The Land of the Covenant

１

　セフィロスはチョコボの縫いぐるみを抱えたまま、むくりと起きあがった。
　ベッドは虚しく広かった。というのも、仕切り壁を壊し、ふたつのベッドをくっつけ、熔接までしてしまっていたからだ。結果、ダブルベッドより大きくなっている。
　夜のあいだじゅう寝つけずにごろごろしていたため、サボテンダーのパジャマがよれよれだった。いかんな、せっかくクラウドが探してきてくれたおそろいなのに。もっとも、彼はおそろいが欲しかったわけではなかった。たんにドサクサまぎれに着せ替え遊びをしようとしていたら、そんなに欲しいならとプレゼントされたのだ。あとで理由を聞いたザックスとヴィンセントにボコボコにされたが、これはこれでお気に入りだった。
　彼はベッドから離れてシャワーを浴び、いつものスタイルにとっとと着替え、パジャマをランドリー行きの籠に放りこみ、いそいそとベッドメイクをし、チョコボ縫いぐるみをシーツにくるんで寝かせ……違う、なにをやっているのだ、俺は！
　せっかく内装工事もやって広くなった部屋に、俺がなぜ、ひとりきりで寝ていなければならんのだ？　チョコボの縫いぐるみを身代わりにしようと、本物でないことには意味がないではないか！　そもそも縫いぐるみは暴れたりせん。あのクラウドだからこそ、人形遊びもスリルがあるというのに。
　……ザックスめ。
「よくもクラウドと駆け落ちなんぞしおったな！」
　瞬時に取り出した正宗ですっぱりとサイドテーブルを縦に分ける。
　ちなみに昨日の犠牲者は端末で、その前は応接テーブルだった。ソファは無事である。サイファーからのおさがりとはいえ、クラウドのお気に入りには手がかけられないというところがセフィロスなのだ。
「ふん」ほんの少しすっきりすると、彼は食堂へ向かった。
　ここ数日のセフィロスは、いつもこうだった。夜は眠れず、朝になると部屋が異様に広く思えて機嫌が悪くなってしまう。どうしたって、やつあたりをせずにはいられないのだ。
　だいたい、クラウドもクラウドではないか。「ヴィンセントのことよろしく」なんぞとメモを残していきおって。これでは追いかけようにも追いかけられん。過度のストレスは身体に悪いのだぞ。
　そして食堂も広く、虚しい明るさだった。
　ただでさえ夏休みで生徒たちがいないうえ、トップSeeDたちがこぞって出かけていったので、いつもの丸テーブルにはリノアしか坐っていない。
　そのひよっ子魔女はひらひらと手を振って、「まだいたんだ？」などとのんびり朝の挨拶をしてきた。
　セフィロスはテーブルのそばに立つと、じろりと彼女を睨みおろしてやった。「おまえこそ、スコールを追っていったものと思ったが？」
「スコールはお仕事だもん」リノアは指を組んで前に伸ばしながら言った。「それに、ラベンダーのこと頼まれちゃったしね。頑張って世話しないと」
「ふん、あのようなガキが一人前に仕事か」
「ガキ、ガキって馬鹿にしたもんじゃないんだよ？」リノアは腕を戻し、首を傾げるようにして彼を見あげてくる。「お年寄りの悪い癖だよね、そういうの」
「やかましい」セフィロスはどっかり腰をおろした。
　やがてヴィンセントがのそりと現われ、彼の隣に音もなく坐りこむ。
　じろりと横目で睨みつけても、幽霊は相変わらずマントに顔を半分埋めたまま、一見クールに、じつはぼんやりとしているようだ。
「朝の挨拶ぐらいせんか」セフィロスは不機嫌なまま言った。
　ヴィンセントは陰鬱に横目を向けてくる。「私に笑顔で明るくおはようと言ってほしいのか？」
「ごめんだな」
「わたし、見てみたい」リノアが頬杖をつきながらヴィンセントに期待の目を向けた。
「………」彼はさすがに絶句したらしい。
　反応がなかったと見たリノアは、すぐにセフィロスに視線を移してきた。「あのさ、キスティスが困ってたよ。どうしてちびちゃん、セフィロスには懐かないのかって」
「懐かれてたまるか」
「彼女、仕方なくちびちゃん連れてっちゃったし、仕事の邪魔にならなきゃいいんだけど」
「俺のせいか？」
「そうじゃないけど――」
　リノアが反論しかけたとき、ばたばたと足音が、がらんどうの食堂に響いてきた。
　間(ま)をおかず、けたたましい叫び声が聞こえてくる。「ああ、やっぱりいねえ！」
　セフィロスは入口で天を仰ぐようにかたまっている少年を見やった。「ゼルではないか。いまごろどうした？」
「どうしたじゃねえよ」彼はばたばたと、やはりうるさく足音を立てて近づいてくる。「おれのいねえあいだにSeeDの仕事でみんなエスタ行っちまいやがって。オダイン博士が行方不明だって聞いたか？」
　セフィロスとヴィンセントはそろって顔をしかめた。
「おまえ、じつはSeeDに向いていないのではないか？」とセフィロスが言えば、ヴィンセントも大きく溜息をつく。「少なくとも、重要な情報をおまえに託そうとは思わんな」
「ああ？　もしかして極秘？」
　リノアがゆっくりと頷いた。「大声、やめなよ」
「うう……すまねえ、けどよう、おれだけ仲間外れにされて、すっげえショックでさあ」
　ずきーん。セフィロスは落ちこんだ。そうか、仲間外れにされたのか、俺は。
「しかもクラウドの誕生日会やったんだって？」ゼルは椅子をがたがたひっぱってきて騒がしく坐りこむ。「なんで声かけてくれねえんだよ。いくらガーデンにいなかったからって、おれんちバラムだしさあ、誰か電話かけてくれるぐらい、してくれたっていいだろ」
「スコールがかけたって言ってたけど？」
「あいつが何回もかけるもんか。うちの電話、母ちゃんがしょっちゅう長話で使うから、一度や二度じゃ通じねえって」
「ならばPHSでも持っていればよかろう」ヴィンセントが呟いた。
「なんだそれ？」ゼルがきょとんとする。
　セフィロスは幽霊を振り返った。「いまの時代にはないものだぞ」
　ヴィンセントはわずかに首を傾げ、やがて納得したように頷いた。「そうだったな」
　リノアがなにか訊きたそうに眉を寄せたが、ゼルは年寄りのたわごととばかりに興味を失ったらしい。「そういや、クラウドは？　あいつもSeeDとして行っちまったのか？」
「いや」セフィロスは忌々しげに唇を歪め、拳を握った。「あの馬鹿チョコボ、ザックスと駆け落ちしおったのだ！」
「はあん」ゼルは肘を立てて顎を支えた。「じゃ、あんた、ふられたんだ」
　がん、とセフィロスは頭の上に見えない岩でも落ちてきたように感じていた。