IVALICE

「ちょっとタイミングが悪かったみたいだな」ザックスは膝を抱えてしゃがみこんだ姿勢で、同じように身を縮めているクラウドをちらりと見やった。
「ちょっとどころじゃないぞ」クラウドはむっつりと応え、ぶるりと身震いして身体の上に溜まっていた砂を撥ね散らかした。だが猛烈な砂嵐のなか、チョコボ頭の砂の堆積はすぐに形成される。
　彼らは西ダルマスカ砂漠に入ったところだった。ラバナスタの砂海亭の亭主が、蛇酒を作らなきゃならんというので、ちょうどバーテンダーとして手伝いに入っていたザックスに、なんでも屋としての依頼をあらためてしてきたのだ。
　そしてたまたま、例によって無一文のままクラウドがザックスに会いに来たので、メシ代だと言って手伝わされている現状である。
　蛇酒の素となるのはマリリスという大きな蛇だ。それは、西ダルマスカ砂漠から入ったところのゼルテニアン洞窟に棲息しているという。
　ところが本日お日柄もよくとはいかず、折しも砂嵐が始まったばかりというところだった。ひどくならないうちに、とっとと砂漠を越えてゼルテニアン洞窟に入ってしまおうと、強引に風の中を突き進んできたのだが、まるでチョコボお断わりと、天候そのものが彼らを阻むように、あっというまに悪化してしまったのだ。進むも適わず、退(しりぞ)くにも、いままで通ってきた道――もともと砂漠だから道などないに等しいが、目印の小さな岩やサボテンなど――は新しい砂に埋もれてすっかり景色も変わり、方向もわからなくなってしまった。ふたりは身を寄せあい、岩の陰でしゃがみこんで嵐が過ぎるのを待つしかなかったのである。
「なあザックス」クラウドは砂の中で呟いた。
「なんだよ」ザックスは埋もれかかる足を引っこ抜きながら応える。
「あんた、快晴(フェアウェザー)って名前で、どうして晴れ男じゃないんだ」
「うるせえな、てめえこそ名前と頭が一致してねえくせに」
「交換しないか」
「母ちゃんに怒られるだろ」
　クラウドは沈黙した。
「ティッシュで、てるてる坊主でも作るか」ザックスはごそごそとポケットを探った。
　クラウドがまた砂を払い落としながら、さらに身を寄せてくる。「あんた、天気をよくするおまじないの踊りとか知らないのか」
「あいにく、雨乞いのゴンガガ踊りしか知らねえ」
「この上に雨が降ったら最悪だ」クラウドはむっつりと言い、青い目をきらりと光らせた。「それでも、もう、砂ばかりは飽きたし、服の中までじゃりじゃりと鬱陶しい。おれはもう、我慢できない！」
「我慢できないっつったってよう……」ザックスは強風の中ですっくと立ちあがる砂チョコボを見あげた。
　クラウドは灰色になった袖をはたきながら、なにかに集中するように目を閉じ、そして叫ぶ。「リヴァイアサン！」
「おいおいおい」ザックスは慌ててクラウドの足にかじりついた。「よせよ、こんなところで大津波なんて！」
「もう、遅い」クラウドはしがみつくザックスを振り払おうと、ぶんぶん足を振った。「わかってるだろ、星座宮の召喚獣たちと違って、おれの使う連中はキャンセルが利かないんだ」
　ザックスの耳に、ざざざと波のような音が聞こえてきた。海の化身、リヴァイアサンが、津波とともに顕現したに違いない。巨大な海蛇の姿をしたこの召喚獣は、どこで呼び出そうと大波を背負ってやってくる。行く手を阻むすべてのものを、その波で押し流してしまうのだ。無差別に攻撃しているようで、なぜか召喚者には影響を与えないところが不思議だが、とにかくクラウドは、星座宮の召喚獣ライセンスを持たずとも、このての召喚獣を使役することができた。
　だが振り返ったザックスは、吹き荒れる砂が口の中に飛びこんでくるにもかかわらず、ぽかんとしてしまった。
