ゴールドソーサーでデートしよう

前編

　キーストーンを求めて、ここ、ゴールドソーサーに辿りついた一行――元ソルジャー・クラウド率いる一行であった。
　それまでに、やたら必要もないのにモンスターを片っ端から斃し、ミディールにまで行ってアイテムを集め、経験値を稼ぎ、APを稼ぎ、しかもゴールドソーサーに着いてからは各ゲームでGPを荒稼ぎし、ディオに言われなくとも闘技場に通いつめ、ついに超究武神覇斬をゲットしたクラウドである。
　もう、ジェノバでもセフィロスでも、どんとこいな気分でゴールドソーサーを出ようとしたそのとき、運悪くもロープウェイが故障したという。
　自分の知らないところでなんらかの陰謀が進んでいるような気はしたが、クラウドは仕方なく、ケット・シーの勧めるまま、ゴーストホテルに部屋を取った。
　窓に打ちつけてくるような雷光を見つめ、クラウドはなにかが起こる予感に心臓をどきどきさせていた。
　これはなんの予感だろう。
　なにかわからないが、とてつもなく悪いことが起こりそうな。
　いやまさか、こんなところで。
　かっ、と再び突き刺さるほどの光が彼の目を射た。
　わずかに遅れて、低く震えるような雷鳴が部屋を揺さぶってくる。
　気のせいだ。
　この視覚音響効果に惑わされているだけだ。
　しっかりしろ、クラウド。
　彼は意識して大きく首を振った。
　ここはゴールドソーサーだ。底抜けに明るい光と音楽の舞う遊園地……のはず。
　と、不意に部屋のドアがノックされた。
　クラウドはわずかに眉を寄せ、振り返る。
　ドアがゆっくりとひらき、エアリスが顔を覗かせた。
　暖かみのある碧い目を輝かせ、彼女はにっこりと微笑んだ。「起きてる？」
「ああ」クラウドは吐息を抑え、そちらへと歩み寄った。
　彼女のほうも、ちょっと気取ったような、おねだりがあるぞという歩きかたで近づいてくる。「ね、デートしない？」
「は？」
「デート！　したことないの？」
「……正式には、ない」
「うーん、不幸な青年、ね」彼女はちょっと首を傾げた。「じゃ、いい機会だから、このさいデートしましょ」
「いや、おれは……」
「じゃあ、さっそくだけど、相手を選んでちょうだい」
「は？」
　目を丸くするあいだにティファが入ってきた。「お花を買ったっていうだけで、エアリスばっかり好感度あがるのもねえ」
　そしてユフィも飛びこんでくる。「そうそう、アタシなんか、すんごく不利じゃん？　ずっとパーティメンバーで休むまもなく戦ってなきゃならないしさ。鎮静剤はもらったけど、それだけじゃ好感度あがらないんだよ」
「……なんの話だ？」クラウドは眉を寄せた。
「いいから」エアリスが両手を腰に当て、ずいと迫ってくる。「わたしたち三人で、よおく考えたの。クラウドって結構、いいかげんに会話選択してるしね。ときたま受け狙いで興味ないねとか言ってみたりするし」
「ええと」彼は首の後ろをこすった。
「だから」エアリスはぱっと両手を広げ、ほかのふたりをそれぞれの手で指し示す。「このさい、いちばんフェアな方法はクラウド自身が選ぶことじゃないかって結論が出たのよ」
「だから、ね？」ティファがぱきっと関節を鳴らす。
　ユフィがしゅっしゅっと拳を振った。「誰とデートしたいのか、アンタ自身が決めてくれ！」
　喧嘩売られてるような気がするの、おれの気のせいか？
　クラウドはちょっとだけ彼女らから視線を逸らした。
「もう」エアリスがまた腰に手を当てる。「興味ないなんて言わせないんだから。さ、決めてちょうだい」
「ほらほら、クラウド！」
