Here's to you!
ルードの淹れてくれた十二杯めのコーヒーを無理やり胃の中に流しこみながら、ツォンは計画書を打っていた。
なんの計画書かといえば、若君を退屈させないためのゴールデンツァープランである。ただでさえ、多忙にかまけてすっからかんに忘れていた夏休みの旅行。十日以上もバカンスを無駄に過ごした若君は、少々機嫌が悪い。
もっとも、若君とて思春期の少年だ。ゴールドソーサーに連れていって放し飼いにすれば、それで問題はない。問題はダークネイションだった。若君は幼少の頃からいっしょに育った黒犬を飼っているのだが、遊園地内にあるホテルはペット禁止なのだ。友達のいない彼に、ペットを置いていけとは、とても言えなかった。
ふむ、なぜあの若君は、友達が作れないのだろう。各名家の園遊会にはちゃんと行くし、パーティはむしろ好きなようで、魔晄とジェノバにのめりこんでいる父親の代わりに、あちこち飛びまわっているというのに。
やはり、口癖になっているあの台詞がいけないのだろうな。意見が合わなくなるとすぐ、「友達にはなれないようだな」と言って前髪をかきあげる。
友達という言葉の定義を、もう少し丁寧に教えておくべきだった。いや、べつに私が育てたわけではないのだが。
ルードが十三杯めのコーヒーを黙ってさし出してくる。
ツォンも黙って飲んだ。
どうでもいいが、今度は紅茶にしてもらえないだろうか……いや、この寡黙な男に、そこまでの芸当を期待してはいかん。タークスは、お茶汲みがうまくても役に立たないのだ。それでも今度配属される新人は、ぜひ手先の器用な可愛い女の子にしてもらいたいものだ。しかし、神羅の人事はサービス精神旺盛とは言えないからな。あてにはならんだろう。
そうして延々ペットと泊まれるホテルを検索していると、レノが肩を揺らして部屋に入ってきた。
「なあ、知ってっかな、と？」レノはルードに軽く片手をあげて挨拶し、ツォンにもちらりと目をくれてきた。「英雄がチョコボ飼ってるってよ」
「チョコボ？」ツォンは思わず目をあげた。
「そう、チョコボ」レノは頷いてから、ルードを軽く肘で小突く。「それも、とびきり可愛いチョコボだって話だぞ、と。見に行ってみないか」
「行く」ルードは即答した。
彼はチョコボが好きなのだろうか。知らなかったな。
ふたりが出ていってから、ツォンは空(から)になったコーヒーカップを持ち、簡易キッチンに向かった。キャビネットの奥を押し、隠し棚になっている場所からアルミ缶をいくつも取り出す。ダージリン、アッサム、ニルギリ、ローズヒップ、バナナ、シナモン……いや、すっきりとジャスミンティーにでもしておくか。
彼はうきうきと茶を淹れはじめた。ひとりだと、こうして好きなものが飲めるのだ。なぜひとりきりのときでないと飲まないのかといえば、そう、タークスの長たるもの、自分でお茶を淹れる姿など部下に見せられないからだ。そしてルードの淹れる紅茶がどれほど悲惨なものになるかは、試してみなくてもわかる。レノは問題外だ。
ああ、やはり、女子社員を入れてノウハウを伝授しておかなければ。
そんなふうにうっかり鼻歌をうたっていると、デスクから呼び出し音が甲高く鳴り響いた。思わず彼は、すべての道具をシンクに隠し、洗面器で蓋をしてしまった。
内線に出てみれば若君だ。『ツォン、セフィロスがチョコボを飼っているそうだな』
「はあ、そのようですが」
『私も欲しい』
言い出すと思った。「ダークネイションがいらっしゃるじゃありませんか」
『あれはもう、私を乗せてくれないのだ』
「乗って遊びたいので？」
『そうだな』
「それとも野菜を食べさせ、調教してレースに出したいのですか？」
『それもやりたい』
「チョコボ用の牧場が必要になりますが」
『なんだと？』若君の声が裏返った。『そんな話は聞いていないぞ。家の中では飼えないのか？』
「はい」
『しかし、セフィロスは飼っているではないか』
「英雄のご自宅が、どのくらいの広さかご存じで？」
『私のと同じぐらいだと思ったが？』
確かにそうだ。すると、どうやって飼っているのだろう。「至急、調査、検討してみます」
『五分待つ』
……無理です。