　確かにリヴァイアサンの、その海蛇の青く長大な体は空中にとぐろを巻き、洪水を起こすぞと気合も入っている。だがその背後に湧き立つ津波は、灰色の砂だったのだ。
　クラウドもそれに気づいたらしい。「なんで砂なんだ、リヴァイアサン！」
「いや、やっぱり水不足なんじゃ」ザックスは引きつり笑いをどうにか抑えこんだ。「砂漠だし」
「あんたの起こす津波で身体を洗おうと思ったのに、裏切りだぞ、それは！」
　そのクラウドの文句はしかし、調子の狂ったリヴァイアサンの砂津波に押し流され、ザックスもクラウドとともに流れる砂の中でぐるぐるとでんぐり返った。
　津波を放出したあと、リヴァイアサンは、「やっぱり、なんだかすっきりしない」というような身ぶりをしながら、すうっと大気に溶けて消えていく。
　それからしばらくして、ザックスとクラウドは砂の中から浮上した。
「くそ、ますます砂まみれじゃないか」クラウドがぶつぶつと文句を言い、チョコボ頭をがりがりとかきまわす。「おいザックス、無事か？」と彼は、手近にあった肩を揺すった。
　ザックスはクラウドの背後で、ぺっぺっと砂を吐いていた。「おれはこっちだ、クラウド。おまえが揺すってるのはフィデルってやつだろ」
「レアなモンスターじゃないか」クラウドは気絶しているらしい骸骨を抱きあげた。「いつ会えるかと思っていたが、砂嵐の日なら散歩していたんだな。可哀相に、気絶しているのか？　顔色が死人のようだ」
　いや、そいつは死んでモンスターになった類(たぐい)だろ。ってか、そもそも骨だけだってのに、顔色が出るわけがねえ。
「モンスターの介抱なんか、あとまわしにしろよ」ザックスは溜息をついた。「砂嵐もちょっと弱くなってきたし、とっとと洞窟に向かおうぜ」
「そうだな。酒の材料を仕留めなきゃ」クラウドはあっさりとフィデルを放り出した。「なあ思いついたんだが、リヴァイアサンの背鰭を持っていくんじゃだめか？」
「おまえ、自分の召喚獣を討伐するつもりかよ」
「やっぱり、まずいかな」
「二度と呼び出しに応じてくれねえぞ」
「それは困る」クラウドは諦めたらしい。「仕方がない。さっさと行くぞ、ザックス」
「へいへい」
　彼らは並んで一歩を踏み出した。
　とそのとき、背後のほうから、ちり、とかすかな魔法の気配が湧き起こる。クラウドとザックスは同時に動きを止め、そろそろと、ふたりして肩越しに振り返った。
　先ほどリヴァイアサンの起こした砂津波に乗って流れてきた砂が、新しい砂丘を形成している。びゅうびゅうと吹く砂の風のなか、そこには倒れているフィデル以外なにもなかった。なにも動かず、なにも変化はない。
　ザックスとクラウドはまた正面を向いて歩き出そうとした。
　ちり……ちちっ、ばちっ。
　ザックスとクラウドは視線を交わし、無言のままに、いっせいのせっ、で振り返る。
　砂丘のちょうど真ん中、いちばん高い頂上で、黄色がかった白光が稲妻のように鋭く踊っていた。
　バリバリと、いまははっきりと雷電の音をさせながら、砂丘の頂点がぶわっと膨れあがる。と思うと、砂を四方にまき散らしながら光り輝く球体が飛びあがった。
　それはまさに光の珠だった。イヴァリースの各地でしばしば目撃される、精霊というものだ。モンスターではないのだが、召喚獣になるわけでもなく、自由気ままに現われては、ふよふよと漂って世界漫遊を楽しんでいる、謎のエネルギー体だった。この目の前の精霊は、黄金にも見えるその色から土のエネルギーを蓄えたもののようだ。
「精霊……だよな？」ザックスは光の珠を見つめながらぼんやりと言った。
　クラウドもぼんやりと頷く。「ああ、ノーマだ」
「どうして砂の中から出てくるんだ？」ザックスは、答えは聞きたくなかったものの、ついつい質問してしまった。