「さっさとしろよ」
　クラウドが思わずあとずさりしかけたとき、彼女らの背後のドアが、ばたーん、と大きくひらかれた。
「待て」と言って入ってきたのは、銀の髪の長身の鬼神。
　彼ら四人は無言でおののいた。
「クラウド自身に決めさせるにしては、おまえたち三人ではあまりにも選択肢が狭いぞ」
「どういう意味だよ！」クラウドは思わず釘バットを構えていた。「だいたい、なんであんたが出てくるんだ！」
「ふっ、細かいことは気にするな」セフィロスは薄く笑い、しかしすぐにその秀麗な眉を寄せる。「ところで、その釘バット、まだ手に入れていないはずではないか？」
「そっちこそ細かいことを気にするんじゃない！」クラウドは大きくバットを振りまわした。
　セフィロスが銀髪をわずかに揺らし、さっと横手へと身を滑らせる。
　ごおーん。
　いささか、ちょっと違うなと思わせるクリティカルヒットの音が響き、釘バットの下で白羽取りに失敗して凍りついていたのはハリネズミ頭だった。
「ひ、ひどい……」
「ザ、ザックス？」クラウドは慌てて釘バットを放り出し、彼を揺すった。「大丈夫か？　ごめんよ、友達なのに！」
「ええと」ティファが身じろぎする。「クラウド、ザックス知ってるの？」
「ゴンガガじゃ知らないっていたくせに」エアリスが疑わしげに彼らを見比べた。
「いや、そもそも、なんでここにいるのか、そのほうが疑問だと思うけど」ユフィが呟く。
「ふっ、だから細かいことを気にするなというのだ」セフィロスがまとめた。「つまりだな、クラウドのでえとの相手は必ずしも、おまえたちだけが候補ではないということだ」
　むう、とエアリスが顔をしかめた。「……そうね」
　ティファが溜息とともに軽く首を振る。「しょうがないわ。クラウド、もてるもの」
「ちぇっ」ユフィは片足をぶらぶらさせた。「じゃあクラウド、さっさと誰か決めてよ」
「あんたたちな……」クラウドは言葉も思いつかないままに口をひらき、しかしいきなり復活したザックスに羽交い絞めされた。
「くらあああうど」彼は背後からヘッドロックをかましつつ、恨みがましい声を絞り出す。「親友にそれはねえだろ。このさい、おれとつきあってもらうぜ」
「放せ、この馬鹿力！」
　と、彼らはふたりして蹴り飛ばされた。
「んだよ」蹴り出した足から部屋に踏みこみ、顔を出したのはシドだ。
　さらにバレットも、どかどかと部屋に入ってくる。「騒がしいと思ったら」
「ふっ、私を悪夢から呼び醒ますのも、これで何度めだ？」ヴィンセントがマントの中でぶつぶつとこぼした。「たまにホテルに泊まったときぐらい、少しは静かにしてもらえないだろうか」
　クラウドは起きあがりながら部屋じゅうを指し示した。「あんたたちも、この状況を見て、なにかおかしいと思わないのか？」
「見慣れねえやつがいるなあ」
「だろ？」クラウドは銀髪の長身へと鋭く指を突きつけた。「こいつはセフィロスだよ、セフィロス！」
「んなこた、どうでもいいんでえ」シドが煙草に火を点けながら軽く流してくれた。「さっきから話してること筒抜け。ようは、おめえと誰がデートするかって話だろ」
「そうそう、オレたちもエントリーさせてもらうぜ」と、バレットまで迫ってくる。
　クラウドは、ひくっと頬を引きつらせた。「つまり、シドやバレットも選べと？」
「バレットには好感度が設定されていたな」ぼそりと、ヴィンセント。
「その好感度って……」
「クラウド！」と、勇ましくもレッド13にまたがって飛びこんできたのはマリンだった。「あたしも、あたしも、でえと行きたい！」