ツォンの心の内での抗議は、ぶつっと内線の切れる音に報われた。
仕方なく彼はPHSを取り出し、部下たちを呼び出した。
＊＊＊
ぴょこぴょこ揺れる金色のつんつん頭。当の本人はむうっと、いつものとおりの仏頂面だが、軽やかに躍るその髪先が、いまの気分をちゃんと表わしていた。
「誕生日だな」と言っただけで、これほど浮かれるものとは知らなかったぞ。
セフィロスは書類をめくるふりをしながら、デスク越し、そして端末のモニター越しに、ずっとチョコボを観察していた。
べつに、プレゼントをやるとも、どこかへ連れていってやるとも言っておらんのだが。「なにをそう、嬉しそうにしているのだ」
クラウドは青い目を向けてきた。「嬉しそう？」
「そのように見えるが？」
「どこがだよ」と口を挟んだのはザックスだ。
ああ、そういえば、このサルがいたな。ちっ、一日二十四時間しかないというのに、なにゆえその半分の時間を、このお邪魔虫を追い出さずに過ごさねばならんのか。
「小刻みに揺れるその髪の毛、キーボードをを打つふりをしているが、画面にはＮしか並んでおらん。そもそも、暇だというのに作る書類があるはずもない」セフィロスは解説してやった。
クラウドは画面を睨みつけてから、ぶちっと端末の電源をダイレクトに切る。
そして、「だって、おれの誕生日なんだ」とむっとしたように呟いた。
「なんで早く言わねえんだよ」ザックスが立ちあがる。「だったらもう、仕事なんかしてる場合じゃねえよな、セフィロス。どっか遊びに行こうぜ。ついでにメシ奢れ」
「誕生日とメシを奢るのと、どう関係がある」
「またまた」ザックスはぱたぱたと手を振った。「クラウドのお祝いしなくちゃ、なあ？」
「えっ」と驚いたように顔をあげたのは、そのクラウドだ。「お祝いって？」
ザックスが眉を寄せた。「あのよう、それで楽しみにしてたんじゃねえの？」
「誕生日って、ゆで卵に絵を描いて靴下に入れておくと、サンタって人が煙突から入ってきてプレゼント置いていくんだ。夜は特大ケーキが生えててさ」クラウドは一気にまくしたてた。「おれ、ちゃんと朝のゆで卵をちょろまかしてカエルの絵を描いてきたから、きっとすごいプレゼントもらえるよ。おれ、どきどきしてるんだ」
イースターとクリスマスがごちゃ混ぜになっているな。確かに今朝は、かたゆで卵を作ってやったが、道理でしつこくリクエストを出してきたはずだ。
「あのよう……どこでそんなことを聞いたんだ」ザックスが困惑して頭をかいていた。
「どこでって……母さん、そう言ってたよ」
こいつの母親は、いちいちイベントごとにケーキを焼くのが面倒だったのだろう。セフィロスはデスクに頬杖をついた。「すごいプレゼントとは、例えばどんなものだ？」
「ええと……」クラウドは考えこんだ。
考えに考え、やがて椅子に坐ったまま、ばたりと後ろ向きに倒れる。
「だめだ、こりゃ」ザックスが彼を摘まみあげるように助け起こしてやった。「思考能力の限界。難しいことを考えさせるなよ」
「悪かった」
「それから、プレゼントもらったら真夜中まで起きてていいんだ」クラウドはぴょこんと復活し、どうやら途中の会話をきれいさっぱり記憶から消去したらしい。「十二時になったら、隣にいる人とキスするんだ」
セフィロスはザックスの目がきらりんと輝くのを目撃した。ちなみに本人の目もきらりんと輝いている。
「新年も混ざっていたわけだな」セフィロスは呟き、正宗を取り出す。「そういうわけでザックス、いまから二十四時間眠っていてもらおう」
「てめえ、普通、そういうことするか？」ザックスはバスターソードを構えた。
彼らは打ちあい、壁を壊し、廊下で攻防を繰り広げながら遠ざかっていった。
＊＊＊
レノとルードは、英雄とその副官とが土煙をあげながら（なぜ神羅の社屋でそんなものがあがるのか不思議だが）、執務室を離れていくのを見送っていた。
「で、ツォンからの新しい指令ってなんだったかな、と」レノはぼんやりと訊ねた。
「英雄の飼っているチョコボを捕獲」
「それ、誘拐って言わねえ？」
「とにかく、連れていかないと」
「だな。準備はできてるのか」
