チョコボ頭の不思議なダンジョン

　クラウドは目の前の石畳を睨みつけていた。
　そこは、手探りというほどでもないが暗い迷路の中である。一歩先になにが待ちかまえているか知れたものではなかった。
　彼はそっと足を伸ばした。
　ちょい、と爪先で床を突ついてみる。
　なにも起こらない。
　ちょい、ちょい、とまた突ついてみた。
　クラウドは軽く息を吐き、次には大きく吸い、両手で拳を作った。「よし、大丈夫」
　そして彼は踏み出した。
　がこん。
　彼は落とし穴に、まんまと嵌まってしまったのだった。
　したたかに腰を打ちつけ、呻き声をあげながらクラウドは立ちあがる。それから、よろよろと壁のある場所を探して移動した。
　先に伸ばしていた手に、すべすべの骨の感触。
　向きなおれば、ぼろぼろの剣を持った骸骨が首だけで真後ろを振り返ってきて、瞬かない黒い穴のあいた目でにっこり笑ってきた。
「こんにちは」クラウドも挨拶を返し、アルテマウェポンを抜くと、立派な人体骨標本をばらばらの白骨死体に変えてやった。
「まったく、なんだよ、このダンジョン」
　さすがにうんざりしながら、クラウドはもう一歩前に進んだ。
　どっぷん。
　油臭い溜め池に落ちたチョコ……クラウドだった。
　這いあがろうとしても、つるつる滑って、なかなか移動できない。
　ちくしょう！
　掛け声も大きく、彼は油の中で一気に走った。
　走った走った走った走った。
　やっと床に乗りあがれたときには、すっかり勢いがつきすぎている。
　クラウドはそのまま壁に激突した。
　あんまり激しくひたいをぶつけたので、その壁は大きくひびが入り、彼のほうは、くらっとよろめきさえしたものだ。
　そうして身を支えるために伸ばした手に、スイッチがあった。
　がっこーん。
　クラウドはまた落とし穴にひっかかったらしかった。
　今度はなんとなく柔らかい床の感触が彼を受け止めてくれる。
　クラウドはしっかりとそれを踏みしめて転倒を防ぐと、まずはあたりを見まわした。
　相変わらず薄暗い石の壁が並び、左手に黒い通路が口をあけている。とりあえず行き止まりではなさそうだ。
　そしてその部屋は、いままでとは違って本棚や机がきちんと並べてあった。
　こんなところに、ヴィンセントでも住んでいるのか？
　クラウドはさらに足を捻って床を踏みにじってから、そちらへと足を向けた。
　着地点とは違って冷たい石の感触がブーツを通して伝わってくる。ふうん、なかなか気の利いた場所なんだな。落ちる場所にはマットでも敷いてあったんだろうか。
　あまり深くは考えず、彼は本棚やテーブルを調べはじめた。
　サンダーの本、ファイアの本……なんだよ、これ。
「あ、リサイクルボックスがある。瓶とか捨てられるんだ」クラウドは担いでいた袋から空き瓶をふたつ取り出すと、そのごみ箱に突っこんだ。
　きらきらとした音が鳴ったかな、と思うと、ポーションの入った瓶がぽんと飛び出してきたものだ。
　クラウドは眉を寄せた。「ポーションなんか使わないのに……腹が減ったとき以外は、おれ元気だもんな」
「おい」
「どうせなら」クラウドはポーションの瓶を掲げてみせる。「おにぎりとかサンドイッチとかにならないかなあ、これ？」
「おいって言ってんだろ」
　振り返れば大男がそびえていた。
　いや、ちょっとした雷雲を背負っているので威圧感があっただけで、巨人というわけではない。
　つんつん跳ねたハリネズミのような黒髪をさらに逆立て、男は眉を吊りあげていた。「おまえな……」
「あんた誰？」クラウドはまばたいた。
「それはおれの言うことだ。なんでチョコボがこんなところにいるんだよ。しかも思いっきり踏みつけやがって」
「誰がチョコボだ！」クラウドは持っていたポーションを思いきり叩きつけ、彼のHPがちょっとだけあがったのを見てから、再び遠慮なく踏みつぶした。
　そしてその感触に、再び顔をしかめる。「あれ？」
「こうやってな」足の下で男は呟いた。「おまえ、さっきもおれの上に乗ってたんだよ！」
　男は跳ねあがり、反撃をしてくる。
　彼らはしばらく殴りあった。
　ダンジョンの通路からモンスターたちがおそるおそる覗きこんだところ、ふたりして大剣を振りまわし、あちこちの家具を壊し、石壁を壊し、すでに隣の部屋との境もなくなっていたものだ。
