SOLDIERS

　クラウドはショーウィンドーにべったり張りついていた。
　神羅ビル二階、うっかり一階と勘違いして降りた少年は、ショッピングフロアの片隅、コーヒー一杯でも五百ギルは取るという、ばか高い喫茶店のディスプレイに夢中になっている。
　きらりんと輝く青い目が捉えているのは、純白の清らかな生クリームをかぶったスポンジケーキだった。
　いや、もちろん、そのケーキが着ているのは生クリームだけではない。チョコレート色のプレートはつやつやとして、その上には金色の文字でMerry Christmasと書かれている。砂糖でできた柊の葉っぱに、やはり砂糖の芸術品であるサンタクロースとトナカイの橇セット。
　小さなツリーはあちこちに立てられ、丁寧に粉砂糖がまぶされ、まるで本物の雪のよう。何段も重ねられたケーキの塔の上には、ちょこんと天使が載っていた。
　この大きなケーキにクラウドが抱きつくことを、あの天使は待っているに違いない。
　それなのに、この透明なガラス壁が邪魔をしているのだ。
　両手のひらとひたいと鼻の頭とで、クラウドはひたすらショーウィンドーのガラスを押していた。

＊＊＊

　ザックスは、エアリスからさし出された赤いリボンのついた大きめの箱を嬉々として受け取った。「プレゼントか？」
「金髪の彼女にね」エアリスはにこにこしている。
　……あ、そう。てか、いいかげん誤解とかなくちゃならねえんだけど、どうしていつもタイミングが悪いんだろう。「ええと、あのよ」
「わたし、家の大掃除とか、教会のこととか、いろいろ忙しいから」エアリスは両手を後ろにまわし、ちょっとだけ首を傾げる。「できれば、今年じゅうには彼女に会いたかったけど、しょうがないね。今度スラムからあがってこれるの、わたし、来年になっちゃうな。だから、春までにはちゃんと紹介してよ」
「え、ちょっと待てよ」ザックスは慌てて叫んだ。「今日はクリスマスなんだぜ。おれとデートしてくれねえの？　それに忘年会は？　でなきゃ、新年会ぐらい約束してくれたっていいだろ」
「だめ」遠ざかりながらエアリスは、ばいばいと大きく手を振った。「ザックス、すぐ約束破るんだもん。約束を守るって約束だって、あてになるもんですか。じゃあね」
　ひでえ。
　ザックスはプレゼント包みを持ったまま、ミッドガル五番街、軽快な音楽が流れる金と銀と赤と緑の色彩の踊り舞う街路で立ちつくした。
　ハイキングに行けなかったのはクラウドのせいじゃないかよ。デートを何回かすっぽかしたのだって、そういうときに限って唐突にセフィロスが仕事に精出すからだし、その理由っていやあ、やっぱりクラウドに行きつく。
　それなのに、エアリスが気にかけているのはクラウドばっかりで、ザックスをプレゼントの配達人ぐらいにしか認識してくれていない今日このごろ。
　クラウドの部屋にはエアリスお手製のクッションやベッドカバー、花瓶にお人形と、どんどん可愛らしいものが増えてくってのに、おれの部屋、もう、一か月も売れ残りの花さえ飾られていないんだぜ。
　ああ、おれがまだソルジャー大隊本部に行く前の、あの可愛いエアリスはどこに行ったんだ。
　ザックスはできれば、いま受け取ったプレゼントを思いきり地面に叩きつけたかった。しかし、その中にはエアリスが苦労して作ったものがあると思えばこそ、そんな真似ができるわけがない。こっそりネコババしてしまうこともちらと考えるのだが、なぜだか彼女にはばれそうで……。
　だいたい、中に入っているのは女の子用の装飾品か置物に違いないんだ。んなもん、おれが持ってたってしょうがねえしな。クラウドは大抵、もらうものがいったい、なんなのかよくわかってないうえに、もらったものはなんであれ、おれのもの、としっかりぶんどっていく。しかも人形とかポルカドットのフリルつきクッションだとか、あいつが持ってると妙に似合うんだよな。
　本人、見た目以上に、性格もまるでチョコボだってのに。
　やっぱり、まじめにエアリスと対面させてやらんとだめだ。俺が金髪の彼女に夢中になってるなんて誤解もとかなきゃならんし、なによりおれ、他人のプレゼントばかり受け取るのはもう、いやだ。
　クリスマスなのに。
　そういや、カレンもイブにはスラムの同年代の子と遊ぶとか言ってたよな。ジョニーとかなんとかいう、まだ洟垂れのガキの、いったいどこがいいんだよ。
　ああ、ちくしょうめ。おれ、もしかして、今年は誰からもプレゼントもらえねえのか？
　ザックスはしばし、賑やかな通りの真ん中で木枯らしの気分をたっぷり味わった。
　あ。
　いけね、おれもプレゼント用意してねえじゃねえか。
　エアリスとカレンとマギーにもやらねえとな。それから、壱番街のマリアはLOVELESSのクリスマスフィリエに出演するとか言ってたし、花束も作ってやらねえと。あとは六番街のあの子と、三番街のあの子と、それにあっちの子にも……。そういやあ、元同僚連中から忘年会のお誘いも来てたっけ。やべえなあ。給料もつかな。
　彼はクラウド宛の荷物をわきに抱え、ファンシーショップへと足を向けた。

