The Land of the Covenant

１

　まるで箱庭だ。
　ヴィンセントはそう思った。
　バスカリューンの集めてきた地上のほとんどすべての動植物、その標本。解剖されたモンスターたち、並ぶ血液サンプル、遺伝子モデル、えんえんと連なる化学式。
　興味を惹くものをすべて詰めこみ、そのすべてを支配しようとする、それは幼稚な満足感を表わすものに見える。
　いつかどこかで見た光景だった。実験室、魔晄の匂い、悲鳴とも泣き声とも似ているかすれた笑い声。既視感の連続がヴィンセントの理性を麻痺させる。
「モンスターの進化ポイントは約五百年前だ」バスカリューンは狂喜乱舞して端末を操っていた。若い生物学者であり、歴史学者であり……天才的な遺伝子工学者でもある。
　彼は計算をやめ、モニターに次々現われる数字を熱に浮かされたように見つめたものだ。「なぜこのような食物連鎖から外れた原始的な生きものが現われたのか、まるで手がかりがなかったが、そうか、ジェノバか」
　ヴィンセントは部屋の中央にある大きなポッドを見やった。青い青い、魔晄の輝き。懐かしいとも思えるその不思議な色合い。
「そんな昔にも私と同じようなことを考えた科学者がいたとは思わなかった」バスカリューンは長いあいだの孤独を癒された子どものようにはしゃいでいた。話をする相手がいるのがひどく嬉しいとでもいうかのごとく、とめどなく言葉を紡いでいる。「生態系はコントロールされるべきなのだ。無駄なエネルギーの消費を避け、適度な繁殖、適度な死滅。きみの言う星の仕組みを知ってからはなお、それが必要だと強く思うぞ」
　そして彼はヴィンセントの見ている魔晄ポッドへと身体を返した。「モンスターたちに襲われて無駄に死んでゆく人間、動物たち、荒らされ、枯れてゆく植物相」と大きく両手を広げる。「ライフストリームの負担を減らさないことには、この星は復活できん」
　懐かしい青い星の色。だが、どうしても衝動的にそこから目を逸らしたがる自分がいる。ヴィンセントは苦々しげに唇を引き結んだ。すべての命を育む、それは慈愛の色であるはずなのに、なぜ正視できないのか。
　この中ではすでに卵細胞が分裂を始めているだろう。
　ヴィンセントは内心ではまだ迷っていた。
　私のこの行為――この天才児に、ジェノバとライフストリームのことを示唆したこの行為が正しいことなのかどうかわからない。いや、すべてのことごとに正邪があるわけではないのだ。
　このバスカリューンの試みが星にとってどういうものになるか、それが気になるだけだ。
　このことは、あるいは第二のセフィロスを創るかもしれん。
　それでも。
　ヴィンセントは、その青い液体に見えるエネルギー、その輝きと同じ色の目をしたソルジャーを思い出す。
　それでもまた、おまえも星も、あれを赦してしまうのか。
　リユニオンの力はもうないとはいえ、あの鬼神を復活させてしまった星と、それをああもあっさり受け取ってしまったあいつ。おまえたちは、あのことのすべてを赦しているのか。
　星はまだ息を吹き返しているようには見えないのに。
　相変わらずの自然破壊、資源の枯渇、ライフストリームからは苦鳴ばかり聞こえてくる。私の罪はまだ消えていないとばかりに、いまだに悪夢は続いているというのに。
　そして悪夢は現実になった。
　獣たちを呼び寄せ、いちどきに追い出したハイン。
　その強大な魔力、その衝撃に、星は身をよじって叫んだ。
　ライフストリームは荒れ狂い、マグマは流れを変え、大陸は沈み、海は盛りあがり、空は乱れた。
　あの日、おまえは泣いた。
　すべては星のものなのにと叫んだな。
　遥か昔、歪んだ科学者の理想と私の無関心、ひとりの母親の盲目的な熱情とで生み出された不自然きわまりない命が、いつのまに星の一部になっていたのか。
　星が、月が、たがいにたがいを呼びあっている。
　それでも、おまえはハインを放置した。憎むこともせず、同情することもせず。
　彼に剣を向けるなら、私もいっしょに断罪されたかった。そう覚悟していたように思う。
　あるいは、私はおまえを試したのかもしれない。あるいは星を試したのかもしれない。
　そうしていつまで……約束の地を信じて生きていけるのか。
　いつまで人間を赦しつづけていられるのか。
　星にとっての悪夢を、飽くことなく生み出しつづける人間たちを。
　いや、わかっている。
　星を支配するのは星だ。
　その地上を何者がのさばっていようと、おまえたちには関係ないのだろうな。
　ならば……。
　――おれ、月の涙、もういやなんだ。
「ならば、月にいる獣たちをすべておろしてしまえばいい」ヴィンセントは夜空に浮かぶ紅い月を見あげて呟いた。
　だが、すべてのあの狂気を受け止めるには星は小さすぎる。
　再びの天変地異は避けられないだろう。星は、今度こそ耐えられないかもしれない。
　あいつはそれをわかっていてやったのか。
　あるいは単なる癇癪か。
　月からモンスターを呼びこむあの狂気のマテリアを、どんな思いで分解したのだろう。
　ヴィンセントはそっと吐息を抑えた。
　なにを考えているのか、星ともども謎になっていくな。
　どんどん遠くなる。
　そしていま、彼の前にはバスカリューンではなく、その科学者の悪夢から誕生した子どもたちが立っていた。
　銀の髪、紅い目、どこか障害を持っているのかと思われるほどの痩身。いや、障害がないはずはないのだ。白子がここまで成長するのは稀。それも一時(いちどき)に四人もの同じ遺伝子を。
　なんらかの意図が彼らの上にあるのか。なにものが彼らを生かそうと試みたのだろう。
　いずれにしてもこの子どもたちは生まれ、この世に出てきてしまった。後戻りはできないのだ。