１
ティンバーホテルのレストランでコンチネンタルの朝食を摂り、部屋に帰ったザックスは、まだベッドの中でもぞもぞやってるクラウドに蹴りを入れた。
寝ぼけた反撃の蹴りを受け止め、さらに殴る。
クラウドはむくりと起きあがり、「おはよう」と呟きながら毛布を引きずってバスルームへ向かっていった。まったく、しばらくぶりにベッドで寝ると、こいつはとことん甘えるよな。
ザックスは新聞を手にしてテーブルに歩み寄ると、どっかり腰をおろし、柔らかい絨毯に踵を埋めるように足を投げ出した。
そうして新聞をぴんと伸ばし、一面の大きな見出しに思わず声をあげてしまう。「あらら」
「ふぁんかあっは？」クラウドが歯磨きしながら訊ねてきた。
「ガルバディアがバラム占拠したってよう」ザックスは一面をじっくり読みなおした。「バラムの大統領は無条件降伏、ただし、ガーデンはバラムの機関ではないからこの決定に準じない」
「だろうね」タオルで顔を拭き拭き、クラウドがバスルームから出てくる。「バラム占拠しても、ガーデンが背中にいるんじゃ占領軍も落ち着かないだろ。一戦あるかな」
「おまえは落ち着いてんなあ」
「だってセフィロスがいるじゃないか」
「ま、そりゃそうだな」ザックスはあっさり頷いて、新聞を折りたたんだ。「それにしても、こりゃ本格的にエスタとドンパチやりそうだ。トラビアがまだなにもできないうちにバラムを橋頭堡にしようってんだろ」
このティンバーはつい最近、不干渉条約結んだばかりだから、さすがに手を出せなかったというところか。デリング大統領の長期支配や魔女の独裁があったとはいえ、ガルバディアにだってさすがに世論ってもんがあるもんな。
「このあとはフィッシャーマン・ホライズンかな」クラウドは首を傾げた。「トラビア、バラムと抑えてしまえば、あとはF.H.(フィッシャーマン・ホライズン)を沈黙させるだけで、ティンバーもドールもうっかりエスタと結ぶわけにいかなくなるし」
おれ、そこまで考えなかったよ。「おまえ、いつのまにか頭よくなってねえ？」
クラウドは、じとっとこちらを睨みつけてきたが、すぐになにかを思い出したように、ああ、と手を打った。「あんた、ソルジャー時代はほんと、ちゃらんぽらんだったもんな。おれ、あんたの代わりに、いつもセフィロスといっしょに戦略会議出てたんだよ。いいかげん覚えるだろ」
確かに、おれのデスクワークの大半はこいつに押しつけてたような気もする。「悪かったよ」
「でも、せっかく大洋横断鉄道再開したっていうのに、またすぐ封鎖されちゃ可哀相だよな」クラウドは冷蔵庫からオレンジジュースを取り出す。「炭酸入りだ。普通の、ないの……」
「我慢して飲めよ」
クラウドは我慢して飲んだらしい。ひとくちふたくち飲みこむと、ふと考え深げに腕を組み、壁に背をもたせかける。
「なんだ？」ザックスは眉を寄せた。
クラウドはまたぼんやりとオレンジジュースを飲んでから、瓶を持ったほうの手でザックスを指し示してくる。「うん、あんた、ガーデンに戻らない？」
「なんで、おまえは？」
「おれ、F.H.に行く」
「なにしに」
「釣り」
＊＊＊
「ガーデンを動かす男、ニーダ再び！」
「やかましい」窓の外、あさってのほうを向いて吼えるSeeDの頭を、セフィロスはファイルではたいた。「おまえはいざというとき、緊急発進できるよう待機していればいいのだ。口を閉じてな」
「はーい」ニーダは操舵爪に凭れるようにして項垂れた。セフィロスが睨みつけると、すくっと背筋を伸ばし、「イエス・サー」と言いなおす。
『こちらゼル・ディン』無線からまたやかましい声が響いてくる。『バラム駐屯軍、動きなし。なあ、ほんとにガーデンに攻めてくるのか？』
「どいつもこいつも」セフィロスは指揮官卓を拳で粉々にした。「黙って待機できんのか、馬鹿者！」
「みな不安なんですわ。本物の軍隊のようにはいきませんと、ちゃんと最初から申しあげたでしょうに」イデアが優雅に紅茶を飲みながら呟いた。
その両隣にはリノアとエルオーネがやはり坐っていて、クッキーとビスケットの甘さについて論じている。なぜこの魔女どもは、非常警戒態勢下、司令本部でのんびり午後のお茶を楽しんでいるのだ。
「そもそも、なぜ俺が指揮を執らなければならん」
「すみません」ともすれば、すっかりその存在を忘れ去られがちなシドが椅子の陰からおずおずと言った。「私に先頭に立って戦うことができればいいんですが……」
「腰痛持ちは黙っとれ」
「はい」
この大事なときに、ぎっくり腰になるとはな。
だいたい、あのガキもいかん。ガーデン防御指揮官という肩書きのくせにふらふらと出歩きおって。どうして、ここぞというときにSeeD連中をごっそり連れていくのだ。
くそ、このさい、ザックスのサルめがいれば、あれこれとこき使ってバラム奪回も無理ではないというのに。現在、中間指揮官として使えるのは、せいぜいがゼルとシュウだけ。まあクラウドがいないだけましか。いまでは、あれほど軍隊に不向きな人材もおらんだろう。
ゼルもシュウもいちおう言うことは聞く。命令を逸脱しないシュウはもとより、ゼルも背後にサポートがいるとわかっていれば充分に実力を発揮できるタイプだ。ただ待機が長いと、どうなるかわからんがな。
彼らの下につけてやれる兵士――もといSeeDたちも、まだ少年と言っていいほどの連中ばかり。まったく、この玩具の兵隊でどう戦争をやれというのだ。
セフィロスは苛立たしげに地図を睨みつけた。
バラムは島国だ。北は上陸は絶対無理とばかりに山脈に縁取られているが、南はほとんど無防備。ガルバディアはドールの北からトラビアに入り、そこから海路で攻め入ってきた。現在は西海岸にあるラハ岬に一時的な集積所を設けてさえいる。
どれほどガーデンがもちこたえようと、このルートを分断しないことには埒があかんな。だが現在の戦力で海上での作戦を展開するには、このガーデンをほとんど空(から)にしなければならん。
しかも、ここには幼児と言えるほどの子どもまでいるのだ。
フィッシャーマン・ホライズンへのガルバディア軍の動きも気になる。ティンバーやドールも無視はできん。トラビアにゲリラ戦力があると仮定しても、そんなあやふやなものをあてにして動くわけにもいかんしな。
ガーデンだけのことを考えれば、この学校はふわふわ移動できることだし、とっとと逃げればすむが、それではガルバディアの思う壺だ。できるならガーデンの移動は最後の手段にしたい。
……ふむ。
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