Cloud's shop

「動くな！」
　ザックスはカップヌードルの麺に食いついていたところで、その声に扉口を振り返った。セフィロスも七味の小袋をあけようとしていたところだ。ちびドラゴンはその肩の上でおすそ分けを待っている。
　それはなかなか頑丈そうな身体をした男だった。銃を持っている。
　ザックスもセフィロスも思わずきょとんと動作を止めてしまったのは、その腕の中にクラウドがいて、おとなしく銃口を突きつけられていたからだ。
「動くな」男は繰り返した。「手に持ってるものを置いて床に伏せろ、ちくしょう」
　いや、おれら、さっきから動いてねえけど……あんまり意外すぎて、なんも反応できてねえんだよ。クラウドだっておそらく、いきなりのことで、なにが起こってるんだかわかってねえみてえじゃねえか。
　だいたいおまえさん、おれらの持ってる箸が武器だとでも思ってるのか？　ごく普通の割り箸だぞ、これ。べつに合金でできてるとか、仕込み針があるとか、そんなもんでもねえってのに、なにをそう、びくびくしてるんだよ。
「さっさとしろ、この女の命が惜しければな！」
「馬鹿め」セフィロスが呟くと同時に、男は彼らの頭上を飛び越え、奥の壁に叩きつけられた。
「誰が女だ！」クラウドが声を限りに叫ぶ。
　ついで立て続けにフレア、アルテマ、メテオと派手な魔法ばかり炸裂しかけた。もっとも、クラウドが放つそばからセフィロスがわざわざ中和してくれるおかげで、ことごとく未発に終わっている。
　そうそう、家ん中でそういう魔法はいただけねえよな。せいぜい、トードとかミニマムぐらいにして――
「シヴァ！」
　冬の女王がブリザードを投げつけている横で、ザックスは凍りついたカップラーメンを見つめた。
　セフィロスが氷のかたまりになったカップうどんを背後に放り投げる。そのコートの内側にちびドラゴンが慌てて潜りこんでいた。「すまんな、召喚獣ばかりは抑えられん。せいぜい、あの迂闊な男が凍死しないよう、シェルを張ってやるだけのことしか俺にはできん」
　しかし、狭いなんでも屋の事務所内でブリザードが吹き荒れている図ってどうよ。
「いいかげんにしろ！」ザックスはカップラーメンをクラウドに投げつけた。ごつ、と結構大きな音がしてチョコボ頭がぐらりと傾く。
　あ、倒れた。
　ザックスはまばたきし、投げた姿勢で動きを止めた。
　シヴァが消え、圧倒的な冷気も徐々に薄まっていく。
「クラウド、おおい？」ザックスは呼びかけてみたが返事はない。
　そのあいだにセフィロスが迂闊な強盗に近づいて、そばにしゃがみこんでいた。「この家に押し入るときは、防弾、防火、防寒服にヘルメットをかぶり、生命保険をかけておかなければならないと、裏社会でもかなり有名な話だが、知らなかったのか？」
　男はぶるぶると首を振った。「おれはただ金が欲しかったんだよう。会社くびになって、養わなきゃならねえ娘が四人に息子が五人、年取った両親が十人ぐらいいて……」
「ほほう、なかなかの大家族だな」
「騙されてんじゃねえよ、なんで親が十人もいるんだ、馬鹿」
「なるほど、口先三寸で逃げようという魂胆だったか」どうやらセフィロスが正宗を取り出し、強盗の首筋に当てたらしい。
　ザックスは見逃してくれと叫ぶ強盗の声を聞きながらクラウドを助け起こした。「おおい、クラウド？　なにふざけてんだよ。腹減ったか？　それとも電池切れか？」
　しかしチョコボ頭は揺すられるがまま、上下前後にがくがくとするだけだ。
　ザックスはばたりと彼を落とした。セフィロスを振り返る。「まじに目を覚まさねえよ」
　セフィロスがこちらに注意を向けた途端、強盗が飛びあがって悲鳴をあげた。
「なにを騒いでいる」セフィロスは強盗を踏みつけた。「少し手が滑って首の皮一枚切れただけだろうが」それから彼はあらためてこちらに目を向けてくる。「起きているではないか」
「へ？」向きなおれば青い目がじっとザックスを覗きこんでいた。「なんだ、気がついたのか。おれはてっきり打ちどころが悪かったかと」
　ぼー。としているようにしか見えないクラウド。
「クラウド？」
　ぼー。
「おおい？」
　ぼー。
「チョコボ頭のクラウドちゃん？」
　ぼー。
「だめだ、やっぱりおかしい。チョコボと言われて、こいつが殴らないなんて」
　どうなってるんだと再びセフィロスに顔を向けたとき、ザックスはいきなり羽交い絞めにされた。
　いや、抱きつかれたのだ。クラウドに。
　腕の下に潜りこみ、胴に両腕で絡みつき、チョコボ頭をすりすりしてくる。
「ザックス」セフィロスがちらりと鬼気を発した。「なにをしている」
「おお、おれじゃねえ、クラウドが……うひゃひゃ、くすぐるな、やめろ」
　ザックスは転げまわり、クラウドはさらに彼に絡みついてくる。ああ、やめてくれ、セフィロスの鬼気がどんどん大きくなってきてるって。気の毒に、強盗さま、すっかり動けなくなってるじゃねえか。しかも、ちびはセフィロスの懐から抜け出して、あっというまに壁の穴に潜りこんでっちまうし。
「ええい、離れんか！」セフィロスが彼らを引き離そうと手を伸ばしてくる。
　がぶり。
　………。
　………。
　セフィロスの手はクラウドの歯のあいだにあった。
　なんかさ、どっかで見たような。
　三人はそのまま、しばらく無言で動きを止めていた。

