IVALICE

「タマゴ！　気をつけてよね」
　エアリスの怒声一発、ザックスは抱えていた卵を落としそうになって、慌てて抱きこんだ。
　ここは西ダルマスカ砂漠の北方にあたる。少し北へと足を向ければ、東ダルマスカ砂漠を経て、ナブディスとの国境モスフォーラ山地が広がり、南方には王都ラバナスタが存在していた。
　砂漠とはいえ、ネブラ河流域に比べると、このあたりの地形は複雑で勾配も激しい。あちこちに奇岩がそびえ、崖が視界を覆い、そのあいだを乾いた風が吹き抜けては細かい砂を巻きあげていく。
　棲息するのはウルフにコッカトリス、オウルベア……たまにサボテンがぴょこぴょこと通っていくが、東ダルマスカ砂漠のものよりも、ちょっとばかりワイルドな性格だ。少し入り組んだ高台や大砂海の近くには、アルラウネというピンクの可愛らしいモンスターもいるが、これもやはり凶暴極まりない。
　だがエアリスには、あまりモンスターの勢力図は関係なさそうだった。ころころと転がってきたコッカトリスをシュートとばかりに蹴り飛ばして遠ざけると、彼女はザックスを手招き、窪地のようになった場所、その真ん中に卵を置くように指示した。
　卵はザックスの腕でもひと抱えはあるほどの大きさで、ざらざらとした表面にはいかにも、ドラゴンの赤ちゃんが入っていますといった不気味な文様が浮き彫りになっている。
　それを温かい砂の上におろしてやると、エアリスはさっそく、そばにしゃがみこんでその表面を撫でた。
「なんでこの子、生まれないのかなあ？」
「なあエアリス……いいかげん、ドラゴンの飼育はやめようぜ」
　ザックスの呟きに、エアリスは緑の目を鋭く光らせた。「協力するって言ったでしょ」
「いや、それはお花がいっぱい計画のほう……」ザックスはしどろもどろに言って、手を振った。
「お花もドラゴンも、この星から生まれた平等な命！」エアリスは空に向かって叫んだ。「イヴァリースはお花とドラゴンでいっぱい、財布は関係ない！」そして彼女は、あらためてザックスを睨んでくる。「っていう、とってもボランティアな根性で、わたしたちは活動しているんじゃないの」
「ボランティアなのはむしろ、おれ――いいえ、なんでもありません！」
「ザックス」エアリスは卵のそばに坐りなおしながら、穏やかな口調になって言った。「帰りにラバナスタでおみやげ買うからね」
「はい」ザックスは胸に手を当てて財布の薄さを確かめた。ティファとマリンデンゼルのぶんは言うに及ばず、ナナキにバレット、クラウドも当然、近所のスタイラス邸の奥さんのぶんまで、きっと買わされるんだろうな。そしてエアリスの自分用のおみやげも。
　ダラン爺から借りるか、いや、これ以上は……むしろ、ダウンタウンのおばちゃん店主のところ行くかな。ただ、どうやってエアリスの目を盗んでいくか……なにしろあの店、怪しげだもんなあ。
　エアリスの機嫌を直すための資金調達の方法にザックスが考えをめぐらしているあいだ、そのエアリスは飽くことなく卵を撫でまわしていた。
　ザックスの見るところ、エアリスがあんまりにも期待するものだから、そのドラゴンは出てこようにも出てこれなくなってるんじゃないかと思うんだが。
「きっとこのまま、化石になるのが運命なんだよ。そういうタマゴも、中にはあるんじゃねえ？」ザックスはそんなことを言ってみた。
「そんなの、いや」エアリスはきっぱりと首を振る。「わたしがこの卵からはすごいドラゴンが生まれると考えてるんだから、きっと生まれるの。その名もエアリスドラゴン！」
　だからさ、そんなに期待するから……例えば駆け出しのモブハンターひとりで討伐できるようなドラゴンだったら、すごいドラゴンにはならないだろ。特にあんたの基準で考えると。
