チョコボ頭の不思議なダンジョン３

　クラウドは一枚一枚ギルを拾って歩く。
　暗い迷路のなか、一歩進んではその先の床をとんとんと爪先で調べ、手探りし、金色に輝く丸い小さなものを見つけると、それはそれはうっとりと眺めるのだ。
　ここは不思議なダンジョン。外から見れば平凡な宿屋でしかないが、一歩地下に降りれば無限の迷路が広がり、増殖している。
　クラウドはそのダンジョンに平気で踏み入り、モンスターをものともせず、どころか食糧にしたり、道案内や懐中電灯代わりにしながら進んでいた。
　彼の目的はもちろん、このダンジョンの奥に住む元英雄、ときどき羽の生えたイカに変身する（かもしれない）セフィロスを斃すこと――いや、もしかしたら黒マテリアを届けるためか、はたまたリユニオンのためか。
　しかし、いまはその目的もすっからかんに忘れ、毎日毎日、ダンジョンに潜ってはアイテムやギルをこうして拾い歩くだけなのだ。
　ザックスは通路の隅、モンスターが寄りついてこない場所で、じっとその様子を窺っていた。
　クラウドはとっても嬉しそうなんだけど、おれはなぜか見ているうちに涙が出てくるぜ。そんな些細なことで至福を味わえるほど、おまえの地上のでの生活、悲惨なのか？
「ザックス、見てくれ！」クラウドがいきなり立ちあがってギル硬貨だろうものを握った手を振った。「十ギルもあったんだ！」
　そうかい、よかったな。
　クラウドはくるりと一回転して踊り出す。十ギルがよっぽど嬉しかったらしい。
　その横へスケルトンという骸骨のモンスターがするすると寄っていったが、クラウドは気づかないままにくるりと方向転換し、スケルトンは伸ばしたその腕に殴り飛ばされ、ダンジョンの壁に当たって粉々に砕けた。
「これで今日は三十六ギルだな。ティファのお店でイカ串が、ええと、ええと、三本買える！」
「ティファって駄菓子屋やってるんか？」
「飲み屋だよ、もちろん」クラウドはまたうっとりと手を合わせた。「ティファが出す飲みものは、いつもキツイものばかりで、エアリスもユフィも飲めないんだ。だからおれは、いつも特等席でたっぷり飲めるんだ。そしてティファは、イカ串をおれのために取っておいてくれる。透明なポットにぎっしり入っててさ、一本一本、自分の手で取らせてくれるんだ」
「なぜそんなものを用意するんだ、彼女は？」
「よくわかんないんだけど、おれが容赦なく噛みちぎり、イカを無残な姿にするのを見るのが好きなんだって」
　ティファ……気持ちはわかるが、虚しいぞ、それ。
　クラウドはせっせと荷物をまとめて担ぎなおすと、次なる床に向かって足を伸ばした。
　とんとん。
「よし」クラウドは一歩踏み出した。
　がこーん。
　ザックスは、ぽっかりあいた落とし穴の中に素直に落ちていくチョコボ頭を見おろしていた。どこか学習能力のつくアイテムがそこらに落ちてねえかなあ。
「おおい？」ザックスは穴に向かって声をかけた。「クラウド、無事だとは思うが、いちおう返事してくれ」
　しかし、返事はなかった。いや、クラウドが気絶しているとかではない。このダンジョンの階層は一階ごと異次元になっているので、たんにむこうに聞こえていないだけだろう。
「しょうがねえな」ザックスは両手を合わせて南無さんと唱え、念のため十字を切ってから飛びこんだ。
　だん、と勢いよく着地したのは、クラウドの背中。
　潰れたチョコボはすでに新たな探索を開始していたらしく、しっかり一ギルを握りしめていた。「ザックス……」
「おお、やっぱり無事だったな」チョコボの背中からおりてやりながら、ザックスはその場を見まわす。そのフロアでも相変わらずフロータイボールが眼をぎらぎら輝かせてふよふよ漂い、スケルトンがかしゃかしゃ骨を鳴らして歩きまわっていた。こういうところで、よくも一ギルを見つけて歩こうなんて気になるよな、このチョコボは。
　とにかく、どうせ探しても上への階段はないんだ。クラウドが飽きるまで歩きまわるしかねえ。
　そうとも、このダンジョンにエレベーターなり一階への直通階段なりがあれば、こんな苦労しなくてすむんだよな。なんだってこの地下、くだりの階段しかねえんだろう。階段をおりてすぐ振り返っても、のぼりの階段は跡形もなく消えちまう。おかげでおれは地下六階のあたりでくすぶり、毎日毎日通ってくるクラウドを待ってなきゃならねえ。
　なんで六階かって？　クラウドがこれより下の階に行けねえからだよ。入口にはワープのための魔方陣があって、そこに乗れば以前踏み入ったことのある階にはあっというまに行けるっていうのに、あいついつも、律儀に地下一階から順番におりてきてはアイテムを拾って歩くんだよな。だからそのあたりになると、どうしても袋がいっぱいになっちまうんだ。で、いったん戻ると言って消えちまう。
　毎日その繰り返しだ。おれだって、いいかげん飽きるぜ……って、そうか。
　ザックスは指を鳴らした。「クラウド、おまえ一階更新できたじゃないか！　ここは地下七階だぞ！」
「そういえば初めて来る階だな」クラウドは頷き、さっそく床に四つん這いになった。「きっと、いっぱいギルが落ちてるはずだ！」