「完璧だ」と、ルードが取り出したのはチョコレートだった。それもギザールの野菜を模っている。
いまどき、そんなものでついてくる子どももいやしねえだろうに。
執務室は高性能なセキュリティ完備の部屋ではあったが、英雄不在で、壁も壊れているから役に立っていなかった。ひとりでコンクリートをせっせと運んで片づけていたチョコボは、ルードが黙ってかざしたチョコレートを目ざとく見つけ、ふらふらと部屋から出てくる。
レノは少年を見おろした。
可愛いぞ、と。
英雄のお気に入りというから、どんな美少年かと思いきや、薔薇の花よりはタンポポが似合う。優雅に紅茶を飲むよりはバナナパフェ。フルコースのフレンチよりもお子さまランチだ。
つんつん跳ねた髪の毛をぴくぴくさせ、じっと大きな青い目で、ひたすらルードの手にぶらさがっているギザールの野菜を狙っているところは、噂にたがわずチョコボだな、と。
「欲しいか？」レノは訊いた。
「プレゼントじゃないのか？」チョコボが初めて口をひらく。まだ変声期も訪れていないような高い声だ。
「なんでプレゼント？」レノは眉を寄せた。
「おれ、誕生日なんだ」
「そうか、それは知らなかったぞ、と」
「じゃあ、あんたたちはサンタじゃないんだな」
「？」
「おれ、サンタって見たことないんだ。いっつもすれ違ってて、プレゼントだけ置いてあるしさ」
「サンタに会いたいか？」
「うん」
「じゃ、ついてきな」レノがきびすを返し、ルードも手招くようにしながら彼にチョコレートを渡してやった。
チョコボはさっそくチョコレートをかじりつつ、ひょこひょこと歩いてくる。
任務完了、と。
＊＊＊
「遅いぞ、七分も待ったじゃないか」ルーファウスは苛々と叫んだ。
部屋の入口ではツォンが軽く礼をし、抑揚のない声で抗弁する。「申しわけありません、本人の確認に手間取りまして」
そうしてレノとルードに手を引かれて入ってきたのは、明らかに人間の少年だった。
つややかな金髪に大きな青い目。白い顔は少女めいて、発育不良とも取れるほど身体は細い。おそらくは神羅の制服でもいちばん小さいものを支給されているのだろうが、それでも袖やズボンの裾はまくりあげなければならないらしい。よくよく見れば、十二、三歳ほどだろうか。ルーファウスよりも少し年下に思える。
そして、どう見てもチョコボではなかった。仮にチョコボだと言われれば認めてやってもいいぐらいだが、こんなに小さいのでは乗ることもできやしないではないか。それとも、いまから育てろと？……まあ、ちょっとやってみたい気もするが。
「私はチョコボを期待していたのだが？」ルーファウスはじろりとツォンを睨みつけた。
「英雄どのの飼っているものとおっしゃられたので」
ルーファウスはあらためて少年を見つめた。まあ確かに、頭はチョコボだ。「これが？」
「サンタって、あんた？」少年が食い入るように見つめ返してくる。「おれにプレゼントくれるのか？」
ルーファウスはまばたきした。「クリスマスには早いと思うが」
「誕生日だそうで」ツォンがそっと囁いた。
「誕生日にサンタは来ないだろう」
「あんたもサンタなんかいないって言うんだな」少年が顔をしかめる。「神羅に入ってから、みんなそう言うんだ。もしかして、ミッドガルってサンタいないのか？」
「いや、サンタはいるとも」ルーファウスは力強く肯定した。「毎年十二月になると、私のベッドの枕もとにプレゼントが置いてある。もっとも、正体がツォンだということはばればれなのだが」
「今年からはルードに代行してもらいます」
「じゃあさ、あんたは卵にどんな絵を描くんだ？」少年が非常な期待感をこめて迫ってきた。「おれ、カエルの絵しか描けないんだ。それも、誰もカエルだって気がついてくれなくて、それでサンタに会えないのかなって思ってるんだけど」
よくわからないな。「落ち着きたまえ」彼は咳払いし、後ろで手を組んで胸を反らした。「ところできみは、神羅の社員だろう。その青い制服を着ているのだからな。私が誰だかわからんのか？」
「なぞなぞ？」
「……どうやって入社したんだ」
