Cloud's shop

「スコール、おれのこと好きか？」
　クラウドは小さな幼児と真正面から相対し、真剣な顔で訊ねていた。
　スコールは無表情に立ったまま、じっっっっっっ、とチョコボ頭を見つめている。
　やがて、「しゅき」と興奮もなく応えたものだ。
「よし」クラウドは胡坐をかいた膝を両手でぽんと打った。「それなら、なんでセフィロスの下僕になってたんだ」
　その問いかけは、二歳の幼児にはまったく難しいものだっただろう。スコールは微動だにせず、相変わらずクラウドをじいいいいいいっと見つめている。
　そしてその彼らの世界の外側では、セフィロスが肩幅にひらいた足でまっすぐ立ち、両手を大きく広げ、セルフィとサイファー、それにキスティスと、好き勝手に自分の身体を登攀させている。「ふははは、登れ登れ、いずれこの礼はしてやるからな」
　アーヴァインとゼルはザックスに積み木の遊びかたを教えてもらっていた。小さなゼルは当然ながらいちばん不器用で、そのうえ、アーヴァインにしょっちゅう邪魔されて泣きそうになっている。
「よし、アービンは象さんの積み木持ってクラウドにあげてこい」ザックスがゼルひとりで頑張らせてやろうとアーヴァインの注意を逸らした。「え、いやか？　じゃ、セフィロスに……いや、そんなに怯えなくても……うーん、それじゃあ、イデアままだ。そうそう、ほれ、行ってこい」
　アーヴァインがぱたぱたと走って台所のほうへ行くのを見おろしながらシドは軽く溜息をついた。
　彼は出身大学が発行している教育機関誌を読むふりをしながら、家の中で繰り広げられるファンタジーワールドをそれとなく観察していたのだ。
　それはまさにファンタジーだった。でかい戦士たちが、無邪気な子どもに殴られ蹴られしながら、それでも楽しそうに遊んでいる。
　いや、遊んでいるのは子どもたちのほうなのだろうが、というか、そのはずなのだが、《遊んでやっている》というスタイルを取っているのはザックスただひとりのような気もするし、そのザックスさえ、ときどきゼルと真剣に積み木を取りあっている。
　そしてそのあいだを二足歩行の獣ムンバがちょろちょろとし、ザックスに甘え、セフィロスを蹴りつけ、クラウドにぺこぺこしている。ムンバは愛らしい縫いぐるみのような大きな目をして、毛皮もふさふさ、子どもたちとも相性がよさそうだが、ときどき、あの大きな手の大きな身ぶりに巻きこまれて子どもたちが怪我をしないかと、シドはちょっと心配だった。
　シドはもう一度溜息をついた。「子守りをしてくださるのは助かるんですが、いつまでご逗留の予定で？」
「イデアの魚料理食ってからな」クラウドがスコールを頭に載せながら言った。スコールが逃がさんとばかりに必死でチョコボ頭にしがみついている。「ラグナは来ないのか？」
「エスタの大統領はテロ騒動の後片づけで忙しくて、早々に国へお帰りになったじゃありませんか」シドは、ボールのように子どもたちを蹴りあげ、お手玉をしているセフィロスに目をやる。
　ああ、キスティス、そんなに喜んでは……調子に乗ってなにをやるかわからない人なんですよ、それは。
「さんだあ！」セルフィが叫んだ。
　ばちばちと部屋の中を雷が走り、城らしきものを完成させていたゼルのそばに落ちる。そのゼルはザックスが咄嗟に抱きあげて避難させていたから無事だったものの、城は見事に燃えあがった。
　ゼルが悲しそうにわんわん泣きはじめる。
「セフィロス、魔法使わせるなってあれほど」ザックスが文句を言った。
　セフィロスはクラウドへ責任転嫁する。「クラウド、なぜブロックしておかなかったのだ」
「え、なに、なんかあった？」クラウドは顔の上に覆いかぶさっていたスコールを引き剥がした。
　まだ泣いているゼルに、うるさいとばかりにサイファーが跳び蹴りを仕掛ける。だが暴れん坊の幼児はザックスに途中捕捉され、すぐさまクラウドにパスされ、逆さ吊りにされた。そして同様に、チョコボの手からぶらさがっていたスコールと途端に掴みあう。
「みんな仲がいいなあ」クラウドはふたりを文字どおり噛みつきあわせたまま床に置いた。「よしセルフィ、でんぐり返り」