＊＊＊

　セフィロスは眉を寄せた。「クリスマスだと？」
「はい」ベアーズ少佐はそのクマのような顔を相変わらず無表情に保ったまま、ゆっくりと大きく頷く。「それで小官も午後からは休みを取っております。したがって、ストライフのサポートができません。プレゼントを託けていただこうと思いまして」
　新しいビルの最上階とその下の二階ぶんをそっくり占領しているソルジャー大隊本部、その広い執務室で、セフィロスは彼の事務官の監督教官を迎えていた。
　クラウドの訓練成績だけでなく、体調管理から食事管理まで、ほとんど専属でやっている男だ。夏休みさえも取らずに、あの金髪の少年兵にぴったりとついていたこの男がなぜ、このくそ忙しい時期に休みなど取るのだ？
　セフィロスはさらに眉を寄せた。「プレゼントだと？」
「クリスマスに親しい者同士でプレゼントを交換しあうのは、昔からの慣わしです」
「面倒なことをするものだな。まあいい、そこに置いていけ」
「閣下」ベアーズ少佐は少しだけ顎を反らし、下目遣いにセフィロスを見おろしてくる。
「ちゃんと手渡す。なにを疑うのだ、貴様は」
　少佐は軽く吐息をつくときびすを返し、いったん執務室から出ていった。
　そして戻ってきたときには、台車をがらがらと押している。
　セフィロスは書類を作成していた手を止め、思わずそのプレゼントの山を見つめた。
　むう、なんだか、むかむかしてきたな。「……あれに、それほど多くの親しい者がいるとは聞いとらんぞ」
「ええと」少佐は手帳を取り出し、ページを繰った。「まずはヴェルド主任から、太宰治全集ですな。読めるかどうかはともかく、努力はしてほしいとのことで。それから、タークスのレノから狼の毛皮のお守り、ルードから手袋」と猟銃を扱っている店の藁半紙のような包みと、ピンクハウスの可愛らしい小さな箱をブックセットの上に置き、さらにいくつかの形も大きさもまばらな箱をその横に積んでいく。「この三つはルーファウス副社長から」
　あのぼんぼんめ。なにがなんでもクラウドを手懐けるつもりか。ダークネイションを飼っているくせに、なぜ俺のチョコボまで欲しがるのだ。
　そして少佐は、緑色の瓶にぐるぐるとリボンを巻きつけたものをぶらさげる。「こちらは、不本意ながら宝条博士から――」
「捨てろ」なにが入っているか知れたものではない。このあいだのマタタビジュースで、どれだけ迷惑したか。
「イエス・サー」ほっとしたように呟いて、少佐はそれを台車に戻した。そして丸い赤色のゴムボールを掲げてみせる。「彼の母親からです。遊び道具」
「……あれが、じゃれついて遊ぶとでも？」
「ストレスが溜まったときには、ちょうどいいのでは？」
　あれにストレスがあるとは思えんのだが……まあいい。「わかった。以上だな？」
「いえ」と彼はさらに、こまごまとしたものが入った紙袋を置き、手帳に目を走らせた。「訓練予備隊チョコボファンクラブ一同、ソルジャー大隊非公認クラブ、チョコボを構い隊隊員一同、神羅ビル警備隊、チョコボを守ろう会会員一同、受付一同、代表エアリス――」
「待て」
「なんでしょう？」
「訓練隊やソルジャーはともかく、いつのまに神羅ビルの連中と？」
「あなたがお使いに出すからじゃありませんか」ベアーズ少佐は、ずいとその巨体でテーブル越しに迫ってきた。「いま、あの子はホットなアイドルなんです。入社時期よりも遥かに話が通じるようになっているし、挨拶もするようになった。あの顔でおはようと微笑みかけられたら、誰だってファンクラブ入会手続きを取ります」
　そうなのか？
「しかし閣下」少佐はさらに身を乗り出し、まるでセフィロスを訓練生のひとりとして叱るかのように、その優しいクマさんの顔を険しくする。「ヴェルド主任から、くれぐれもひとりで神羅ビルで遊ばせないよう、ご注意が来ているはずですね？」
「む……」セフィロスはあとずさりたかったが、椅子のリクライニングがちょっと倒れただけだった。
　ずずいと、さらに迫ってくるクマさん。「いま、あの子はどこにいます？」
　リクライニングが、もう一段階下がった。「……ジュノンの軍施設関連の書類を届けに――」
「都市開発部門に？」
「うむ」
　ずずい。「つまり、神羅ビル六十階以上にひとりで行かせたと？」
　がくん。「いかんか？」
「宝条博士に捕獲される危険を、なぜ考えないんですか」
　くっ……確かにあのマッドサイエンティスト、珍しい生きものと見れば片っ端からポッドに押しこむ癖があるが、なぜこいつが宝条の性癖を知っているのだ。
「まあいいでしょう」クマさんは姿勢を戻した。「あんまり遅いようでしたら迎えに行ってやってください。小官はもう、休暇に入りますので」
　あれこれとうるさい割には、あっさり手を引くものだな。
　こつこつ、がらがらと、少佐の足音と台車を引きずる音を聞きながら、セフィロスは倒れ切ったリクライニングシートから真っ白な天井を見つめていた。
　そういえば、あのチョコボが出かけてから何時間経っていただろうか。