「ちゃんと書類出したら、その場で処理してくれたよ」少年は記憶を探ったらしい。「受付の人、電話しながら次々書類を片づけていくんだ、すごかったよ。おれが、はい、って入社希望の書類をさし出したら、ぽんぽんぽんって手慣れたように許可のはんこ押してくれた。こっちとは目も合わせなかった」
「なるほど」ルーファウスは引きつった。「道理で馬鹿社員が増えるわけだ……どうせ人事も、本人を確認せずに治安維持部門に配属したのだろう」
「地道にリストラを進めているようではありますが……」ツォンが顔をしかめた。「しかし治安維持部門に関しては、トップの倫理観はともかく、子どもを入れるようなことはしないと――」
「おれ、子どもじゃないよ」少年が怒ったように叫んだ。「今日で十五だ」
「えっ」ルードが驚きの声をあげる。レノも眉を跳ねあげ、少年を見おろした。「まじ？」
「そりゃ、ちょっと、ちびかもしれないけどさ」
ちょっとじゃないぞ。
「それで」いじけかかっていた少年は、しかしぱっと顔をあげた。「あんた、誰？」
「会社案内さえ目を通していないのか？」
「セフィロスの写真載ってたね」
まあ、あの英雄は神羅の看板だからな。「社内報は？」
「セフィロスの特集出てたよ」
毎回特集しているんだが。「集会場には歴代社長と副社長の写真が掲示してあるはずだが」
「そうだったのか？ おれ、セフィロスの写真しか憶えていない」
「……ふっ」ルーファウスはつい癖で、前髪をかきあげ、鼻で笑ってしまった。「きみとは友達になれないようだな」
「おれ、友達いるもん」
いや、だから……。
「ザックスっていうんだ。おれ、神羅に入ってよかったなって思った。これまでずっと、友達いなかったんだ。セフィロスに憧れて村飛び出してきたんだけど。ミッドガルで迷子になって、ザックスに拾われてさ。おれ、兄弟いないし、すごく嬉しかった」
「で、セフィロスに飼われることになったのか」
「飼われるって？」少年は首を傾げる。その仕種はまさにチョコボのそれだった。
「いや、言葉のあやだ。セフィロスは、なにをしてくれるんだ？」
「ごはん作ってくれる」
みしっと空気が軋んだ。
あの英雄が料理？
「訓練もときどき見てもらえる」
ああそう。こんな小さな子じゃ、英雄のほうは鍛錬にならんだろうな。
「一本取ると、お風呂にアヒルが増えるんだ。あとひとつで十匹そろうから、頑張ってるんだけど、最近は正宗持ち出してくるから、なかなか取れなくて」
みちっと空気が歪んだ。
ちょっと待て。本気であの英雄が相手をしているとでも？
「それからね、寝るとき、子守唄歌ってくれることもある」
ぴきーん、と空気が凍りついた。
「母さんよりは上手かもしれない。でも、それより膝枕が気持ちいいんだ。ときどき痺れて立てなくなるみたいだけど」
膝枕だと？
このチョコボはいったい、何者だ？
ルーファウスもタークスも、動けないままに少年を見つめていた。
＊＊＊
「落ち着いてみれば」セフィロスが正宗を収めた。「協力して誕生日を祝ってやるほうが、よほど建設的だと思わんか」
「あんたが先に突っかかってきたんだろうが」ザックスはぼろぼろになった服を摘まんで、疲れたように吐息をついた。
まったく、クラウドのキス云々の発言で、ここまでぶっ飛ぶとはね。
「そんで」ザックスはバスターソードを背中に収める。「どうするんだよ？」
「まずはプレゼントを買いに行く」
「おう」ザックスは頷いた。「なにを買ってやるつもりだよ？」
「まだ決めておらん。というよりも、先刻さりげなく聞き出そうと思ったが、考えすぎて倒れてしまったからな」セフィロスは軽く顎を撫でた。「びっくりして、引きつけを起こさんようなものにせんと」
「やっぱり食いもんかなあ」
「いや、それなら即座にそう言っているはずだ。あれの中でも、プレゼントとご馳走とは別物らしい」
「なるほど」なかなかわかってらっしゃる。「じゃ、おれはモーグリの人形でも買ってやるか」
「なぜモーグリ？」
「チョコボと仲よしといえばモーグリだろ。いつだったか、乗せて走ってるのを見たことがあるぜ」
「クラウドがか？」
「いや、チョコボの召喚獣が」
「おまえ、召喚獣など使えたか？」
「おれが使ったんじゃなくて、クラウドが呼び出したんだ」
セフィロスは少し考えこんだ。「なぜ、ソルジャーでもないクラウドがマテリアを？」
