１
剣をしっかり背負い、中身がほとんど空(から)になったボストンバッグを両手でぎゅっと抱きしめ、左足にちびをぶらさげながら、クラウドはゆっくりと右足を床に伸ばした。
まず、爪先がつるつるの硬い床に触れる。
そして慎重に踵をおろし、体重を移動する。
足裏が全部くっついた。
クラウドは細く長く安堵の吐息をつく。「よし、大丈夫だ」
「いいかげんにしろよ！」ザックスが彼の頭を蹴り出し、うっかり気を抜いていたクラウドはむこうの壁まですっ飛ばされた。
「もう、重力はあるんだって何度説明したらわかる。このルナサイドベースはちゃんと遠心力で普通に歩けるようになってるんだよ！」
「そのとおりだ」セフィロスがぼそりと呟く。
だが、ザックスは英雄のほうにも怒鳴りつけた。「そう言いながら、あんた、さりげなくドアにしがみついてるんじゃねえ！」
「いや、こういうものは理屈どおりにはいかんのだ」
「いいから動けよ。クラウド、いつまでそのままでいるつもりだ？」
クラウドは両手を広げて壁を抱きしめていた。
「さっさと移動しろ、ぐずぐずすんな！」ザックスはその彼の襟首を掴み、ずるずると引きずりはじめる。どうやらセフィロスは髪の毛をひっぱられ、しぶしぶついてきているらしい。「まったく、この最凶コンビは変なところで役立たずになりやがる」
「おれたち、繊細なんだ」
「そうとも」
「モンスターだって信じねえよ、そんなの」
「ちびは信じてくれるよな」ザックスにぶらさげられたまま、クラウドは自分の足にしがみついているミニドラゴンに頷きかけた。
こくこくと、なぜかあせったように頷くちび。
そんなに必死に同意しなくても……たとえ反論したところで、問答無用にブリザガ浴びせることはしないよ。たぶんな。
……あれ？
クラウドはセフィロスのほうへ顔を向けた。「あんた、魔法使える？」
セフィロスは立ち止まり、ザックスから髪の毛を取り返しながら眉を寄せる。「あたりまえだ――むっ？」
「だろ？」
「なんだよ」ザックスがクラウドの襟を放し、振り返ってくる。
クラウドは立ちあがって訴えた。「魔法がないんだ」
「厳密に言えば、ライフストリームがひどく遠いということだな」セフィロスが腕組みをする。
「道理で不安なはずだよ」クラウドは頷いた。「だからさ、さっさと帰ろうよ」
「ちょうどいいじゃねえか」ザックスは意地になったように言う。「このさいおまえら、たまにはおとなしくしてろ。魔法も召喚獣も禁止だ」
「そんなあ」
「使えねえんだろ？」
「そこは根性で」
「根性で魔法を使うな。ちびっ子が真似するだろうが」セフィロスが呆れたように呟く。
「ちぇっ」クラウドは項垂れた。
それにしても、星からちょっと離れただけでこんなに居心地が悪いとは思わなかった。「おれ、もしかしたらライフストリーム中毒かなあ」
「もとから魔晄中毒だろう、おまえは」セフィロスが辛辣に突っこむ。
「やかましい」彼の顎に拳を叩きあげたものの、クラウドは訝しげに眉を寄せた。「ちくしょう、力も入らないじゃないか」
「なんだよ、そりゃ」ザックスが振り返ってくる。
クラウドは本格的にむかむかしてきた。「なんか、おれ、気持ち悪い」
セフィロスとザックスが顔を見あわせ、それぞれまたクラウドを見つめてくる。
「おまえが乗物酔い以外で具合が悪くなるとは」
「っていうか、ジェノバ入りでどうして気分が悪くなるんだよ」
「うるさいな。悪いものは悪いんだよ」反論するあいだにも小刻みな眩暈に襲われるクラウドだった。
まじめにまずいよ、これ。
どうなってるんだ？