Cloud's shop

１

　目の前にはクラウドが大剣を構えて立っていた。
　ニブルヘイムを焼いたあの日からそうしているように、まっすぐ清冽な青い目で。
　セフィロスはそのつど、どうあがいても力ずくでは手に入らないものがあるのだということを思い知らされる。
　それでも、ねじ伏せ、支配しようとしてしまうのは、ソルジャーの特質か、それともセフィロスという存在がそうできているのか。
　強大な力を見せつければ見せつけるほど、あれは同様の強さを身に着ける。
　まさに星そのものだ。自然のサイクルの反作用的な調和力。
　俺は決して手に入れられないものを手に入れようとしている。
　わかっている。
　わかっているが、俺という存在はそういうものなのだ。
「いいのか？」クラウドがまっすぐ見つめてくる。
　おまえを……星を手に入れ、俺は神になる。
「ほんとに？」クラウドは眉を寄せた。「おれ、こんなに小さいのに」
　確かにおまえは小さいが、しかし……む？
　クラウドは本当に小さくなっていた。子どもになったわけではなく、そのままミニサイズになって彼の足もとから一生懸命見あげてきているのだ。
　セフィロスは屈みこんで彼を両手ですくった。
「おれ、こんなに小さいのに」クラウドが繰り返す。
　なぜこんな姿になっているのかと疑念がよぎらないこともなかったが、セフィロスは首を振った。「いや、いいのだ。このままでいてもらいたい。懐に入れて持ち歩くのに便利ではないか」
「だって、おれ」
「いいのだ、俺がそうしたいのだ！」セフィロスは我ながら、なにをそう必死になっているのかと思いながらも力強く言い聞かせた。「俺がおまえを持ち歩いていたいと思っているのだから」
　……？　俺はなにを言っているのだ？
「ほんとに？」クラウドがまるで泣き出しそうに顔をしかめる。
「本当だとも」セフィロスは大きく頷いた。
「おれがチョコボでも？」
　手のひらの感触は、いつのまにか暖かいふわふわの羽毛だった。
　茫然と見つめれば、クラウドは羽毛にくるまれ、頭以外はすべてミニサイズのチョコボになっているではないか。
「おれ、こんな小さいチョコボになっちゃった」クラウドはうるうると目に涙を浮かべる。
　セフィロスは悲鳴をあげた。
　だが、現実には無言のまま、彼はがばっと飛び起きたのである。
　ちゅんちゅんとなにやら楽しげに鳴き交わすスズメの声を窓の外に聞きながら、セフィロスは何度も深呼吸した。
　射しこむ朝日の眩しさはいつもどおり。早朝のダウンブリッジは清々しい空気と平和な静寂に包まれ、本日も晴れの予報。
　しかし、セフィロスはパジャマの襟をかきあわせるようにして、喉もとをこすりながら身震いした。
　もちろん寒かったわけではない。再生体といえどもジェノバ入り、風邪をひくはずもないのだ。それなのに悪寒が止まらない。
　なぜあんな夢を見たのだろう。あれは悪夢と言ってもいい。
　いや、確かにチョコボになったクラウドは可愛いのだ。手乗り訓練させ、常に肩に載せて歩きたくなるほどに、思わず独占して思う存分遊びたくなってしまう。いま落ち着いて考えれば、夢の中とはいえ、ぜひとも俺はそうすべきだったのだ。
　それなのに、なぜ恐怖に青ざめたのだろう？
　天地がひっくり返ってもそれだけはいやだという、あの本能的な嫌悪感はいったいなんだったのだ。
「だめだって言ってるだろ！」
　朝の冷たい空気を貫くようなクラウドの声がドア越しに聞こえてきた。
　セフィロスは思わず眉を寄せる。あれはかなりいらついている声だ。普段から中身ごとチョコボ頭のあいつからは滅多に聞けない抑揚だった。ということは、相手はザックスではないだろう……このあいだ飯炊きに雇った新人か？
　セフィロスはいつもの黒コートをひっぱり出して手早く着込むと、気配を抑えながら事務所に出た。