「いや、クラウドだし」
「そうか」
ザックスは、ぽんと手を打った。「じゃあ、こうしようぜ。いまからクラウドを町に連れ出して、あちこち店をまわろう。欲しいって言い出すものがあるだろうから、そいつを買ってやる」
「目の前で買ったら、サンタのふりができんではないか」
「いや、そのへんは認識を正しくさせて、クリスマスのときにまたなってことで」
「しかし、正しい誕生日の過ごしかたを教えてしまうとキスがなくなる」
欲張るなよ。「とにかくさ、細かいことはどうでも、ようはクラウドが喜んでくれりゃそれでいいだろ？」
「それはそうだが」
とりあえず執務室に戻って、クラウドにお出かけの準備をさせようという方向性は決まった。
だが戻ってみれば、部屋は片づけ途中のまま、クラウドの姿はどこにも見えない。
ザックスもセフィロスも必死で捜した。彼らが暴れて破壊活動を始めることはしょっちゅうあるから、驚いて飛び出していったわけではないはずだ。出ていくとすれば、腹が減ったときとストレスが溜まったときぐらいで、どちらも叫びながら走っていくから、毎回、受付のお姉さんたちが教えてくれる。
ザックスはコンクリートをひっくり返し、机の下に潜り、戸棚をあけ、簡易キッチンを覗き、冷蔵庫をひらき、あたりをしつこく捜してまわった。
「いねえ」
「いないな」
「どこ行ったんだ？」
「甘い。人攫いの可能性も考えるべきだ」
「あんなん攫って、どうするんだ。苦労するだけだろ」
「なにを言うか、充分可愛いではないか。観賞用としてだけでも四十万ギル積める」
「どこぞの別荘より高いし……てか、なんで四十万？」
「さすがに、五十万はもったいない」
「あそう」
「ああ、そういえば、このあいだ、二十万でCCTVシステムを導入したのだった」セフィロスは部屋を横断し、隅のほうにあるドアをあけた。
覗いてみれば、ずらりと並ぶモニター。
「あのさ、この狭い執務室のなか、そんな監視カメラ必要か？」
「監視とは人聞きの悪い。観察用だ」
「……なんの観察か訊いていいか？」
「聞かずともわかるだろうが」セフィロスがじろりと睨んでくる。
確かにな。再生されるVTRのすべてにチョコボ頭が映っている。
こんなストーカーみたいな真似、どこで覚えてくるのかね、この御仁は。ああ、この男が英雄と呼ばれてるなんて。というより、天下の英雄がチョコボ一匹に振りまわされ、ここまでキャラクターが変わるとは。
「むむっ」操作していたセフィロスが唸り、ひとつのカメラをアップで映し出した。
そこには黒服を着た男がふたり、チョコボが一匹。サングラスの海坊主のほうがなにやら手渡し、クラウドはすぐさまそれに食いついている。文字どおり、もぐもぐと食べているのだ。
「これは……」ザックスは唸った。
「釣られたな」
＊＊＊
高級アパートメントの最上階。ルーファウス若君の住居である。
屋上にも出られるし、サロンは広々として、どれほどふたりが散らかそうが、まだ遊ぶスペースが残っている。夕陽を受けるふかふかの絨毯の上では、ダークネイションがくつろいでいた。
そしてその黒い獰猛な犬を枕にチョコボが眠っており、ついでに若君もお昼寝、もとい夕寝中。
ツォンは音を立てないように、ケーキやクッキーを食べ散らかした跡を片づけ、すごろくの駒を拾い集め、ビデオゲームの電源を切った。
やれやれ、危険を冒して、セフィロスのところからチョコボを攫わせてきた甲斐があったというものだ。若君が友達と遊ぶ姿を堪能できただけでも充分だろう。このチョコボが何者であろうと、若君の皮肉も通じず、ダークネイションを骨抜きにし、ゲームにはとことん弱くて、ありがたい存在だ。若君もご満悦だった。
さて、若君の機嫌を直してくれたお礼をしてやらなければ。デリカショップに電話して、パーティセットを届けてもらおう。チキンとポテト、それにピザ、それからケーキだ。おやつにショートケーキを食べさせてしまったから、今度はチョコレートケーキだな。いや、フルーツムースのほうがいいか？ だめだ、それでは十五本も蝋燭が立たない。やはり生チョコケーキにしておこう。大きなシュガープレートを載せてもらえば、充分バースデーケーキに見える。あとはシャンペンかワインといきたいところだが、ふたりとも未成年だから酒はだめだな。ソーダとオレンジジュースと、ちょっとしたフルーツポンチにしておくか。