「はあはあ」男が剣をおろした。「HP吸収つきマスターコマンドに、みだれうちマテリア装備したアルテマウェポンとは、明らかに反則じゃないか」
「だって、これでおれ、ずっと元気でいられるんだ」クラウドも剣をおろした。「アンデッドは困るけどな。でもフルケアもあるし」
「なんてチョコボだ」
「だからチョコボって言うなよ！」
　クラウドの蹴りを、ハリネズミ男は同じく蹴りで封じた。こいつ、結構やるな。
「じゃあ、名前教えろ」と、男。
「クラウドだ」彼は応えた。
「クラウドだって？」男は目を丸くする。「クラウドっていうと、あの空にぷかぷか浮いてるやつだろ？　そんな能天気なもんが、どうしてこんなところに」
「おれ、能天気じゃないよ」
「ダンジョンに好きこのんで入ってくるやつは、みんな能天気だよ」
「好きで入ったわけじゃないってば」
「じゃあ、どうして？」
「ユフィに突き落とされたんだ」
「ユフィ？」
「お宝大好きニンジャ娘。最近、おれと組んでトレジャーハンターやってるんだけど、大抵ダンジョンに潜るのはおれで、あいつ、おれが持ち帰ったものを売りさばいて儲けてる」
「おまえ、いいようにこき使われてるだけじゃんか」
　クラウドは首を傾げた。「そうか？」
　男はちょっと同情するような顔で押し黙った。
　クラウドはさらに首を傾げ、男のその顔を下からじろじろと見つめる。「あのさあ、あんた、おれの友達に似てるんだけど」
「おれはザックスっていうんだ」
「ザックス……」クラウドは考えこんだ。「ザックス……どっかで聞いたような……いや、知らないな」
　クラウドは後ろ頭にまわし蹴りを食らった。油断していたため、両手を広げた形にへこんだところにすっぽりと収まって、石壁をしっかり抱きしめる破目になる。
「てめえ、無二の親友だろうが、憶えてないのか！」
「ごめん、おれ鳥頭なんだ」
「自分で言うな！」
「でもさ」クラウドは壁から自分の身体をすっぽ抜いた。「あんただって知らないふりしてたじゃないか」
「そりゃな。ここは不思議なダンジョンなんだ。パラレルでもいいじゃねえかと思ったんだけど」ザックスは、ふ、と遠い目をして溜息をついた。「やっぱり他人ってのは耐えられなくて」
「あんたって奇特だな、ザックス」
「そうとも、わざわざおまえの面倒を見に、こんなところまで出張しなきゃならねえってのは……」ザックスはくるりと振り返った。「てか、おまえ、この奥になにがあるか知ってるのか？」
「さあ？」
「このダンジョン九千九百九十九階あるんだぞ」
　クラウドは頷いた。「そっか」
「そっかじゃねえよ。ほとんど無限ループ描いてんだぞ。きりねえんだぞ」ザックスはがっしりと両肩を掴んで揺すぶってくる。「こんなところで遊んでる場合か？　遠くから見てるだけじゃ、なんにもならないって気がついたんだろ？　さあ、目を覚ませ！」
「ザックス、ゲームが違う」クラウドは指摘した。
「おう、すまん」ザックスは手を放した。
　クラウドは、こきこきと肩を揉みながら頭を左右に振った。「なあ、地下九千九百九十九階には、なにがあるんだ？」
　ザックスは答えかけ、ふと眉を寄せた。「おまえ、このダンジョンのことを誰に聞いた？」
「緑の麦藁帽子かぶったチョコボだ。畑耕してたけど、宿屋の主人だったらしい」
「あの宿屋はまだ、誰もいないはずなんだけど？」
「へえ？」クラウドはちょっと記憶を掘り起こした。「ああ、そういえば黒マント着てた……なにかに操られたような目をしてて、リユニオンて、ぶつぶつ」
「それこそゲームが違うぞ」
「ああごめん」
　ザックスは軽く咳払いした。「まあこれで、おまえがここにいる理由も察しがついた」
「やっぱりセフィロスに呼ばれているのか、おれ？」
「いきなりネタばらしするなよ」
「おれ、いま黒マテリア持ってないよ」
「ダンジョンに転がってたりしてな」
「よし、探そう」クラウドは剣を担ぎなおし、一歩踏み出した。
　そこへザックスが足を投げてすっ転ばしてくれる。「探すんじゃねえよ！」
「ごめん、黒マテリアって聞くと、どうしても条件反射になっててさ」クラウドはむくりと起きあがった。
「くっくっく……」
　不気味にエコーをつけたその笑い声は、言わずもがな、我らが英雄だ。
