SOLDIERS

ザックスの場合

　ザックスはこの日の朝、ついにドアノブを壊してしまった。
　ソルジャー大隊司令本部。英雄セフィロスの執務室である。
　それは兵舎のあいだに身を竦めるようにしてある、やや傾きかげんのプレハブだった。
　新しいビルを建て、そのぴかぴかの最先端セキュリティに守られたなかに設置されるはずの司令本部だが、肝心のそのビルはまだ建設途中だった。それなのに、セフィロスはとっとと神羅ビルを引き払い、物好きにも、こんなやさぐれたプレハブに住みついている。
　まあ、いいけどよ。あの不気味な神羅ビルに足を運ばないですむなら、それに越したことはない。あそこはほんと、なにが巣食ってるかわからねえもんな。
　ザックスは手のなかの丸い銀色のものをしばらく見つめてから、ドアを蹴りこんだ。蝶番がはじけ、薄い板はばたりと内側に倒れる。「すまんなあ、ノブを壊しちまったよ」
　セフィロスは正面の机から目だけをあげた。「そろそろ寿命だと思っていた頃だ。今日はそのままにしておけ。そのうち、チョコボの暴力に屈しない根性のはいったものを立てかけておく」
　そうだよな。この英雄さまの飼ってるチョコボがいけない。毎日毎回、足と手を同時に使って強引に開け閉めするから、ノブだってネジの一本二本、すぐに見失っちまうんだよ。あいつの部屋に鍵を取りつけられないって事情が、最近になって、やっと呑みこめてきたぜ。
　英雄のデスクの横、ちょこんとおまけのようにくっついている端末の陰から、眠そうに目をこすり、金髪の少年兵がひょこりと顔を出してくる。
　このクラウド・ストライフ、いちおうはセフィロスの事務官ということになっている。外見はチョコボだが、性格もチョコボ、頭の中身もたぶん鳥だ。それでもセフィロスは事務官だと主張する。
　いいけどさ。
　もうひと月もこの同じプレハブで仕事してるというのに、ザックスは彼から朝の挨拶を受けたことは一度もなかった。
　どころか名前を呼ばれたこともなく、用があるときは、「なあ」とか、「あのさ」とかで呼びかけられる。もしかしたら、おれの名前をすっからかんに忘れてしまっているのかもしれない。
　そのクラウドは金色の髪をぴくぴく揺らしながら、期待するように青い目を輝かせた。「ここ、チョコボが喧嘩売りにくるのか？」
　そのチョコボってな、おまえのことなんだよ。
「確かにチョコボは毎日、喧嘩をしているな」セフィロスは少年を意味ありげに見つめる。
「いや、だからよ」ザックスは朝っぱらから、ちょっとばかり疲れた。「ここって盗まれて困る機密情報、いっぱいあるだろうが。いいのか、こんな無用心で」
「俺が寝泊まりしているというのに、泥棒の心配か？」
　ああそう。番犬よりは役に立つかもしれねえな。
　セフィロスは大きなマグカップを、どんと前に置いた。「茶」
　その隣で、クラウドも同じようにカップをさし出してくる。
　――そう、ザックスのおもな仕事、それはお茶汲みだった。
　彼は疲労で重たくなる足をなんとか動かし、出がらしの茶葉が詰まっているティーポットを洗いはじめる。
　コーヒーメーカーが使えればかなり楽なのだろうが、その小さな機械は、買ってきてからすぐ上司と事務官によって昇天した。
　まあ、おれも悪かったよ。事務官の仕事だろって、クラウドにコーヒーの淹れかたを教えようとしたのが間違っていた。ガーガーと豆を挽くたんび、あいつは機械に向かって威嚇するし、蒸気を吹けば怒ってると言って逃げる。セフィロスにコーヒーを飲ませてやれといえば、ポットをそのまんま持っていって、彼の口のなかに注ごうとしやがった。
　ついに、「そんな面倒なものはいらん」と言って、セフィロスが正宗で一刀両断。クラウドはこのプレハブの裏にコーヒーメーカーの墓を立てた。
　急遽、代役にと持ってきたティーセットはエアリスからのもらいさげだ。ついでに紅茶の淹れかたをひととおり、まじめに聞きこんできてしまったザックスである。
　だってよ。セフィロスのやつ、自分の茶の味は棚あげにして、「まずい」と連呼しやがるんだ。こっちだって、むきになるぜ。ついでに言やあ、クラウドのやつは香りなんか楽しみやしない。とりあえずは胃のなかに流しこむものの、少しでも苦いと思うとすぐ、うがいしに行きやがる。ちったあ人の苦労もわかってくれ、ふたりとも。
　ザックスはすっかり落ちなくなってしまった茶渋をどうにかするのを諦め、ダージリンにちょこっとアッサムを加えて濃いめのものをカップに注いだ。クラウドのカップには三分の二以上、砂糖入りのミルクを混ぜてやる。以前は八割がたミルクでないと飲めなかったが、ここひと月ほどをかけて、ザックスは彼にお茶の味を覚えさせたのだ。もうひと息でミルクティーと呼べる代物になる。
　明日あたり、アプリコットジャムでも持ってくるか。
　そして彼らは、それぞれの仕事に没頭するのだった。
　茶の用事がないときには、ザックスでもさすがに副官らしい仕事に向きあうこともある。現在はセフィロスの作成した緊急時のシミュレーションを数値を変えて確認していく作業だった。それぞれの部隊長の性格や能力など、人事データと比較していかなくてはならないので、結構、面倒な作業だ。
　ところで、机と向きあってじっと指先だけの作業をすると、ザックスは途端にスリプル状態になる性癖を持っていた。
　そんなわけで、彼はお茶のお代わりのたびに起こされながら、進まない事務仕事に勤しむのであった。