「おいらも、もちろん候補に入れてくれるんだろ？」とレッド13がクラウドを押し倒しながら、うきうきと尻尾を振りまわす。
　ついでにケット・シーもその横に並んだ。「ロボットは除外なんて寂しいこと言わんといてえな」
「マリン……？」クラウドはレッド13を乗せたまま彼女を見あげた。「確か神羅の人質になっているはずじゃ？」
「まだ誰もそんなことは言っていないぞ」その声と同時に、黒服に身をかためたタークスのツォンが入ってくる。
　彼の姿には、その場の誰もがおののいた。
「ツ、ツォン……？」エアリスが震える声を出す。「な、な、なんで、あなたがクラウドと……？」
「いえ、さすがに私は守備範囲外のようですので――」
「誰の守備範囲だって言うんだ！」クラウドはレッド13を投げ飛ばし、起きあがった。
「――若君をご案内してきたまで」
　クラウドはでんぐり返った。
「ふん、この私がわざわざ足を運んだのだ。楽しませてくれるのだろうな？」ルーファウスは偉そうにふんぞり返りながら、腕を組んでクラウドを見おろしてくる。
「勝手に来ておいて……」
「おお、おまえは失敗作ではないか」今度は宝条までもが白衣姿でてくてくと入ってきた。
　クラウドは、ザックス、セフィロスとともに部屋の隅まで退がる。彼の被験体なら、みなそういう反応をするだろう。
「おまえ、浮気にしても程がないか？」セフィロスが呆れたように呟いた。
「おれのせいじゃない！」クラウドは宝条を指さしながら、泣きそうになる自分をなんとかとどめていた。「なあ、なんであいつがいるんだ、なあ、誰がリユニオンしちゃうんだよう」
「ジェノバのおっかさんが出てくるよりゃましだろ。ああ、落ち着けって、よしよし」ザックスがチョコボ頭を撫でまわす。
「誰か母さんのことを言わなかったか？」
　新たに入ってきた三人の兄弟らしい銀髪の少年たちに、一同、きょとんとした目を向ける。
「誰？」
「銀髪よ」
「セフィロスの隠し子？」
「勝手に作るな」
「あっ」と、髪の長い銀髪がクラウドをまっすぐ指し示した。
「兄さんだ！」と、ガタイのいい兄弟のひとりも叫ぶ。
「母さんはどこだ？」と、最後のひとりが微笑む。「母さんが必要なんだよ。リユニオンには絶対に」
「どうでもいいが」ヴィンセントが兄弟たちの背後をちらりと見やった。「誰がモルボルを連れてきたのだ？」
　ドアにすっぽりと嵌まって、入ることも出ることもままらなず、じたばたと触手を蠢かせている巨大な口がそこにあった。
　クラウドとユフィは咄嗟に敵の技マテリアを取り出し、ラーニング準備に入った。ティファとエアリスが手分けして、みんなにリボンを配っている。
「あら」と、エアリスが黄色い羽毛のかたまりにリボンを結びながら眉を寄せた。「クラウドってば、ずいぶん毛深くなったのね」
「エアリス、それは本物のチョコボよ」ティファが指摘した。
「あら、じゃあデート候補で来たのね？」
　くるくると喉を鳴らしながらチョコボが頷く。
　クラウドは《くさい息》をラーニングしたマテリアを懐にしまいながら、ぎゅう詰めになった部屋を見まわした。「なあ、なんでみんな、おれとデートしたがるわけ」
「それはクラウドだからよ」
　エアリスのきっぱりした答えに、みんながいっせいに頷いた。
　シドがぷかりと煙を吐き出す。「どうも収拾がつかなくなってきたみてえだな。おうクラウド、おめえさん、とっとと決めろや。でねえと、どんどん選択肢が増えてくるぜ」
「ううっ……」クラウドは考えた。
　いったい誰（あるいは、なに）を選べば、平穏無事にここから抜け出せるだろう。