Cloud's shop

　樹木限界を超えると、薄暗い空と苔や高山植物のしがみつく岩肌しか目に映らなくなる。
　低酸素症を容易に引き起こすほどの標高――エスタ平原とトラビアのあいだにあるひときわ高い山は、それだけで踏み入るものを拒んでいた。
　トリスタンは一歩一歩を慎重に踏みしめ、ゆっくりと尾根をのぼっていく。
　陽光はすっかり薄くなり、夜と薄暮が覆うこの世界は気候もてんでんばらばらになっていた。これほど高い山だというのに氷点下というほどの寒さでもないのだ。降雨もほとんどなく、雪も積もっていない。おかげで乾いた山道を辿るのにあまり苦労もなかった。ただ、さすがに空気は薄く、走ったりすることは不可能だ。
　最後の起伏の激しい岩道をほとんどよじ登って越えれば、目の前にはまるで火口のようなクレーターが広がっている。もちろんこの山は火山ではなく、そこから灰色の煙や灼熱の炎のかたまりが噴き出してくることはない。
　むしろ涼しげに、ほんのりと青く輝くような岩肌がこのあたりを明るくしていた。光は中心に向かうにつれ色を濃くしている。周囲には人工的に配置されたように奇岩が並べられ、それらは中央に向かって手をさしのべているようにさえ見えた。
　トリスタンは立ち止まり、しばしのあいだその景色を見つめた。
　あの世界にはこの山は存在していなかったな。彼はふと、時空を越えて見聞してきた光に溢れたあの世界のことを思った。確かにエスタ平原の北側にはトラビア渓谷があり、そこそこ峻厳な山々が生きものの往来を阻んでいた。だがこれほどまでに高く、そして不自然な高山はなかった。
　そう、この山は不自然な造山活動によってできたのだ。それがどのくらい昔のことかはトリスタンも知らない。何度めかの《月の涙》――月面のモンスターたちは繰り返し、この星へと流れこんでくる――で、この山は忽然と姿を現わしたという。
　もっとも《月の涙》はこの星特有の自然現象で、不思議でもなんでもないんだがな。ただ、ルナティックパンドラという巨岩が《月の涙》を誘発するというところに、どこか人為的なものが感じられる。
　そして繰り返される《月の涙》は、空に浮かぶ月の軌道そのものを徐々に、少しずつ衛星軌道維持(ローシェ)限界に近づかせていた。
　振り返ればきっと、青白い大きな月が彼の背後に迫って見えることだろう。
　だがトリスタンは振り返らなかった。そのまま岩地を滑るようにしてくだっていく。
　奇岩の林の中へと進み、彼はまっすぐクレーターの中心、青い光の集まるほうへと足を運んだ。
　光は周囲のものをぼんやりと照らし、その影は幻覚にも似たおぼろな青い世界を形成する。それらはゆらゆらと踊り、ときおり虹色に輝き、また黒く白く、さまざまな色と彩度に染められていく。
　と、かすかな羽ばたきの音が聞こえた。
　振り仰げば、大きな翼を広げた嘴の鋭い巨大な怪鳥が薄暮の空を渡ってくる。
　それはわずかに弧を描くようにして、トリスタンのすぐそばの奇岩、その頂上に太い脚をおろした。
　警戒するように、そして脅すようにその碧い目をぎらりと光らせ、鳥は彼のほうへと身を乗り出してくる。
　トリスタンは息を詰め、ややあとじさった。この鳥、おれのことなんか憶えてないよな。
　もう一歩動けば、きっと襲ってくる。そう冷や汗を流しはじめたトリスタンだが、しかし短い穏やかな声がその危機を救ってくれた。
「ちび」とそれは、呼びかけるように漂ってきたものだ。
　怪鳥が嘴のある頭部をくるりとまわし、威嚇のために広げていた羽根をゆっくりとたたむ。
「そいつはいいんだ、通してやりな」
　その声は奇岩のあちこちを反響していて、いったいどの方向にその声の主がいるのか一瞬判断がつかなかった。だがトリスタンはそれほど時間もかけず、少し先の奇岩の陰にひとりの男の影がうずくまっているのを見出した。
　トリスタンがそちらへ近づいていくと、男はのそりと動いて立ちあがった。大きく手をあげると、背後で巨鳥が羽ばたく気配。あの鳥はきっと、また空高く飛びまわって近づくものがないかと警戒しつづけるのだろう。