　彼女はそのとおりにぐるりんと床を転がる。おかげで目がまわって、はにゃあ、とおとなしくなった。
　いっぽうで、ゼルはまだぐすぐすと泣きながら、それでも自分で積み木に再挑戦しはじめている。キスティスはセフィロスの髪をひっぱり、畏れ多くもあの鬼神を強引に床に坐らせるし、スコールとサイファーは取っ組みあったまま、部屋の隅までごろごろと転がっていった。
「おやつ！」と飛びこんできたアーヴァインは、ちょうど入口に立っていたザックスの足に正面衝突し、しがみついたそのままで目をまわしたらしい。
　ザックスが彼を拾いあげながら振り返った。「おやつってことは、昼寝タイムになるんだな」
　キッチンのほうからビスケットを山盛りにしたバスケットとともにイデアが現われる。「ええ、そう」彼女は頷いてから、シドのほうへと目を向けた。「ところでシド、お客さんなんですけど」
　シドは雑誌から顔をあげる。「お客？」
　一瞬にしてビスケット争奪の戦場となったリビングをあとにし、シドは玄関へと足を向けた。
　陽光を受け、眩しいほどに明るい玄関の外、お花畑を背景にしてそこに佇んでいたのは、暑苦しそうなローブをすっぽりとかぶり、大きな手をこれ見よがしに前で合わせ、にこにこと人のよさそうな笑顔を浮かべているひとりのシュミ族だった。
　シュミ族は、全体的には人間に酷似している亜人種である。とはいえ、社会通念というものはあまりなく、もっぱら自分の興味や趣味に集中し、なにかを創造することにその半生を捧げる習慣があるそうだ。成人すると変化を起こし、いま子どもたちと遊んでいる赤毛の獣――ムンバとして残りの半生を旅に費やすとか。
　この背の高い大きな男（女？）があの小さな獣に変身するとは、シドにはあまりぴんと来なかった。
「憶えていらっしゃいますでしょうか」そのシュミ族はにこにこと口をひらいた。「ガルバディアの収容所でお会いしましたが」
「ああ」シドはぽんと手を打った。「ノーグさんですね。ええ、憶えてますとも」
　ノーグというこのシュミ族は、なぜかガルバディアの収容所に囚人として逗留していて、つい先日、シドは彼と将来構築する教育施設の話をしたばかりだった。
　なにかを創造することに長けているシュミ族だが、その種類は千差万別で、彫刻や絵画、からくり機械だけでなく、組織や経済といった方面にまで興味を向ける者もいるらしい。
　このノーグは、その中でも《会社》や《財務》といったものに生きがいを見出し、お金儲けは私の趣味だと堂々と主張する変わり者である。ガルバディアの収容所で出会ったとき、ひょんなことからシドは学校を作りたいという望みを彼に話し、彼はぜひとも出資させてくれと申し出てくれたのだ。
　学校だから儲けはないに等しいかもしれないと念を押したにもかかわらず、彼は一世一代の挑戦だと大乗り気だった。
　滅多に人前に姿を現わさない、幻の民族とまで言われるシュミ族のこと。どこかの闇金融業に相談するよりは安心かもしれないと、シドは彼と再会の約束をした。
　しかし、こんなに早く訪れてくるとは思いませんでしたよ。「刑期は満了なさっていたんですか？」
「いやいや、親切な看守もおりましてね。シュミ族の村で採れる珍しい鉱石をくれれば私を解放してくださるとおっしゃったので、そのとおりにしてもらったんです」ノーグは大きな手をゆっくりと振った。
　……つまり、賄賂を贈って出てきたということだろうか？
　シドは、よく言えばおっとりとした性格だった。別の言いかたをすれば世間知らずともいう。彼は、「そうですか」とノーグを促がして家の中へと通してしまった。
　騒がしいリビングに入ると、まずクラウドがこちらへ目を向けてきた。スコールは左手にしっかりとビスケットを持ち、右手でクラウドのシャツをやはりしっかりと握っている。サイファーが蹴ろうが殴ろうが、その手だけは放さなかった。
　セフィロスがサイファーを捕まえ、その口に、「ノルマだ」と二、三個ビスケットを詰めこむ。サイファーは目をまわして、こてんとひっくり返った。