　クラウドが怒鳴った相手はキロスだった。黒い肌に縮れ髪を細い二本の尻尾のようにして編みこみ、身体にぴったりした革スーツを着た変な格好の男だが、れっきとした大統領補佐官である。顔なじみ以上に親しい友人とも言うべき男だった。そういった相手なのに、クラウドはなにを怒っているのだろう。
　セフィロスはちびドラゴンにも悟られないほどに気配を消し、様子を窺おうとした。
　だが、クラウドは敏い。じろりとこちらを見たと思うと、キロスの襟を掴んで押しこむようにドアのほうへと移動する。
「クラウド」セフィロスは声をかけた。
　初めてセフィロスの存在に気づいたらしいキロスがぎくりとしたように振り返るが、クラウドはこちらを見もせずに大統領補佐官を外へ放り出す。
　同時に自分もドアのむこうへ進みながら、クラウドはさっと手を振った。「ちょっと出かけてくる」
「俺に聞かせられない話か」
「そのとおり」
　ちっ……はっきり肯定するとはな。セフィロスは舌打ちをこらえた。これでは、あとをつけて盗み聞きなどできんではないか。ばれたときの報復は、あいつの朝食を横取りしたとき以上のものになる。
　ほどなくしてバイクのエンジン音が聞こえ、それはすぐに駆け去っていった。完全に姿をくらまされるな、これは。
　セフィロスは台所を覗きこんだ。そこでは黒い服に黒眼鏡をかけた男がエプロンを着け、フライパンを握っている。調理台の上には汚れたボウルと何枚にも重ねられたフレンチトーストの大皿が載っており、シンクの隅には卵の殻が山と積まれていた。
　男の足もとでは、ちびドラゴンがぱたぱたと小さな羽を上下させながら、興味深そうにキッチンの上を覗こうと背伸びしている。
「おい」セフィロスはひと声かけた。
「俺はなにも聞いてねえよ」飯焚き係――レイザーだと名乗ったように憶えているが、もしかしたら違うかもしれない――はすぐさま応えた。
　ふむ、なかなか気のまわるやつだ。こちらの質問を先取りできるとはな。「だが、聞こえてはいたのだろう」
　レイザーはちょっと焦げたフレンチトーストをフライパンの中でひっくり返してから、指でサングラスを押しあげる。「名詞だけはな」
「それで？」
「護衛」
「それから？」
「調査」レイザーはむっつりと言った。「あとは、ザックスに話したらガルセマキラをけしかけてやるとチョコボが」
　ザックスにも秘密のことだと？　ますます気になるではないか。
　あのサルは数日前から、シェリルとかいう女子大生に引きずっていかれて留守にしていた。魔女記念館をめぐるツァーだとかで、ザックス自身は憂鬱そうだったがな。
　レイザーはコンロの火を止めてからフライパンを逆さにし、トーストのビルディングをもう一階ぶんつけ加えた。それからフライ返しでそれを指し示す。「俺としちゃ、朝から叩き起こされて苦労してこんだけ作ってやったのに、いったい誰が片づけてくれるのかってことが問題なんだ！」
　叩き起こされたと言うが、それほど非常識な時間ではない。そもそも、クラウドは意外に朝が早いのだ。いや、規則正しいと言うべきか。
　本人はあれほど人間離れしているというのに、平和な田舎村の年寄りのように、毎日毎日、同じ時間に起き、同じ時間に食べ、同じ時間に就寝。どこぞの健康雑誌に、『五百歳まで長生きしよう』と推奨生活プログラムとして紹介できそうなほどだ。
「もう、俺はメシなんか作らねえからな！」飯焚き係のくせに黒眼鏡はそう叫んだ。「金輪際作らねえ。勝手に飢えやがれってんだ！」
「言っておくが」セフィロスは静かに言った。「あれが飢えることはない」
「しょっちゅう餌くれって鳴いてるじゃねえかよ」
「あれは食うことが好きなだけで、食うことが必要なのではないのだ」
「……よくわからねえんだが」
「規則正しい生活同様、人間のやることを真似してやっていると、あれは幸せなのだ。だからやる。それだけのことだ」
「真似って……やっぱり……人間じゃねえのか」
　そう、チョコボなのだと頷きかけ、セフィロスは今朝見た夢をフラッシュバックさせてしまった。途端に、ぞくりと背中に悪寒をおぼえる。
　これはいったい、なんの予兆なのだ？