　彼はちらりと暗い空を見あげてから男に向きなおった。
　がっしりとした身体をして背中に大剣を背負っている。奔放に跳ねた黒髪に青みの強い両眼。精悍とも言える顔立ちは結構二枚目だ。
　トリスタンは少し時間をかけて彼の容姿を眺めやった。やっぱり同一人物だよな。
　その彼が苦笑を閃かせる。「なにかあったのか」
「あんたに会ってきたよ」トリスタンは頷いた。「ザックス」
「会ってきたどころか」彼はさらに口の端に皺を刻み、大きく笑む。「中に入りこんでたんだろ」
「そうしろって言ったじゃないか」
「まあな」ザックスは来いよというように軽く手を振った。
「マーリンはいるのか？」
「その呼びかた、やめてくれねえ？」ザックスは先に立って歩きながら軽く溜息をつく。「アルティミシアの宮廷内じゃ、あいつもそう名乗ってるけど、おれには馴染みがなくてな」
「じゃあ、セフィロスと呼んでも？」
　ザックスは頷き、特に奇岩が密集している場所へと先導するように踏みこんでいく。
　その岩と岩のあいだに、おそらくは手で削ったらしい石段があった。奥は狭まっていて、ここからでは見えないが、トリスタンはこの石段の先、クレーターの内部にある光景を知っていた。
　白く輝く無人の都だ。
　巻貝に似た建物が取りかこむ別世界とも言える空間で、青みがかった柔らかい光のなか、中心に透明な泉を抱きかかえて、ひときわ大きな白い建物がそびえている。
　ザックスもセフィロスも、ここを忘らるる都と呼んでいた。
　確かに誰もに忘れられた町だったのだろう。なめらかな曲線を持つ建物群は遥かな昔に何者かがそこで生活していたらしい跡はとどめているものの、凍りついて腐食さえしていない。まるで長いあいだガラスケースに大切にしまわれていたといった感じだ。もっとも、隠されているのはいまでも同じなんだろう。
　ただ、彼ら――ザックスやセフィロスがなにを隠しているのかはわからない。もっとも、隠しているとおれが勝手に感じているだけのことで、訊いてみたこともないんだけどな。
「考えたんだが」忘らるる都の中央にある神殿に向かうザックスの背に、トリスタンは呟きかけた。「どうもよくわからない。円卓の騎士の連中はほとんど、ここのことも、マーリン――セフィロスのことも知らない。でも、エルオーネマシンを提供したり、アルティミシアの目を過去に向けさせたりしたのもあいつだろ。なにを目的にしてるんだ」
　ザックスは肩を竦めただけで、トリスタンの呟きとも問いかけともつかない言葉には答えなかった。その代わり、神殿の前まで来ると、ひゅっと軽く口笛を鳴らす。
　神殿の正面には鏡のように澄明な泉が水をたたえている。波紋ひとつないそれは、本当に磨き抜かれたガラスのようだ。
　そしてそのむこうにある神殿の入口――巨大な巻貝のような建物だが、中心にぽっかりと黒い穴がある――から、長い銀髪をした長身の男がゆっくりと出てきた。
　これがセフィロスだ。黒コートに身を包んだその姿は、この白い世界の中では奇妙な違和感と調和とを同時に孕んでいるようだ。
　彼は碧い目を細めてこちらを見ると、立ち止まり、ザックスとトリスタンが近づくのをじっと待っていた。
「どうかしたのか」セフィロスは低く口をひらく。「マテリアをなくしたか、マシンが壊れたか」
　トリスタンは首を振った。「そうじゃなくて、行った先であれこれと予想外のことに出くわしてさ」
　ザックスが振り返った。「例えば？」
「例えば……魔女が複数いるとか、魔女以外でも魔法を使うとか」
　セフィロスとザックスはちらと目を見交わした。「まあそうだろうな」と、ザックスが頷く。「そんなことは、たいしたことじゃねえだろ」
「あと、あんたたちに協力を取りつけるどころか」
「たとえ過去の人間だからって、おれたちがひと筋縄で行くわけないって、そう言ったじゃねえか」
「そうじゃなくて」トリスタンは大きく手を振った。「問題はチョコボなんだ」
「チョコボ？」ザックスが片眉をあげて先を促がしてくる。
