１
ちびは首を絞められ、苦しそうだった。
きゃっきゃっとはしゃぎながらドラゴンに暴力を振るっているのは、ほんの二、三歳ぐらいの幼児だ。
ザックスはドアをあけたまま立ちつくし、さりげなくミニドラゴンの鼻を摘まんで炎を吐かせないようにしながら、幼児を膝に坐らせて手紙を読んでいるクラウドを見つめた。
「おい」
「お帰り」
「そのガキ、なに？」
「預かった」
ああ、子守りね。ザックスはドアを閉めた。「でもよう、ベビーシッターは相手の家でってのが原則だろ」
「うん、でも、相手の家わからないし」
「は？」
クラウドは手紙をひらひらかざした。「預かってくれって書いてあるんだ。名前はセルフィだって。ただ、何日預かればいいのかわからないんだけど」
「それは捨て子っていうんだよ」
「ドアの前に置いてあったぞ」
「捨ててあったんだ！」
「じゃあ、拾ったもの勝ちだな」クラウドは子どもを抱きあげ、頬ずりした。「おれのもんだ」
「そうじゃねえだろ！ 交番に届けろ！」
「財布じゃないんだから」言ってから、クラウドはちょっと眉を寄せた。子どもがぐずって彼を蹴飛ばしはじめたからだ。「あれ、抱かれるの嫌い？ ああ、なんだ、まだちびと遊びたいのか」
クラウドが放してやると、子どもはさっそく、とことことちびを追いかけはじめる。
「だからよ」ザックスは、あちこち物を蹴り散らかしながら逃げまわるミニドラゴンを同情的に見つめた。「迷子と同じで、そういうのは官公庁に任せろっての。まったく、親も親だよな」
「なんか事情があるんだろ」クラウドは言って、また手紙に視線を落とす。「でもさ、ザックス、おれたち、なんでも屋じゃなかったか？」
親探しでもするつもりかよ。「探偵じゃないからな。それに、誰が報酬払うんだ」
「たまには無料奉仕だっていいだろ」
「おまえはいつも無料奉仕だろうが！」
「報酬もらってないわけじゃないぞ」クラウドは記憶を掘り起こすように首を傾げた。「このあいだの飼い猫捜しは、ちゃんとキャットフードもらってきただろ。ちびは食ってくれなかったけどさ。あと、あのストーカー退治の依頼が……ああ、そうそう、ああいう依頼って、セフィロスいると便利だよな。電話にあいつが一度出るだけで、きれいさっぱり解決するんだもん」
あいつはクラウドにくっついてくるやつを退散させるのに慣れてるからな。「とにかく、捨て子の親探しなんて、ともすれば余計なお節介になりかねねえんだからよ」
「じゃあ……」
言いかけるクラウドを先制し、ザックスはチョコボ頭を殴りつけた。「だめ！」
「まだなにも言ってないだろ」
「どうせ、うちで育てようとか言うつもりだったんだろう」
クラウドは驚いたように目を丸くする。「よくわかったな」
「わからいでか」ザックスは深々と溜息をついた。
そしてクラウドの正面に坐りこむと、さっそく説教を始める。「いいか、子ども育てるってのは並大抵のことじゃねえんだぞ。遊ぶだけ遊んで、飽きたら親に返すってのは祖父ちゃん祖母ちゃんの特権だ。また、成人まで食わせて、着せて、学校行かせりゃいいってもんでもねえ。甘やかして、いい子いい子してりゃいいってもんでもねえんだ。わかるか？」
クラウドは眉を寄せた。「甘やかさず、厳しく育て、食わせず、着せず、学校にも行かせず？」
「ちっがーう！」ザックスは頭を抱えた。「そうじゃなくて、子どもを一人前に育てるってのは、いわば自分の全人生を賭けたライフワークなんだ。てめえの知ってることを教えてやりながら自分で学ばせ、遊ばせ、彼女の人生を自分で見つけさせるんだよ。難しいの。めっちゃくちゃ難しいことなんだ」
クラウドは複雑な顔で腕を組み、首を捻って考えこんだ。「わかった、そんなに知ってるなら、ザックスに任せればいいんだな？」
「違うんだってばよう……」
テーブルに突っ伏して泣きはじめたとき、セフィロスが工具箱といっしょに帰ってきた。「未亡人のところの家電をどうにかしてくれ。彼女が使っていると壊れて、俺が行くとけろりとしている。あれは仮病というものだな」
機械が、んなことするわけねえだろ。むしろ、仮病使ってるのは未亡人本人だ。
セフィロスはおもむろに部屋を見まわした。駆けずりまわっているちっこいのを二匹見つけたらしく、大きく眉を寄せる。「クラウド、どうしておまえには赤ん坊がついてまわる」
「あんたと違って人徳あるもん」
「ほほう、モンスターだけかと思ったぞ」セフィロスは呟き、工具箱をテーブルに放り出すと子どもを拾いあげた。
途端に、ちびドラゴンの尻尾を持ってぶらさげていた子どもが、そのドラゴンでセフィロスの顔面をはたく。
セフィロスは子どもを両手で持ちあげたまま、しばらく凍りついていた。
「子ども相手にメテオ使うなよ」クラウドが釘を刺す。
セフィロスは代わりにちびをいじめることにしたらしい。ドラゴンをぶらさげてぶんぶんと振りまわしてみせると、子どもがきゃっきゃっと手を叩いて喜んだものだ。
ああ、ちび、可哀相に。いちばんの被害者だな。
「もう、勝手にしろ」ザックスは脱力感をおぼえながら立ちあがり、自分の部屋へとあがっていった。