SOLDIERS

前編

「すっげえ！」ザックスは猛スピードで空を飛ぶ気分を味わいながら、立て続けに歓声をあげていた。
　曲線を持つ鉄を組みあわせただけの幅の狭い小さなレールの上を、弾丸のようにジェットコースターは駆けていく。遠心力で人間が放り出されないよう車両は極端に傾き、ぐんと弧を描いて空をかすめた。お次は宙返りが二回だ。
「へへ、こりゃいいや」ザックスは隣に坐ったセフィロスをセイフティパッド越しに見やった。「特別招待っつうから、なにかと思ったら、あの動物園がこんな楽しい遊園地になるとはな！」
「正確には、動物園ではなく闘技場だ」セフィロスはセイフティパッドの中でむっつりと呟いた。視線は前方を見据え、睨むように碧い目を細めている。「ニワトリだの、牛だの、モンスターだの、果てはチョコボまで、畜生を戦わせてなにが面白かったのか俺にはわからん。潰れてちょうどよかったのではないか」
　セフィロスは一見、英雄らしく泰然としているふうではあるが、その両手がさりげなく座席の端を掴んでいることにザックスは気づいてしまった。
「もしかしてあんた、竦んで――」言いかけたとき、ジェットコースターがぐるりと宙返りを始める。「おおっ――血が昇る！　たまんねえ！」
「よくもそこまで騒げるものだな」
「騒がないでどうするよ！」ザックスは叫び、ついでに両手を上にあげた。「手放せよ、下で見てるやつにサインしてやれって！」
「なんのサインをしろと」
　テンションの高いザックスと、いつも以上に低い声のセフィロスと、コースターが二回転するあいだ、まったく話は噛みあわなかった。
　やがてコースターは姿勢を戻し、最後の山にさしかかる。
　頂上を越えると、首の後ろから頭のてっぺんへと、なにかが剥離するような感覚を受けた。パラシュート降下するときのあの感覚だ。
「ひゃああ」ザックスは笑いながら叫んだ。地面がすぐ真正面に迫ってくる。「落ーちーるー！」
「むっ？」セフィロスが、いっそう目を細めた。
「へ？」鈍いザックスでもわかるほどのはっきりとした魔法の気配に、彼はぎくりとして英雄を振り返った。「ちょ、と待て！　フレアはやめろ！」
「安心しろ」セフィロスは言いながら地面を睨みつける。「ファイガ！」
　突然に出現した炎は、レールが再びのぼりになる谷間の底で膨れあがり、ザックスらを乗せたコースターはそのまま、その巨大な火球に突っこんでいった。
　幸いにも熱いと感じるまもなく、コースターは猛スピードで魔法の炎の中を通りすぎる。そして安全なレールへと乗りあがり、発着場へ向かって速度を落としはじめた。そのかん、ザックスもほかの乗客も、ひとことも声をあげなかった。
　ザックスの笑みは当然ながら引きつっている。「セフィロス……」
「俺のファイガでも砕けんとは、なかなか頑丈にできているな」
「砕けてたら、おれら、本当に地面に激突してるだろうがよ！」
「落ちると叫んだのはおまえだろうが」セフィロスはまだ前を向いたまま抗弁する。「俺は事故を防ごうとしたのだ」
「ふざけんな、あんた、ただパニックしただけじゃねえか」
「この俺が、たかがこんな小さな乗りものが怖いとでも？」
「だったら両手を放してみろよ。もう、時速十キロになってるぞ」
「ふっ……」セフィロスは口もとに笑みを浮かべたが、かすかに頬がぴくぴくしている。
　まじに怖かったのか、あんた？
　コースターはプラットホームにぴったりと寄り添って止まり、座席のセイフティパッドのロックが解除される。ザックスはそれを上に撥ねあげ、コースターから降りた。「ほれ、降りろよ。緊張しすぎて、身体かたまっちまったんじゃねえだろうな？」
「やかましい」と言いながら、セフィロスはぎくしゃくと降りてくる。「そもそもだな、こうした人工物には事故がつきものだ。機械仕掛けなら、なおさら故障というものがある。おまえのように楽観ばかりしていると、いつかひどい目に遭うぞ」
「へいへい」
