The Land of the Covenant

１

　荒れ果てた大地も、枯れかけた森も、そこにはなかった。
　ほんの小さな村があったはずの場所。わずかな畑にかこまれ、身を寄せあって暮らしていた人々の姿は跡形もない。
　強引に削り取られたような真っ平らな地面があるばかり。
　たったまばたきするだけの時間ですべてが消え失せていた。きらきらと、むしろ清らかとも思える青い光がかすかに風に舞い、次第に大地へとおりていく。
　ヴィンセントはそれらライフストリームの残滓を追い、そしてクラウドに目を向けた。
　彼はそこに立っていた。空を仰ぎ、ただ茫然と。
「クラウド」呼びかけてみる。
　反応はなかった。しばらく待ち、再びヴィンセントは口をひらく。「クラウド」
　彼は振り返った。青ざめた白い顔、魔晄の光を灯した青い目は、怯えと不安と悲哀で揺れている。
「ライフストリームに同調してしまうのはジェノバの特性だ。おまえのせいではない」ヴィンセントは抑えた声で囁いた。
「違う」クラウドはきっぱりと首を振る。「おれの意志だった」
　そして再びなにもない大地を見つめ、また灰色の雲で覆われた空を見あげる彼。「おれが消えろって、見たくないって思ったんだ」
　荒れ果てた星、徘徊するモンスター、徘徊する荒んだ人々。それでも懸命に生きる人々を守ろうとしてきた彼の、ただ一度の激発。
　目の前に広がる虚しいばかりの風景はその結果だ。
　クラウドはゆっくりと自分の手のひらに目を落とした。「おれの意志だった。もうジェノバだとか、そうでないとか、関係ないんだよ」
　ヴィンセントは自分でも、おそらく彼より青い顔をしているだろうと思った。その意味するところはひとつしかない。
　ジェノバとの完全な融合。
「おれは、おれじゃなくなるのか？」
　ジェノバを制することでソルジャーは正常な状態を保てる。
　クラウドはソルジャーになれなかった。ソルジャーになるにはあまりにも受動的な精神。それは、あの旅を終えたあともなお彼を悩ませつづけたものだ。
　破壊と終末を導くためだけの存在であるジェノバ。それに屈してのちはセフィロスと同じ運命を辿るだろう。このとき、ヴィンセントの胸にその危惧があったのは確かだ。そうなったとき、彼を止めるために自分が動かなければならないことも覚悟していた。
　あのメテオの悪夢のとき、クラウドはほとんど眠っている状態だった。うわべはソルジャーとして動いていはいたけれども、ジェノバが完全になろうというときに、クラウドの中のものは目覚めていなかった。
　だからこそ生き残った。
　そして結局、災厄の芽は残されてしまったのだ。
　その芽が彼を侵蝕し、完全に乗っ取ったならどうなるのだろう。
　星の終わりが来るのだろうか。
　しかし。
　ヴィンセントはわずかな陽光にも映える金色の髪を見つめた。
　ジェノバと融合したのだとしたら、この穏やかさはなんだ。
　激発したのもひとときだけ。確かにそのかん、その感情に巻きこまれてライフストリームは荒れ狂った。だがそれだけだ。
「おれは……」クラウドの声はいまにも消えてしまいそうに思えた。
「クラウド」ヴィンセントは叫ぶように彼の名前を呼んだ。
　彼は振り返る。あの青い目。星と同じ宝石のような透明な輝き。「うん？」
　ヴィンセントは一瞬、その青色に見入った。「……クラウド」
「うん……」彼はかすかに微笑んだ。
　そして彼は、しばらくひとりにしてくれと、どこかに去った。
　その次に会ったとき、クラウドはずいぶんと変わっていた。まるで生きることこそが約束の地に在るのだというように、すっかりその表情まで変化が見えたものだ。
