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「晴らせぬ恨みを晴らしてくれるという、闇のチョコボ始末人をご存じありませんか」
ザックスは思わず、目の前の黒髪巻き毛の女性を失礼なほどじっと凝視したものだ。「……は？」
昼下がりのショッピングモール。味気ない端末店舗の並ぶ通りではあるが、さすがにカフェは出そろっている。いくら商品宅配スタイルが主流のエスタ市場でも、コーヒー一丁、端末入力で出前なんて喫茶店の価値ねえもんな。
そのカフェでザックスは、一昨日からおつきあいを始めたＯＬとお茶をしていたのだ。
彼女はもちろん美人だった。つやつやの黒い巻き毛は手入れが行き届き、結構ナイスバディだったりするし、なにより、緑とも青ともつかない、どこか懐かしい色のふたつの目が非常に魅力的。
しかし、いま彼女は青い顔を俯かせ、眉間に縦皺を寄せて苦悩も新たに震えはじめていた。「その始末人、お金さえ払えばなんでもやってくれると聞きました」
「その……」ザックスはチョコボと聞いた途端に思い浮かべた少年の顔を必死になって頭の中からかき消しながら、ようやくのことで声を絞り出した。「あんたに殺したいほど恨んでるやつがいるとは思わなかったけど」
「以前の恋人なんです」彼女は俯いたまま呟く。
うう、ここで捨てられたのかなんて訊けやしねえし、どうするよ。だいたい、チョコボ始末人ってなんだ？ そりゃ、おれらなんでも屋は、なんでも引き受けるって看板しょってるけどよ。
「あの人……とても優しくて、つきあいはじめた頃は本当に優しくて、気前よくて、いろんなもの買ってくれた」
「いや、おれも買ってやってると思うけど？」ザックスは彼女の手首に嵌まっている青い石の並んだブレスレットを見つめた。
彼女はどうやら自分の思い出の世界に浸っているらしい。「あの頃は幸せで、幸せで、とっても幸せで……でもあの人……」
いよいよ本題かな。ザックスは声が細くなっていく彼女のほうへと身を乗り出した。
「でも、あの人」彼女はぱっと顔をあげると、いきなり大声で叫んだものだ。「わたしの肉まんを食べたんです！」
ザックスは鼓膜が破れたショックで、なにを聞いたのかわからなくなった。
「それも、ただの肉まんじゃないわ。トラビアの老舗でしか売っていない、一日限定生産二十個の貴重な肉まんを！」彼女はおいおい泣き出した。
「………………あ、そう……」てか、エスタって確か国境封鎖してたよな。いわば鎖国してるわけで……なんでトラビアの、日持ちもしない肉まんが手に入るんだ？
いや、問題はそんなことじゃなくて、肉まんが……いや、違う、チョコボ始末人の話ってどうなってるんだってことで……いやいや、その前に、肉まんひとつで始末してくれって彼女のモラルをちょこっと直すべきかもしれない。自信ねえけど。
「あのよ、ちっとばかり落ち着いて考えてみねえ？」ザックスは猫を撫でるような気持ちで囁いた。「肉まん一個と人の命と、秤にかけられるもんじゃねえと思うんだ」
「ザックス、同情してくださらないの？」彼女は顔をあげ、潤んだ目で彼を睨みつけてくる。
「いや、その……」ザックスは困惑して髪をかきまわしたあと、急いで手を振った。「つまりさ、充分にその元カレと話しあったうえ、肉まんに見あうだけのもの買ってもらえばいいじゃねえか」
「そんなことで、わたしのこの悲しみは消えないわ」
頼む、消してくれ。きれいさっぱり忘れてほしい。
彼女はまたテーブルに突っ伏した。「やっぱり、誰もわかってくれないんだわ。あの肉まんがどれほど貴重だったか、わたしがどんなに絶望しているのか、ちっとも理解しようとしてくれない。わたし不幸だわ。あの彼は、いまも幸せに過ごしているのかと思うと……」
さらに大声で泣きそうな気配に、ザックスは慌てて彼女の肩を揺すった。「わかった、わかった、心あたりあるからさ。探してみるって」
「ほんと？」彼女はくすんと鼻をすすり、希望の灯がわずかに点った目で彼を見あげてくる。
「ほんと、ほんと」
「嬉しい」彼女は涙を拭い、左手をあげてみせた。「始末人へのお礼は、このブレスレットで大丈夫かしら？」
いや、それ、おれがプレゼントしたものだろ。
ああ、ちくしょう……この彼女ともおさらばか。可愛い子なんだけどな。まさか、こんな極端な性格だったとは。
ザックスは、彼女には二度と会うまいと決めた。