ツォンは食糧の手配をすますと、今度は部下たちを呼び出した。
「パーティで使うクラッカーや飾りつけなのだが、私にはよくわからんのだ。へたをすると老人ホームの慰安会になってしまうのでな。おまえたちに任せるから、盛大にやってくれ」
「けど、ふたりだけで、それは寒くねえか？」レノがいやそうに顔をしかめる。
「なにを言うか、おまえたちも全員出席だ」ツォンは威圧的に彼らを見おろした。
「ううっ」
「それからプレゼントだ」
「は？」
「チョコボの喜びそうなものを買ってこい」
「いや、おれら、わかんねえし」
「英雄どのに訊いてくればよかろう」
「その前に殺されそうなんだが」
ああそうか、彼の手から誘拐してきたんだったな。「仕方がない……こちらで決めてやる。調合金スイーパーとマサムネブレードだ。ついでに1/35神羅兵も手に入れてくれ」
「それって、ゴールドソーサーのシューティングコースターの景品じゃ」
ツォンは指を鳴らした。「そうそう、シューティングコースターといえば、あそこで使っているウサギの風船があっただろう。あれをどうにか都合をつけてくれんか」
「それ、なにに使うんだよ？」
「パーティの飾りつけに使用したあと、私がもらうのだ」それからツォンは、さらに考えた。「あと、そうだな、エルメスの靴にチャンピオンベルトなどもよさそうではないか？」
「あんた、ゴールドソーサーの景品しか知らないのかな、と」
「レノ、プレゼントというものは、贈った本人も喜ぶものでなくてはならん」
「おれ、喜ばねえけど」
「私が喜ぶ」
「……了解しました、と」
＊＊＊
目を覚ませば、部屋はきんきらきんだった。
クラウドは目も口も大きくあけ、ルーファウスという少年の飼い犬にまたがったまま、あたりを見まわす。
金と銀赤と緑のモール。ミラーボールが天井からいくつも垂れ下がり、プリズム光線を反射している。風船がそこかしこに転がされ、ウサギの特大風船が部屋の真ん中に置いてある大きなプレゼント箱にくっついていた。
テーブルにはチキンやポテトが山を作り、その横ではロブスターが手招きしている。宅配ピザの箱がビルのように積みあがり、いくつものジュースの瓶とフルーツポンチの大きなボウル。
すごい。ミッドガルでの誕生日、どんなサンタが来るかと思っていたら、こんなに豪華なの初めてだ。やっぱり、ニブルヘイムとは違うんだな。
あたりを見まわせば、黒服の親切な男たちと白コートの少年（部屋の中でどうしてコートを着ているのかは、べつに不思議ではない。セフィロスだって、いつも黒いのを着ている）が並んでいた。
「成り行き上だが」ルーファウスが咳払いした。「誕生日を祝ってやる。ありがたく思え」
きょとんとしていると、クラウドの下で黒犬が低く唸りはじめた。
ツォンという男とその部下たちがさっと青ざめ、緊張したように部屋のドアを振り返る。
「まさか、突き止められたのか!?」
その声と同時に、ドアが内側に蹴り破られてきた。
乱入してきたのは、まずセフィロス、そしてザックスだ。
「貴様ら」セフィロスは正宗を一閃させ、風船をひとつ割った。「俺に断わりもせず、こんなことを！」
「断わればチョコボを貸してくれたのか？」ルーファウスが叫び返す。
「五十万ギル出すか？」
「なんだ、そんなものでいいのか」
そのあいだに、ザックスが黒服たちを押しのけて駆けこんできた。
「クラウド、大丈夫か？ 怖かっただろう」と彼をがくがく揺すってくる。
「おれ……」クラウドはあんまり激しく揺すられるので、寝起きも手伝って眩暈を起こしていた。
「ああ、こんなに元気がない！」ザックスがぎゅっと抱きしめてくる。
クラウドは息が詰まって窒息寸前だった。ザックスって馬鹿力なんだよな。本人、気がついてないみたいなんだけど。「苦しい……」
セフィロスがなんとも言えないオーラを放ちはじめる。「おまえたち、クラウドになにをした？」
