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鎖国以来、エスタは大幅な内需拡大を続けていた。
貿易というものはほとんどなくなり、生産量がすべて国民に撥ね返ってくるという状況がいきなり襲ってきたのだ。
また、戦争状態だったところへの鎖国だったためにインフレも多発、株式市場は混乱し、全体から見れば経済状況はがっくりと落ちこんだものだ。外資や為替関連は言うまでもない。
だが、激しい物価の乱高下、物資不足など、多少混乱の様相を呈したものの、もとより農業も工業も発達した国だ。人々は状況に慣れるとともに、ほどなく安定した毎日の生活を取り戻したものだった。
しかし、すべての人々が平穏になったわけではない。
ここにひとつの小さな一企業がある。
貿易と為替取引で大きくなったグループで、もちろん鎖国のおかげで利益は格段に落ち、ついには元資本を確保するのがせいぜいの状態になり、ある金融企業に身売りすることになっていた。
ところが、このグループの会長が提携を目前に死亡したのである。
もともとそれほど大きい会社ではなく、ほとんど一族経営という状況の彼らだ。筆頭株主が銀行などの資本家ならともかく、相続問題が絡んでこないわけがない。これまでワンマン会長のもと、身売りしても悪い目には遭わないだろうとのほほんとしていた身内は、あたふたと走りまわることになった。
ただでさえ、遺産というものは不和の種になりやすい。また、困ったことに先代には子どもが大勢いた。愛人、情人、腐れ縁のパブのママなど十指に余るほどだ。
そしてそれだからこそ、つけ入られる隙がある。
まあ、つけ入る者もどうかと思うのだが。
重ねて言うが、それほど大きな会社ではない。一族経営の小ぢんまりした貿易商だ。一般的な会社員に比べれば金持ちという範疇だが、莫大というほどの遺産があるわけでもない。しかも身売り直前という状態では、危ない橋を渡ってまで詐欺を働くやつはいないだろう。そのうえ、なんとかだまくらかして相続人のひとりに滑りこめたとしても、少ない遺産のさらにせいぜい十分の一では割に合わないというものだ。
しかし、ここに物好きがいた。
先代の長女――もちろん正妻の娘だ――シェリルの前に、若い顧問弁護士と国選の立会い弁護人を随え、逞しい長身のボディーガードとともにその少女は堂々と登場した。
「シェリル・ランバートさんですね」弁護人が確認するように言って会釈した。「こちらのお嬢さんは、あなたの妹ということになっています」と彼はもっともらしく透かしの入った立派な紙を取り出してみせた。「わたくしどもは、この出生証明、そのほか書類は本物と認めています」
シェリルにはそれが本物か偽物かなど判断できるわけでもないが、いちおう目を通してみた。生年月日を見れば、妹だという彼女は十六歳、まだハイスクール生だ。別段取り立てておかしいことはない。しかし、備考欄が気になった。
「あの、認知裁判中となっていますが？」
弁護士は頷いた。「先月、母親を亡くされていまして、それで故ランバート氏を頼ろうとしていたところだったのです。ほかに身寄りもないので、今後のことも含めてシェリルさんと話しあいたいと」
シェリルは背後に立っているだろう親戚やそのほか同じような私生児たち――認可はされているが――の視線を痛いほど感じていた。
父の葬儀の準備のために集まった彼らはそれなりに神妙にして、本気か演技かにかかわらず、とにかく悲しげに俯いていたものだ。しかし、突然に現われた美少女に目を見ひらき、口をぽかんとあけて間抜けな顔をしていた。
だが、やはりというか、予想どおりというか、シェリルの異母兄のひとり、ネッドが興味深そうな顔で近づいてきている。まったく、可愛い女の子となると見境がなくなるんだから。そういうところ、確かにお父さんの息子よね。
逆に、妹らしき彼女は本当に父の娘かと疑うほど完璧な美少女だった。黄金の巻き毛に印象的な青い瞳、整った造作の小ぶりな顔は俯きかげんにしている。その身体はほっそりして、黒いワンピースと白い靴下がいっそ彼女を清楚に見せていた。
彼女のかたわらにぴったり寄り添う長身のボディーガードは、長い黒髪を後ろに撫でつけ、きっちりした黒いスーツに黒ネクタイ、それに黒いサングラスをかけている。均整の取れた逞しい身体つきが、守護する対象の少女とはひどく対照的だった。
ネッドがさっそく美少女とお近づきになろうと忍び寄ってきたところを、彼はじろりとサングラスの目で睨みつけ、気の弱い兄をたちまち退散させる。
顧問弁護士らしい男はなかなかハンサムだったが、まじめそうな四角い眼鏡をかけ、葬儀直前の場所だというのに紺と白のストライプの背広を着ており、その下のクリーム色のＹシャツはひとつボタンをかけ違えていた。
「あの、すみません、突然のことで」シェリルはしどろもどろに呟いた。「とにかく、ええと、別室でお話をお伺いしてもよろしいですか？」
立会い弁護士は頷いた。
シェリルはきびすを返しかけ、思い出したようにまた彼女を振り返る。「ああ、そうそう、お名前はなんとおっしゃるの？」
彼女はちらと顔をあげたが、ためらったように口をひらかなかった。
代わりに若いほうの弁護士が応える。「クラウディ・ストライフ。母方の姓を名乗っていますのでね」
「そう」シェリルはにこりと微笑んでみせた。「よろしくね、新しい妹さん」