　ザックスは自分で食べようと菓子を取りあげるたびに隣にいるキスティスにぶん取られ、キスティスはお腹に入るはずもない量を手もとに溜めこんでいる。セルフィは興味深げにビスケットを分解し、アーヴァインがこぼれたそれを拾って口に入れていた。
　甘えん坊のゼルはイデアにべったりだ。ついでにムンバもそばにいて、しかし同族が訪ねてきたというのに、彼女（彼？）はノーグに近づこうともしなかった。
　イデアが顔をあげる。「このとおりですので、すぐにはお茶をお出しできませんよ」
「いえいえ、お構いなく」ノーグはまた大きな手をゆっくりと振った。「突然の客というものは、迷惑だと思われていても、もてなされることもありますが、タイミングというものがありますからね。ええ、たとえ私がガルバディアから飲まず食わずでここまで辿りついたのだとしても、お気に病むことはありません」
　イデアの微笑がわずかに曇る。お茶が欲しいのかいらないのか、判断に迷ったのだろう。
「シュミ族はお祭りのときにしか食べないから気にするなよ、イデア」クラウドが、自分はぱくぱくとビスケットを口に運びながら呟いた。
「おや、こちらはシュミ族をご存じで？」
「長老と友達だ」クラウドはもぐもぐと応える。
　シドの気のせいかもしれないが、ノーグがわずかにぴくりと笑顔をこわばらせたようだった。「さようで……握手の栄誉を？」と手の大きさを強調するようにクラウドに向かってそれを伸ばした。
　と、そのあいだにセルフィを足に装着したセフィロスが素早く割りこむ。「これに気安くさわるな」
「こちらは？」
「俺はセフィロスだ」
「それはそれは」ノーグは手を引っこめ、にこにこと軽く会釈した。
「わかっておるのか？」セフィロスが胡散臭げに眉を寄せる。
「私、投資家と企業家のかた以外に興味がございませんので」ノーグはまた大きな手を振った。
「ほほう、投資と株操作で百万ギルを稼いだこの俺に向かって――」
「そんなに稼いでたか？」クラウドが鬼神を見あげる。「おれたち、貧乏なのに」
「クラウド」セフィロスはチョコボに向きなおり、ぽんぽんと肩を両手で叩きながら諭すように言い聞かせた。「おまえがしょっちゅう事務所を壊してくれなければ、ひと月に一回の改装をせんですむのだ」
「そんなに改装してたのか」クラウドは目を丸くする。「おれ、気がつかなかったよ」
「先々月は三回やったんだがな」ザックスが遠くからぼそりと突っこんだ。
　セフィロスは彼らを無視し、シュミ族に向きなおる。「それで、投資家相手にどんな仕事をしておるのだ？」
「もちろん商品を」
「商品というと」
「そういえば、いいものがありますぞ」ノーグはごそごそとローブの中を探り、おもむろにひとつの手帳を取り出した。分厚い黒革のもので、見ているうちにもそこに挟まっている書類が次々広げられていく。「おお、これです。この会社。つい先ごろ起業したばかりのものですが、これがなかなか有望でしてね」
「ちょっと待て」セフィロスは目を細めた。「これはエスタの住所ではないか。あの国は鎖国していて、外の世界のおまえなどが知るはずもないのに」
「私には独自の情報網がありますので」ノーグはもう一枚を広げ、セフィロスに手渡す。「まあ、話だけは聞いてみてください。べつに保証人というわけではないのですよ。株式は出資額までの責任があるだけですからね」
「そんなことはわかっておるわ。俺を誰だと思っている」セフィロスはふんと鼻を鳴らし、出される書類を一瞥してはノーグに返していく。「しかし、これは有限会社ではないか」
「有限会社のメリットは出資者の数に制限がかけられるということですよ。つまり、無限に出資者を募れる株式会社と違い、儲けはごく限られた人数に分配される……ああ、もちろん出資額によってですがね。一万ギルを千人で分けるより、五十人で分けたほうがおいしいでしょう」
「貴様、素人(しろうと)を丸めこむような話をしておるが、そもそもその分配法は……うんぬんかんぬん」
「いやいや、基本的には……あれこれ」
　シドはノーグに、なんのためにうちに来たのか思い出させるための口も挟めず、わけのわからない話に熱中しはじめるふたりを見比べた。