＊＊＊

「はーい、こっち向いて」
　そう言われて振り返ると、いきなりパチリとシャッターを切られる。
　クラウドはいま、白い房飾りのついた赤い服を着せられていた。あれからまだしつこくショーウィンドーにしがみついていると、喫茶店の従業員が、この服を着て立っていてくれたら、このケーキをくれると言ったのだ。ちょっとけったいな色の服には抵抗があったが、それだけでは断わる理由にならない。
　ぼんぼんフードのついた大きめの上着と、ぴったりしたスラックスにブーツ、ボタンのかけかたが普通と逆だが、動きにくいほどの服ではなかった。
　つまりは、クラウドはショーウィンドーのケーキといっしょに見世物にされているのだ。本人はその意図にまったく気づいていなかったが、ショッピングフロアは大盛況になっていた。
　いろんな人と写真撮ったよな。カシャッとか、ピカッとか、しょっちゅうやらされて、おれ、なんだか疲れてきたんだけど。
　ケーキ、いつ食べさせてくれるんだろう。
　真っ赤な顔をしたおじさんが隣に立って、またカシャリとやったとき、そこらをぐるりと取りかこんでいる見物人の中から、ひとりの女性がまろび出てきた。「クラウドちゃん！」
　彼は、おじさんに頭を撫でられながら彼女を振り返った。受付のお姉さんだ。
「なんで、こんなところでお人形やってるの」彼女は客からクラウドをぶんどるように彼の腕を引いた。そうしながら従業員を睨みつける。「あなた、この子が誰だかわかってるんでしょうね？」
「え、いや」従業員はたじたじとなって両手を振った。「いや、だって、ずっと店の前にいるから、ちょうどいいと」
　クラウドはショーウィンドーを指し示した。「これ着たら、ケーキくれるって言ったんだ」
　受付のお姉さんは彼を見、白い巨大なケーキを見つめ、嘆かわしげに溜息をついた。そしてやはり従業員を睨みつける。「詐欺にしてもあんまりだわ。あなた、このディスプレイのケーキの中身、ほとんど空洞だって、ちゃんとこの子に教えたの？」
「いや、それは……」従業員は両手を合わせて懇願するようにした。「ああもう、勘弁してくださいよ、エアリス。ミス受付嬢たるものが、そんなに声を荒げて――」
「からっぽなのか？」クラウドはまた、べったりとショーウィンドーに張りついた。「あんなにおいしそうなのに」
「そう見せかけてるのよ」受付のお姉さんは、クラウドの手をきつくひっぱってウィンドーから遠ざけた。「とにかくこの子は、わたしが引き取っていきますからね」そして彼女は、にっこりと観衆に向かって微笑みかけた。「申しわけございません、こちらではイベントなどの予定はございませんので、どうぞみなみなさま、ほかのお買いものをごゆるりとお楽しみなさって」
　お姉さんに手を引かれつつ、クラウドはしょんぼりした。「おれ、ケーキ食べられないんだな」
　受付のお姉さんは階段をおりながら、ちらりとあたりを見まわした。「ねえクラウドちゃん」そして彼女は、まだあたりを気にしながら囁いた。「今日はひとりで来たの？　黒髪のソルジャーさんも、ルーファウスさんもいないの？」
「ザックス、今日は休みだ。訓練も休みだから、おれ暇で、セフィロスと遊んでたんだけど、お使いに行けって放り出された」
　受付嬢の目がきらりんと光ったのをクラウドは見逃していた。
「じゃあ、英雄さまもいないのね？」と、彼女は念を押してくる。
「大隊本部にいるぞ」クラウドは答えた。
「わかったわ」彼女はにっこり上機嫌に微笑む。「これからわたしたち、五番街までティーパーティに行くの。いっしょにどう？」
「おれ……」
「本物のケーキ、ご馳走するわよ」
「行く」

＊＊＊

　ザックスはひとそろいプレゼントを買いこみ、大きな紙袋をふたつ両手に、エアリスから託ったクラウドへのプレゼントをわきに、小休止とばかりに、いつものカフェでエスプレッソを頼んでいた。
　そこへ機動隊のむさくるしい面々が現われる。
「おう、やっぱりいた」と彼らは、がやがやとザックスを取りかこんだものだ。
　ったく、ガタイのいい兵士どもが、こんなカフェに押しかけんなよ。「なんか用か？　今日がどういう日か知ってるだろ？　おれは忙しいんだ」
「まあまあ、知ってるか？」ひとりが横に坐りこんで、ポケットから一枚の写真を取り出した。「おまえんところのアイドルチョコボ、ほんとにアイドルになってるぜ」
「なんだよ、そりゃ」クラウドがどうしたって？
　ザックスはその写真をぱっとぶんどった。
　そして凍りつく。
　そのインスタントプリントの中でサンタの赤い服を着、何人かの警備兵にかこまれているのは、確かにクラウド・ストライフ。うちのチョコボだった。隣には大きな白いケーキの収まったディスプレイウィンドーがあり、その見慣れた上品な喫茶店の構えを見れば、そこがおなじみ神羅ビル二階、ショッピング用のフロアであることは彼にも一目瞭然だ。
　ザックスはただただ、写真に見入っていた。
「可愛いだろ？」みながどっと寄ってくる。
「似合うよなあ」
「このあいだの青いドレスもなかなかだったけどよ」
「くう、クラウドちゃん、どうしてセフィロスのもとに行っちゃったんだ！」
「英雄の嫁さんじゃ、誰も手を出せないしな」
「いや、だから嫁じゃ――」ザックスは反射的に呟いてから、写真を持ったまま立ちあがった。
　くそ、神羅ビルでこんな目立つ真似させて、あの馬鹿英雄、なにやってるんだ。理由も経緯もまったく不明ながら、あのチョコボ、なにかに狙われてるって言ってなかったか？
　元同僚たちを押し分け、カフェを飛び出ると、ザックスはソルジャー大隊本部へと走った。
　兵舎と神羅ビルのあいだ、真新しい十三階建てのビルディング。そこがザックス、セフィロス、クラウドの、ほとんど棲息していると言っていい場所だ。ほかのふたりは宿舎もあのビル内にしちまったしな。英雄さまの仕事も時間帯なんかないようなもんだから、おれもしょっちゅうお泊まりすることがある。
　それにしても、なんだって十三階なんて中途半端なものを建てたのか、理解に苦しむところだ。不吉そのものじゃないか。
　ザックスは最上階まで一気にエレベーターであがり、セフィロスの名を叫びながら執務室に飛びこんだ。
　しかし、だだっ広いぴかぴかの床の上には、大きなデスクが載っているだけだ。
　そして入口わきを振り返れば、ごっそりと積みあげられたプレゼントの山。
　いったい今度は、なにが起こっているんだ？

