The Land of the Covenant

　クラウドたちが使っていたテニスラケットは、さすがに重く、頑丈だ。
　したがって、ジャンクションしなければ普通の人間の腕力で振りまわせるものではなかった。さらに言えば、穴だらけになったコートは、どこにボールがはずむかわからず、反射神経と動体視力の訓練にちょうどよいと、SeeD専用のコートと化している。
　スコールはわざと穴を狙ってボールを打ちこみ、サイファーに悔しげな罵声を出させた。
「てめえ、根性曲がってきてるぞ、ちくしょうめ」
「あれくらいの球筋、読めるようになれよ」スコールはラケットを振りまわしながらコートから出た。
　交代でゼルとセルフィがコートに入ってくる。
　サイファーがまだ出ようとしないので、キスティスも加えてダブルスゲームになったらしい。
　テニスコートは建物の陰になっているような場所で、あまり風も吹いてこないが、少し離れると枯葉が積もり、ベンチは寂しげだ。
　だが晩秋の寒風の中でもなぜか、かき氷作りに勤しむ連中もいたりする。
「あ、イチゴミルクはおれのだってば」
「おれは宇治金時だぞ。小豆たっぷり載せてくれよ」
「セフィロスはラズベリーだって言っただろ。それはイチゴシロップ」
「同じ赤ではないか」
「これからミルクをかけてピンクにするんだよ」
　金銀黒のモンスターがじゃれあっているのを見つめながらスコールは苦笑した。
　この三人がいつ帰ってきたのか、正確なところは誰も知らない。
　どうやらスコールが仕事でエスタに行っているあいだに戻ってきたらしいのだが、彼らは当然のようにこの学校に棲みついていたのだ。
　ただ、ヴィンセントだけはまだ誰も姿を見ていない。もしかしたらとセルフィは少し落ちこみぎみだ。彼のファンクラブ会員ナンバー１だったからな。
「おおい」ザックスが大きく手を振ってきた。「おまえさんも、なんか食うか？」
　人の腹を壊すつもりか。「……レモンシロップ」
「じゃ、蜂蜜かけてやろうな」クラウドが、がりがりと砕氷器の把手をまわしはじめる。
　スコールは空(あ)いていた席に坐り、見た目にも寒そうな氷菓子を睨みつけた。もしかして我慢大会のつもりか？
　ザックスが緑色の氷に煮豆をどっさり載せ、いただきまーすとばかりに食いつく。
「げっ」と途端に吹き出したものだ。
「汚いなあ」クラウドが彼の頭を蹴り飛ばす。
「冗談じゃねえ、宇治金時って言っただろ、なんだよこのメロン味！」
「え、緑色じゃなかったっけ？」
「馬鹿野郎」ザックスは金色のチョコボ頭をはたき飛ばした。「同じ緑でも抹茶だ、抹茶」
「クラウド」と、セフィロスが渋い顔をする。「なぜワインの味がするのだ」
「あれ？」クラウドは慌てて並べていた瓶を点検する。「変だな。食堂のおばちゃんに言って適当に選んでもらったんだけど」
「水で薄めたワインなど、人間の飲むものではないぞ」
「かき氷ってのは食うもんだろ」
　スコールは自分の前に出されたものに手をつけたくなくなってきた。なにが入っているか知れたものではない。
　はあ、と溜息をつけば、三人が振り返ってくる。
「どうかした？」クラウドが訊ねてきた。
　いや、どうもしないんだが……。スコールは首を振った。「訊きたかったんだが、ハインだったのか、あれは？」
　クラウドが首を傾げる。「いきなりなんだよ」
「いや、気になってるものだから」
「そうだなあ」クラウドは練乳をかけすぎるほど氷に落としながらぼんやり応えた。「ハインの残留思念に乗っかった星っていうところかな」
　スコールは顔をしかめた。「星があんたを手に入れようとしたのか？」
「まあね。いつものことだし」
　いつもって、あのな……。
「だから、星とは縁を切ってくれというのだ」セフィロスが苛立たしげに呟く。「おまえはあいつらの脅威で、愛すべきチョコボなのだ。少しは自覚してくれ」
「チョコボって言うな」そこでクラウドは自分のかき氷の状態に気づいたらしい。「ああっ、ミルクの中に氷が浮かんでるじゃないか」
「ほれ」と、ザックスがイチゴシロップをどっさりかける。「これでイチゴミルクだ」
「なにすんだよ」クラウドは彼を絞めあげた。「おれはかき氷が食いたいのに、これじゃ色つき砂糖水じゃないか！」
「こらこら」ザックスは懸命にクラウドの両手を押さえている。「まったく、人に取りすがってわんわん泣いてたのは誰だよ？」
「うるさいな」
「うむ」セフィロスがおもむろに頷く。「どうせなら俺に抱きついてくれればよかったものを。まあ横から見ているほうが可愛かったがな」
「うるさいって言ってるだろ！」
　相変わらずどたばたと殴りあう三人を、スコールは羨ましげに見つめていた。
「俺はもっと強くなる。絶対に」思わず、そんな言葉が口をついて出た。
「また、いきなりだな」クラウドが、セフィロスに突っこまれた氷のかたまりをがりがり噛み砕きながら振り返ってくる。どうでもいいが、あんたの歯って丈夫だな。
　スコールはクラウドにまっすぐ目を向けた。「あんたと友達になりたいから」
　一瞬の沈黙。
　そしてザックスが爆笑した。腹を抱え、テーブルに突っ伏して笑い転げた。
　それをクラウドが苦笑に満たない渋面で見つめる。「ザックス」
「いや、だってよ……」
「なんだ？」スコールは少しむっとした。
「ああ、違うんだ」クラウドは今度こそ苦笑する。「おれ、いまのあんたと同じこと言ったの、こいつに」とザックスを親指で指し示す。
　スコールはわずかに目を瞠った。「だって、あんた強いじゃないか」
「誰だって成長するんだよ」
「あんたも？」
「おれも」
「背は伸びなかったがな」セフィロスがクラウドの後ろからチョコボ頭を押さえつける。
「やかましい」拳で撃退してから、クラウドはスコールに向きなおった。「じゃあ、そうだな、『じゃ、今日からおれら、ダチな、クラウドって呼べよ』」
　スコールは首を傾げた。ザックスがまたも笑い出す。
　バラムは今日も快晴だった。