「しかし、ただ走るだけというのもつまらんな」セフィロスはいきなりまじめな顔をして、青空へ伸びる鉄のレールを睨みつけた。「そうとも、標的をいくつか各所に配置しておけば射撃訓練に使えるではないか」
「いや、ここは訓練施設じゃなくて遊園地だって」
「いっそのこと、神羅でそうした訓練施設を造ってしまえばいいのだ」
「ソルジャー本部にシューティングコースターを？」
「む、おまえにしては、なかなかいいネーミングだな」
「ネーミングもなにも……」ザックスは溜息を抑えた。「これ以上、本部にわけのわからねえもんが増えたら、ほんとに辞表提出するやつが出てくるかもしれねえぞ」
　ただでさえ、特大のネズミ車をこしらえてクラウド専用のチョコボランニングマシンとか、チョコボに乗るためのシミュレーションマシンとか、わけわからんものを予算つぎこんで設置してるってのに。
「そんなはずはあるまい」セフィロスは心外だと言うようにむっとした。「兵士たるもの、日々の訓練が肝要。いざというときに、どうしたらいいかわかりませんでしたでは話にならんぞ」
　ザックスは、ぽりぽりと頭をかいた。「たぶん、おれたちは論じているものが違うんだと思う」
「あの、お客さま……」
　その声に振り返れば、ひとりの案内整理人がセフィロスの大柄な身体の陰で縮こまるように立っていた。
「ほらほら、でかい図体で邪魔だってよ」ザックスは英雄の腕をひっぱる。
「あのう、お客さま！」
「なんだよ、どけってんじゃないのか？」ザックスはまた従業員を振り返った。
　赤と金の制服を着た小柄な従業員は、彼らが坐っていた席のひとつ後ろを指し示している。「お忘れものございませんよう、お願いいたします」
「忘れもの？」ザックスは顔をしかめた。
　セフィロスもわずかに首を傾げる。「なにか持っていたか？」
「あの」と、従業員は愛想笑いにちょっとだけ苛立たしさを混ぜた。「いらないものでしたら、その……広場の屑籠にお捨ていただくのは構いませんが、車内に放置されるのは困ります。お持ち帰りいただけませんでしょうか」
　ザックスはコースターのほうへ引き返し、座席を見おろした。
「あ」と、思わず呟く。「すまん、忘れてた」
　そこには、セイフティパッドから金色のチョコボ頭をぐったりと突き出したまま、気絶している少年がひとり。
　それはもちろん、クラウドだった。

＊＊＊

　ゴールドソーサーという遊園地はもともと、こうした大がかりな機械仕掛けのある施設ではなかった。
　というより、むしろ派手な飾りもなにもない、質素なよろず闘技場だったのだ。
　モンスター同士を戦わせたり、ときには賞金を賭けて荒くれ者どもが挑戦したり、ほかにも闘鶏、闘牛、闘チョコボなどなど。
　もちろん、いちばんの人気はチョコボ同士の戦いだった。なにしろチョコボ同士ってのは、激しく突つきあっていても、どこか見ていて癒されるし、なにより、ほかのどの試合よりもハプニングが多かったのだ。観客の誰かがポップコーンを取り出そうものなら、喧嘩なんかそっちのけでチョコボたちは客席へ突進するし、ときには飼い主の言うことを聞かずに逃げたり、ひたすら穴を掘りはじめたり。
　ようするに知る人ぞ知る名所だったのだが、どうやらその闘技場がテロリストたちの温床になっているのではないかと、去年、神羅によって閉鎖を余儀なくされてしまった。
　この砂だらけの役に立たない土地を買い叩き、飼われていた動物たちともども引き取ったのはディオという男だそうだ。そして、そのディオはここにどでかい遊園地を拵えた。
　そして本日、遊園地の開園を迎えたわけだ。おれたちはディオに特別招待されたクラウドの、さらにおまけゲストということになる。
　ザックスは、泣きながらチョコレートパフェを平らげているクラウドを見つめた。
「ザックスなんか絶交だ！」甘いシロップをさくらんぼといっしょに胃の中に収めてしまうと、クラウドは次にババロアサンデーを引き寄せた。「おれ、いやだって言ったのに。無理やり乗せやがって」