　クラウドは、もう一度頷く。「リヴァイアサンの砂津波に巻きこまれたんだと思う」
「ってことは」
「うん」
　ザックスとクラウドは同時にきびすを返し、駆け出した。「怒ってる！」
　精霊ノーマはひときわ物騒に光り輝くと、ふたりのあとを追って砂丘を滑り――いや、跳びおり――飛びおり――いや、やはり滑りおりたと言ったほうがいいか――、砂嵐の風に乗って砂漠を猛スピードで驀進してくる。
　嵐で前が見えないとか、砂が流れて走るのが困難だとか、そんな文句を吐く余裕もなく、ふたりは逃げた。逃げて、逃げて、逃げまくる。
「なんとかなんねえのかよ！」ザックスは叫んだ。
「なるものか！」
「てめえ、それじゃ、最強の自称ソルジャーだなんて威張れねえぞ」
「威張った憶えはない！」クラウドはちらりと肩越しにノーマを確認した。精霊は怒りのオーラをまき散らし、通りすがりのウルフを薙ぎ倒しながらまだ追ってくる。「でも、いくらおれでも、ノーマは苦手だ。あいつはノックバック無効に天候も地形も無視してくる。被ダメージ返しがあるし、あいつの魔法はリフレク貫通、ファイガ、サンダガ、ブリザガ、なんでもござれだぞ。しかも瀕死になると魔力アップするし、計算尺も通用しない！」
「計算尺なんか使ったことあるのかよ」
「地道にケット・シーがやっていたな。二、三回当てては失敗していたから、まったく攻撃力があがらず、あっさりファイガで猫の丸焼きになった」
「ロボットじゃなかったのか」
「変なところに突っこまないでくれ」クラウドは混乱したようにひたいをこすった。そのかんも、ふたりは全速力で逃げている。「とにかく、ノーマをへたに瀕死に追いこむと、なにが起こるかわからないんだ」
「瀕死になる前に戦闘不能にしたら？」
　クラウドは少し考えたらしい。「やってみよう」
　砂を蹴散らかして立ち止まると、クラウドは振り返りざま、背負っていた剣を両手に引き抜き、二刀流で大きく構える。
　が、途端に向かい風になったものだから、彼はあっさりと後ろにひっくり返った。
　かっこつけといて、これかい！
「ったく、しゃーねーな」ザックスはバスターソードを構え、猛進してくるノーマを真正面にした。「ゴンガガ流、超究武神覇斬！」
「なんだそれは！」
　クラウドの非難の叫びは無視して、ザックスは武器を頭上にかざし、気を溜めはじめた。
　と、かざしたバスターソードの剣先に雷が落ちる。ザックスは一瞬、自分が人骨標本になった気がした。たぶん、そのまま気を失っていたのだと思う。
　びりびりとした身体の痺れが感じられる頃になると、クラウドが自分を引きずってまた砂漠を走っていることに気づいたものだ。
「おれはどうなったんだ？」
「ノーマのサンダガで一蹴されただけだ」クラウドは無表情に呟いて、砂の段差を滑り落ちる。
　ザックスも砂の斜面で一回転してから起きあがり、頭上すぐそばに光の珠をちらりと見た。
「まだ追ってくるぞ」
「こんなにしつこいなんて、相当に怒っているんだな」
「感心してる場合じゃねえだろ！」
「見えた！」
「なにが？」
　クラウドは走りながら、砂嵐のむこうにぼんやりと見える小さな岩を指し示した。「ゼルテニアン洞窟だ！」
　砂漠に棲む精霊なら、洞窟までは追ってこないだろう。「やった、助かった！」
　彼らは競うように、たがいにどつきあい、ひっぱりあいしながら、暗い岩の穴の中に転がりこんだ。
「ふう」ザックスは思わず安堵の吐息をついた。
　クラウドも肩を落とし、両手を地について息を整えている。「くそ、おれとしたことが、逃げるしかないなんて」
「いいじゃねえか、チョコボックルの威力があがるぞ」
「あんたな――」
