SOLDIERS

１　迷路

　クラウドは引き金(トリガー)をひいた。
　そうしなければ生き残れないからだ。なにがなんでもここから脱出しなければならない。
　ライフルの反動は少年の肩を痛め全身の骨を震わせる。だがクラウドはそれに耐え引き金をひきつづけた。
　ベニヤよりも少々厚い程度の壁にややいびつながらも弾痕が円を描く。
　クラウドはライフルをくるりと肩にまわし思いきり地面を蹴ってそこに体当たりした。
　弾痕で脆くなった壁はクラウドの二回めの蹴りでぽかりとむこう側へ外れる。
「よし」クラウドはさっそくそこをまたごうと手をかけた。
『すとらあああああいふ！』
　片足を穴の中に突っこんだところで彼は大音量のスピーカーに呼ばれた。『何度言ったらわかるんだ貴様！　壁を壊すな撃つのは壁から飛び出すテロリストの絵だ！　そもそも左手を壁から放しさえしなければ五分で抜けられるこんな迷路をどうして素直に抜けられないんだ！』
　クラウドは射撃の実戦シュミレーションをやっていたのである。多少複雑に折り曲がった模擬街路を進みながら曲がり角や樹木の絵に紛れてかくかくと飛び出してくる看板を撃っていく訓練だ。凶悪な顔をしたバンダナ男を選んでやっつけ時間内に迷路を抜ければいいのだが中には一般の通行人やテロリストに捕らえられた人質なども出てくるのでそれを誤って撃てば減点だった。
　しかしクラウドはその看板のどれも撃ったことがなかった。弾が当たらないというのではなくそもそも撃つ気がないのだ。
　だってむこうから攻撃してくるわけじゃないしすぐそばに飛び出してきたら殴ればすむし。
　とにかく時間内に迷路から脱出しろそうでなければソルジャーになれないって教官が言うからちょっとだけ強硬手段を採っただけなのにな。
　クラウドは穴に足を突っこんだままむうと膨れていた。
　スピーカーからの説教は続いている。『確かにそこからまっすぐ突っ切れば出口だ。壁を三枚ほど壊せば最短距離になるだろう。しかあし！　貴様いまいるところから右手を見てみろ！　十メートル先にちゃんと通路があるだろうが！　急がばまわれという言葉を知らんのか！』
　急いでどうするんだ？　おれはおれの道を行く。クラウドは身を乗り出し壁のむこうの通路へと抜けようとした。
　ところが彼は後ろから襟首をがっしりと掴まれもとの通路へと引きずり戻されたのだ。
　なかばぶらさげられながら首を捻って仰ぎ見ればのっそりしたクマさんの顔があった。クラウドの担当教官ベアーズ少佐だ。
　彼はクラウドを床におろしもういっぽうの手に持っていた二枚の板切れをさし出した。「壁の手当てをしなくては」
　クラウドははっとして壁の穴を振り返る。ぽっかりとあいた円形の穴はそのむこうの通路の床を寂しげに見せていた。
「すごく痛かっただろうな」クマさんは言った。
　クラウドは穴に向かって両手を合わせる。「ごめんよ気がつかなかった」
　クマさんは持ってきていた板とトンカチをひとつずつクラウドに渡した。「向こう側にまわって釘を打って補強してやりなさい」
　クラウドは頷き迷路を順路どおりに進んでいった。

＊＊＊

「ねえ、ザックス」
　ランチタイムを終え、とっとと本部を抜け出し、いつものカフェでコーヒーをすすっていたザックスは、その呼びかけに雑誌から顔をあげた。
　テーブルの向かい側にカレンがいて、テーブルの上には当然のようにパニーニとメッツォ・メッツォが載っている。
　ザックスは挨拶をする前に、わきに置かれていた伝票をひっくり返した。やっぱりな……追加になってやがるよ。
「カレン、いくらなんでも、毎日昼食たかりにくるのは――」
「いいから聞いてよ」と言う彼女は、こっちの話など聞く気もないらしい。「あたし、すっごくかっこいい人見つけちゃったの。ルックスはまあまあだけど、逞しくって、さばさばしてて、これこそ男！　って感じのね」
「そういう感じで、ルックスもいいやつが目の前にいるのに？」
「あら、どこ？」カレンはわざとらしく店内を見まわした。
「そういう、ありきたりのボケをしてくれるか……」ザックスは雑誌を放り出し、ややずり落ちかけていた姿勢を直した。「んで？」
「エアリスに相談したら、テロリストはやめておきなさいって」
　そりゃ、エアリスに限らず、大抵のやつはそう言うだろうぜ。「あのよう、おれ、いちおう神羅の人間なんだけど」
「あら、テロリストやってるからって神羅の敵とは限らないでしょ」カレンは首を傾げる。
　いや、いまの時代、大抵のテロリストは神羅を目の敵にしてるはずなんだけどな。ザックスはテーブルに両肘をつき、組んだ指の上に顎を載せた。「なんて名前の組織？」
「アバランチ」
　ザックスは吐息を抑えた。「大手だな。完全におれの敵だ」
「ええ？」カレンは焼きサンドを握りしめた。「それじゃ、あの人を取ったら、ザックス、もう奢ってくれなくなるってこと？」
「だから取るなよ」
「でも、すっごくいい人だった」
「あんたのいい人ってのは」ザックスは片手で彼女の前のサンドイッチやコーヒーを示してみせる。「いつでもこういうものを奢ってくれるやつってことだろ。そういうのは恋愛でもなんでもねえよ」
「ううん、この恋は本物」彼女はうっとりと祈りのポーズをする。
「ああそう、じゃ、勝手にプロポーズでもなんでもするんだな」ザックスはひらひらと片手を振った。
「そうする」カレンは立ちあがり、サンドイッチもコーヒーも放り出していってしまう。
　いったい、なんだったんだ？
　まあいいや、そろそろ本部に戻って昼寝でもするか。
　その彼の前に、カフェのマスターが音もなく立っていた。顔はにこやかだが、ザックスがどっちの方向に足を踏み出そうとも正面に立ちふさがるつもりでいるらしい。
　ザックスは観念してポケットを探り、マスターの手にある盆の上に自分のコーヒー代とカレンの食事代を置いた。