＊＊＊

　神羅ビルに足を踏み入れたセフィロスは、すぐと、二階のほうがいつもより騒がしいことに気づいた。
　それ以前にも、神羅製品の陳列してある場所やら入口やら、やたらけばけばしく飾り立てているのにも気づいたが、このあたりの装飾品は季節ごとに変わるので、あまり気にしていなかった。
　だが、人の流れがいつもと違うというのは、なにかが起こる徴候だ。あるいは起こったか。たぶん後者だろう。クラウドをお使いに出してなかなか戻らないとき、大抵そういうパターンが多い。
　セフィロスは吐息を抑え、大階段をあがってショッピングフロアへ向かった。
　やはりきらびやかに模様替えを施したフロアは、中央にばかでかいツリーを立て、その先端は吹き抜けの三階、その天井まで届かんばかり。金銀モールでそのツリーを飾り、細かい電球がちかちかと瞬いている。セフィロスの目は、そのうちの七個のフィラメントが切断されているのを見分けていた。
　ずらりと並ぶ店々、ざわざわとさざめきながら流れる客たち。白髭の赤い服を着た爺さんがところどころに立ち、風船やらプレゼントやらを子ども相手に押しつけている。
　セフィロスが進むごとに人波は動きを止め、彼の行く手を誰とも言わず空(あ)けていくが、それぞれの目は長身の鬼神を初めて見たという感動と畏怖とに彩られ、見ひらかれている。
　ところで、彼の存在に気づかない連中も多かった。特に、ある喫茶店の前でかたまってはしゃいでいる、仕事帰りらしい神羅兵の一団だ。
　あの薄給の連中が、このビル内でぐずぐずしているのはかなり珍しいことだった。神羅ビルは、こうしたショッピングフロアも抱えているだけあって、それなりに買いものを楽しめるようにはなっているが、物価の水準は、例えばスラムなどと比べると雲泥の差である。
　どこぞの店が出血大サービスのバーゲンをひらいているというなら話は別だが、そうした低価格競争は、この神羅ではほとんど無縁だった。魔晄エネルギーの収益だけで充分やっていけるから、わざわざ集客に力を入れることもないのだ。それも、社員割引の利く兵士たちが神羅の子会社を利用するごと、迷惑な顔をされるのも確かなこと。
　セフィロスは眉を寄せ、彼らの背後に近づいていった。
「生きててよかった……」と、ひとりが彷彿とした口調で呟いていた。
　む、やはり、なにかあったのか？
「おれ絶対、この写真、誰にも見せねえぞ」
「おれのぶんは、おれの」
「あ、なんでおまえ、二枚も！」
「喧嘩するなよ。チョコボが悲しい顔するだろ」
「そうとも、チョコボを泣かしちゃいけない」
「本人がどれだけ喧嘩してようとな」
「おれたちのアイドルだもんな」
「おれたちはこっそり、秘密裏に――」
　セフィロスは彼らの背後から手を伸ばし、そのうちのひとりから写真を取りあげた。「秘密裏に、なんだと？」
　声のない悲鳴がその場を埋めつくし、兵士たちはそれぞれそのまま凍りつく。セフィロスはそのあいだに写真へと目を走らせた。
　――可愛い。
　いや、そうではなく。セフィロスは急いで思考をめぐらせた。なぜクラウドが、こんな真っ赤っかな服を着て男たちにかこまれているのだ。
　彼は、もうひとりの手から、もう一枚取りあげ、さらにもう一枚と、順次回収していった。おばさんと並んでいるのも、子どもと並んでいるのもいるし、きゃぴきゃぴの女子大生がクラウドに頬擦りしているものもある。
　セフィロスはこめかみを引きつらせた。「貴様ら……これに、なにをした？」
「いいええええ」ひとりが裏返った声で必死に首を振る。
「お、おれたちはなにも」
「チョコボがサンタガールやってるって聞いて、写真撮りに来ただけですうう」
「そう、写真だけ！」
　セフィロスは彼らを睨みまわした。兵士たちはどんどん、ひとまわりごとに小さくなっていく。「こっそり、なにかをしようとしている相談のように聞こえたが？」
「ち、違います！」
「おれたちはチョコボを守ろう会会員で……」
「か、彼はアイドルなんですよう」
「そうですとも、独占はよくない！」ついにひとりが、なにか切れたように興奮しはじめた。「チョコボがあんたの事務官になってから、訓練隊の同僚たちさえ、悪戯する機会が減ったって嘆いてるんすよ！　みんなのアイドルなのに、みんなのチョコボなのに！」
「悪戯？」セフィロスは写真を握りつぶしてしまった。
「あああ、なんてことを！」悲哀と嘆きの入り混じった叫び声が、兵士たち全員の口から飛び出す。
「チョコボの写真は貴重なのに！」
「そうとも、普段はカメラを向けたら怖がって逃げちゃうんだぞ！」
「おれのチョコボ！」
「やかましい！」セフィロスは思わず正宗に手をかけてしまった。
「待った待った待った、落ち着け！」その叫びと同時に、彼は正宗を抜く前に背後からがっしりと押さえられる。
　くそ、油断した。
　しがみつかれたまま肩越しに振り返れば、それはザックスだった。
　黒髪のソルジャーはそのまま、セフィロスを兵士たちから遠ざけるように退がっていく。「いいから落ち着け、あいつらに害意はねえって」
「やつらはクラウドに悪戯しようと」
「そうじゃねえよ、とにかくここから出よう、あんた見世物になってるんだぞ」
　む、確かに野次馬が二重三重にこの場を取り巻いている。
　まったく、世のなか、暇人の多いことだ。
　結局セフィロスは、ザックスに引きずられ、一階まで戻ることになった。
「まったくあんた、なにしに来たんだよ。衆人の目がうるさいって、いつもはこんなところ寄りつきもしねえくせに」
「クラウドを捜しに来たのだ」セフィロスはむっつりと呟いた。
「ああ、うん、なんでだか、このショッピングフロアの連中にとっ捕まって、サンタサービスさせられてたみてえだけど」
「おまえは腹が立たんのか。あれが見世物にされていたのだぞ」
「いや、いつものことだし」呟いてから、慌ててザックスは手を振った。「だから、あいつは目立つし、いまさらだろっての。だいたいなんだって、ひとりで神羅ビルによこすんだ。いつも迷子になるってわかってんだろ」
「む……」それについては、セフィロスには返す言葉がない。
　ザックスはそのまま受付に向かった。「今日も可愛い子ちゃんばかりいるねえ、ちと訊きたいことあるんだけど」
　受付の女たちはくすくす笑いながら、「なんですか、ソルジャーさん」と応える。
「チョコボ頭の少年見かけなかったか？」
「それならエアリスが連れてったわよ、ねえ？」
　ザックスが一瞬混乱したように押し黙った。「……エアリス？」
「そうよ。ティーパーティやるからって。今日こそ、ケーキやデザートで埋めつくしてあげるって息巻いてたわ。お気に入りなのよね」
「なんでエアリスが？　いつのまに面識持ってたんだ」ザックスはひたいをこすりながら二、三歩あとずさりし、青い顔でそのままビルの入口をくぐっていった。
　いったい急に、どうしたのだ、あいつは？
　セフィロスはその彼の後ろ姿を見送ってから、受付嬢たちに向きなおる。「そのエアリスとは？」
「ミス受付嬢です」ひとりがうっとりと彼を見つめながら応えた。
「ふむ、ではそのミス受付嬢は、うちの事務官をどこへ連れ出したのだ？」

