Cloud's shop

　俺はレイザー・バック。元ルキア・ファミリーの特攻隊長とも言うべき超一流のちんぴらだ。いや、だった。
　なんで過去形かっていや、決まってるだろ。こいつらのせいさ。金銀黒、三色どんぶりのなんでも屋たち！　しかも、ちゃんと紅しょうが（ちびドラゴン）もついていやがる。
　そりゃよ、こいつらにとっ捕まった俺も間抜けだ。いくらファミリーの仕事だったからって、悪い予感がするのを強引に無視してこのなんでも屋に特攻をかけた時点で、俺の運命はもう、抜き差しならないところへ追いつめられていたんだろう。
　飯炊きにこき使われ、掃除洗濯、この事務所での生活維持のすべてを押しつけられ、現在に至る。
　俺にとっちゃ不本意なんだ。たとえどれほど馴染んでいようと、このなんでも屋の風景のひとつに溶けこんじまっていようと、俺には、とおおおっても、不本意なんだ！
　というわけで、レイザーは一週間ぶんの献立をすませてしまおうと、キッチンの俎板の上で手帳と料理本を広げているところだった。なんのかのと文句を言いながら、仕事というとついつい完璧にこなしてしまう、まじめな元ちんぴらである。
　ボールペンとなぜか包丁を左右の手に、ときおり持ち替えながら、彼は安い材料で大量に見せかけられる料理を物色していた。
　たとえカシュクバール砂漠やサボテンアイランドに置き去りにされたとしても、あの三食どんぶりがどうにかなるはずもないのだが、メシがないと暴れ出すチョコボが一匹いる。チョコボが機嫌を損ねると、やはり暴れ出すやつがいる。そうなると、もう一匹も巻きこまれる。そしてちびドラゴンとレイザーは、このキッチンの片隅で慄えているか、とっとと外へと逃げ出すしかなくなるのだ。
　もっとも、本当に逃げ出して行方をくらましちまえばと、ちらと考えたこともある。最初の頃はな。実際、夜中に抜け出して、こいつらの知るはずもないファミリー専用の隠れバーで飲んで鬱憤を晴らしていたこともあったさ。ところが朝になってみると、俺はクラウドに引きずられてなんでも屋に連れて帰られ、朝ごはんを作らされていた。どうして居場所がわかったのかは、いまだに謎だ。
「レイザー」
　呼ばれて、彼はとんとんと俎板の上で空刻みをしていた包丁を止め、そのままのっそりとキッチンから出ていった。
　キッチンの隣はすぐ、なんでも屋の事務所、兼応接間だ。また連中の普段のダイニングも兼ねている。応接用にしてはくたびれたテーブルがあって、そのむこうのソファの上ではセフィロスが長身を伸ばして寝転び、経済新聞を読んでいた。その足もとにチョコボ頭が床にちょこんと坐り、魚釣りゲームの玩具で遊んでいる。金具のついたプラスチックの魚を、操作しづらい釣竿を操って磁石で釣りあげる単純な子どもの玩具だ。子守りの仕事をこなしてきた家で報酬としてもらってきたらしい。
　事務所の奥のほうには、ごちゃごちゃとファイルやらガラクタやらの積みあがったデスクがあり、その中からザックスが立ちあがって部屋の中心へと抜け出してきた。
　レイザーは包丁をくるくるとまわしながら、黒いハリネズミ頭のなんでも屋リーダー（自称）へと近づいていく。
　しゅっ、しゃきん、と名工の手なるえらい切れ味のいい包丁の刃先を彼のほうに向けながら、レイザーはもういっぽうの手でサングラスを押しあげた。「なんだ」
「給料」とザックスは鈍色に光る刃物にも頓着せず、茶色い封筒を渡してくる。
　そういや月末だったか。レイザーは包丁を突きつけたままそれを受け取った。いつもの重さ。いや、いつもの軽さと言ったほうがいいか？
　いずれにしても、こうしていちおうの金をくれるっていうところはなかなか感心だ。あんまり稼いでないくせにな。
「いいな、おれも給料ってもらってみたい」クラウドがゲームを中断し、物欲しそうにレイザーの手もとを見つめてきた。
　レイザーはさりげなく封筒をポケットにしまいこむ。いや、クラウドが取りあげるとか襲ってくるとか、そういうことは絶対にねえんだけど、なんだかあの目で見つめられていると、「それじゃ」とかいって、自分から渡しそうになるんだよ。
　クラウドのチョコボ頭をザックスが上からごつんと殴った。「おまえにはちゃんと小遣いやってるだろ」
「そういうんじゃなくて給料！」クラウドはギブミーというように両手を広げた。「おれ、これまでの生涯いろんなことやってきたけど、報酬ばかりで給料ってもらったことなかったもん」
「報酬も給料も同じことではないのか」セフィロスが新聞をめくりながら呟く。
　ザックスがクラウドを見おろした。「おまえ、なに言ってるんだよ。神羅でちゃんともらってただろ」
「えっ？」クラウドはまばたき、それからチョコボめいた無表情でテーブルを睨みつけながら記憶の探索に入ったらしい。