　それはクラウドもイデアも同様で、ふたりとも赤ん坊を抱えたままぽかんと見あげている。
　ザックスは多少話の内容がわかるようだった。彼は怪訝そうに顔をしかめたものだ。「おい、セフィロス」
　だがセフィロスはうるさそうに手を振っただけだ。「ともかく、財務諸表を見ない限りはなんとも言えん」
「おお、これは失礼」ノーグはまたローブに手を突っこみ、どこに隠し持っていたのか、今度は分厚いファイルを取り出した。
　セフィロスはひったくるようにしてそれをひらく。
　ノーグは身を乗り出し、彼と並ぶようにして身体の位置を変えると、ひそひそと囁いた。「このとおり、取締役のエドワードはまだ二十歳の若い者でしてね。族会社ですから定期的な交代などはありませんし」
「しかし、資本金がちと……ぶつぶつ」
「これから伸びますとも。そもそも株は安いうちに買うもので……ああたら、こうたら」
　またわけのわからない話になってきたので、シドは今度こそ慌てて割りこんだ。「ええと、立ち話もなんですので、おふたかた……」
「む、そうだな」セフィロスはいきなりセルフィを放り出し、闘志満々の様子で歩き出した。「むこうに、かなり狭いが立派な書斎がある。そちらでじっくりと話しあおうではないか」
「結構ですな」
　背丈はセフィロスのほうが高いが、ノーグもシュミ族特有のどっしりした体格がある。リビングを占拠していた巨大なふたりが出ていくと、ぽっかりとしらけた空気が漂った。
「なんだ、セフィロス、なんでも屋を辞めるのか？」クラウドが渋面を作る。
「そうじゃねえよ。ただ……」ザックスが髪をかきまわす。「まあいいか。どうなったって自業自得だしな」
「自業自得とは？」シドはちょっと心配になった。
「いや、あんたの知りあいになるんならとは思うんだけどよ」ザックスは苦笑する。「こんなところで世間話みてえに取り引き持ちかけるのって、普通はしねえだろ。だいたいあのシュミ族、銀行持ってるのか？」
「さあ……」
「よろしいじゃありませんか」イデアが眠りこんだゼルを抱え、立ちあがりながら呟いた。「ひっかかったとしても、どうせセフィロスさんのお金でしょうし」
「ひっかかったって？」クラウドはまだ疑問符を飛ばしている。「なあ、みんなで暗号使って内緒話するなよ。セフィロス、なにをやらかす気なんだよ？　おれ、またなんか変なことやらされるのか？」
「大丈夫だ。少なくとも、おまえを抵当に入れるようなことはしねえから」ザックスはキスティスをクッションの上に寝かせると、イデアを手伝ってクロゼットから毛布を取り出す。「いや、させねえからよ」
「よくわかなんいぞ」
「クラウド」イデアが枕をふたつ彼に渡した。「とにかく、スコールを寝かしつけてちょうだい。いつもぱっちり目をあけたまま、なかなか言うことを聞いてくれなくて」
「スリプル」クラウドが呟くと、スコールはビスケットを握ったまま彼の膝の上でくたりと眠りこんだ。
　シドもぱたぱたと倒れるように眠りはじめる子どもたちを拾いつつ、彼らを手伝って子どもたちを毛布にくるんでいく。
　子どもたちがやっとおとなしくなったので、大人たちはまともにソファに坐ることができた。
「あのシュミ族、前科があるからなあ」ザックスが書斎のほうを振り返りながら溜息をつく。「セフィロスはともかく、あんた気をつけろよ、シド」
　毛布にくるまったクラウドが床から顔だけをあげた。「前科って？　食い逃げでもしたのか」
「おまえ、犯罪というと、それ以上のことを思いつかねえのか？」
「ええと……じゃあ、泥棒に入った家でごはんを作って食べた」
「食いものから離れろ」ザックスはぴしりと言って、それきりきっぱりとクラウドを無視する体勢。
　ムンバがクラウドの隣にすり寄った。きゅうきゅうと独特の鳴き声を喉の奥で出し、チョコボ頭に向かって囁いている模様。
「ふうん？」
「なんですの？」イデアが興味を持った。
「あいつは変なやつだから近づかないほうがいいって」
「おまえ、なんでムンバの言葉がわかるんだよ」ザックスが肩を落とす。
「ムンバに言葉なんかないだろ」クラウドは獣のほうへと首をめぐらせた。「なあ？」
　こくこくと頷くムンバ。
