多数いたことに触れておこう。百も二百もあった師団、または旅団が解体されるにつれて、その長たちもまた異動を余儀なくされるのは当然のことだった。師団長であった者でも能力別に篩(ふるい)にかけられ、ほとんどの者が大隊長レベルの仕事にまわされたのである。
そして神羅の英雄、ソルジャーの長、セフィロスも例外ではなかった。いったんは大将階級を拝領したものの、みずから提案、実行した組織改変に伴なって中将に降格となった。そこに至るまでにハイデッカー大将と延々、口論したことは言うまでもない。もっとも、その口論の中身がどんなものであるかは、当事者以外、誰も知らなかったりする。
そんなわけで、英雄セフィロスさえ一階級降格したのだからと、大半の将官はたとえ佐官に落とされようと文句は言えなくなった。もっとも、これまで褒賞代わりに乱発していた特進事項のほうが異常だったのである。
また、兵役制度の撤廃で大がかりな訓練予備隊も必要なくなり、独立していたそれは教育大隊に組みこまれた。一般教育の部が設けられ、未成年者は一部を除き、問答無用でそちらに放りこまれた。新たに士官学校が開設されたが、これは大学と同様、入学試験を経て合格者のみ入校が許される。
そしていっぽうではソルジャー特化訓練隊が設けられた。これまでソルジャー試験の受験資格を満たしてさえいれば容易にソルジャーをめざすことができたが、これからは段階を経なければならなくなる。特化訓練部に在籍し、一定のカリキュラムをすべてクリアしてからでなければ試験を受けることができないのだ。
そしてこの特化訓練隊は、いささか変則的な部署であった。教育大隊の干渉下にあるとはいえ、この部はソルジャー大隊本部によって直接指示運営される。最終的にはセフィロスの認可があって初めて、ソルジャーへの道がひらけるようになったのである。
つまり、ソルジャーへの関門はいわば狭くなったのだが、その代わり、特化訓練隊隊員に一種のエリート意識が育つのは必然のことでもあった。
彼らには専用の制服が与えられ、剣とマテリアとが支給される。そしてソルジャー候補生として黒と銀のプレートを手にすることができるのだ。
しかし、いいことばかりではなかった。一般兵からの尊敬と嫉妬の眼差しを受けながらも優越感をいだけると同時に、彼らは地獄のような訓練に耐えなくてはならない。
普通の訓練以上の運動量をこなし、対戦とシミュレーションでの剣技、体技の習得、魔法能力の研磨。評価は厳しく、脱落はたやすい。新設されて一か月しか経たないというのに、入隊者百五十人のうち、百十三人は特化訓練受講権利を剥奪された。残った者はそれなりに優秀な者ばかりである。
そのような結果が出されると、誰も彼もが入隊希望を出すという事態は一気に収まってしまう。少数精鋭として集中的に育てられるのは厳しい訓練に耐えられる者だけになり、そうしてやっとソルジャー試験の受講資格を手にすることになるのだ。
ずいぶんと説明が長くなった。さて、特化訓練隊にいる彼らは当然ながらそれぞれが鍛えあげられ、腕っ節や戦闘時の判断力には自信のある者ばかりである。互いに力量を認めあい、たまにはおたがいに対戦しあって、能力を再認しながら日々を過ごしている。
今日もひととおりの訓練を終えてシャワーを浴び、飲みに行こうかと話していた四人ほどのソルジャー候補生たちは、建設したての新しい廊下を歩いていたものだ。
新設、新設としつこくて申しわけないが、とにかくソルジャー大隊本部の建物とそれに付随するさまざまな施設はすべて真新しい。きちんと計画されて建てられたものなので迷うことはないが、たまに新兵などがふらふらと見学していることもある。
しかし、候補生たちの正面から大股で歩いてくるのは明らかに新兵ではなかった。比較的大柄で頑丈そうな体躯、教育大隊の教官服と軍帽とをきちんとかぶり、無表情にまっすぐ歩いてくるのだ。襟章は少佐のもの。しかし、その熊のようなのっそりした顔は、ソルジャー訓練教官の中には憶えのないものだった。
誰だろうと候補生たちが考えているまに、教官はふと立ち止まった。ぐるりと候補生たちを見まわしてくる。
「少し訊ねるが」
「はあ」とひとりが敬礼も中途半端に応える。
「小さいチョコボを見なかったか」
誰も応えられなかった。
そのあいだにも教官はちらちらとあたりを見まわしている。
「おう、いた」呟くと、彼はひとりを押しのけ、あけっ放しになっていた講堂の入口へと突進していった。
ときおり柔術などの訓練が行なわれるそこは、講堂というよりは体育館であったが、それほど広い場所でもない。タタミと呼ばれるマットが片隅にうず高く積まれており、床はまだあまり使用されていないことを証明するように、ワックスがまんべんなくかけられていた。
窓は夕刻の光を取りこみ、部屋じゅうを赤く染めている。その窓とは反対側、入口をはいって右手の壁に、教官の言ったチョコボらしきものがしがみついていた。いや、つんつん跳ねた髪が黄色くて例の鳥に酷似しているだけで、正真正銘、人間の少年である。
四人の候補生たちは首を傾げた。どう見ても迷子かとも思えるのだが、彼が着ているものはちゃんと候補生の制服だ。
「ストライフ」教官が呼びかけながらその少年に近づいていった。
少年は、ごしごしと壁に頭をこすりつけながら振り返る。「あ、クマさんだ」
「もう充分、構造はわかっただろう。明日からひとりで来れるな？」
「ちょっと待って」少年は立ちあがり、ぐるりと壁沿いに十歩ほど歩いてからまた壁に抱きついた。
教官はじっとその様子を見て待っているらしい。候補生たちには少年がいったいなにをしているのか、てんでわからなかった。ごしごしと頭や肩を壁にこすりつけているのはわかるが、それがどういう意味のある行為なのか。
教官が溜息をついた。「ストライフ」
「もうちょっと」ごしごし。「新しいところだもん。丁寧に挨拶しないと」
ごし……。
少年の動きが止まった。「このくらいでいいかな？」
教官は無表情に頷く。「充分、憶えてくれたと思う」
「うん」少年は壁から離れ、ぴょこぴょことチョコボ頭を揺らしながら候補生たちのあいだをそのまま通りすぎていった。一歩遅れて教官があとを追う。
候補生たちは、ぼんやりとそれを見送った。