　トリスタンはあげた手をそのまま大きく広げた。「そう、チョコボ。クラウドって言ったかな。魔法は使うし、本物の騎士たち(ナイツ)――召喚獣だったか？　そいつらを自在に操るわ……それに、えらく勘が鋭い。俺がザックスの中に入っているのをいっぺんで見抜くし、しかも中身を見分けてるふしがある。そういうやつを、どうごまかせっていうんだ？」
　セフィロスの目がわずかに細まった。ザックスは表情を消し、ゆっくりと深呼吸する。
　やがて黒髪をがりがりとかきながらザックスがかすかに笑った。「んじゃ、その時空には、あいつ、いるんだな」
「なにが？」トリスタンは顔をしかめた。
「そうだな、もしかしたら間に合うかもしれん」セフィロスも思わずといったように口の端をあげる。
「だからなにが？」もう一度問いかけてから、トリスタンは腰に手を当て、ふたりを睨みまわした。「あんたたちが不老不死で、なんでも知ってるって顔してそこにいるのはいつものことだから、いまさらだけだどよ。もしかしたら、まじめにマーリンみてえに時間を逆行して生きてるのかもな。けど」と彼は、順繰りに指を突きつける。「なんでもかでも秘密めかすな。腹が立つ」
「おれたちが不老長寿だってのも、実際に過去に行ってみなきゃ信じなかったくせに」ザックスが苦笑した。「それ以上の秘密を打ち明けたところで、どうせ呑みこめねえだろ」
「それでも」トリスタンは手をおろした。「おれだって、わけもわからず指図されるのはいやだ。このさい、あんたたちがなにを目論んでるのか、ちょっとだけでもネタばらししねえか？　でないとおれは、それこそでたらめに過去をかきまわすぞ」
「確かに、事情を説明せずに操り人形になれとはフェアではなかったかもしれんな」セフィロスが呟いた。
「あんたにフェアプレイ精神があるとは知らなかった」ザックスが横目でセフィロスの長身を見あげる。
「見損なうな」セフィロスが忌々しそうに唇を歪める。「俺はいつでも正々堂々とクラウドの勝負を受けてきたではないか」
　わかったよと言うようにザックスは軽く両手を広げた。「で、見せてやるの」
「それがいちばん早かろう」セフィロスは頷き、それとわからないほどかすかに手招いた。
　トリスタンはふたりを見比べながら、きびすを返すセフィロスのあとに続く。
　セフィロスはゆっくりと足を運んで神殿の入口をくぐっていった。トリスタンにとってはこの神殿に入るのは初めてだ。常にセフィロスかザックス、あるいは彼らが《ちび》と呼んでいる先刻の怪鳥がこの近辺にいて、まるで門衛のようになにかを護っているからだ。
　神殿の内部はぐるりと螺旋状の斜路にかこまれていて、円錐の中に入ったかのように中央の天井は遥か高みに吸いこまれている。実際そこには、別世界があるのではないかと思うほど異質な青い光がわだかまっていた。
　セフィロスは斜路を、やはりゆっくりとのぼっていく。トリスタンはしばらくのあいだ立ち止まって内部をぐるりと見まわしてから、急いで彼のあとを追った。
「じつのところ」と彼が追いつくか追いつかないかの距離で、セフィロスが独り言のように呟いた。その歩みは変わらない。「いま、おまえや円卓の騎士が過去に跳んで、どれだけなにかをひっかきまわそうと、この現実は変わらん」
「過去を変えれば未来も変わる。そう説いたのはマーリン、あんただって聞いたぜ」トリスタンは彼の広い背中を睨みつけた。「みんな、それを信じているのに」
「確定した未来は現在と同義だ」セフィロスは抑揚のない声でさらに続ける。「それに、未来が変わると言った憶えはないな。違う未来が生まれると言ったことはあったかもしれんが」
「詐欺と、どう違いがあるんだ、それは」
　かすかな含み笑いが聞こえた。だが、それが本当にセフィロスが洩らしたものか、トリスタンには判断がつかない。
「未来というものが次々と生まれるいっぽうで、確定した未来は常に流動的に未確定のものに変化する」セフィロスは淡々と続けた。「時間は相対的なものによって現実になり、または非現実になる。おまえたちの行く過去の《現在》からは、あるいはすでに、俺たちのいるこの《現在》は繋がっておらんのかもしれん」
