SOLDIERS

１

　異変は一週間前から起こった。
　ザックスが珍しくも、ソルジャー大隊本部の狭い食堂で、まずいランチをひとり寂しく食べていたときだ。
　その日は朝から、セフィロスのいやがらせかと思われるほど膨大な書類に埋もれ、どう見積もっても外に出て食事を摂っている時間がなかったのだ。
　大隊本部に詰めるソルジャーや事務官の数などたかが知れているので、いちおうは食堂があるものの、そのメニューは本日のランチ一種類だけだ。デザートはいっさいなく、副菜メニューがきんぴらごぼうと卯の花ぐらいしか用意されていなかったりする。しかも料理人ときたら、昔ニブルヘイムにあった神羅の施設で敏腕コックとして鳴らしたとかいう、無愛想なおばさんがたったひとり。その独特の味つけは、慣れていないと引きつけを起こすので要注意だった。
　ザックスやそのほか勇気のある者で、食堂の改善を総括管理者たるセフィロスに求めたが、「俺にとっての懐かしい味なのだ」と一顧だにされない。しかも、「クラウドも喜んで食べている」と言及されてしまっては、ザックスはともかく、ほかの隊員は涙を呑んで我慢するしかなかった。もっとも、クラウドは食べられるものならなんでも喜んで食べるし、食べられないものでも食っちまうから、あんまり気にすることじゃねえんだけどな。
　そんなわけでザックスは、普段、大隊本部以外の食堂や、ときには街へ出て空腹を満たしていたのだが、今日ばかりは甘ったるいクリームグラタンを口にする運命から逃れられなかったのである。
　べつに、セフィロスに押しつけられた書類を片づけなければと必死になっているわけではない。そもそも、あいつの決済書類の整理はクラウドの仕事だ。ただ……ただ、おれが手伝ってやらねえと――いや、手伝うというよりも、指示して監視してやらねえと、あのチョコボはすぐに寝るんだ！
　いったい、俺やセフィロスがいたいけなチョコボに書類を押しつけていると、噂を流して批判しているのはどこのどいつだ。そりゃ、おれだって書類仕事はすぐサボる。ソルジャーにとってのデスクワークなんて大抵、そんな位置だ。
　というか、大抵そんな位置にしたくて事務官を抱えたがる連中が多いんだし、実際、本部にはチョコボとはいえ事務官がいる。けどよ、まがりなりにも英雄さま、ソルジャー大隊長、中将たるソルジャー・セフィロスの書類決済量は、クラウドのおつむじゃおっつかねえんだよ。んで結局、副官のおれが手伝い、いまじゃ、どっちが事務官なんだかわからなくなってきちまってる。
　それなのに、それなのに……書類に埋もれて悲鳴をあげてるチョコボをちらっと見ただけの連中が、おれやセフィロスに非難の目を向けてくるんだよな。もっとも英雄さまを責めるわけにはいかねえから、つまるところ、おれに集中してくる。
　ああ……いいかげん、馬鹿チョコボと陰険上司から解放されてえ。早くあいつを殴りつけて、かっこよく退社してえんだけどなあ……殺されてもいいから自由になりてえよ。
　しかし、退職希望を訴えつづけつつも早一年。ザックスは自分で思う以上に、しっかりと運命のワイヤーでがんじがらめにされているのだった。そのワイヤーの両端を握っているのがクラウドとセフィロスであることを知るのは、まだ遥か先の話なのだが。
　いずれにしてもこの日、ザックスはグラタンらしきものをすするように食べながら、ひょこひょことチョコボ頭が食堂に入ってくるのを見た。
　クラウドはザックスなど目もくれずに、まっすぐカウンターへ歩み寄り、その縁にすがりつく。「おれ、腹減った」
　返事もなく、カウンターの中からトレーがひとつ、するりと出てきた。ザックスの食べているのと同じらしいグラタン皿とパン、しなびたサラダの鉢が載っている。
　クラウドはじっとそれを見つめた。
　しばらくすると、誰もなにも言わないうちにバナナとオレンジが放り出される。ひと呼吸のちには、牛乳とプリンも出てきた。
「ババロアは明日だよ」カウンターの中から無愛想なおばさんの声。