「エアリスドラゴンってのは、なんだかそのまんまで言いにくいよ。ほかの名前考えたら？」
「あら、わたしの名前いや？」
「そうじゃなくて……」ザックスは言いわけを考えた。「うん、例えばそのドラゴンを呼ぶとき、おれはエアリスって呼びかけなきゃならないんだぜ」
「そっか……」エアリスはちょっと考えてくれたらしい。
「そうだな……アースドラゴンとか、そのくらいで。ほら、あんたの名前にも似てるだろ」
「うん、そうね。そうする」エアリスは頷いた。
　名前は妥協してくれたものの、しかしまだそばを離れたがらないエアリスだ。
　ザックスは、もうひと押ししてみた。「人間がそばにいたら、生まれてこないかもしれないぜ」
「どうして？」
「だって、いままでドラゴンが生まれるところを見たっていうやつ、いたか？」
「いないけど……」
「おれたちとは別の生きものなんだからさ」
「同じ星の生きものよ」
「だから、ほら」ザックスは辛抱強く理屈を捻り出した。「ドラゴンにはドラゴンの世界があるって言うじゃねえか。チョコボにはチョコボの掟があるわけだし」
「チョコボに掟？」
「そうさ。チョコボは餌を与えないと乗れないだろ」言ってから、ザックスは慌ててつけ加えた。「クラウドは別として」
「うーん、そうね？」
「だから、ドラゴンにもドラゴンのルールがあるんだ。ひとりで卵から生まれないと、まともに育たないとか」
「それは困るわ」エアリスはぱっと立ちあがった。「さあザックス、岩陰に隠れて」
「え、いや、おれは帰ろうって……」
「ドラゴンの卵をここに放って帰れると思うの？　早く早く」
　おれのでたらめを信じてくれたのはいいけど、ちょっと外れてるぞ、ちくしょう。
　いったい、これでまた、なかなか生まれないとなったら、おれはどうなるんだ？　でたらめ言ってたと、ばれたときには……。
　エアリスに岩陰に引きずられ、その場でしゃがまされながら、ザックスはぞくっとした背筋をごまかすために両腕で自分の身を抱いた。
　うう、寒気が……いや、これは悪い予感なんかじゃない。
　ザックスは、この砂漠に風が吹きはじめたのに気づいた。これまで乾いた空気が沈殿したように陽光に焼かれているばかりだった大地は、ゆるゆると湧き起こった風にうすぼんやりと砂の幕をあげはじめ、地面を波打たせている。
「あら、さっきまでお天気だったのに」エアリスも気づき、あたりを見まわした。「あっ」
　ザックスは自分の両肩を抱いたまま、彼女を振り返った。「なに？」
「あそこに子どもが」
　彼女の指さすほうを見れば、確かに子どもがふたり、砂の少し盛りあがったところから転がるようにして向かってきている。服装からして、ラバナスタあたりの子どもだろう。彼らは珍しい風に嬌声をあげ、流れる砂の上に乗るようにして滑って遊んでいた。
「だめだわ」エアリスはすっくと立ちあがった。「あれ以上近づいたら、ドラゴンが生まれなくなっちゃう」
　そうしてザックスが止めるまもなく、ずんずんと子どもたちのほうへ歩いていったものだ。仕方なく、ザックスものろのろとあとについた。
「あなたたち」とエアリスは腰に両手を当て、ちょうど逆さまになって転がった子どものひとりを上から見おろした。「こんなところで遊んじゃだめじゃない」
「おねえさんだって遊んでるじゃないか」
「わたしは仕事よ！」
　半分趣味だろ、とザックスは内心で呟いた。
「まったく」エアリスは転がっていた子どもをひっぱり立たせながら続ける。「どこの子？　あんたたちをこんなところに放って、親御さんはなにしてるのよ」
「えっ、母ちゃんには言わないでくれよ！」