「そうじゃねえだろ」ザックスはチョコボ頭を踏みつけた。「おまえ、なんのために毎日毎日、ダンジョンに潜ってるんだよ」
　クラウドは床石のなかでもごもごと応えた。「ユフィの言う、レアアイテムってやつとか、魔石を見つけるためだ」
「だろ？」ザックスは足をどけ、クラウドを引きずりあげた。「だったら怪しそうな宝箱とか、落ちてる瓶とか調べてまわらねえと」
「じゃあ、手はじめはあの大きな箱か？」
　クラウドが指し示すほうを見れば、確かに大きな黒い箱が片隅に置いてある。いかにも怪しげ、いかにもなにか入っていますという大きさだ。
　それに……。
　ザックスはその前に立ち、腕組みして顔をしかめた。「この箱の形、どっかで見たことあるよな」
「棺桶っていうんだ」クラウドは、とんとんとノックした。
　ああそう、なんだか会いたくもないやつが出てきそうだよ。
　案の定、その中から低く声が漂ってくる。「私を悪夢から呼び起こすのは……」
　クラウドもザックスも素早く剣を構えた。
「誰だ！」という叫び声ともに、棺桶の蓋が撥ねあがる。
　ザックスはその蓋をバスターソードで打ち返した。
「ぐうっ!?」蓋の縁を顎に受けてのけぞったのは、おなじみ赤いマントの幽霊だ。
　そしてクラウドがアルテマウェポンで容赦なく、ご本人を天井まで打ち飛ばしたのだった。
　天井の岩を粉々に砕いてその破片とともに床に落ちてきた長身の男は、よろよろと瀕死の様子をしながら、それでも立ちあがる。「やはり……おまえか、クラウド」
「なんでこんなところで寝てるんだ、ヴィンセント」
　ヴィンセントはぼろぼろのマントを、格好つけて、ばさりと翻した。「悪夢を見るのにうってつけではないか」
「ちょっとごめん」クラウドはその彼を蹴り飛ばし、その足もとにあったギル硬貨を拾いあげる。「五ギルもあったぞ。さては、おれから隠してたな！」
「そんなことはせん」ヴィンセントは壁に足を預けて逆さまになったまま、憤慨したように腕を組んだ。「だいたい、おまえもなぜ、こんなところで地道に小銭を拾って歩いているのだ」
「おれは……」クラウドは応えかけ、応えかけて口をひらいたまま考えこんだ。「おれは……」
　ヴィンセントは起きあがり、クラウドの言葉をいちおうは待つそぶり。ザックスもちょっと興味が湧いた。
「おれは……」クラウドは彼らに背を向け、少し遠くのほうを見つめる。「おれは自分の意志でここまで来た。そう思っていた。だが正直に言おう。おれは――」
「その台詞は本編で聞いた」ヴィンセントが遮った。
「そうだったか？」クラウドは振り向きなおった。「じゃあヴィンセントは、なんでここにいるんだよ」
「先刻も言っただろう」幽霊は棺桶に足を突っこみ、ザックスの打撃で大きく、くの字に曲がってしまった蓋を持ちあげる。「私は私の安住の地をここに見つけたのだ。とにかく眠らせてくれ」
「そんなに寝不足だとは知らなかったよ」クラウドは頷いた。「安心して永遠に眠ってくれ。あんたのぶんまで生きるよ」
「相手が違うだろうが！」ヴィンセントはザックスのほうに指を突きつける。
　ザックスは思わず両手をあげて降参のポーズを採ってしまった。「あのよう」と両手をあげたまま唇を歪める。「ようするにヴィンセント、あんたもこのダンジョンから抜けられなくなったくちじゃねえの？」
　ヴィンセントは目を逸らした。
「どうやって入ってきたんだ、あんたたち？」クラウドが、ごくまっとうな質問をした。
「知るかよ」と、ザックスは応える。
　ヴィンセントも溜息をついた。「私も知りたいところだ。私はただ、ニブルヘイムの神羅屋敷の地下で、いつものように眠っていただけだったというのに」
「そうか」クラウドは頷く。そしてザックスを振り返ってきた。「じゃあ、おれ、そろそろ地上に――」
「いったい、なにがしたくて私を起こしたのだ、貴様は！」ヴィンセントがチョコボ頭を絞めあげる。
「うぐぐ……」クラウドはさすがに苦しそうだった。
「まあまあ」ザックスは幽霊からチョコボを救ってやる。「なあクラウド、おれたちを地上に連れていけないか？」
　クラウドは喉をさすりながら困ったように眉をひそめた。「テレポカード、定員一名なんだけど」
「予備は？」持ってるはずだ。さっき、ちらりと見えたんだからな。
「そりゃ……でもさ」クラウドはしぶった。
「でもも、なにもない。おれの頼みが聞けないのかよ」
「使いきりなんだってば。次に潜りこんだとき、ちょうどよくカードが見つかるとは限らないだろ」
「クラウド」ザックスは彼の両肩をがっしりと掴んだ。「おれだって、ずっとこんな暗い中に閉じこもっておまえが訪ねてくるのをじっと待ってるのはつらいんだ。たまにはお天道さまに当たらねえと、どっかの棺桶の住人みてえになっちまうしよ」
「誰のことだ？」ヴィンセントが呟く。
「いいから、な、クラウド」ザックスはチョコボを揺さぶった。
「うう」クラウドは顔をしかめ、しかし、しぶしぶとカードをさし出す。「わかったよ」