「来たあ！」クラウドはザックスの後ろに隠れた。
「こらこらこら」ザックスはがくりと肩を落とす。
　セフィロスは長い銀髪をなびかせ、ゆっくりと数歩進んでくると、その長い正宗でこちらを指し示してきた。なぜかプリヌラが串刺しにされているが、本人、気づかずに突き立ててしまっていたのだろう。興奮すると、いつもそうだ。
「ふっ」と、セフィロスは薄く笑った。「せっかくクラウドとふたりきり、各階ごとにいろいろなイベントを用意して待っていたというのに、ザックス、貴様はなぜ、いらんというのに、しゃしゃり出てくる」
「おれのせいじゃねえって」ザックスは肩を竦めて両手を広げた。「で、そのイベントってどんなことだ？」
　セフィロスは正宗をひと振りした。その拍子にプリヌラがすっぽ抜けてリサイクルボックスに捨てられる。「例えばチョコボレーシングだな」
「……それから？」クラウドは低く訊ねた。ザックスの背中に隠れたまま。
「そして、ここ掘れチョコボ」
「……で？」
「チョコソナーとチョコザイナでパズル」
「さらに？」
「よけよけチョコボだ！」セフィロスは声高く笑った。「もちろん障害物を投げつけるのは俺だ。手加減はせんぞ」
「おれはチョコボじゃない！」クラウドはザックスを彼に投げつけた。
　セフィロスは軽く避けながら、ハリネズミ頭を横へと蹴り出す。
　壁に埋めこまれてくぐもったザックスのかすれた悲鳴を聞きながら、クラウドはセフィロスに向かって突進した。
「くっくっ、クラウド、いい子だ」と、鬼神は勝ち誇ったように両手を広げる。
「やかましい！」
　べちん。
　アルテマウェポンの幅広い平面で、クラウドはセフィロスを打ち飛ばした。
　セフィロスはちょっとだけ空を飛び、リサイクルボックスに吸いこまれていく。
　クラウドはまばたいた。「すごいや、あんな大きいものが入っちゃったよ」
　ザックスが壊れた壁から起きあがってくる。「そんなもん入れちまって、どうリサイクルされてくるかわかったもんじゃねえぞ」
　クラウドは首を傾げた。「なにが出てくるんだ？」
「そりゃ……」
　低く、低く、それは低く片翼の天使のテーマが聞こえてくる。
　最初はアカペラ、そして徐々に伴奏がつき、ついには交響曲かとも思えるほど壮大なメロディーを形作っていったものだ。
　そして――
「セフィロス！」
　後光まで背負ってリサイクルボックスから出てきたのは、（自称）神だった。
「超究武神覇斬！」
　クラウドは溜めこんでいたリミットを解除した。
　さっき、ザックスに殴られといてよかった。あれでゲージがいっぱいなったんだもんな。
　どかどか、ばき、どこ、ざしゅ、ぎいん、ざく、がつ、ばこん。
　最後にクラウドは床を蹴り、高く跳びあがった。アルテマウェポンの刃に巨大な気が集中し、それはそのままセフィロスの上へと振りおろされる。
「そんな馬鹿な！」セフィロスはそれをまともに受けた。
　どごっ、めきめきめき……。
　床が崩れ、セフィロスはその下へと落としこまれる。
「せっかく……ここまで登ってきたのに！」彼は落ちながら悲壮感に満ちた声で叫んだ。
　そして英雄セフィロスはそのまま、まっすぐ九千九百九十九階まで落ちていったのである。
「あ……」クラウドはアルテマウェポンを背中に収め、その深淵を覗きこんだ。「やりすぎちゃったかな。セフィロス？　ごめん」
「ごめんですむかああああぁぁぁぁ」こだまを返して、彼の恨みがましい声が聞こえてくる。
「しょうがないなあ」クラウドは髪の毛をかきまわした。「拗ねると手がつけられないから、迎えに行ってやらないと」
「おまえらな」ザックスは深々と溜息をついた。
「つきあわないか？」
「九千九百九十九階までか？」
「だめ？」
「……わかったよ」
　彼らはそうして、永遠にも続く迷路を問答無用に進むことにしたのだった。
　行く手に待ちかまえるのは、謎の黒魔道士か、ベヒーモスか、はたまたモルボルか。
　いずれにしても、チョコボは不思議なダンジョンをひたすら潜っていく運命にあるのだ。
　敵や罠が繰り出す、すべての障害を乗り越えて……。

（訂正）
　敵を踏み越え、同じ罠に何度もかかり、すべての障害を無視してチョコボは進んだ。

（再訂正）
　――クラウドは進んだ。