＊＊＊

　ロールケーキは生チョコクリームがたっぷりと詰めこまれ、白いぴかぴかのショートケーキは真っ赤なイチゴがアクセントだ。フルーツタルトは色鮮やかだし、なめらかなブラマンジュはぷるぷると、弾力がありそうに見えながら、口に入れると、とろけるように柔らかい。
　バナナたっぷりのプリンサンデーに、アプリコットジャムとブルーベリージャムを載せたワッフルセット、蜂蜜たっぷりの厚切りシュガートーストにホットケーキ、栗のスコーン、種々のマフィン。
　クラウドは幸せだった。
　でっかいケーキが出てくると期待していた彼は、最初、小さな皿の上にちょこんと載っている上品なお菓子に不満を持っていた。だが、これだけ並べられると壮観だ。そのうえ、全部食べていいと受付のお姉さんにお許しをもらって、彼はさっそく口を生クリームだらけにしはじめたのだった。
　ここは五番街、大抵ザックスがごろごろしているカフェだったが、クラウドは知るよしもない。だが普段、客入りのないその店は、現在、神羅女子社員と先刻からたむろしていた機動隊兵士とで見事に埋まっていた。
　女子社員たちが大挙して押しかけてきたとき、機動隊兵士たちは慌てて店を出ようとしたのだが、中心にチョコボを見出し、仲間に入れてもらったのだ。その場はちょっとした合コン状態になっていた。
「いやあ、ほんと、受付の女の子って可愛い子ばかりだよな」
「機動隊って、かっこいいわよね」
「このさい、つきあってみる？」
「うーん、どうしよっかな」
　などという調子で、にわかカップルができあがりつつあったりする。平和で微笑ましい光景だった。
　しかし当のクラウドは、まわりでなにが起こっているのか、よくわからなかった。大抵の物事は自分とは関係ないところでよく流れるものだし、彼にとってはいま、食べてくれと懇願してくるお菓子たちの相手をするのに忙しい。
　ぱくぱくと片っ端から皿を空(から)にしていく彼の周囲では、ぺちゃくちゃとお姉さんたちが喋りつづけ、ついに彼女たちは、彼に、「髪の毛さわっていい？」とおずおずと訊いてくる。
　好きにさわればいいのに。いきなり咬みついたりしないなら、おれ、べつに気にしないけどな。
「きゃー、さわっちゃった！」
「いやーん、気持ちいい！」
「思ったより柔らかいわよ」
　……ミッドガルの生きものって、やっぱりよくわからないや。
「そうそう」と機動隊員のひとりが、足もとに置いてあった紙袋を持ちあげた。「おれらのダチがプレゼント置いてったんだ。分けようぜ」
「え、いいの？」
「わあ、嬉しい！」
　同じ柄の、同じような大きさの簡易リボンが貼りつけてあるだけの簡単な包装ではあるが、ひとつずつ丁寧に包まれたそれらの箱がまわされ、配られていく。最後にはクラウドのぶんと言って、ひとまわり大きな青い包みが渡された。
　あちこちでがさがさと紙を破いたりこすったりする音が連鎖し、やがて彼女らは、縫いぐるみのついたキーホルダーを見せあって笑い声をあげはじめる。
　クラウドもリボンをほどこうとしたのだが、逆に固結びにしてしまった。隣に坐っていた受付のお姉さんが、親切にも包みをあけてくれる。
「あら？」と、彼女は眉を寄せた。「ちょっと待って」と誰にともなく手を振り、「このプレゼントって、ソルジャー・ザックス宛じゃないの？」
　機動隊のひとりが振り返る。「いや、ほかはみんな、ザックスが買ったものらしいけど？　あいつ、いつもプレゼントばらまいてるから」
「だって」と、彼女は包みから出てきたそれを掲げた。
　それはまたプレゼントの格好をしている。リボンをほどいて青い紙を取り除いたら、同じようにリボンのかかった青い包装紙につつまれたものが出てきたのだ。
「ほら、このカードも」彼女はプレゼントを手前におろし、リボンのあいだに挟んであった紙を取りあげた。「メリー・クリスマス、ザックスに渡してね、金髪さん、って書いてあるわよ」
「じゃあ、ザックスのものなんだな」クラウドは彼女の手もとから荷物を取りあげた。「おれ、ザックスに渡してくる」
「あ、ちょっと、これ全部食べてからでもいいのよ？」立ちあがりかける彼を、彼女は腕を引いて止めた。
　そうだよな。残したら可哀相だ。クラウドはデザートに向きなおった。
　しかし、プリンをぱくりと口に入れたところで彼の背後に影が落ちる。
　隣のお姉さんがそちらへ目を向け、そのままぽかんとしたらしい。ほかの人間は、ぴしりと音がするほど石化したように動きを止めた。
　クラウドはスプーンをくわえたまま、上へと視線をあげる。
　それからさらに上へ、後ろへとのけぞり、逆さまのセフィロスの顔を見出したのである。「あれ？」
「おまえ、仕事中のはずだろうが」
「ええと？」クラウドは眉を寄せた。
　はっきり言って、クラウドは自分の仕事がなんなのかよくわかっていない。「お使いはちゃんとしたぞ。書類、黒猫さんに預けてきた」
「それなら、その報告をしに帰ってこい」
「ああ」クラウドは顎をおろし、今度は身を捻って彼を見あげる。「ごめん。心配したんだな」