＊＊＊

　クラウドは記憶喪失になった。
　そんな馬鹿なと思うのだが、何千年もの記憶がどこかしらにしまいこまれてしまい、すっからかんに忘れていたはずの幼児の頃に戻っちまったんだな。
　ライフストリームだのジェノバだのと、精神領域（らしき）分野には強い彼らでも、個々人の脳の仕組みなんてのは理解の範疇外だった。したがって彼らは迷わず、唯一知っている精神科医のところにチョコボを引きずっていったのだ。言わずもがな、オダイン博士である。
　おじゃるはクラウドに咬みつかれながらもその天才を披露してくれた。「ちょっとした接続不良みたいなものでおじゃるから、一週間もすれば治るでおじゃるよ」
「本当か？」セフィロスがオダイン博士の視界いっぱいに覆いかぶさるように立ちふさがった。
　しかしその博士の服を咬みちぎっていたクラウドが、うるるとセフィロスに唸りつけ、銀の英雄は泣きそうになりながらあとずさったものだ。
　ザックスは溜息まじりに缶詰をあけた。確か子どもの頃は、このオイルサーディンが好物だったように思うんだが……。
「ほーれ、ほれほれ、クラウド」ザックスは彼に見えるように缶詰を振ってみせた。
　しかしクラウドは缶詰に見向きもせず、それでもザックスのほうへ飛びかかってじゃれついてくる。変だな。食いもんじゃねえのか。
「なぜザックスに懐いて、俺には懐かんのだ？」セフィロスは博士の襟首を掴みあげ、ぶらさげて揺すった。
「オダインには狼の思考はわからんでおじゃるよ」
「狼？」ザックスはチョコボ頭を撫でてやりながら顔をあげた。
「一連の反応テストから、犬科、それも野生育ちの、むしろ狼に近いものがあるでおじゃる」
　ザックスはセフィロスと視線を交わした。
「そんな馬鹿な」ザックスは眉を寄せた。「いくらこいつが動物的本能が強いからって」
「そうとも、むしろモンスターだと言われたほうが納得できるぞ」
「いや、それも違うだろ」ザックスは慌てて手を振った。その途端、クラウドが何事かとあたりをきょろきょろする。
「狼の考えを持っているとして、なぜザックスに懐くのだ」
　オダイン博士はザックスのほうへと目をやった。
　セフィロスも振り返ってくる。
　やがてふたり同時に頷き、またもとの姿勢に戻った。
「いや、つまらん疑問だったな。見た目の問題か」セフィロスは博士を床におろした。
　おじゃるはデスクからまたデータファイルを取りあげる。「それでじゃな、どのくらいの年齢まで後退したかというと」
「そんなこともわかるのか？」ザックスはまばたいた。
「これも反応テストと、それに知能テストで簡単にわかるでおじゃるよ」おじゃるは、えへんと胸を張りながらさらに宣言した。「もっとも言語がまるでなっておらんでおじゃるから、はっきりとは断言できんが、だいたい三歳程度じゃな」
　三歳！　三歳児のクラウド！　ザックスは膝の上に乗りあがってとろとろ眠りかけている彼を見おろした。
　あの頃の幼児って、やたらと走りまわり、奇声を発し、悪戯もするんだよな。反抗期で、やだやだと言っては手足をばたつかせ……なんだ、あんまり変わらねえじゃねえか。
「三歳というと」セフィロスが顎を撫でながら唸った。「アルテマをマスターしてもいい頃か」
「するかよ！」