「思うんだが、あんたの言うことは意味不明なことが多いぞ」
「ふむ、よくそう言われる」セフィロスは歩みを止めず、どこか懐かしそうに上方を振り仰いだ。「つまり、過去をいじくってもこの世界は変わらん。ただ消滅するだけだと言えば、おまえはどう思う」
「世界が消滅したって、おれは存在しつづけてやるからな」トリスタンはむっとして言った。それからやや足を緩め、視線を落とす。「まあどっちにしろ、月が落ちかけて終末を迎え切っちまったこの世界にいるよりは、あっちにいたほうが楽しいし、おれにはあんまり関係ないしな」
　それから彼は、後ろをついてきているザックスを振り返った。「だからさ、なるべく長い時間、あっちの世界にいられるよう、あんたの癖とか性格とか、おれに教えてくれねえか？　どうも、あんたになりきらねえと、あのチョコボをごまかせないみたいでな」
「なりきったところで無駄だよ」ザックスは笑った。
　なんだか妙に誇らしげだな。
　トリスタンは前を向きなおった。セフィロスは半周ほど先に行ってしまっている。
　彼は足を速めた。「なあ、この先になにがあるんだ。屋上にでも出られるのか？」
「ライフストリームとの狭間だ」セフィロスは短く答え、足を止めた。
　そこはすでに、青い光がほとんど周囲をかすませるほど強くなっていた。足もとの斜路は透き通って色もなく、気がつけばそこを踏みしめているという感覚も曖昧だ。
　トリスタンは不意におぼえた失調感に、懸命に悲鳴を押し殺した。まるでタイムジャンクション途中で虚空に放り出されたような感覚だったからだ。しかも現実の身体ごと。
　ザックスが背後から彼を支えるように肩を押さえてきた。「ライフストリームの本流に入ってるわけじゃない。セフィロスとおれの結界が、ここを流れから隔離しているからな」
　そのライフストリームってのがなんなのか、おれはよくわからねえんだけど。
　トリスタンはますます顔をしかめた。「つまり……あんたたちは大事なものを別次元に隠してるってことか？」
「まあ、そんな感じかな」ザックスは少し考えるように首を傾げた。「大事なものか……うん、そうだな、宝物だ」
　ザックスの濃い青い目がついと動き、トリスタンを通り越し、セフィロスのむこうにあるものへと焦点が結ばれたらしい。
　トリスタンはその視線を追った。
　きらきらと輝く青い光は、ぼんやりと靄のような質感を伴なって濃くなってくる。息をするたび、その青い光が体内に沁みこんでくるようにさえ思えた。
　どこになにがあるのかと、トリスタンは一歩前へ踏みこむ。そしてさらに一歩。
　すると、青い絡まるような光が不意に左右に動いて彼の行く手を広げた。
　きらきらとダイヤモンドダストのような光の残滓を散りばめながら、それは目の前にあった。
　青みがかった透明な結晶。不規則でありながら幾何学的な切子面が幾重にもかさなり、全体はほとんど球形を成している。遠目から見れば、まるでマテリアのような青い珠だ。もっとも、両手を広げても足りないほど大きいものだが。
　近づいても、セフィロスもザックスもなにも言わなかった。トリスタンは思いきってその巨大なマテリアに触れてみる。
　特になにもなかった。触れた手のひらを通してなにかが感じられることもなければ、暖かくも冷たくもない。すべすべした表面はむしろ、そこにマテリアが見えるほうが不思議に思えてくるほど、まったくといって抵抗がなかった。
　赤、緑、青、紫、ときおり金色に、またときおり闇色に、それは周囲の光を吸収してはさまざまに変化させて放出している。確かにマテリアと同じだ。
　ただ、滲む光のむこうにかすかに影があるのをトリスタンは見出していた。ひたいをくっつけるようにしてよくよく見つめれば、どうやら人の形をしている。
　膝を抱えた胎児のような恰好で……。
　トリスタンは、縮こまった肩と腕の隙間から見える鮮やかな金髪を認めた。「……あれは」
「クラウドだ」セフィロスが静かに囁いた。「おまえの言うチョコボはこれだっただろう？」
「ああ」トリスタンは身を起こし、彼を振り返った。「どういうことなんだ？」