　それなら、どうやってコミュニケーションを取っているのだろう。このなんでも屋という連中は、いまだによくわからない。もしかしたら私には、あのノーグのほうが理解できるかもしれないな。
「シドはあのシュミ族と、どうしてつきあってるんだ？」クラウドがまたこちらへと目を向けてくる。
「つきあいというほどでは……」シドはひたいをこすった。「ただ、学校を設立するには財務だの経営だのに詳しい人がいればと……ちょうど、めぐりあわせで彼に出会ったもので」
「まあシド」イデアが身を乗り出した。「いつかお話しした子どもたちを教育する学校というもののことですね？」
「ええ、そうです」
「素晴らしいわ、シド。ちゃんと考えてくださってたなんて」
「それは当然でしょう」イデアの信頼に満ちた視線を受けて、シドはちょっと嬉しくなった。
「いや、だからよ……」ザックスは疑わしそうな視線を再び書斎のほうへと向ける。「地道にまともな銀行をあたったほうがいいと、おれは思うけどなあ」
「そうですね。学校というものが個人の資産で賄い切れるとは、私も考えていません」シドは頷いた。「ただ、いまだにその銀行が見つからなくて……私は努力してるんですが……かといってエスタに頼り切るわけにもいかず……ああ……」シドはどんどん落ちこんでいった。「私はどうも要領が悪いですね」
「まあまあ」ザックスが慌てて手を振った。「いいよ、いいよ、あんたのやりたいようにやればいい。そんで、本当に困ったときにはこっちに連絡してくれよ。おれたちにできることは、なんでもやってやるからさ」
「シドはいいやつだよな」クラウドが頷く。「けど、いいやつだけじゃ大黒柱にならないぞ」
「クラウド」ザックスが咎めるようにねめつけたが、シドはどーんと落ちこんでいた。
　イデアが優雅に紅茶を飲み干した。「いずれにしても、こちらから出資するというような話にならない限り、しばらくは大丈夫でしょう。むこうも、資金を注ぎこんで学校ができないなどということになれば、お金を出す甲斐がありませんもの」
「そ、そうですね」シドはどうにか背筋を伸ばした。
　やがてセフィロスとノーグが並んでリビングに入ってくる。
「なかなか有意義なお話ができました」ノーグがにこにこと言う。
「ふん、おまえごときシュミ族が、俺のめがねに適う商品を提供できるとは思わなかったがな」セフィロスは部屋を横切り、ザックスの正面に腰を落とした。
「それではミスター・クレイマー？」ノーグは入口に立ったままゆっくりと彼を手招く。「そろそろ学校のお話をしませんか。ああ、奥さまもごいっしょにいかがでしょうかな」
「そうね、わたくしも同席してよろしいのでしたら」言いながらイデアは立ちあがった。

＊＊＊

　……どうやらクレイマー夫妻は、ノーグというシュミ族の融資を受けることになったらしい。
　書斎でどんなことが話しあわれたか知らないが、ノーグは非常に機嫌よく帰っていき、魔女夫妻は感動したように手を取りあっている。
「これで、わたくしたちの夢が実現しますわね」
「ああ、長かった……」
「シド、ありがとう」
「奥さま」
　夕陽を背景にひしっと抱きあう夫婦をよそに、ザックスらなんでも屋たちは、いささか長すぎる昼寝をしている子どもたちの海の中で顔を見あわせていた。
　クラウドは毛布にくるまったまま、ザックスでもセフィロスでもいいから、どっちかなにか説明してくれとチョコボ頭をぴくぴくさせているし、セフィロスは上機嫌。
　ザックスは軽く溜息をつき、銀髪の長身に向かって右手をさし出した。「いいかげん、なにを買ったのか見せろよ」
「この俺が将来性のないものに金を払うと思っておるのか」セフィロスはわずかに眉を寄せる。
「いいから見せろって」ザックスは書類を取りあげた。
「なあなあ、教えろ、あんた、なにやってるんだ」クラウドが芋虫のように床を這ってくる。
「教えても、おまえには理解できん」セフィロスは一刀両断に言った。
「ちぇっ」クラウドは拗ねたようになってスコールとセルフィのあいだに転がっていく。
「セフィロス？」ザックスは、今度こそ大きく溜息を落とした。「あんた、見事にひっかかったな」