「なにって、ゲームやって、すごろくやって、確かトランプもやったな？」ルーファウスが確認するようにツォンに目をやる。
ツォンは頷いた。
クラウドはザックスを押し離し、呼吸を戻しながら黒犬に抱きつく。「この子と遊んだし」
「そのように、すぐ咬みつく馬鹿犬と！」セフィロスが嘆かわしげに首を振った。
「失敬な」ルーファウスがむっとする。「ダークネイションは咬みついたりしなかったぞ。私も驚いたが」
「とにかくよう」赤毛の黒服が背中を丸めながら口を挟んだ。「英雄さんも、いっしょにパーティやったらどうだかな、と？ せっかく苦労してプレゼント買ってきたんだし」
「レノの言うとおりです。せっかくのお祝いなのですから」ツォンが頷く。そしてルーファウスに促がすような視線をやった。「さあ、若君」
ルーファウスがザックスを突き飛ばし、クラウドの手を取る。クラウドはウサギ風船のついているプレゼント箱の前へ引きずられていった。
「プレゼントをやる。ありがたく受け取れ」ルーファウスが宣言するようにいう。
「やっぱり、あんたがサンタなのか」クラウドは確認した。
「ツォンといっしょにしないでくれ」ルーファウスはむすっとする。
「でかけりゃいいってもんじゃねえ」ザックスが喚いた。「愛情がねえよ、愛情が」
「友情があるさ、そうだろう、クラウド？」ルーファウスは確認するように言って、クラウドの肩を抱いてくる。
「なにがどこにあるって？」彼は困惑して眉を寄せた。
ルーファウスが衝撃を受けたように飛びのき、すぐにがっくりと絨毯に両手をついて背を丸めた。「やはり、友達にはなれないのだな」
「友達になりたかったのか？」
「私がどうして！」ルーファウスはツォンの足にすがりつき、いじけたようにしている。
なんか、言葉と態度が裏腹だな、こいつ。
クラウドは大きなプレゼント箱を指し示した。「あけていいのか？」
みなが大きく頷くと、彼はさっそくリボンをひっぱってほどいた。中から出てきたのは、玩具の正宗とよくわからない人形、それにがちゃがちゃと音を立てる、やっぱり人形だ。それを床に並べてから、つやつやした靴と太く重たいベルトを引きずり出す。
「プレゼント、いっぱい入ってるよ」
ザックスが彼のわきにしゃがみこんできた。「クラウド、嬉しいか？」
「うん」
「じゃ、おれからもやるよ」とザックスは、小さなマテリアを渡してくる。
「あ、《いかずち》だな」クラウドはミラーボールのきらきらする光にそれをかざしてみた。「欲しかったんだ」
「ちょっと待て」レノという男が裏返った声を出した。「子どもにマテリアなんか！」
「子どもじゃないよ」クラウドはむっとする。
「いや、とにかく、ソルジャーじゃねえだろ、と」
「でもよう」ザックスがしゃがんだまま、クラウドの頭をくしゃくしゃとかきまわした。「こいつ、魔法使えるんだぜ？ マテリア持たせないのは、もったいないじゃねえか」
「そういう問題か？」
「本当に使えるのか？」ツォンが眉を寄せる。
「サンダー！」クラウドはやってみせた。あたりにばちばちと雷光が走り、部屋じゅうの風船がぱんぱんぱんと派手に割れ、みんなが口をＯの形にして感心してくれる。
クラウドは満足して、マテリアをポケットにしまった。
「……いまの」ルーファウスがツォンの足にしがみついたまま、ぎくしゃくと声をあげた。「サンダラ並みじゃなかったか？」
クラウドはザックスに顔を向けた。「今度は《れいき》な」
「わかった、探しとく」ザックスはどこか諦めたような溜息を洩らした。
セフィロスに目を向ければ、神羅の英雄は不敵に微笑む。「俺が用意していないと思うか？」
そしておもむろにコートの中から小さな包みを取り出し、ぶらさげてみせた。
クラウドは彼のそばに寄ってそれを受け取る。
それは石鹸だった。
いい匂いのする透明なその中に、黄色い小さなかたまりが見える。「アヒルだ」
「外側の石鹸を使い切ったら出てくる。十匹めだ」
「そうか、これで十匹そろったんだな！」
セフィロスは頷いた。
「やった！」
一本取ったわけではないが、それはそれで嬉しいものだ。
ソルジャー以外の男たちが不思議そうに見つめるなか、クラウドは嬉しくて飛び跳ねまわっていた。
＊＊＊