「砂漠に入ったってばれたら尻叩きだ！」
「そうでしょ。この西ダルマスカ、魔物がいっぱいで、このへんの人は絶対そう言うに決まってるもの」
　その魔物がいっぱいの砂漠で、子育てするあんたはどうなんだよ。
　エアリスが振り返ってきた。「ザックス？　言いたいことがあるなら、ちゃんと口で、ね？」
「いや、べつに」ザックスは首を振った。
「まあいいわ。さあ、あなたたち」エアリスはまた子どもたちに向きなおった。「お名前は」
「……カッツェ」
「ノートン」
「ラバナスタのカッツェとノートンね。いますぐおうちに帰らないと、ドラゴンけしかけるわよ！」
「えっ、ドラゴンなんかいるの？」
「いるわよ。いま生まれようとしてるんだから」
　それはどうかな。
「ザーックス！」エアリスは子どもたちに向いたまま、厳しい声で叫んだ。「さっきから鬱陶しいのよ。なにが言いたいの？」
　なんで、声にも出してねえし、後ろ向いてたわけでもないのにわかるんだ？　「いや、子どもたちだけで帰れってのもどうかと思って……」
「あら、ここまで遊びに来た子たちが、迷子になって帰れないなんてことないわよね？」と、これは少年たちに向かっての確認だ。
　子どもたちは顔を見あわせた。
「……送ってってやるよ」ザックスは溜息をついた。「だからエアリス――」
「ちょっと、わたしは、ここから動く気はないわよ。ドラゴンが生まれるまでは！」
「けどさあ」
　と下のほうから、ぷっと吹き出した声がある。見おろせば、少年たちがそろってこちらに目を向け、小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
「兄ちゃん、敷かれてるな？」
「父ちゃんみたい」
「なんだと？」
　少年たちは悲鳴をあげ、エアリスに取りすがるようにして彼女のまわりを駆けまわった。
「怒った、怒った」
「やーい」
「こら、やめなさい」エアリスが子どもたちを追うように、くるくるとその場でまわり、やがて、まわりすぎて尻餅をついたものだ。
「へっ、お仕置されてたまるもんか！」
「ばいばーい」
　子どもたちはわざとのようにザックスにぶつかってくると、そのまま彼のわきをすり抜けて走っていった。
「ザックス、どうして捕まえないの！」エアリスは立ちあがりながら拳を振りまわした。
　ザックスは両手を広げる。「だって、なにも悪いことしてなかったし、あいつら」
「あなた、馬鹿にされて」
「子どもって、そんなものだろ」
「わたしのドラゴンのタマゴを盗もうとしたのよ！」
　なんでそうなるんだ？
「盗むなんて、誰も言ってないだろ」
「え、そうだった？」
「そうだよ」
「そっか。まあいいわ。ドラゴンが無事に生まれるなら……」と彼女は卵があった方向を振り返ろうとして、急に困惑したように顔をしかめた。「……タマゴ、どこ？」
　ザックスは振り返った。風は強くなってきており、あたりは景色も見えないほどの砂嵐だ。
「ありゃ」彼は空を仰ぎ見た。晴れていたはずの空は、やはり砂を含んだ風が幕を張っていて、どこに太陽があるかもはっきりしない。
「わたしのドラゴン！」
「いや、たぶん大丈夫」ザックスは頷いた。「生まれたんだよ」
「どうして、そう思うわけ？」エアリスは心配そうな、そして怒ったような顔で詰め寄ってくる。「あなた見たの？　見てないでしょ？　わたしが見てないのに、ザックスが見てたなんて、そんなのいや」
　ああ、どうしてこんなにドラゴンフリークになっちまったんだ、エアリスちゃん。
