What is he encumbered with?
エッジの町並みは、いつもより静かな夜に包まれていた。
路地に溢れる子どもたちが星痕に苦しむ呻きも、すすり泣きの声も聞こえない。
裏通り、アーチの上に立つ天使像がひどく哀しげに、あるいは孤独に町並みを見おろしているように見える。
「クラウド……？」
かすかな声に、ティファが目覚めたのがわかった。
その天使像から目をおろし、クラウドは自分のベッドのほうへとゆっくり戻る。「レノたちが捜している」
マリンが攫われた。同時に町でも子どもたちが大勢、何者かに連れ去られたというのだ。昨日から急になにかが動き出しているらしい。
けど、おれは……。
目覚めたばかりのティファが彼の動きを見つめているようだった。クラウドはベッドに腰掛け、彼女の目を見ないようにする。彼女の言いたいことはわかっているからだ。
ここでなにしてるの。どうしてすぐに行動しないの。
わかってる。わかってるけど……重いんだ。
「星痕だよね……」ティファが訊ねにくそうに口をひらいた。「このまま……死んじゃってもいいと思ってる？」
このまま……はいやかもな。でも、どうしようもないこともある。
返答がなかったことに、ティファは溜息をついた。「やっぱり」
なにがやっぱりなんだろう。「治療法がない」
「でも」ティファが身を乗り出した。「デンゼルは頑張ってるよね」
クラウドは床を見つめたまま、わずかに眉を寄せた。なぜデンゼルが出てくるんだ？
「逃げないで、いっしょに戦わない？ みんなで助けあって頑張ろうよ」
いっしょに戦う……この重さ……痛みと？
「……本当の家族じゃないから、だめか」ティファはベッドの上で体勢を変え、膝を抱えるようにして枕に凭れた。
「おれには……」クラウドは呟いた。「誰も助けられないと思うんだ。家族だろうが、仲間だろうが……親友だろうが……誰も」
うん、おれには助けられない。無理だ。だからこの重みがおれを苦しめるんだろう。
「ずるずる、ずるずる……」
ティファの溜息まじりの声に、クラウドの苦悩にしかめていた表情から力が抜けた。
俯いていた顔をあげれば、ティファはベッドの上で体勢を変え、膝を抱えてあさってのほうを向いている。クラウドは彼女がなにを言ったのかわからなかった。
「ずるずる、ずるずる！」さっきよりももっと力をこめ、ティファは苛立たしげに繰り返す。
「いつまで引きずってるんだ、と」
背後からの突然の割りこみに、クラウドはぎくっとなった。
なんとかその驚愕を押し殺して振り返る。
部屋の暗がりに立つ赤毛のタークス。なんだ、レノか……。
本人が出てきたのかと思った……あいつのこと考えてたから。
ドアを挟んで隣にはルードも立っている。
「見つからないの？」ティファが不安げに訊いた。
「やつらが連れていった。目撃者がいたぞ、と」
マリン、デンゼル……そして大勢の子どもたち。「場所は？」
レノが口をひらいたが、応えたのはルードだった。「忘らるる都、アジトだ」
エアリスのいる……。
……おれは……。
クラウドは立ちあがった。「頼む」
レノとルードはちらとたがいの目を見交わし、頷く。で、おまえはどうするんだとばかりに、クラウドへとまた顔を向けた。
「俺はルーファウスと会ってくる――」
「逃げないで！」ティファが叫んだ。
振り返れば、彼女は苛立たしげにベッドを手のひらで叩く。「わかるよ、子どもたちを見つけてもなにもできないかもしれない。もしかしたらまた取り返しのつかないことになるかも。それが怖いんでしょ？」
いや、おれが怖いのは……いや、考えるのはよそう。
ティファは立て続けに言葉を投げつけてくる。「でも、もっといまを、いろんなことを受け止めてよ！ 重い？ だって仕方がないよ、重いんだから」
クラウドは頷いた。「うん、仕方がない。おれだってわかってる」
ティファとレノとが同時に怪訝そうに顔をしかめ、ルードのサングラスが、なんのことだと訊きたげに向けられる。
クラウドは俯いたまま軽く首を振った。「おれがずるずる引きずってるのは認める。でも、おれにはどうしようもないんだ。勝手にひっついてるのはむこうのほうなんだから」
一瞬の完全な沈黙。
クラウドは彼らをゆっくりと見まわした。「だってティファ、見えてるんだろ？」
彼女の顔がさっと青ざめた。ぷるぷると、かすかに首が横に振られる。「ご、ごめんなさい、クラウド……あの、もしかして」
レノが壁に張りつき、ルードが硬直する。ティファがばたばたとベッドを乗り越え、タークスたちと並んであとずさった。
「ひっついてるって……その……」ティファが喘ぐ。
「まさか、ほんとにいるのかな、と？」引きつった顔で、レノ。
「………」ルードはひと筋汗を流した。
クラウドはおもむろに頷く。「ずっと背後にいるよ。おれはずっと引きずってる。だから重くて……慢性の肩凝りが治らない。星痕みたいに痛むんだが、治療法……ないよな？」
ティファがひくっと息を吸った。「星痕じゃなかったの……？」
クラウドは軽く両手を広げ、彼らに困惑した顔を向ける。「なあ、どうすればいい？ 引きずりまわしてすり減らせば、少しは軽くなるかな」
誰も応えない。
その夜、エッジの町並みは奇妙な静けさに包まれていた。