＊＊＊

　セフィロスは丸一日をかけてクラウドを懐かせるのに必死になっていた。
　猫撫で声を出し、おいでおいでをし、手を叩き、いっしょに四つん這いになって向きあっては顔をひっかかれ……ああ、天下の英雄がなにやってるんだか。
　しかし問題は案外、簡単に解決したものだ。夕飯のスペアリブを買ってきたセフィロスにクラウドが飛びつき、さんざん咬みつかれてねだられたすえ、生のままだがまあいいかと、馬鹿英雄が与えてしまったのだ。
　おかげで、どうやらクラウド狼は餌付けされたらしい。きれいに舐め取った骨をさらにはぐはぐしながら、おとなしくセフィロスの膝の上で彼につむじ探しをさせていた。
「おい、あんまり構うと、あとが怖いぞ」
「やかましい、こういう機会が今後いつ訪れるかわからんだろうが。いまのうちに充分堪能しておかねば」セフィロスは鼻歌でもうたいそうなほど嬉々として赤いリボンを金色の髪に巻きつけていた。
　頼む、やめてくれ。ザックスは目を逸らした。似合いすぎて正視してられねえよ。
「ほらほら」セフィロスはもう、有頂天だ。「ほっぺたでも、おでこでも、キスし放題だ。こいつがこんな子どもだとは思わなかったな」
　やめとけってのに。「ところでおれら、いままでなんにも疑問に思ってなかったけど、こいつ、どういう幼少期を過ごしてきたんだ」
「さあ、俺も聞いたことはなかったな」
「確かに神羅時代にはさ、野生児だ赤ん坊だってからかってたけどよ……そういや、咬み癖があったな」
「俺は咬まれたことなどないぞ」
「さっき咬まれたくせに」
　投げつけられる肉のパックを避けてから、ザックスは自分の腹をさすった。「で、おれらの夕飯は」
「こいつの腹の中だ」
「甘やかすなよ」
　そんなわけで、クラウド狼はとにかく手がかかった。
　放っておけば、ちびドラゴンはもとより、近所の野良猫、野良犬に喧嘩を売りまくるし、通りすがりの人間には警戒まる出しだ。
　調理した肉には見向きもしないうえ、皿やナイフまで食おうとする始末。
　夜はベッドに入ってくれず、床の上で丸くなって、足音ひとつ立てればすぐにぴくりと起きやがる。
　風呂に入れようとすれば殴る蹴るで力いっぱい抵抗してくれるから、セフィロスとふたりがかりで沈めて押さえつけ、溺れさせないことにはおとなしくならなかった。
　なにより、赤ん坊みたいにはいはいでちょろちょろ移動されていると……ああ、ちくしょう、早くもとに戻ってくれよ。
　ザックスは収支帳簿を前に泣き伏した。
「だめだ、ここ数日、仕事どころじゃねえし、肉ばっか買わされて、どんどん貯金が減っていく」
「そんなに逼迫しているのか」セフィロスがクラウドにじゃれつかれ、肩車にしてくるくるまわりながら訊ねてくる。
「いや、今日明日に食いあげることはねえけどよ」ザックスは溜息をついた。
「ふむ、俺もそろそろ、この無邪気な赤ん坊をあやすのも飽きてきたところだ」
「あんたがクラウドについて飽きるということがあるのか」
「自分でも不思議なのだが、本当にもう、悪戯しようという気が起こらんのだ。もっとも、これまでやりたいと思っていたことをひととおりはやってみたのだがな」セフィロスはクラウドにかじられながら指を折っていった。「リボンもラッピングも満足の出来だったし、風呂でアヒルと遊ばせてみたし、くすぐるのも試してみた。あまり反応してくれなかったがな。セーラー服はさすがにまずいと思って自重したが」
　ああそう。
「ただな」セフィロスはカルシウム配合のジャーキーを取り出し、それで誘導しながらクラウドを床におろした。「なにをしても殴りつけてこんのだ。馴れれば馴れるほど張りあいがなくなってな」
「そりゃそうだ」ザックスは頷いた。「そいつはクラウドであってクラウドじゃねえんだよ。まあ記憶が戻るまで我慢しろ」