＊＊＊

　ラグナは上機嫌だった。
　ガルバディアとの協定はうまくいったし、おじゃるは帰ってきたし、チョコボは生まれそうだし、ああ、これで大統領引退できればなあ。
　チョコボサファリパークは着々と工事が進んでいた。すでにほぼ全域に植樹され、芝生も植え替えられ、散歩道も花壇もばっちりだ。公園の中央にはどこか見たようなチョコボ頭の天使像が置かれ、ほのぼのした雰囲気に仕上がりつつあった。
　やっぱりこうでなくちゃな。なんたってチョコボの楽園になるんだから。
　今度、孵化する第一号のチョコボ二羽。これの飼育に成功し、さらに卵を産ませられれば、その卵はガルバディアへの友好記念に贈られる手はずになっていた。もっとも本来なら、チョコボたちが成長するのを待たずに送ることができるはずだったんだがな。いつのまにか、クラウドがふたつかっぱらっていったのだ。ウォードがいいって言っちまったらしいし、もともとクラウドが持ってきたものだし、それに、あのチョコボに返せとはいえないし。しょうがねえか。
　ラグナはキロスとともに、その公園をぶらぶら散歩して歩いていた。
　温室になっているチョコボ舎に着くと、ウォードがどたどたと走りまわっている。
「生まれる、生まれる」と彼の女房が取り乱して叫んでいるものだから、事態はすぐに知れた。
　ラグナはキロスと競走するように温室になだれこんだものだ。
「生まれるって？」
「いつだ、いつ」
　駆け寄り、銀髪の少年の頭越しに金色の卵に向かって問いかけた。
　夏の終わりに届けられてから、これまで孵化の兆しをほとんど見せなかったのだ。信じられないのが半分、期待が半分、彼らは卵のそばでしゃがみこみ、梃子でも動かない姿勢を見せた。
　彼らのあいだに挟まるような形になった少年が、わずかに困惑した顔を交互に向ける。
　ラグナはぽんぽんと彼の頭を叩いた。「ギャラリーは気にするな、ちゃんと孵化させてくれよ」
　ウォードがのしのしと歩いてきて、邪魔とばかりにラグナを蹴り飛ばした。ちくしょう、おれはこれでも大統領なんだぞ。
　無言で野菜を刻んだ皿と粟餌を盛ったトレーを少年の横に置き、彼はラグナがしゃがんでいた場所にどっかりと胡坐をかいてしまう。ラグナはしぶしぶ、その横で我慢した。
　可愛いウォードの嫁さんが来て少年に注意を促がす。「孵化したばかりの雛はいっぱい食べるんですって。眠りこむまで食べさせろってクラウドさん言ってたの。頼むわね」
　少年は黙って頷いた。
　ラグナは卵から目を離し、彼のほうへ視線を向ける。
　だいぶ愛想がよくなったな。クラウドが連れてきたときにはえらく無反応で、ものもろくに食えないありさまだったのに。
「まあ、いろいろあってさ」と、あのチョコボは気軽に押しつけていったものだ。「分裂症だったんだけど、統合したショックでちょっと内向的になっちゃったんだ。ウォードもほら、チョコボの飼育で人手が欲しいって言ってただろ。前に経験もあるし、全然知らないやつを雇うよりはいいんじゃないか。それに、こいつにいろいろ、生活のこととか教えてくれると助かるよ」
　どうやら、なんだかんだとSeeDのほうでごたごたやってたらしいが、まあ、おれらには関係のない話だ。チョコボの専門飼育係が確保できるのはありがたいしな。素性がわからねえってのにも目はつむれるだろう。なにしろ、あの三人を長年住まわせていた国だし、なにが起こってもなんとかなる。
「おっ」
「あっ」
　キロスとウォードのかみさんが声をあげた。少年が身を乗り出し、ウォードも少し身を屈める。
　ラグナは金色のつるりとした卵をじっと見つめた。
　いっぽうの卵に、ぴし、とまずはひとすじ、ひびが入る。卵全体がわずかに揺れ、中からこつこつとかすかな音がしてきた。
　殻がひとかけらこぼれ落ち、さらにもうひとかけらと、卵が揺れるごと雛が出てくるための穴がどんどんひらいてゆく。
　おおお、なんだか知らんが感動だ。
　やがて出てきた雛は濡れた金色の羽毛をしていて、お世辞にも可愛いとは言えないほど地肌がその合間に見えてグロテスクだ。だが、これがあのふわふわ頬ずりしたくなるようなものになるんだよな。
　雛は転がり出て、卵の欠片を背中にくっつけたまま、じたばたと身を起こした。
　ぴいぴいと雛独特のかすれた声を出しながら、よく見えなさそうな目をして、くるくると頭を動かしている。
　粟餌のトレーを持っていた少年を見つけ、雛はよたよたと蛇行しながらそちらへ向かった。
　ぽかんと口をあけていた少年は、餌、餌、と催促する雛を前に、だがぼんやりと動けないでいた。
「ほらブランク、あげないと」ウォードのかみさんが軽く肩をたたく。
　少年はくしゃりと顔をしかめた。
　キロスが横から心配げな顔を向ける。「手伝うか？」
　彼は首を振り、震える手で餌を摘まんで雛のほうへさし出した。
　がぶりと指ごと食いつく雛。
　少年は呻き、だが、どうやら痛みではなく泣いているようだった。
　ラグナも思わずほだされて目頭が熱くなる。
　ちくしょう、おれ、こういうの弱いんだよう。
　やがて、もうひとつの卵も揺れはじめると、彼らは感動どころではなくなった。