「これもルナティックパンドラと同じなのだ」セフィロスは言ってから、かすかに首を振った。「いや、ルナティックパンドラのほうがこれを模倣しているにすぎないか。あの岩塊は、俺たちも長いあいだ気がつかんで放置していたのだが」
「これが」トリスタンの声はかすれた。「月を呼んでるのか？」
「いや……ああ、どうかな」セフィロスはわずかに眉を寄せた。「呼んでいるのかもしれんし、拒んでいるのかもしれん。昔から、これの考えることなど俺には予想がつかなかったから、じつのところ、よくわからん」
「この真上で《月の涙》が起こったとき」ザックスがトリスタンの隣に並んでマテリアを撫でる。「あのとき……こいつがなにをしようとしたのか、いまとなっちゃ知るすべもないけどな。とにかくこいつは、なにかに失敗したんだ。失敗して――」
「星に絡め取られた」セフィロスが締め括った。「そのくせ、星の最後を迎えながら、これはいまだに目を覚まさん」
　トリスタンはあらためてマテリアの中にいる少年を見つめた。丸まった背中、項垂れた首。小さく縮こまってなにかを拒んでいるようにも見えるし、絶望して泣いているようにも見える。
　これがあのチョコボなのか？
　大剣を振りまわし、容赦なくおれをあの青い目で睨みつけてきた……。
　トリスタンはセフィロスを振り返り、さらにザックスへとゆっくり視線を向けた。「おれには、あんたたちの事情も、この現象も、よくわからないことだらけだけど」
　いったん口を閉じ、彼は何度か深呼吸するあいだ考えをまとめる。「そうなんだな、過去を変えたいのは、あんたたちのほうなんだ」
　セフィロスが碧い目を細めてトリスタンを見おろしてくる。「俺の目論見がわかったようだな」
　ああ、そういや、目的を教えろって俺が言ったんだっけ。
　確かに、口で説明されるよりも遥かに深く理解はできた。
　単純に過去を変える、そういうわけじゃない。こいつらは過去を消したいんだ。
　このチョコボ――こいつらの大切なものが目を覚まさない現在がいやなんじゃなくて。
　この少年がこうなったとき、なにもできなかったんだろう彼ら自身の過去が、とてつもなく我慢できないでいるんだ。
　過去を変えた結果が、いまのこの《現在》が消えてなくなっても構わないほどに――いやむしろ、なくしてしまいたいがために。
　だからエルオーネマシンを持ちこんで、まさにマーリンのごとく円卓の騎士(ナイツ・オブ・ラウンド)を作って、それをアルティミシアの好きにさせて。そのうえ、おれみたいな者を潜りこませ、さらにひっかきまわそうとしている。
　けど――
　トリスタンはセフィロスをちらりと見あげた。「過去が変わったかどうかなんて、おれには判断つかないぜ」
　セフィロスはわかっているというようにゆっくり頷いた。「それは俺たちにもわからんことだ」
「じゃ、なにやってもいいんだな？」トリスタンは確認するようにザックスにも目を向けた。
　彼もおもむろに首肯する。「クラウドがいるっていうんなら、遠慮なく突つきまわしてやれよ。まあ逆に突つかれるのがおちだけど、めげずにな」
　トリスタンはそっと吐息をついた。確かに、なにか突つくと何十倍にもなって反撃してきそうだったからな、あのチョコボ。
　まあいいや。どっちにしろ、おれにはこの時空旅行をやめる理由はないし、たとえあっちで命を落としてこの世界に息をするだけの身体が残っちまうんだとしても、それがなんだ？
　どう転んでも、遠からずこの世界はすべて消える。
　夜の世界の巨大な月を見あげれば、その未来はもう、確定しているも同然だ。だとすれば、滅亡と消滅とたいして違いはない。
　どうせ星は、おれの存在に気づいてはくれないだろう。記憶してもらえるほどの時間があるとは思えないしな。
　だったら、あのチョコボに憶えていてもらったほうがいいや。
　トリスタンは青い儚い光の世界に背を向け、きびすを返した。

Ｃ：　Who are they?
Ｚ：　Don't ask me!
Ｓ：　This is an another world.