　いまザックスの面倒見てるんだと彼は言った。まだ話はできないんだけどなと。その何十年かあとには、セフィロスを拾ったと苦笑した。どうしよう？　捨てるわけにもいかないしさ。
　ナナキは心配そうだった。「おいらの嫁さん――まだ赤ん坊だけど――、クラウドが連れてきたんだ。どこからって聞いたら、星からって笑うんだよ」
　クラウド、どうしちゃったんだい？　まるでエアリスみたいなことばかり言うよ。いつまで経っても幼児言葉の抜けない狼は、そんなふうに締め括ったように思う。
　エアリスのことに言及するのは、あの当時にはまだ避けていたことだった。特に仲間たちが――ティファやバレット、シドもユフィも、さらにはリーブやマリンが――星に還ってからは、我々のあいだではひとことも彼らに触れることもなくなっていた。
　文明はどんどん衰退し、周囲の生命が次々と消えていくあの頃こそ、セトラの存在を強く願わなかったことはない。なによりも、古代種たちは星を生き返らせるのに必要ななにかを持っていたのだと、やるせない後悔ばかりが心を責め苛んだものだ。
　人はいまだに約束の地を見出せずにいるのに、遥か過去に生きた者たちのみが安息の地にいる。
　セフィロスはジェノバと融合してのちも約束の地を求めつづけた。ならばクラウド、おまえもそれを求めつづけているはずだ。それはどこにある。
　古代種たちの約束の地と、おまえのそれは一致するのか。あるいはセフィロスのものを踏襲するのか。
　なぜあの男を赦した。
　なぜ、ともに生きられる。
　私の罪は、なにをもって償えばいいのだ。
　セフィロスを生み出し、おまえに孤独を強いた私の罪を。
　それだけではない。こうして生きつづけるあいだにも、私の罪はひとつ、またひとつと増えていく。そしてその結果は常に、私の目の前に突きつけられるのだ。
　ベッドの上では、銀髪のひとり――クラウドが呼ぶところのワイルダーが、激しく呻いて転げまわっている。
　すこし前に発作を起こしたチャックは、現在、高熱のまま意識不明だった。
　クローンにも限界はある。分裂し、情報を写し取るにも、それは徐々に歪んでいくのだ。バスカリューンはその劣化を防ぐためにプログラムに制限をかけていたはずだった。だがおそらく、何百年前かに起こったセントラの《月の涙》でなにかが目覚めたのだろう。でたらめに何千ものコピーたちを生み出したのは、そのプログラムを逸脱したなにかだ。
　あるいは生命というものは、そうやっていとも簡単に操り糸をみずから切り、暴走していくものなのだろうか。
　それでも変形した遺伝子は袋小路への道を螺旋を描いていく。
　白子という形で顕われた染色体異常。決定づけられた短命。エネルギー代謝は非効率的に空回りし、気圧も空気も人工的だった環境のせいで、地上では、彼らの肺も心臓も正常に体内へ酸素をめぐらせることができない。
　それでも彼らは海から逃れてきた。
　リユニオンという約束の地を求めて。
　クラウドがそれと知らずにセフィロスを求めて旅をしたように、彼らもクラウドを求めてさまよった。
　それはおそらく歪められたプログラムだろうとは思う。
　あるいは……。バスカリューンの知識をすべて収めたデータベースを、彼らはまるごと呑みこんでいる。ただの単語とその意味の羅列であるはずのそのデータは、彼らの精神によってひとつの理想を作りあげたのかもしれない。
　約束の地、リユニオン、再生――
　そのすべてが私の罪だった。ジェノバの秘密を求め、それを消去する方策を無我夢中で探していた私の愚かな所業だ。
　そしてその残滓がここにある。
　銀色の悪夢からもがき出てきた子どもたち。
　私はセフィロスを生み出し、ハインを生み出し、幾度もおまえを泣かせた。また泣かせることになるかもしれない。
　あるいは、私は試そうとしているのかもしれないな。