「なにを言うか。ランバート商事はちゃんと実在した会社だぞ」
「まあ実在はしてるけどよ」ザックスはぺしっと書類をはたいた。「書いてあることの半分は本当だ。けど、出資者と出資額、資本金はでたらめ。だいたい、この財務諸表、なんだよ。ネッドがこんなに儲けてるわけねえだろ」
　セフィロスは抗弁しようとしたらしく、口をあけだが、すぐに眉を寄せた。「……ネッド？」
「エドワード・ランバート。取締役の名前、ちゃんと確認したのか？　ネッドの本名だろうがよ」
「ネッドというと、ランバート兄妹の兄のほうだろう。ネッドはネッドではなかったのか」
「ネッドはエドワードの愛称だって。住所もあいつらの住所だし、会社の名前も同じ。支店リストにある店の名前はみんなでたらめだけど、本店のCheryl's storeはあの兄妹の店じゃねえか」
　………。
　………。
　………。
　があああん！
　その音がレタリングされてセフィロスの頭の上に落ちてくるのが、ザックスの目には現実に見えるようだった。
　クラウドが毛布の中からチョコボ頭を抜き出してくる。「結局、なんなんだ？」
「セフィロスが詐欺に遭ったってこと」ザックスは説明してやった。
「なんだ。セフィロスって変なところで抜けるときあるからな。昔、ウェストソーサーの金相場でもこけたって言わなかったか？」
「あんときは、こけたどころじゃねえよ」ザックスは思わず遠い目をする。「クラウドの予言を聞いておけばいいものを、思いきり悪く、ちょこまかとだましだまし売るもんだから、大半の金(きん)がただの鉄同様になっちまったんだぜ」
「おれの予言？」クラウドが怪訝そうに首を傾げる。
「ウェストソーサーの金相場が暴落するって、おまえ予言しただろうが」
「知らない。おれ、そんなこと言ったの？」
「そうだよ。まじに現実になったもんだから洒落にならなかったけどな」ザックスは肩を竦めた。「おかげでミディールの土地売っぱらって、コスタ・デル・ソルの別荘も抵当に出した」
「あの別荘、いつのまに人手に渡ってたと思ったら！」クラウドはいきなり不機嫌になった。「セフィロスのせいだったんだな！」
「い、いや、あれは……」セフィロスは、はたっと現実に立ち返り、おろおろとクラウドを宥めるように声を低める。「おまえのためだったのだ。あの頃は戦争中で、いつあの別荘が焼けてしまうかと」
「それはもう、いいよ。でも、なんでも屋は絶対に売らないからな。もしものときは、あんた、ちゃんとお花作りの内職探すんだぞ」クラウドはまた毛布に潜りこんだ。
　裸電球の下、銀髪をひっぱるちびクラウドをおんぶしながらティッシュでカーネーションを作るセフィロスの姿を、ザックスはうっかり想像してしまった。
　そのセフィロスは、クラウドの拒否波動に出会って、伸ばした手をそのままに石化したようにかたまっている。
　やがて情けなくも元英雄は、心細げにザックスを振り返ってきた。「嫌われてしまったか？」
「そのくらい、目が覚めたら忘れてるよ」ザックスは保証してやった。「けどまじめに、損失ぶんはあんた持ちだからな。自分でどうにかしろよ」
「くっ……言われなくとも」セフィロスは苦悩に打ちのめされたように顔を覆って背中を丸めた。
　いや、そこまで落ちこんでるのか、あんた？
　だがザックスには、セフィロスを慰め、クラウドを宥めているような時間はなかった。
　問題は、そろそろ子どもたちが目覚めるころだということだ。唸り声とぐずる声とが連鎖し、やがてやかましい泣き声の大合唱になるまで、それほど時間はかからないだろう。
　イデアもシドも、いまだに玄関口で感動のシーンを繰り広げていた。
　セフィロスは、すぐには立ちなおれないだろう。
　クラウドはこの喧騒の中でぐうすか眠ってしまっている。
　ザックスはひとり、赤ん坊の海に取り残されたのだった。

Ｃ：　May I soothe the crying babies with a lullaby?
Ｚ：　Nothing singing!
Ｓ：　They will have a chocobo dream.