　そして、ごそごそと荷物を漁って自分用のカードを取り出せば、それを素早く奪い取るヴィンセント。
「あっ」クラウドはむっつりと口を尖らせた。「悪夢だ、棲処(すみか)だって言いながら、あんたも出たいわけ？」
「どうせ、ここにいてもおまえに起こされるのでは、おちおちと悪夢を見ている暇もない。どこか別のところに越すことにしたのだ」
「しょうがないな」クラウドはまた荷物を漁った。
　じゃ、行くかと、みなでカードを掲げようとしたそのとき、クラウドのチョコボ頭がいきなり、がっしりと押さえこまれる。
　同時に、「くっくっく」と、低い含み笑いの声が聞こえてきた。
　目だけで振り仰げば、クラウドの背後には銀髪の鬼神がそびえている。逃がしてなるものかと言わんばかりに、金色頭に置かれた手の指がぎゅうぎゅう食いこんでいた。
「セフィロス、痛いんだけど」クラウドはテレポカードを持ったまま、しかめつらで瞑目する。
「いつか出てくるとは思ったが」ヴィンセントが憂鬱そうにセフィロスを見つめた。
「つねづね思うが、あんた、ほんとに神出鬼没だな」ザックスは呟く。
「もちろん俺は神だ」セフィロスは応えると、クラウドの手にあったテレポカードを取りあげた。「没収」
「ええ？」クラウドは顔をしかめる。「おれ、なんにも違反してないぞ」
　いや、中学校の持ちもの検査じゃねえんだからよ。
「いまだ、こんなところをうろついて……むっ、そういえば、いつもより一階深いところにいるな。なんの天変地異が起きた？」
「いや、たんに落とし穴にはまっただけ」ザックスはぱたぱたと手を振った。「怪我の功名だな」
「まあいい」セフィロスは嘆かわしげに首を振った。「いずれにしても、せめて三十階くらいまでには到達してほしいものだ。地下九千九百九十九階で待っている俺の身にもなれ」
「いつも出張してくるくせに」クラウドはぶつぶつ呟きながら荷物を漁り、もう一枚カードを取り出した。
　いったい、何枚溜めこんでたんだよ。
「とにかく、おれは帰る。じゃあな」ふしゅん、とクラウドの姿がかき消える。
「むう、また逃げられたか」セフィロスが舌打ちした。
「遊んでほしいなら素直にそう言えばいいのによ。んなわけで、おれも行くからな」ザックスはカードを掲げる。
　ぱっ、といきなりあたりの景色が明るくなる。ザックスは思わず悲鳴をあげ、顔を両手で覆ってしゃがみこんだ。
　やっぱりあのダンジョン、明るくしようよ。いざ外に出てこれじゃ、元1stソルジャーのおれともあろう者が情けねえ。
　涙目でようやく瞼をこじあければ、ごく普通の宿屋が目の前にあった。
　さらに視線を無理にめぐらしてみると、横で長身を折り曲げ、苦悶に耐えている黒コートの銀髪青年ひとり。セフィロス……あんたもか。
「くっ……」と、セフィロスは何度も何度も目のあたりをこすっていた。「やはりダンジョンにはチョコボが必要だな。あの金色は明かりの代わりになる」
　そうか？　別の意味では明るくなってるけどなあ。それともあんた、悪い虫みてえに、あの金色に引き寄せられて出没してるんじゃねえだろうな。
　その彼らのあいだで、ふしゅん、と空気が鳴った。現われたのは当然、赤いマントの幽霊だ。
「ふむ、ここが外――うおおっ!?」ヴィンセントは途端に頭を抱え、のけぞり、苦鳴をあげはじめる。「なぜ、こんな明るい世界がっ！」
「いや、普通だって」ザックスはのたうちまわるヴィンセントを落ち着かせようと肩を揺すった。「おい、大丈夫か？」
「ぐおお」とヴィンセントの叫び声はどんどん、どす黒くなっていく。
「むっ？」セフィロスが正宗を構えた。
　ザックスも思わずあとずさる。「まさか」
　そのまさかだった。リミットブレイクだ。ヴィンセントの姿がぼやけはじめ、別の形を採っていく。マントは黒々と闇に染まり、やがて、ばさりと大きな翼が広がった。
　太陽に当たるとカオスになるんかい、あんた？
　ザックスは慌ててあたりを見まわした。だが頼みの綱のクラウドは、すでに家に帰ってしまったのか見あたらない。
「くっくっく」セフィロスが物騒な笑みを閃かせ、その碧(あお)い眼を細める。「クラウドに遊んでもらえなくて不満が溜まっていたところだ。ちょうどいいから相手をしてやろう」
「自分で言うなよ」ザックスは避難の体勢に入ったが、しかし遅かった。
　ヴィンセント・カオスが大きく羽ばたくと、周囲一帯が暗くなり、大地が呪いのしゃれこうべを形作る。ザックスは噴き出す瘴気の壁に閉じこめられた。
「おい、冗談じゃ――」
　振り返れば、しゃれこうべが分解して異空間を形成し、ブラックホールが出現していた。
「くっ」セフィロスが、そのぽっかりとあいた黒い穴に落ちまいと、崩れかける地面に正宗を突き立てる。
　ザックスも身を低くし、引き寄せられる異常な重力に逆らってみた。
　だが抵抗虚しく、彼らは徐々にブラックホールの中心へと吸いこまれていく。
「セフィロス、あんた、なんとかできねえのかよ？」
「さあ、おまえ次第だな」
「ふざけんな！」
　空間は閉ざされ、闇の密度はあがっていく。
　そして彼らは虚空に呑みこまれた。

