The education of the child

　ストライフ家の一日は結構、朝早くから始まる。その一家のひとり娘は寝坊の常習犯ではあっても、その両親はきちんと朝日とともに目を覚ますのだ。
　そしてお父さんは山へ芝刈りに、お母さんは村の広場の給水塔へ洗濯に。
　それぞれ軽くひと仕事を終えてから、彼らは家に帰り、朝ごはんを食べる。その頃には、ひとり娘を起こしても危険がなくなっているので、いっしょに食卓をかこむことになるのだ。
　だがその日、そのひとり娘はいなかった。彼女はお屋敷に住みついているモンスターといっしょに、コスモキャニオンへ五泊六日の旅に出かけていたのだ。夫婦は寂しく食卓をかこむことになった。
「あのペア旅行クーポン、そのうちかすめ取って、わしらで行こうと思っておったのに」お父さんはそう言った。
「あの子の旅の連れになろうなんて人間が、この村にいるとは思わなかったねえ」お母さんも溜息を落とす。
「ほんに、奇特な御仁じゃ」
「幽霊じゃなかったかい？」
　このとき、食卓の下ではセフィロスがでんぐり返っていた。この夫婦が自分を預かっていることを憶えているかどうか、セフィロスには疑問だった。
　夫婦はやっぱり忘れているのか、彼の粉ミルクの罐の蓋をあけもせず、畑仕事へと出かけていった。
　ひとり取り残されたセフィロスは、当然ながら空腹と不満とで魔法をまき散らす。
　稲妻で家具が焦げ、冷気の魔法で窓に氷が張りつく。天井にできた巨大な氷柱(つらら)が炸裂したフレアによって根もとが緩み、どっかりと食卓の真ん中に突き立った。
　そのテーブルの下にいたセフィロスは、危うく粉々になった家具の下敷きになるところだった。彼はとっさに左側へと寝返りを打ち、どうにか難を逃れたのだ。
　初めて左側に寝返りを打てた喜び。それと同時に、彼はちょっと反省した。
　やたらと魔法を乱発しても、誰も駆けつけてこないどころか、自分自身にその被害が及ぶのでは、せめてフレアはやめたほうがいいかもしれない。
　仕方なく、セフィロスは夫婦が帰ってくるのを待つことにした。
　ストライフのご夫婦は、夕刻になって、やっと帰ってきた。粉々になったテーブルや椅子を見て、ちょっとびっくりしたようだったが、「しょうがないね」と呟きながら、無事な板切れを利用して、とんてんかんと新しい家具を作りはじめたものだ。
　前よりもちょっと小さめの食卓ができあがると、彼らは山でバッテリーキャップを採ってきたと言って鍋を用意しはじめた。だが、セフィロスの粉ミルクの罐には見向きもしない。
　セフィロスはごろごろと転がって、どうにか夫婦の坐っている食卓の椅子、そのひとつの脚もとに辿りついた。その脚にすがりつき、揺すってみようとするが、どっかりと坐りこんだお父さんは、まるで気がつかない。
　やがて彼らは食事を終え、椅子を引いて立ちあがろうとしたところで、やっとお父さんが足もとに目を向けてくれた。
「おや、なんだったかな、これは」
「あの子が置いていった赤ん坊ではありませんか」
「はて？　いつ赤ん坊を生んだんだ、あの子は？」
「知りませんよ。結婚もしてないのに」
「この村で、あの子と結婚しようなどという命知らずの男はおらんからな」お父さんは呟き、セフィロスを食卓に載せた。
　ちょこんとおすわりさせられて、セフィロスは目の前にある鍋をじっと見つめた。それはもちろん粉ミルクではなく、茶色っぽい煮汁のなかに刻まれたバッテリーキャップの残骸がぷかぷかと浮かんでいるだけの、セフィロスには食べものとは思えない代物だった。
　だが、夫婦は粉ミルクを彼に与えてはくれそうにない。
　仕方なく、セフィロスは冷めた鍋のほうへと震える手を伸ばした。
　夜も更け、ストライフ家の明かりが消える。
　セフィロスはテーブルの上に載せられたまま、また忘れ去られ、彼はそこで眠りに就くことにした。
　初めてよそへ預けられたその日、セフィロスはいろいろなことをマスターした。
　魔法の抑制、左側への寝返り、ごろごろと転がっての移動、空腹に耐えること……そして、粉ミルク以外の食べものの味も覚えた。
　必要は学習を促がすものだ。