　ザックスはそれとわからないぐらいに溜息をついた。「西は悪魔、東は竜神とか、ドラゴンについちゃ、各地さまざまいろんな特徴があるし、善悪、属性、扱いかたもさまざまだ。でもよ、どこのドラゴンも共通する特徴があるの知ってるか」
　エアリスは大きく顔をしかめる。「ザックスが、わたしよりドラゴンに詳しいとは思わなかった。びっくり」
「いや、あんた、詳しすぎて見落としてるだけだと思う」
「それで？」
「ドラゴンは荒天を呼ぶ」ザックスは周囲の砂嵐を指し示すように両手を大きく広げてみせた。「おれらがあのタマゴから離れたとき、もう、孵化は始まってたんだよ」
　エアリスはザックスを見あげたまま、わずかのま沈黙していた。
「じゃあ……」とやがて力の抜けたような声を洩らす。「わたし、またドラゴンが生まれるところ、見られなかったってこと？」
「うう、うん、残念だったな」
「そっか」エアリスは一瞬項垂れた。だがすぐに、ぱっと顔をあげる。「じゃあ、生まれた赤ちゃん見に行こう」
「いや、あんたのことは憶えてないんじゃ？」
「あれだけ一生懸命温めてあげたのに！」
「温めてたのはクラウドとクラウドのチョコボだろ？」
「なによ、わたしがなにも苦労してないって言いたいわけ？」
「そんなこと言ってない。あのドラゴンのタマゴを見つけるまで、あんたがどれだけ苦労して辺境めぐりしてたか、おれはちゃんと知ってる。おれもつきあわされたからな。そんで、おれが親ドラゴンと戦っているあいだに、あんたがじつにうまい具合にタマゴをちょろまかしたかも、おれは一部始終見ていた。ついでに言えば、タマゴをどうやって温めればいいのかあんたは知らなくて、まっすぐクラウドのところへ持っていって押しつけたことも。クラウドがタマゴを抱えながら、ティファに頼まれた夕飯のお使いに出かけたもんだから、ビュエルバのご近所が、あいつをチョコボだと信じ切っちゃったのもみんな、あんたのおかげ」
「そう、わたしは苦労してタマゴを手に入れ、クラウドの助けを借りて育ててきたのよ」エアリスは、都合の悪いことはすべて端折ってまとめてくれた。
「じゃあ、それを目覚めたドラゴンに説明しなよ。わたしがママよって言ってみたら？　鋭い鉤爪のついた前脚で抱擁してくれるかもしれないぜ。もしくは牙が飛び出した口でキスしてもらえるかもしれないし、ウロコだらけの顔をごしごし擦りつけてくれるかも」
「………」エアリスはさすがに、ウロコだらけの肌のさわり心地を想像したらしい。両手で自分の頬をこすった。
「な、今日は帰ろう」
　エアリスはまだぐずった。「帰るとしたって、この砂嵐……あ、ノーマが」
　ザックスは振り返った。そこには精霊(エレメント)と呼ばれる球形のエネルギー生物が浮遊していた。土属性の精霊で、空中を埋めつくす砂のエネルギーを喜んで追いかけ、風に乗って遊んでいる。
「ありゃ、あいつが出てきちゃ、魔法は使えねえな」エレメントは純粋なエネルギー体だけに、魔法に敏感だ。
「ね、どうやって帰るの？」エアリスが訊ねてくる。その声音は不安を表しているわけではなく、もしかしたら帰らなくてもいいかもしれないという期待に満ちていた。
　ザックスは、ちっちと指を振ってみせる。「こういうときのために、おれにはなんでも屋の七つ道具が――あれ？」
「なに？」エアリスが首をかしげる。
「風読のコンパスを持ってたはずなんだけど……砂嵐でなにも見えなくても、ちゃんと方向がわかるっていう」ザックスはぱたぱたと全身を叩いて捜してみたが、見つからない。
「ねえ、もしかしてあの子たち」
　ザックスは悪戯小僧たちを思い出した。「あのガキども！」
「言っておくけど、見逃したのはあなたよ？」
「うう」ちくしょう、こんなことなら庇ってやるんじゃなかった。