　ぼそぼそと囁き交わしていたふたりの耳に、ばちばちと雷電の音が近づいてきた。
　彼らは話をやめ、それぞれ手近の岩を見つめて、どこか隠れるところがないかと探してみたものだ。
　だが逃げこむ先もすぐには見つけられず、おそるおそる振り返れば、やはりそこには黄色がかった光の球体がそびえている。
「なんで洞窟まで追ってくるんだ！」ザックスは四つん這いで駆け出した。
　その頭を、クラウドが蹴り越えて先に走っていく。「勘弁してくれ！」
　彼らは、急な坂になった洞窟の狭い岩道をでんぐり返りながらくだった。挨拶のために天井から落ちてきたスライムは、しかし走りすぎる彼らの頭上に体当たりをかますこともできず、その後ろを追っていた精霊ノーマに当たって、焦げ臭い煙をあげながら撥ね飛ばされていった。
　普段はカエルなんか見るのもいやだと大まわりに避けるザックスとクラウドだが、このときばかりはまっすぐ、リーチフロッグのイボイボの背中をどかどか踏みつけて逃げた。
　さらに洞窟の奥へ潜りこもうとしたクラウドが、ちょうど入口でデートをしていた二匹のスライムにぶち当たり、ぽよんと撥ね返ってザックスの腹に頭突きを食らわせる恰好になった。ザックスは斜め後方に突き飛ばされ、わきの袋小路のほうへところころ転がる。ちょうど昼寝をしていたジルコンタートルにぶつかり、大ガメのモンスターは、「ん？」といったように振り返った。もっとも、このモンスターは全身ほとんど光沢のある丸い甲羅になっていて、明るいところでじっくりと見ないことには、どちらが頭かわからないのだが。
「ザックス、どこだ、どこに逃げた！」岩道のむこうから、逃げ遅れたクラウドの声が響いてきた。ついで、どおおん、と強大な魔法の気配と爆音。薄暗い洞窟が一瞬明るく照らし出される。
　クラウドが精霊にしつこくファイガを浴びせられているあいだに、ザックスは身を隠すべく岩伝いに移動した。
　ちょっとした砂地をそろそろと渡っていくと、わずかながら雑草の生えた少し明るい場所に出る。ザックスは四つん這いになって、その雑草と岩の隙間に忍び入ろうとした。
　手がすべすべした鱗のかたまりを掴む。「なんだこれ？」
　同時に、彼のひたいをぴたぴたと叩いてくる細くなまあたたかい紐のようなもの。
　目をあげれば、大蛇が鎌首をもたげていた。
「えっと……もしかしてあんた、マリリス？」ザックスはそのモンスターの尻尾を握ったまま凍りついた。
　マリリスはしゅるしゅると舌を出し入れし、にやりと笑ったようだった。

＊＊＊

　その後、砂海亭の亭主は風の噂に聞いた。
　精霊ノーマにありとあらゆる魔法を叩きこまれ、焦げ臭くなって凍傷だらけの帯電した瀕死のチョコボが、砂漠に横たわっていたそうだ。
　そしてザックスの行方については、あまりはっきりしたことはわからない。
「平和な生活が恋しい」と言って、西へと旅立つハリネズミのような頭をした旅人を見かけたという者もいる。
　オグル＝エンサでエンサ族といっしょになって砂の海を泳いでいたとか、ウルタンイーターと戦っていたとかなんとか。
　いずれにしても、あのなんでも屋を待っていては、いつまで経っても蛇酒は作れないと判断した亭主は、マリリスをモブ登録し、もうちょっとましなモブハンターが来るのを待つことにしたのだった。

　FF12との関連ポイント★モブNo.８：マリリス
依頼をこなしていれば、オンドール侯爵邸を脱出した直後という、割と序盤のほうで依頼が出されます。が、ランクはＡの手強いやつ。魔法は使ってこないものの、攻撃ペースが半端なく速いので、回避が低かったり、暗闇を仕掛けることができなければ、レベルをあげてからのほうが無難な相手。じつは引っこみ思案で、なかなかマップに現われてくれなかったりもする。