＊＊＊

　その日、ザックスがしばらく構ってやれずに拗ねていたちびドラゴンに餌をやっていると、「こんにちは！」と可愛らしい声が、複数のトーンで同時に事務所の中へ飛びこんできた。
　顔をあげてみれば入口に数人の女の子が立っている。「こっちでクラウドに会えるって聞いたんですけど！」
　ザックスは頭の上に疑問符の風船を膨らませた。「会えるって、どういう意味だ？」
「おお、こっちだ」と応えたのはセフィロスだ。
　彼はちびドラゴンをひっ掴み、クラウドを担いだまま、彼女らを促がして外へ出ていく。
　なにやってるんだと閉まった扉を見つめていれば、そのむこうから、「かわいー」だの、「あたしも、あたしも」だのと、はしゃぐ声が聞こえてくる。
　本当になにをやってるんだ。
　そう眉をひそめたとき、電話が鳴った。出てみればラグナだった。
『おい』と大統領は、なにかを恐れるように潜めた声で囁いてくる。『いつからクラウドを売るようになったんだ。ってか、あのチョコボがどうしておとなしく商品にされている？』
「なんだよ、そりゃ」
『知らねえのか？　おまえさんのCloud's shopで期間限定でやってるじゃねえか』
　ザックスは受話器を持ったまま、慌てて端末を立ちあげた。

Cloud’s Shop
会員特別限定企画！

あなたもクラウドの飼い主になってみませんか
金色のチョコボ頭、青いつぶらな瞳☆☆

あのクラウドが、いまならおとなしくペットになってくれますｖ
頑丈さは保証つき。落としても投げても大丈夫！
番犬ににもならないほどのおばかさかげんが、また愛らしいｗｗ
あの金色ふわふわ頭が、スペアリブ一本でさわり放題！
ぜひ、つむじ探しに挑戦してみよう！

レンタル料、二時間500ギル
（ちびドラゴン込みサービス価格・エサ代別途）

　ザックスはたちまち氷の滝をバックに背負った。
　焦点の合わない目で無邪気な笑い声が聞こえてくるドアを虚ろに見つめる。
　なあセフィロス……忘れていないか。
　おじゃるが言ってただろう。
　一週間もすれば治るんだぞ。
　人格交代性の記憶喪失とは違って、クラウド、しっかり憶えているんだぞ。
　あんた、自分で地雷拵えて自分で踏んでるってことに、どうして気がつかねえんだ。
　受話器からラグナの、やはりその後を非常に懸念する声が流れてくる。『なあ、こんなことして本当に大丈夫なんだろうな？　あのチョコボが暴れたら、このエスタ、どうなるんだよ』
　ザックスにはなにも応えられなかった。
　扉の外からは女の子たちの幸せそうな声が聞こえてくる。
　ザックスは受話器を片手に、ただひたすら立ちつくしていた。

Ｃ：　Well?
Ｓ：　I was happy....
Ｚ：　As you sow, so shall you reap.

THE END.

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