　ザックスが事務机に戻って端末を立ちあげ、キーボードを打ちはじめるまでのあいだ、チョコボはそのままじっと動かずにいた。
　やがて、うんと頷く。「おれ、憶えてない。もらった記憶は絶対にないよ」
「いくらあの会社がでたらめだったからって、そんなはずはねえ」ザックスがキーボードをまばらに打ちながら応えた。
「ほんとに、もらったことないって」
「それはそうだろう」割りこんだのはセフィロスだ。「おまえが神羅に入ったときにクマ少佐がおまえ名義で口座を開設したらしくてな。自動振り込みにしてあった。おまえが大隊に所属してからは俺が管理していたし、使おうともしなかったおまえが知るはずもない」
　ザックスが手を止め、顔をあげた。「ってことは」
　クラウドも訝しげにセフィロスを振り返る。「あんた、横取りしてたんだな！」
「するか！」セフィロスはクラウドに新聞を投げつけ、起きあがった。「あんなチョコボの涙程度の給金、当時の俺に必要だったと思うのか」
「そりゃそうだけどよ」ザックスが、じゃあ、その金はどこに行ったんだと追求する。
「誰も横領などしとらん」セフィロスは新聞を頭にかぶったクラウドの睨みつけから目を逸らした。「確か、神羅にいた二年のあいだに二百四十万ほどは溜まっていたはずだぞ」
　レイザーは思わずクラウドの後ろ姿を見つめた。「チョコボの涙も馬鹿にしたもんじゃねえな」
　クラウドが新聞を放り出した。「そうか、おれ、ミッドガルでなんで二百四十万も持ってたのかと思ったけど、おれの給金だったのか」
　ザックスが虚ろな笑みを浮かべた。「普通、そういうわけのわからん金、怖くて手がつけられねえと思うけどな」
「そんなこと考える暇もなかった。ティファに通帳を取りあげられて……もしかして、みんなの装備とか食いものとか、宿代に、チョコボ寄せのマテリア買ったり、ゴールドチケットに別荘……」クラウドはどんどん落ちこむように背中を丸めていく。
「おいおい」ザックスがぱたぱたと手を振った。「もう過ぎたことだろ。気にすんなよ」
「ひどいじゃないか」クラウドはいきなりセフィロスの襟首を掴んで揺さぶったものだ。「おれの給料だったのに！」
「よしよし」
　ここぞとばかりに抱きしめようとしていたセフィロスを、クラウドは一転して突き飛ばした。「まあいいや。あの頃は成長したマテリアを売りまくって、結局、その十倍は稼いだもんな」
　十倍!?　ってことは、二千四百万ギル？
「クラウド……」ソファとテーブルのあいだに転がっていたセフィロスが低く呻いた。「甘えてくるかと思えば、いつもいつも俺をサンドバッグ代わりにしおって……」
「いいじゃないか、壊れないんだもん」
「おまえこそ、串刺しにされようと反撃するくせに」
　あーあ、このふたりが殴りあいを始めて、この事務所が無事ですむ確率は二割でしかない。レイザーはちびドラゴンを拾いあげ、このなんでも屋で唯一の安全地帯――といっても、全壊するときもあるが――、キッチンへと避難していった。
　背後でザックスの悲痛な叫び声が聞こえている。「おまえらが壊れるより先に事務所が壊れるだろうが、やめろ！」
　これが毎度毎度の日常的風景だ。
　いつものモンスターたちの暴れる音を聞きながら、レイザーは包丁をくるくるまわしつつ冷蔵庫を漁りはじめた。
　このあと、連中はどうせ腹減ったって別の意味で暴れ出すんだ。夕飯を早めに用意してやらんと。
　しかし冷蔵庫の中には、しなびたほうれん草と使いかけの大根しかない。しょうがねえ、買いものしてこなきゃな。
　レイザーは食費として渡されているぶんの現金を壊れた電子レンジの中から取り出した。この電子レンジは、どうせ買い換えてももらえない。最近は電化製品を捨てるにも金がかかるご時世だ。無用の長物になるよりは、こうして鍵のかからない金庫ぐらいの役に立つほうがましだろう。
　それにしても、よれよれの紙幣がなんだか惨めだぜ。本当に二千四百万ギルなんて大金、この事務所にあるのか？　クラウドひとりでそれだけ稼いでるはずなのに、どうしてこんなに貧乏なんだ、このなんでも屋。
　レイザーは溜息をひとつつくと包丁をしまい、代わりに愛用のナイフを取り出してベルトに挟みこんだ。黒いシャツの襟もとをきちんと整え、革靴をぴかぴかに磨き、サングラスの角度を確かめ、黒い上着を着流しふうに羽織ってクールに決めこむ。
　彼は買物籠に紙袋を詰めこみ――スーパーでレジ袋を断わると四ギル返金してもらえるのだ――、颯爽と出かけていった。

Ｃ：　I am half dead from hunger!
Ｚ：　Hurry up, Rasor!
Ｓ：　He can no longer wait.