＊＊＊

　ザックスは目を覚まし、冷たい床の上で身を起こした。
　横ではとんてんかんと、赤いマントの幽霊が棺桶を作成している。
「ここは？」
　ザックスが呟くと、ヴィンセントは手を止めて振り返ってきた。「気がついたか」
「セフィロスは？」
「どうやら、もとのダンジョンらしい」と応えてから、ヴィンセントはまた再び釘を打つ作業に戻る。「セフィロスなら、そのあたりのプリンにやつあたりをしてから、どこかへ行ってしまった」
　ザックスはこの幽霊を後ろからバスターソードで叩きつぶしたくなってきた。「あんたな、せっかくおれら、外に出られたのに！」
「すまんな」ヴィンセントは木材の角度を確かめながら呟いた。「今度出るときにはサングラスをかけておくことにする」
「今度って、いつだよ？」ザックスは両手を振りまわした。「テレポカードは使いきりなんだぞ」
「またクラウドが潜ってくるのだろう？」ヴィンセントは溜息をつきながら、また釘を打つ。
「そりゃそうだろうけど」ザックスは不安げにあたりを見まわした。「ここ何階だ？」
「さて、地下十階あたりかと思うが」
　十階……そんな……。
　ザックスは絶望という名の岩を背負った。
　クラウドが辿りつけるわけがねえじゃねえか。
　ザックスはその場にへたりこみ、ふわふわと漂うフロータイボールの群れを茫然と見つめた。

＊＊＊

　クラウドは地面を見つめ、閉じた虚空の穴の残骸がどこにもないことを確かめた。
　よし、大丈夫だ。あいつらはちゃんと帰った。おれの唱えたデジョンだったなんて気がついてないだろう。
　だって、いくらユフィでもあんなレアアイテムはいらないだろうし、捨ててらっしゃいって言われたら、おれだってなんだか悲しくなるもん。あるいは、もしかしたらティファかエアリスに売ってしまうかもしれない。そうなったらさすがに、セフィロスでも可哀相だからな。
　うん、初めから持って帰らないほうが賢明だ。これまでどおりダンジョンの中で飼っておくぶんには問題ないし、あいつらいると暗闇の中でも遊んでいられるし。
　クラウドはよいしょと荷物を抱えなおし、塒(ねぐら)に向かって歩きはじめた。
　テレポカードは無駄にしちゃったけど、今回は四十二ギル儲けた。
　なにに使おうかな。

THE END.

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