「わかった」クラウドはぎっしりと食べものの載ったトレーを持って振り返った。「あ、ザックスだ」
「おう」ザックスはフォークを軽く振りあげた。
　クラウドは一瞬びくんとして立ちすくんだが、すぐに首を振って気を取りなおすようにし、彼の向かい側に坐りこんだ。
「よく噛んで食えよ」ザックスはからかうように笑ってみせる。「でねえと、食ったところで栄養にならねえし、いつまでもちび――いや、小さいままだからな！」
　クラウドはじろりと睨みつけてきたものの、はむ、とおとなしくパンに食いついた。
　この少年、そろそろ背丈について実際的に不満を持ちはじめてきているらしい。だが本人が思う以上に、この春ごろから急速に身長は伸びつつあった。これまで、なにかに塞き止められていたものが解放されたというように、その変化は顕著に表われている。おれとしちゃ、背丈にまわる栄養のほんの十分の一でもいいから、おつむのほうにまわってほしいんだがな。
　それにしてもこいつは、相変わらずよく食うもんだ。
　見るまに皿が空(から)になっていくのを眺めているうち、ザックスはふと、こちらに大股に近づいてくる大柄なソルジャーを認めた。
　普段本部に詰めているソルジャーではないだろう。あまり見ない顔だったし、なにより制服が機動隊のものだ。ごつごつした、いかつい角刈りの頭を幅の広い肩の上に載せているといった男だった。プレートを素早く確認すれば、階級は中尉、ソルジャークラスは２nd。
　その男はクラウドの横まで来ると、じろりとチョコボ頭を見おろした。「クラウド・ストライフ？」
「むぐ？」クラウドは大きなレタス葉をくわえたまま、彼を見あげた。
　大男はチョコボを見おろし、チョコボはもぐもぐと口を動かし、そのつど、葉っぱがその口の中へと引きこまれていく。
　やがて咀嚼が終わると、クラウドはまばたいた。「誰だ？」
　男はきゅっと唇を結び、ますますクラウドを睨みつける。そしておもむろに、制服の内ポケットへと手を伸ばした。
　ザックスは思わず腰を浮かせた。なにする気だ？
　男はポケットに手を突っこんだまま、しばらく動かなかった。眉根を寄せ、わずかに躊躇するように目をつむる。
　そしていきなり、それを引き抜いた。
　クラウドの目の前のテーブルに、それを叩きつけるように置く。
　そして彼は、「受け取ってくれ！」と叫びながら、あっというまに食堂から駆け去っていってしまった。
　ザックスは腰のナイフに手をかけて中腰姿勢になったまま、呆気に取られていた。クラウドは、もう一枚レタスをくわえ、ぱりぽりと口の中にたたみこみながら男の行方を目で追っている。
　テーブルの上には赤い小さな包みが載っていた。小さなピンクのリボンがテープで留めてあるところをみると、いわゆるプレゼントというやつだろう。
「なんだこれ？」クラウドがフォークでそれを突ついた。
　ザックスは脱力とともに腰を落とす。ったく、ぎくりとさせやがって……チョコボファンクラブのひとりか、あいつ？
「あけてみろよ」彼は促がした。
　クラウドはしばらく突ついて検分したのち、そのまま、ざくりとフォークを突き立てた。いっぽうの手にナイフを持って包装紙を切りはじめる。
　普通にあけられねえのか、こいつは。「それは食いもんじゃねえだろ」
　クラウドはそれでもナイフとフォークでプレゼントと格闘していたが、ついには手掴みでいただくことにしたらしい。ばりばりと包装紙を引き破ると、その下の小さな厚紙箱も遠慮なく引き裂いた。
　中に入っていたのは腕輪だった。ミスリル製で、確かウォールマーケットの武器屋で扱っているオリジナル商品だ。
「ミスリルの腕輪か。いいものもらったな」ザックスは頷いた。
　クラウドはそれを持ちあげ、きょとんとザックスを見つめてくる。「もらったのか？　これ、おれのものか？」
「もらえるもんは、もらっておけよ」
「うん」クラウドは腕輪をポケットに詰めこんだ。
　しかしなんで、いまごろプレゼントなんだ？