「そんなことはしとらん！」
　心配してないならいいじゃないか。クラウドはちょっとだけ、むっとした。
　セフィロスはぐるりと首をめぐらせ、店内の女子社員と神羅兵たちを睨みまわす。「おまえたちも、俺の事務官で遊ぶな」
「でも、閣下は遊んでらっしゃるじゃありませんか」お姉さんがぼんやりと呟く。
　セフィロスの碧(あお)い目が素早く彼女を射抜く。お姉さんはさすがに、テーブルにしがみついて身を縮めたようだった。
「エアリスとやらいうのは、おまえか」セフィロスはわずかに目を細めた。「いつもいつも、これが本格的に迷子にならないのは、おまえのおかげだと聞いている。世話になっている礼は言うが、俺に黙って連れ出すのはどうかと思うぞ」
「でも、閣下のお子さまというわけじゃありませんし……」
「おれ、子どもじゃないってば」クラウドは叫んだが、腹の立つことに、誰もが疑問の目を向けるだけでまじめに聞いてくれない。
　セフィロスはそれから、テーブルの上へと目を走らせた。「ふん」
　クラウドの目の前を銀光が走りすぎた。
　一瞬誰もが、なにが起こったのかわからず、きょとんとまばたく。
　セフィロスがゆっくりと、かすかな金属の咬み音をさせて正宗を鞘に収める。
　テーブルが、かくんと真ん中から折れて倒れていった。上に載っていたガラスの容器がぶつかりあい、床に落ちて派手な音を立てる。
「なにすんだ！」クラウドはスプーンを吐き出し、椅子の上に跳びあがった。
　セフィロスは、ぎく、と引きつったようだ。
「おれのプリン！」クラウドは手に持っていたプレゼントで彼を殴りつける。「おれのケーキだぞ！　なんで、こんなことするんだ！」
　何度も叩きつけられ、さすがにセフィロスは辟易したような顔でそれを取りあげた。「クラウド、おまえな……」
「あんたは強いんだから、そんなことするなよ！」クラウドは叫んだ。
　セフィロスが眉を寄せる。「それとデザートと、なんの関係が――」
「弱いものいじめするなんて最低だ！」クラウドは椅子から跳びあがり、セフィロスを蹴り飛ばしてそのまま駆け出していった。
　おれが食べるはずだったのに！
　おれ、幸せだったのに！
　セフィロスなんか、大っ嫌いだ！

＊＊＊

　ザックスは超特急で、五番街スラム、エアリスの家へと走っていた。
　途中でタークスの制服を着たやつとすれ違ったように思ったが、彼は深く考えなかった。どうせツォンか、あるいは彼のお使いかだ。エアリスの家には、週に一度ぐらいの頻度であの連中が往復している。しかも、今日はクリスマスイブだしな。
　五番街スラムの片隅には、プレートの隙間から洩れるかすかな陽光を糧に育つ小ぢんまりした花壇があり、そのかたわらに、やはり小ぢんまりした家が建っている。
　スラムでこれほどまともな家を持っているのは珍しいが、不思議なことに、強盗や泥棒や、ほかのさまざまな悪さをするやつは、このあたりにはいなかった。
　ガラクタと埃と闇ばかりのこのミッドガルの最下層で、この清浄とも言える景色を、みんなも大事に思っているのだろう。
　ザックスは足取りを緩め、エアリスの家のドアを叩いた。
「あら」と出てきたエアリスは、首を傾げる。「ここまで来るなんて珍しいじゃない」
「いや、その、訊きたいことが――」
　彼女は眉を寄せた。「でもそのぶんだと、まだ金髪の彼女にあれを渡してないみたいね」
　なんでわかるんだ？
　彼はちょっと慌てた。「いや、だからその金髪の――」
「彼女に会ってから、また出直してきなさいよ」
「てか、あんた、あいつに会ったんじゃねえの？」
「あなたが紹介してくれないのに？」
「紹介したくても、ちょっとタイミングが――」
「ザックス」エアリスは両手を腰に当て、吐息を抑えるように上目遣いで彼を見つめてきた。「あなたは、ちょっとだけいいかげんで、浮気性で、しまらないこともあるけど、意外にかっこいいし、いざとなれば頼りにできるって安心感もあるのよ」
　ええと、褒めてくれてんのか、それ？
「もてるのは結構だけど、でもね、クリスマスぐらい、誰か本命決めてちょうだい」
「いや、だから本命は――」
「もしかして、彼女と喧嘩したとか？」
　ザックスはぶんぶんと首を振った。喧嘩したことを否定したわけではなく、彼女というのが違うのだと言いたかったのだ。
　だが、エアリスの青い目がきつく細められ、それこそ責めるように上目遣いで迫ってこられると、途端になにも言えなくなる。ああ、おれってもしかして、すごく気が弱い男なんじゃないだろうか。
　しばらくそうして睨みつけていたエアリスは、しかし腰から腕を外しながら軽く微笑んだ。
「しょうがないなあ」と両手を広げる。「メリークリスマスのキスしてあげるから、今度こそ金髪の彼女にプレゼント渡してきてね？」
　なにがなんだかわからないうちに、ほっぺたにキスしてもらい、ザックスは身を屈めたままの姿勢で、ドアが閉じられるのをぼんやりと見送ってしまった。
　ええと？
　ようするに、いったいなんだったんだ？