＊＊＊

　そこは暗闇だった。
　すべてがなにもかも消えてしまえば、あとに残るのはこの闇ばかりだろうか。
　ヴィンセントは溜息をついた。ライフストリームに放り出されたほうが、まだましだったような気もする。クラウドに殺されて、そのまま消えてしまいたかったのだがな。
　結局、私はこうしているほうが似合っているのだろう。
　ごん、と彼を包む空間が鳴った。
　うるさい。私を起こすな。
　ごん、ごん。
　眠りから呼び醒ますなというに。
「起きろ、起きろ！」なにもこだわりのなさそうな声が闇を通して伝わってくる。「起きないと、また棺桶壊すぞ」
　ヴィンセントはしぶしぶ起きあがり、棺桶の蓋をずらした。
　眩しい光とともに目に飛びこんでくるのは金色。
　ヴィンセントは目を押さえ、棺桶の縁にひたいをこすりつけた。「クラウド……墓をどうした？」
「あんたの部屋の壁を取っ払ってみたんだ。このくらい明るい部屋に住んだほうが、絶対いいって」彼は両手を広げ、開放的になった住処をぐるりと指し示す。
「勝手に改装するな」
「なんだよ、あんたのためにあれこれ、みんな気を使ってるんじゃないか。セルフィだってガーデン代表であんたに会いに来ただろ。返事ぐらいしてあげればよかったのに。彼女、落ちこんでるよ」
「すまんな」
「それに、セフィロスとザックスがこんなに立派な棺桶を特注で造ってくれたんじゃないか」
「……いやがらせとしか思えんぞ」
「好意は素直に受け取りな」クラウドはぽんぽんと自分の胸を叩く。「おれだってほら、こうやって見舞いに来てるんだし」
「……それこそ、いやがらせだろう」
「まあね」彼は棺桶の縁に腰かけ、いまだ目をこすっているヴィンセントを見おろしてくる。「そりゃあもう、呆れてるというか、今度こそ見限ろうと何度思ったか」
「だったら、とっとと殺してくれればいいものを」
「なあ、何度めだっけ？」金色のモンスターは極上の笑みで物騒な目を向けてくる。「あんたがおれを星にしようとしたの」
　ヴィンセントは片手を振って、言うなと示した。
　だがクラウドは無視する。「確か、おれが完全リユニオンしてすぐの頃にも、勝負だっていきなり襲いかかってきたよな。ハインのときもリユニオンしかないなんて暗示かけやがってさ。セフィロスとザックスがいないときに限って、あんた、変な行動するんだから」
「だから、あいつらを飼ってるのか？」
「そういうわけじゃないけど……」クラウドは眉を寄せた。「もしかしてあんた、あのふたりのせいで、おれが約束の地を忘れてるんじゃないかって考えてるのか？」
「そう思えるほど、おまえが楽しそうだったからな」
「苦しまなくちゃ辿りつけないような約束の地なら、おれいらないぞ」
「だが簡単に手に入れられるものでもあるまい」
「簡単だよ」
　ヴィンセントはクラウドを見あげた。青い目がまっすぐぶつかってくる。「よくも言う。探していると言ったのは誰だ？」
「そりゃ、探すさ。見えないんだもん」
　また禅問答みたいなことを。
「約束の地ってさ、ここにあるんだ、ここに」と、クラウドは腕を捻って背中を叩いてみせる。「見えるわけないだろ。だからずっと探すんだよ。あ、鏡で見るのは反則だからな」
「なんだそれは」
「だから」クラウドは腕をもとに戻し、再びぐるりとあたりを示してみせる。「どれだけ探したって見つからないものなんだよ」