クラウドの場合

06：00　起床。
06：18　兵舎のまわりを元気よく走る。
06：42　食堂のおばさんに朝ごはんをもらう。
07：26　ソルジャー大隊本部に飛びこみ、ソファで寝ているセフィロスの上でバウンドして宿舎に帰る。セフィロス起床。
07：30　クマさんに今日やることを聞く。
07：37　大隊本部へ走る。
08：00　端末と挨拶を交わす。
08：51　朝寝。
09：30　ハリネズミのソルジャーが来て、ドアが壊される大きな音で起こされた。それから三人で遊ぶ。
11：32　兵舎のまわりを元気よく走る。
12：00　食堂のおばさんにお昼ごはんをもらう。
13：05　訓練。
15：03　クマさんにおやつをもらう。
15：45　訓練。
17：55　大隊本部で遊ぶ。ハリネズミはいない。
18：25　兵舎のまわりを元気よく走る。
19：16　食堂のおばさんに夜ごはんをもらう。ナイフとフォークがちゃんと使えるようになったら、今度はクマさんがごはんをくれると言った。
20：22　書き取りと算数のドリル。一日一題。一冊終わったので、クマさんが採点してくれた。真っ赤っかになって戻ってくる。
22：03　寝る。

セフィロスの場合

　正確に七時二十六分、毎日、飽きもせずチョコボは俺の上を走っていく。
　床以外は歩行禁止と言ったはずなのだがな。走ったり跳んだりはいいと思っているのだろうか。
　睡眠時間四分短縮という細かいことにこだわる俺ではないが、うっかり寝ぼけて正宗を抜いているときもあるというのに、なぜかあのチョコボはいつも難を逃れている。というより、俺が目を醒ましたときには大抵、すでに外へ飛び出していったあとなのだ。
　いったい、なんのために朝っぱらからここに来るのかよくわからん。だが目覚まし代わりにはちょうどいい。
　簡易キッチンで顔を洗い、歯を磨く。ミント味ですっきり。ハードストロングの液体歯磨きは口のなかがひりひりするのでマイルドを使用。本当は舌ブラシもやってみたいのだが、その最中を誰かに見られたときにちょっと恥ずかしいので我慢している。
　それまで着ていたコートをランドリー行きの籠に放り投げて、洗濯済みのものを取り出す。俺はやはり黒コート姿でいなければならん。白くなった途端、クラウドは俺が誰かわからなくなって蹴りつけてきたからな。
　ところで、黒くて毛があるのがあれの強さのパラメータらしい。理屈がよくわからんが、ベアーズ少佐に懐いたところを見ると、とにかく大きくて温かいものに憧れるのだろう。俺は小さくて温かいものが好きなのだが、理解できんようだ。
　やがてクラウドが戻ってきたので、さっそく勤務表のつけかたを教える。端末の電源を入れるたびに軽快な音楽が流れるのだが、どうやらその音がお気に入りのようだ。電源スイッチの場所を覚えてしまったら、ぶつぶつ切っては、また立ちあげることを繰り返している。
　そのうち、ことんと眠ってしまった。寝つきがいいというよりも電池切れという感じだ。このまま玩具にならんものだろうか。単一電池三個ぐらいで動くに違いない。それともネジ式か？
　ザックスがやっと重役出勤してきたと思ったら、ついにドアを壊しおった。クラウドにしろ、ザックスにしろ、どうしてこうも不器用で、乱暴で、がさつなのだろうか。
　まあいい。どのみち、あと二週間ほどで新しい事務所にまた引っ越しだ。ドアやデスクどころか、クラウドにやらせているキーボード練習ソフトも新しいものになる。いまはモーグリ育成型の練習ソフトだが、今度は遊園地のジェットコースターをモデルにしてあるのだ。射撃は好きなようだから、きっと眠ることもなく、一生懸命練習してくれることだろう。
　とにかく、この事務官には会議報告書の清書ぐらいできるようになってもらわないと。
　む、クラウドが立ちあがった。時計を見れば、十一時三十二分。
　チョコボの習性は常に時間に正確だ。そろそろ昼食の準備に入るころ。適当に走りまわって腹を減らしておくらしい。
　育ちざかりの子どもをこんなところに閉じこめるほうが間違っているのかもしれないが、俺にもいちおうは仕事がある。いくら興味があっても、あれといっしょに暴れまわるわけにもいかんのだ。
　そのうち、ザックスと外まわりに追い出してみるか。お使いも覚えてもらわんとならんしな。書類を届けさせるたびに神羅ビルで迷子になってもらっても困る。
　セフィロスはクラウドが勢いよく事務所を飛び出していくのを見送り、点けっぱなしの端末を閉じようと手を伸ばした。
　おや。
　あいつはなにをひらいていたのだろう。タークスのミッションデータのようだが……まあ、あのクラウドの気まぐれな指がなにを押したにせよ、機密性の高いところに近づけるはずもあるまい。おそらく、これは真データではなくダミーだと思われる。
　腐っても、神羅のネットワークセキュリティは世界一鉄壁だ。訓練兵に簡単に破れるようなものでは、決してないはずだった。
　セフィロスは、クラウドのIDに自分と同じ秘密保全許可を与えていたのをすっからかんに忘れていた。

THE END.

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