「チャンピオンベルトよりも嬉しがるとはな」ツォンは気落ちしながら、しかしピザもチキンも見事に平らげていくチョコボと、そのほか数名の食べっぷりを満足げに見つめていた。生チョコケーキはすでに跡形もなく、蝋燭だけが寂しげに皿の上に転がっている。
「ふん」と、セフィロスが勝ち誇ったように言った。「プレゼントというものは、贈られた者が喜んで、贈った者が嬉しくなるものを選ばんとな」そして声を落として続ける。「これ以上、俺から一本取ることに固執されても困るのだ。いちおう、世間体もある」
「なるほど」ツォンは納得して頷いた。
「おれ、誕生日にこんなにいっぱい人がいるの、初めてだ」そのチョコボは幸せそうだった。「いままで母さんひとりだったからさ。でも、誰にキスすればいいんだろう？」
すう、と部屋の温度が下がった。
英雄とその副官が、無言のままにタークスたちを脅しているのがわかる。彼らはチョコボの両側に陣取り、隙なくかためていた。
「なんだ、そのキスというのは」若君が眉をひそめる。
「真夜中、十二時になったら、そばにいる人とキスするんだ」
「それは新年の――」
セフィロスとザックスの手が同時に伸び、シャンペンを掴んで彼らは叫ぶ。「乾杯だ！」
「ああ、はいはい」ツォンは慌てて自分のグラスを持ち、中身を飲み干した。
ふっと、いきなり部屋の電気が切れる。
停電か？
「わあ！」ザックスの声だ。「足に、なにかさわったぞ」
「うぐっ？」クラウドも声をあげる。「ザックス、肘入った……」
「クラウド、どうした、どこに消えたっ!?」セフィロスが慌てふためいている。珍しい。
「騒ぐな、たぶんメンテナンスの――」ルーファウスが怒鳴るが、途中で悲鳴に変わった。「誰だ、テーブルの下にいるのは！」
ツォンは椅子から立ちあがり、中腰になって手探りで騒ぎのもとを突き止めようとした。
がたがた、どたん、ばたん、がちゃん。
そして電気が点いた。
ツォンの手はダークネイションの柔らかい毛皮を掴み、そのあいだにクラウドが腹を押さえてうずくまっている。そういえば、ザックスがうっかり肘を入れたと言っていたな。
ルーファウスは自分の飼い犬に蹴りを入れる恰好で転がっており、セフィロスは窓のほうまでクラウドを捜して移動していたらしい。ザックスはルードの頭を掴んで、停電のあいだじゅう、これはなんだと思案していたようだ。
レノが頬をかいた。「そろそろ十二時だぞ、と」
「あ、そうか」クラウドが顔をあげた。
「あ」「あ」「あ」
ツォンは状況を判断できないまま、頬にキスを受け、背中には英雄の絶対零度にまで下がった氷の視線を受ける。
クラウドは無邪気にツォンを放すと、今度は黒犬の鼻に顔をくっつけた。「誕生日、ありがとう」
ザックスが泣いた。「犬にも負けた……」
「あとで憶えていろ……」セフィロスが低く低く呪いの言葉を吐く。
たぶん後ろでは、英雄が正宗に手をかけていることだろう。だがクラウドの手前、殺生はできないらしい。ツォンは暫定的に一命を取り留めている状態だった。
やがてパーティが再開され、はしゃぎ疲れて眠りこんだチョコボを担いでソルジャーたちが出ていき、レノとルードが部屋を片づけるあいだも、ツォンはしゃがんだ姿勢のまま動けずにいたものだ。
私はいったい、これからどうなるのだろう。
あの英雄は決して、起こったことを忘れないはずだ。今度顔を合わせれば、きっと串刺しにされる。うっかり人気(ひとけ)のない神殿に踏みこまないよう、注意しないと。
ああ、こんなことなら、若君のゴールドソーサーで遊びまくろう計画をとっとと立ちあげ、八月に入る前にミッドガルを脱出しておくんだった。
そして、クラウド・ストライフ。
若君の友達にちょうどいいかも、なんて考えていた自分が浅はかだった。
英雄さえも振りまわすチョコボが相手では、分(ぶ)が悪すぎるというものだ。うちの若君では、振りまわされるどころか振り落とされて、しかも気がついてももらえないことだろう。
願わくば、二度と若君がチョコボを飼いたいなどと言い出しませんように。
| THE END. |
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