「それでは救いがなかろう」
「そうでもない」クラウドはにこりとした。「いつかは追いつけるんじゃないかと思う」
「……背中に？」
「うん」クラウドは大きく頷いた。「明日の自分の後ろ姿」
　ヴィンセントは頬が引きつるのを感じた。頭がぼうっとなって、思わず泣き笑いしたくなるほどだ。「おまえは、単純すぎだ」
「いいじゃないか」
「セトラもいないこの星に、不安になることはないのか」
「セトラ？」
「忘れたわけではあるまい」ヴィンセントは彼を睨みつけた。本当に忘れていたら、今度こそ本気で殺しに行くからな。
「なに言ってるんだ」クラウドは相変わらずきょとんとまばたきする。「ちゃんといるだろ」
　ヴィンセントはぞくりとするものを鳩尾におぼえた。何百年ぶりかで驚愕したのだ。「どこに!?」
「イデアとかリノアとか。ほかにもいろいろ。いまは、だいたい魔女って呼ばれてるけど」
「……なんだと？」
「も一度、言おうか？」クラウドはかすかに笑った。「彼女たちはセトラだよ。少なくともセトラの卵。これからどう変わっていくかわからないけど……あんた、本当に気がついてなかったのか？」
　ヴィンセントはゆっくりとひたいに手をやり、しばらく無意識にこすっていた。
　そしてついに力のない笑い声が口をついて出る。「私は……」
「そうそう、ブランクも元気でやってるみたいだぞ。あんたよりはよっぽど前向きだ」クラウドはなぜか上機嫌に喋りつづける。まるで孫自慢してる婆さんみたいだぞ。いや、爺さんか。「あいつさ、生まれたてのチョコボと目を合わせちゃって、しばらくはてんてこ舞いだって。ラグナなんか感激して泣いたなんて言ってるけど、子チョコボというものが、どれだけわがままで、どれだけ食うか、わかっちゃいないんだ。あいつ、苦労するだろうな」
「それはそのまま、おまえに当てはまるのでは？」
「なんか言ったか？」
「空耳だ」
「ふうん」クラウドは横目で彼を見おろしてくる。「あ、言い忘れてたけど」と拳で手のひらを打った。「あんたが持ってた召喚マテリア、回収させてもらったからな」
　ヴィンセントはぎくりと凍りついた。
「もちろんすぐ解放したから、もう、あんたには従わないと思っててくれよ」
　ヴィンセントは反論できず、動くこともできなかった。
「あいつらにおれを攻撃させるなんて可哀相なこと、二度とするな」クラウドはしかつめらしく、たたみかけてくる。「あいつら、泣いて謝ってくるんだぞ。代わりにあんたをやっつけてやるなんて言うから、逆にこっちが宥める破目になるしさ」
　それはうっかりすると、クラウドの許しがなくても、あいつらが襲ってくるかもしれないということではないのか？
「で、あんた、そろそろ棺桶から出て、ガーデンに戻ってくる気ない？」
　……まったく、天下の黄金チョコボに私ごときが逆らえるわけがないな。
　ヴィンセントはしぶしぶ腰をあげた。
　せいぜい、クラウドが約束の地に辿りつくときには私の背中もその隣にあることを祈ろう。

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THE END.

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