The Land of the Covenant

１

　バハムートは雲のかたまりを猛スピードで突き破った。
　散らされた水蒸気が本当の綿のようにちぎれ、乱流に翻弄されて長い尾を刷く。
　大きく羽ばたいた竜王はそのまままっすぐ翼を伸ばし、身体をわずかに斜めに傾いだ。途端に襲ってくる下降感。
　セルフィは頭から血の気が引くような感覚をおぼえながら、セフィロスのコートを握りしめ、見るともなしに海を目に入れた。
　傾いた視界に斜めに横切る水平線。赤く色づきはじめた太陽。
　なにもない青い海原にぽつんと小さな黒い染みがある。海洋探査人工島と呼ばれるそこは、孤島と呼ぶに相応しいほどだだっ広い海の真ん中にあった。
「はやーい」彼女は思わず叫んだ。
「ふん、飛空艇ラグナロクなど目ではないわ」
「バハムートを褒めたんだよ、飛んでるのはセフィロスさんじゃないでしょ」セルフィは彼の長い三つ編みをひっぱった。空を飛んでいるあいだ、掴まるついでに彼女がまとめてやったのだ。だって、ばちばち風に煽られて、あたしが痛いんだもん。
　セフィロスはじろりと肩越しに彼女を睨みつけてくる。「こやつらの能力をどれだけ引き出せるかは呼び出した者による。おまえなどでは、せいぜい気球と競争するぐらいが関の山だろう」
「あたし、セフィロスさんまで召喚獣使えるとは思わなかったよ」セルフィは頷いた。「でもこの子、なんだかしぶしぶって感じしない？」
「クラウドのほかに天下の竜王をこの子扱いするやつがいるとはな」セフィロスはまた前に向きなおる。「こいつらには俺は嫌われている。いま俺に従っているのは、クラウドがいきなり、こいつらを置いて遠くへ行ってしまったからだ」
「ふうん」
「クラウドがテレポの魔法をいやがるのも、そのせいもあるだろう。エネルギーというのは常に流動的であり、交換的なものだ。ぱっと出したり消したりすると気が乱れる」
「じゃあ、クラウドが連れてた召喚獣、みんな迷子になっちゃったの？」
　セフィロスはいやそうに顔をしかめた。「だから俺にひっついているのだ。まったく鬱陶しい」
　下降中、ぐんぐんと海面が迫ってくる中でバハムートがぐいと首をもたげた。器用に背中のセフィロスに鼻づらを向けると、いきなりブレスを吹きつける。
　セルフィは咄嗟に彼の背中に隠れ、セフィロスはどうやらシェルだかウォールだかを張ったらしい。のけぞったものの、あちこち焦げることはなかった。
「悪かった。もう二度と鬱陶しいとは言わんから、クラウドに会うまでおとなしくしてくれ」
　話、通じてるのかな。セルフィは前を向きなおったバハムートとセフィロスを交互に見比べた。まあ一種の協定みたいなものが成立してるのかもね。
　バハムートが速度を落とし、海面すれすれで羽ばたいた。風で波を左右にかき分けながら海洋探査人工島に乗りあがる。
　海草を絡みつかせた古びた研究所の上にラグナロクが繋留してあった。垂直離着陸もできる飛行機だから、こういう狭いところに鎮座していても不思議はない。
　少し平らな岩の上におり立ちながらセルフィは陽光を反射している機体を眺めた。「みんなも来てるんやね」
　彼らと合流するのか、中に入るのか訊こうと振り返れば、セフィロスはバハムートと顔を突きあわせて睨みあっている。帰れ、帰らんと押し問答しているように見えた。
「やっぱり、バハムートじゃねえか」
　その声にまた向きなおれば、ゼルが大きく手を振っていた。
　キスティスも瓦礫を乗り越えて姿を見せたものだ。「セルフィ？　なんであなた、そこにいるの」
「セフィロスさんといっしょに脱獄してきたんだ」セルフィは手を振り返した。「すごかったよ。収容所の中央リフター切り落としちゃって木っ端微塵。それでもみんなが脱出するだけの時間は作るんだから、セフィロスさんて、もしかしたら結構優しいかも」
「ガルバディア兵を見逃そうと思ったわけではない」セフィロスが歩いてきながら無愛想に呟いた。「やたら死人を出すと、あとでクラウドにお仕置きされるのでな」
「まあ、そんなことだろうとは思ったけど」セルフィは手をおろした。
　ゼルが瓦礫の上から跳びおりてくる。「収容所って、砂漠のあそこか？　やっぱりヴィンセント、ガルバディアと繋がってるのかよ？」
「そうではないだろう」セフィロスが応える。「あいつは単に、あんな寂れて囚人もろくにいないような暗い場所が好きなだけだ」
「ねえねえ」セルフィはゼルとキスティスを見つめた。「そっちはどうしてここにいるの？」
「ザックスさんといっしょに、おめえを助けに来たんだよ」
「違うわ」キスティスが素早く訂正する。「クラウドに会いに来たのよ」
「クラウドはここにはおらんぞ」セフィロスが空へ目をやった。「忘れてさえいなければ、おっつけ、また来るはずだが、バハムートもいないのでは時間がかかるだろうな」
　当然だがこの頃、クラウドがチョコボの卵といっしょにお昼寝していることをまだ誰も知らない。
「仕方がない」セフィロスは研究所に向きなおった。「俺は先に行く。あれが来たら、そう伝えておいてくれ」
「先に行くって言ったって」セルフィは彼の三つ編みをひっぱって引き止めた。「またテレポの魔法にひっかかったらどうするの？」
「どこかの鳥頭といっしょにするな」セフィロスは彼女から髪を取り返してから、なんだこれはという目で三つ編みを凝視した。「いつのまに……まあいい、タイタン！」
　地面が揺れ、キスティスがちびドラゴンを抱きしめながらよろめき、ゼルが尻餅をついた。セルフィは再びセフィロスの三つ編みとコートにしがみつく。
　そこいらの岩を蹴散らかし、巨人が出現した。
「二、三層ぶんほどひっくり返せ」セフィロスが足もとを指さす。
　タイタンという召喚獣はじろりと彼を睨みおろしたあと、いかにも溜息をつきたそうな空気をまといながら、のそりと屈みこんだ。