「だってよ」ザックスは、しどろもどろに弁解した、「おまえだって、すごいスピードだって喜んで見てたじゃねえか。だから、おれは実際に乗れたほうがもっと喜ぶんじゃねえかと、そう思ってだな」
「あんな狭いところに押しこめて、縛りあげて」クラウドは、ほとんど流しこむようにババロアを口の中に入れた。「ぎゅうぎゅう、息が止まるほど」
「あれはセイフティパッド。縛ったんじゃねえよ」
「身動きできなかった！」
「そりゃ、安全のため――」
「身動きできてたら、おれ、ちゃんと跳び降りたのに！」
「いや、跳び降りるな！」ほんとにやりそうだから怖えよ。
「今度は大観覧車にでも乗るか」セフィロスはひとり、周囲の会話の脈絡とは関係なく、ぽつりと呟いた。視線はひたすら案内パンフレットに吸いついている。
　なあ、意外と夢中で楽しんでねえか、あんた？
「それ、酔わないか？」クラウドが疑わしげにセフィロスを見つめる。
「俺は乗ったことがない」セフィロスは首を振った。「なんとも言えんな」
「でもよ」ザックスは、先刻からクラウドがちらちらと目線をよこしていたホットドッグの皿を仕方なく目の前に置いてやった。「ここの観覧車、定員二名だぞ」
「ほう、個室というわけだな。では、クラウドとふたりきりで――」
「ザックスと乗ってくれ」クラウドが、ソーセージだけをもぐもぐと口の中に吸いこみながら素早く言った。
　セフィロスがちらりとこちらを観察したらしい。「窮屈そうだ」
「てめえのガタイのでかさを棚にあげるな！　おれだってごめんだぜ」ザックスは自分の飲みものを握りしめながら唸った。「しかし、あんたとクラウドと、ふたりきりにはさせられねえしなあ……」
「なぜだ？」セフィロスが眉を寄せる。
「どんな騒ぎを起こすかわかったもんじゃねえだろ」ザックスは、ケチャップとマスタードが残ったパンを噛み砕いているクラウドを揺すった。「だから、おれと乗ろう。そのほうが無難だぜ、クラウド」
「やだ」もぐもぐ。
　ザックスはなぜかショックを受け、目を見ひらいた。「なんで？」
　……っていうか、なんでおれ、ショック受けてるんだろう。
　クラウドはさらに、もぐもぐとパンを口の中にたたみこみ、そして完全に飲みこんでから、ゆっくりと立ちあがる。
「おれはどうせ小さい。軽いし、ごみに間違われて捨てられそうになることもあるかもしれない。落とされたり、投げられたり、狭いところにもすぐ押しこめられる」とテーブルに向かって呟くように言うと、チョコボはきっぱり顔をあげた。「だからもう、乗りものはいやなんだ！」
　がたん、どん、がつっ、ばきっ、どかっ！
　椅子を蹴り倒し、隣に坐っていたアベックを店の両端に分断し、テーブルを縦に割り、パラソルをひしゃげ、ごみ箱を蹴り飛ばし、クラウドは駆け出していく。
「ふむ、食後の運動だろうか」相変わらずスイッチひとつで走り出す玩具(おもちゃ)みたいなチョコボの後ろ姿を見ながら、セフィロスが呟いた。
　ザックスはひたいをこすり、溜息を抑える。「しょうがねえ。戻ってくるまで待つか」
「クラウドがへそを曲げたのはおまえのせいだぞ」
「ごみに間違えたのはおれじゃねえよ」
「コースターの中に捨てていこうとしたではないか」
「あんただって、あいつのこと忘れてただろうが！」
　ザックスは思わず拳で勢いよくテーブルを叩いてしまった。もちろん、か弱いカフェテーブルはばっきりと折れ、ついでに四つの脚は分解してしまう。テーブル上にあった空(から)の皿やグラスが、がちゃがちゃと派手な音を立てて地面に散らばった。
　ザックスもセフィロスも、なんとはなしにその残骸を見つめる。
　と、その沈黙の合間に割りこんできた声があった。「あのう、ストライフさまのご一行ですね？」
　顔をあげれば、赤と金の制服を着た従業員が畏まって立っている。
「ご一行だけど？」ザックスは反応してやった。
「園長より、闘技場へのご案内と接待を仰せつかりました者です」案内役はにっこりと微笑んだ。
　女の子ならよかったんだけどなあ。「いいよ、いいよ、おれら、勝手に楽しんでるから」