「じゃあ、ザックス」エアリスは両手を合わせた。「嵐が止むまで、ここにいましょ」
「いつ止むんだよ」
「ずっと嵐のままってわけじゃないでしょ」
「いや、ドラゴンが呼んだ荒天である以上、止むことはないんじゃないか？」
「じゃあ、そのドラゴンに会ってお願いするとか」
「だからドラゴンは……」
「ザックス？」
「とにかく、東西南北がわからなくても、適当に歩けば、いつかはラバナスタかオグル・エンサか、はたまたギーザ草原か、どこかには出るさ」
「わたしに、そこまで歩けっていうの？」
「きっとダイエットになる」
「失礼ね、わたしは肥ってないわよ」
「いや、誰もそんなことは言って――」
「そればっかり！」

＊＊＊

「……ってわけでさ、ドラゴンに会いに行くっていうエアリスを強引にひきずってきちまったし、しかも砂漠を迷いに迷って苦労かけたもんだから、あれ以来、彼女機嫌悪くてよ。なんとかしてくれねえ？」
　ビュエルバのティファの店で、クラウドがこっそり注いでくれたバーボンのグラスを抱えながら、ザックスはカウンターに突っ伏していた。
　クラウドは剣を組み立てながら、ぶっきらぼうに吐息をつく。「なんで、おれに言うんだ」
「だって、おまえはエアリスのお気に入りだし」
「そうなのか？」と、黙々と剣の手入ればかりするクラウド。
　ザックスはぶすっと唇を尖らせた。「彼女について、ひどい目に遭ってない男はおまえだけだ」
　ちょっと興味を持ったように、クラウドはチョコボ頭を揺らして目をあげてきた。「あんた、そんなにひどい目に遭っているのか？」
「彼女に会うといつも、そのとき持っている財布の中身の倍、借金をする破目になるんだ」
「じゃあ、たいしたことないじゃないか」クラウドはまた剣に目を戻した。
「なんだと？」
「だって、あんたが持ってる金額なんて――」
「おまえなあ……」ザックスはクラウドの喉を絞めあげた。
「ザックス。クラウドいじめちゃだめ！」
　バーの足もとから甲高い子どもの声が飛びこんできて、細い腕がザックスとクラウドを引き離そうとしてきた。
　見おろせば、エアリスとおそろいのピンクのリボンをした少女――マリンがまるでエアリス二世のように睨みつけてくる。
　ああ、この子もきっと、将来はデンゼルあたりを困らせる存在になるんだろうな。いや、もう、なってるのか？
　ちらりと彼女の背後を見れば、そのデンゼル少年がピンクと空色のリュックをふたつ抱えて床に転がっているところだ。
　クラウドはその少年を確認してから、マリンに目を落とした。「きちんと身支度しないと、連れていかないからな」
「うん」マリンはちょっとためらったように頷いた。「あのね、おやつ持ってっていい？」
「ああ」
「わーい」少女は嬉しそうに叫ぶと、デンゼルのほうへときびすを返した。
　デンゼルとリュックの中身を調べはじめた彼女の後ろ姿を見つめながら、ザックスは首を傾げた。「どっか行くのか？」
「マリンとデンゼルがラバナスタの友達と遊ぶんだと」
「……送り迎え？」
「いや、いちおう仕事」
「子どもと遊ぶのが？」
「遊ぶんじゃない。護衛だ。マリンにはちゃんと前払いで報酬をもらっている」
　そうして懐から出してみせたのは折りたたまれた紙だった。等間隔に点線が入っており、それぞれ切り離せば券になるらしい。子どもの手作りらしい、幅のそろっていない、まばらな点線がちょっと可愛い。
「なんだそれ？」
「身代わり札」
「……？」
「ティファに雷を落とされそうになったら、この券一枚と引き換えにマリンが身代わりになってくれるそうだ。引き受けない手はないだろ」
　きっと身代わりどころか、いっしょに雷を落とされて、そんな券も没収されるに決まってるぞ。