＊＊＊

　セフィロスはただ立ちつくしていた。
　最低だと、最低……俺がか？
　彼の背後では、カフェのマスターがやけくそになって皿を飛ばして遊んでいる。
　あれほど盛況だった店内は、いまは怯えて床に坐りこんでいるウェイトレスがひとりだけ。みな、今度はカクテルパーティに行こうと場所を移動していったのだ。
　セフィロスは寒風の吹きすぎる店の入口に立っていた。
　ずっと長いあいだ。
　道行く人々は、ほとんどの者がそこに神羅の英雄が立っていることに気づいてはいたが、その目に見えるほどまとった哀愁の木枯らしがあまりにも侘びしげで、カメラを向けることも遠慮せざるを得なかった。中には涙ぐみながら、あるいはおののきながら、大きく避けて通りすぎていく者もいたりする。
　最低だと。セフィロスは手に持った青い包みのプレゼントらしきものを足もとに落とした。
　そして思わず踏みつけてしまう。
　脳裏にちらりとまた金色のものが閃くと、彼は慌ててそれを拾いあげた。
　彼は青い包装紙をじっと見つめる。
　……最低だと。
　セフィロスはしばらく、リボンのついたその包みに人生相談を持ちかけていた。

＊＊＊

　クラウドは泣きながら、ソルジャー大隊本部、セフィロスの執務室に飛びこんだ。
　おれの食いもん、セフィロスが横取りした！
　おれより強いのに、おれよりずっと強いのに！
　なんで横取りするんだよ！
　強いやつはちゃんと自分で取れるから、むしろ分けてくれるはずなのに。それなのに横取りしたんだ！
　最低だ！
　セフィロスなんか大っ嫌いだ！
　クラウドは広い執務室内を走りまわり、ソファを蹴倒し、テーブルを投げ飛ばし、積んであったプレゼントの山の中でひとしきり暴れると、最後にセフィロスの大きな椅子にダイビングし、そのままさらに泣きじゃくった。
　プリンを……ホットケーキを……みんなを返せよ！
　あんたに憧れてたのに、尊敬してたのに！
　彼は泣きつづけた。