「それでは私が園長に叱られます！　そんな恐ろしいこと……」
　哀れな男はさっと青ざめ、自分の肩を抱きながら、ぶるぶると慄えはじめた。
　いったい、どんな罰を受けるんだろう。「わかったよ、案内するだけは案内してくれて構わねえけど、当のクラウドがな――」
「えー、それでは」と男は途端に立ちなおって、再び営業用スマイルを満面に浮かべた。「さっそくご案内したいと思います。闘技場と申しますのは、旧《砂漠戦場》の伝統を引き継ぎまして、各種モンスターと実際にバトルしていただき、勝ち抜いていくゲームでございます。連戦を重ねれば重ねるごと、賞品は豪華になりますが、ハンデも増えていきますので、素晴らしくスリルに溢れた――」
「俺はストライフではない」セフィロスがいらいらと口を挟んだ。「この俺に、戦闘ごっこをやらせようというのか」
　案内役の男は、セフィロスの言葉よりも声そのものから重圧を受けたようにかたまった。たぶんセフィロスの顔は知らず、ディオからもなにも聞いていなかったのだろう。それでも英雄の凄味のある睨みつけと低い声は、それだけで脅威に違いない。
　しかし、さすがは接客プロ。どうにか、ぎくしゃくと身じろぎすると、今度はザックスをターゲットにしてくる。「失礼いたしました、では、こちらがストライフ――」
「おれはザックス」彼は指をばってんにして示してみせる。
　案内役は慌ててポケットから手帳を取り出した。「ええと、ディオ園長が特別ご招待されたのは、クラウド・ストライフさま、ということになっておりますが……」
「クラウドなら、まだあそこだ」セフィロスは男の正面、カフェからまっすぐ伸びているメイン道路の先を示した。「円形の建物が見えるだろう。その入口のわきを通って雑木林に駆けこんだところだ」
　ザックスはセフィロスの指し示したほうへと首をめぐらした。レストランエリアの芋洗い状態の雑踏、そのむこうに金色の頭がかすかに見える。「五百メートルほど先だ、あの派手な金髪、わかるだろ？」
　しかし、ひくっと頬を引きつらせたきり、案内役の男はそこで途方に暮れていた。ソルジャーじゃなきゃ見えないって距離でもねえと思うけどな。あるいはたんに、おれらがクラウドを見慣れてるから、すぐ見つけられるだけなのかもしれない。
　だがザックスは説明するのを諦めた。説明したところで、クラウドを捕まえられなくてはあまり意味はないからだ。
　ザックスはセフィロスに向きなおった。「あいつにしちゃ、のろのろと走ってるな」
「障害物が多すぎるのだろう」セフィロスは割れたテーブルと折れた脚を両手に持ち、まるでハンドパワーで直るのではないかと、がつがつぶつけている。
　ザックスはまたクラウドの行方のほうへと視線をめぐらし、だがクラウドが走ったらしい直線上をばたばたと行き倒れている人々に気づくと、とっさに目を逸らしてしまった。
「あれを連れてこいなどとは言わんだろうな」セフィロスが案内役の男へと脅すように低く囁く。「あれは走り出したら、星を一周するまで止まらん。あれが迷子になったら、捜さずにじっと待っているほうが面倒がなくてすむのだ」
　ザックスは頷いた。「そうだよな。去年なんか、クラウドを追っかけて星を一周しちまったし。もう、あんな苦労はごめんだ」
「確かに」セフィロスもしみじみと頷く。「ミッドガルからジュノン、コスタ・デル・ソル、そしてここからコレル村、さらにウータイまで、なかなかの大旅行だった」
「気がつけばミッドガルに戻ってたし」ザックスはさらに感慨深げに繰り返し頷く。「星は丸いんだってことを実感――いや、体感させられたよ」
　案内役の男はいっさいの感情を内に閉じこめたまま、無表情に立ちつくしていた。それ以上からかわれようものなら、クラウドと違って、まっすぐ崖のほうへと走り去ってしまっただろう。もっともここは砂漠で、砂の平原以外なにもないんだけどな。