　ザックスは、お守りのように大事そうにその紙片を懐にしまいこむクラウドをぼんやりと見つめた。「でも、なんで護衛？　子どもたちが遊びたいってんなら、子ども同士で遊ばせりゃいいじゃねえか。目が離せない年でもねえだろ」
「いくら狼とアルラウネしかいないからって、モンスターの縄張りであることは変わりない」
　ザックスはさらに首を傾げた。「いったい、どこで遊ぶつもりなんだ」
「西ダルマスカ砂漠だそうだ」
　なんで、よりにもよって……おれがあれだけ苦労した話をしてやったっていうのに。「どうしてそんな危険なところで、わざわざビュエルバから出かけていって遊ばせなきゃならないんだよ」
「だから、ラバナスタに友達がいるんだ。その友達から秘密基地を作ろうと誘われたらしい。拾ったガラクタとか、屋台の玩具とか……まあ宝物を隠す場所だな」
「だから、そういうのはさあ……」ザックスはがりがりと頭をかいた。「ったく、なんだってラバナスタの子どもってのは、ひょいひょいひょいひょい砂漠に行くんだよ」
「ほかに遊ぶところもないんだろ」
「せめてギーザ草原とか……まあ、あそこも結構危ないけど……そもそも、そんなところで遊ばせるしかない世の中ってのが、やっぱりさ……うーん」
　ぶつぶつと、この世の子どもたちの教育についてグラスと語りあいはじめたザックスの横に、マリンとデンゼルが滑りこんできてクラウドを見あげた。
「準備オーケー！」ぐっと親指を突き出した子どもたちは、厚手の半袖ジャケットに半ズボン、大きめのリュックを背負って、水筒と玩具のスコップをぶらさげている。もちろんリュックの中には、大量のお菓子といっしょにマリンのままごとセットが詰まっていることだろう。デンゼルの腰には水鉄砲がベルトに挟んであった。
　その装備を見つめて、クラウドはちょっとばかり眉を寄せた。「ダルマスカ砂漠だろ？」
「うん、だから一生懸命、重装備！」マリンは堂々と宣言した。
　重装備ねえ……まあ、クラウドがいっしょならいいか。楽しんでこいや。ザックスは残り少なくなったバーボンを包みこむようにして、カウンターに突っ伏した。
　クラウドはまだしばらく無言で彼女らを見つめていたが、やがてバーからおり、マリンを促がして店の出口へと向かった。「じゃあ行こうか。まずはラバナスタのどこだった」
「西門のすぐ横、そこにチョコボ屋があるの」
「早く行こう、カッツェとノートンが待ってるよ」
　子どもたちの声に、ザックスはカウンターに突っ伏したまま、ぱっと目をあけた。
「おい、そのラバナスタのガキって――」
　しかし彼が振り返ったときにはもう、クラウドを引きずった子どもたちが閉まる扉のあいだに消えていくところだった。
「ちくしょう！」ザックスはまた頭をかきまわしながら、再びカウンターに突っ伏した。「あのガキども、今度会ったら、拳骨一発見舞ったうえで、エアリスに弟子入りさせてやる！」

THE END.

　FF12との関連ポイント★ノートンとカッツェ
ラバナスタじゅうをうろうろと往復して、ノートンやカッツェ（もう、大人になっています）に話を聞き、【風読のコンバス】を手に入れないと、アースドラゴンに会えないというサブイベント《アースドラゴン退治》。このゲームで手に入るのは、たった1200ギルというささやかなもの。言うまでもなく、ゲームクリアには関係ありません。このイベントで、ノートンやカッツェから、子どもの頃にタマゴを見つけたとか、秘密基地を作って遊んだといった話が聞けます。

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