＊＊＊

　ザックスはとぼとぼと、スラムからプレート上へと戻った。
　ぼんやりと、ただいつもの習慣どおり、ソルジャー大隊本部に足を運んでしまったのは、ちょっと考えると怖いものがある。
　おれ……なんだか寂しくなっちまったな。
　クリスマスだってのに、なんでこんな気分になるんだ。
　いまごろは、女の子たちといっしょに甘いシャンペンとカクテルで乾杯しているはずなのに。
　あのふたり……おそらくは、おれの凶運を取り出して人間の形にしたような、あのふたりがいるだろうこんなところに、なんでおれの足は自然と向いちまうんだ。
　ザックスは重い足取りでエレベーターに乗り、最上階で降りて殺風景な短い廊下を進んだ。
　自動ドアがひらくと同時に、しくしくと非常に悲しそうな泣き声が聞こえてくる。
　ザックスは顔をあげ、正面のセフィロスのデスクを見やった。
　そこに銀髪の鬼神は坐っておらず、大きな革張りの椅子はそのむこうにある窓のほうへ向いている。
　怪訝に顔をしかめながら彼はデスクをまわり、椅子の上で丸くなっている赤いサンタ服を見出した。いや、チョコボが泣きじゃくっているのだ。
　珍しいものを見たな。
　クラウドが泣くこと自体、想像つかなかったザックスだ。「どうしたんだ？」
「セフィロスが……ひっく」
「あいつに、なにかされたのか？」内心でわずかに身を起こした怒りに、ザックス自身、狼狽を禁じえなかった。
「おれの……ひっく……ケーキ……うわああああん」
「ああ、よしよし」ザックスは脱力しながら彼の背中を撫でてやった。ケーキのひとことで、なにがあったかはなんとなく察しがつく。やれやれ。
　そうだよな、こいつが泣くなんて珍現象、食いもの関連でなきゃなんだっていうんだ。
　ザックスはクラウドが落ち着くのを待って、五番街へセフィロスをふたりで迎えに行った。
　セフィロスは気の毒なカフェのマスターの訴えるような視線にもかかわらず、そこに仁王立ちになって青い包みを睨みつけていた。
「おい」ザックスはもじもじするクラウドの手を掴んだまま、彼に近づいていった。
　セフィロスは微動だにしない。
「そんなところにあんたが立ってると、営業妨害だろうが」ザックスはあたりを見まわし、まっぷたつにされたテーブルと散らばる皿やグラス、ケーキ類の残骸に溜息を落とす。「このての痴話喧嘩、せめて外ではやらないでほしかったんだがなあ」
「痴話喧嘩ってなんだ？」クラウドが振り仰いでくる。
　その声に、セフィロスが反応した。「クラウド」
「ええと」クラウドは彼を窺うように見つめる。「もう、しない？」
「なにを？」
「おれの食いもん、横取りするの！」
「横取りなど――」むうう、とまた泣き出しそうなクラウドの様子に、セフィロスは慌てて言いなおす。「しない、誓う！」
　あんた、ほんとに英雄なのか？　ザックスは虚ろな笑みが洩れそうになるのを必死で抑えこんだ。
　クラウドが頷く。「わかった、信じるよ」
　ほっと、あからさまに安堵したような溜息がセフィロスの口から洩れる。「すまなかったな」
「いいよ」クラウドはまっすぐ彼を振り仰いだ。「おれ、暴れたら腹減った。なんかくれるか？」
「なにが食いたい」訊いてから、セフィロスは軽く左右に頭を振った。「いや、おまえはなんでも食べるのだったな」
「今日はターキーかチキンだろ」ザックスが提案する。
「なんだ、おまえもいっしょに食うのか？」
「これからダチんところ行ったって、もう、みんなできあがっちまってるよ。今年は寂しく、あんたたちにつきあってやらあ」
「ふん」
「じゃあ、今日のごはん、鳥料理なんだな」クラウドがわくわくと言った。
　ザックスとセフィロスは同時に、そろって複雑な視線を彼に落としてしまった。
「いや……」セフィロスが呻くように呟く。「少なくともチキンはまずいな。なんとなくだが」
「うう」ザックスも中途半端に頷いた。「違うんだろうけど、なんとなく、うん、共食いを見るのはちょっと、精神衛生的に」
「？」首を傾げるチョコボ。
「ハムでいいか？」セフィロスがおそるおそるといったように訊いた。「分厚いハムステーキとサンドイッチはどうだ」
「最近、ウータイ料理の店も増えてきてるし、鮨も手に入るぞ」ザックスも勧めてみる。
「なんでもいいけど」クラウドは眉を寄せた。「あ」と思い出したようにセフィロスの手にあるプレゼントを指し示し、「それ、ザックスのだからな」
「なんだと？」セフィロスがプレゼントとザックスとを交互に見やる。そしてクラウドに向きなおった。「てっきり、俺がもらえるものと思っていたのに」
「だって、カードが挟まってたんだ。ザックスに渡してくれって」
　ザックスはあらためてその包装紙を見つめた。ひとまわり小さいが、確かにエアリスが渡してきたあれと同じ紙。
「じゃあ、おれのものだろ。返せよ」ザックスは英雄の手からそれをもぎ取った。
「これは、クラウドが俺に投げてよこしたものだぞ？」
「投げてないよ！　殴りつけたんだ」
「待てい、おれの彼女からのプレゼントに、あんたら、なにしたんだ？」その声は、自分で思いもかけぬほど険を含んだものになったらしい。
　金銀のでこぼこコンビがそろって、びくうっと飛びあがった。
　ザックスの手にあるプレゼントの包みは、哀れなほどにひしゃげ、皺が寄り、リボンはよれよれになってしまっている。
「ええと」クラウドがセフィロスのコートに隠れるようにする。
「誰も踏みつけてなど」そのコートをひっぱり返しながらセフィロス。
「踏みつけた？」ザックスは低く囁くように繰り返した。
　ふたりはそろってあとずさる。
　ザックスは一歩を踏み出した。
「ごめん」クラウドが走り出す。
「敵前逃亡するとは」セフィロスがあとを追う。
「待ちやがれってんだ、ちくしょう！」
　赤と緑のきらきらした光と軽やかなクリスマスメロディーが流れるなか、金銀黒の三人は街じゅうを駆けまわった。

＊＊＊

　紆余曲折のすえ、夜中近くになったものの、クラウドはちゃんとハムステーキにありつけたし、ザックスは暖かいマフラーを手に入れた。
　セフィロスは、大量のプレゼントのあいだを行ったり来たりするチョコボを幸せな気分で堪能していた。うむ、やはり眺めていると心が落ち着くものだ。
　やがてザックスにヘッドロックをかましたまま、疲れて眠りこんだクラウドだ。セフィロスは彼を抱えあげ、寝室に連れていった。
　ザックスはこれからやっと本格的に飲めると、クラウドの目から隠しておいたウィスキー瓶を取り出している。
　執務室の下の階は、ほとんど彼らの居住空間だった。いちおう部屋に分けてあるが、クラウドの性癖から鍵をつけてはいない。つけてしまうと、毎日修理しなければならない破目になるからだ。
　おかげで、チョコボがどこで眠ろうと、ベッドに連れていくのは簡単だった。
　クラウドをベッドに放りこんで振り返れば、窓の外は、いつもの夜よりもどこか幻想的に見える。
　魔晄炉から立ち昇る青い光が、街のイルミネーションのきらめきと混ざりながら、ぼんやりと夜の曇天を映していた。そのところどころの濃淡が、まるで光が降りてくるかのような錯覚さえ起こす。
　こんな日には、天使が赤い服を着て、プレゼントを持ってきても不思議がないような気もするな。
　セフィロスは静かに部屋を出てから、ベッドで眠る子どもに向かって囁いた。
「メリー・クリスマス」
　なんとなく、そういう気分になったのだ。
　おやすみ。よい夢を。

THE END.

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