　結局、親切で人のいい（らしい）従業員があまりにも気の毒だったので、ザックスとセフィロスは仕方なく、クラウドを捜してぶらぶらと遊園地内を歩きまわることにした。そのかん、無理に接待する必要はないと言い含め、さらにディオの罰を受けないようにと、セフィロス直筆の断わり状を持たせてやる。
　それにしても園長って、どんな叱りかたをするんだろうな。「そういや、おれ、ディオって見たことねえぞ。あんた会ったことあるか？」
「ふん」セフィロスが思い出したくもないと嫌悪感も顕わにして、歩みが一瞬速くなる。
「なあ？」
「遊園地の中心」セフィロスはぴたりと足を止め、顔をそむけながら、そちらのほうを指し示した。「金ぴかの黄金像が立っているだろう」
　芝を敷きつめたちょっとした丘の上に、砂漠の陽光に燦然と光り輝く金色のマッチョマン。しかしそれは二枚目でもなく、厳格な創始者像というイメージもまるでない。腕を前に交差させたボディービルダーのような恰好で、頭髪は少なく、頭頂に残り火のような髪の毛の突起がついている。
「あれがなに？」
「あれだ」
「………」
「ただ」セフィロスはわずかに眉をひそめる。「クラウド自身はディオを知らんらしい」
「へ？」
「招待状を見せ、写真も見せてやったが、親の敵のように睨みつけたまま、結局、疑問符が消えることはなかった」
　そうか。じゃあ、食いものをもらったというわけでもないんだな。餌付け相手は、あいつだって忘れたりしない。「それで、どうして招待状が届くんだ」
「さあな」
　わからねえ。ほんとにクラウドの交友関係ってのは理解不能だ。
　彼らはしばらく沈黙のうちに歩き、食いものや大きな着ぐるみがうろついている場所を、チョコボがいないかと捜しまわった。
　だが、ポップコーンの屋台にも、焼きそばやお好み焼きの屋台にも、それらしき金色頭は見あたらない。いちおう闘技場もちらりと覗いてみたが、モンスターと遊んでいる少年はいなかった。
　ゲームセンターはあいつには馴染みがねえし、ひとりでホテルに入ることもねえしなあ。大観覧車やジェットコースターは論外だ。あと捜していないのはイベント会場だけだと結論し、彼らはそちらへと足を向けた。
　ちょうど、なにか催しものが始まる直前なのか、クレーターのように穿たれた広場の扇状に並べられたベンチには、大勢の人々がぎゅう詰めになっている。
「この中から捜すのは骨が折れるな」セフィロスが呟く。
　ザックスは首を振った。「捜す必要もねえよ、クラウドがこんな人の多い場所にいるわけがない」
「む、それもそうか」
　と、彼らが入口を迂回して素通りしようとした途端。
「おめでとうございます！」
「へ？」ザックスは思わず足を止めた。
　振り返った先には、にこにこ顔の遊園地従業員。特別な係なのか、赤と金のお仕着せの上に緑の腕章をつけ、やはり緑の法被(はっぴ)のようなものを羽織っている。
　男はその顔のまま生まれてきたのではないかというほど、ぴったりと崩れそうもない笑顔でザックスの前へとまわりこんできた。「あなたがたが本日百組めのカップル！　これから始まるショーの主人公に選ばれました！」
　ザックスは念のため、自分の周囲をぐるりと見まわした。鬱陶しいほど長ったらしい銀髪をした、素晴らしく長身な黒コートの上司しかいない。
　そのかんにも、笑顔のイベント案内人はぺらぺらとまくし立てている。「開園記念イベントとして、お客さまに舞台にあがっていただき、お芝居をしてもらおうという企画です。おふたりには勇者と姫君の役を――」
「ちょっと待て」ザックスは慌てて声を張りあげ、自分とセフィロスとをそれぞれ指し示した。「どこをどう見たら、カップル？」
「お知りあいではございませんので？」
「いや、知りあいってか、上司と部下だけどよ」
「そう、かたくならずとも」案内人はプロの笑顔でザックスの腕をひっぱりはじめた。「心配することはございませんよ、失敗しても、とちっても、プロがちゃんとまとめますので」
「まとまりたくねえよ！」
　だがザックスの絶叫は、セフィロスの興味津々な言葉によって打ち消された。
「面白そうではないか」
　……まじ？