１
スコールはホースを手にしたまま、それを見つめていた。
バラムガーデン園芸部お得意の、かなりダイレクトな水撒き方法で久しぶりに花壇の世話をしていたところだ。
じょぼじょぼと水が流れっ放しのホースを横に向けたまま、スコールはかなり長いあいだ茫然と突っ立っていた。その足もとでは、にわかにできあがった細い小川の中でカモミールの若芽が溺れている。
スコールはやっと頭の中でひととおり疑問とすべきことを整理すると、ホースのコックを絞って振り返った。青々としたキャベツの列のあいだで、二羽のチョコボとアンジェロとで収穫に精を出しているリノアを見出す。
彼は無言のまま、彼女らの背後へ近づいていった。
「いったい、なににびっくりしたの？」リノアは、アンジェロが掘り返し、ティファチョコボが突ついて根から分離させたキャベツを籠に入れながら、スコールを振り仰ぎもせずに訊いてくる。どうでもいいが、いつからそんなに人の気配に敏感になったんだろう。俺は足音を立てていなかったのに。
「俺の知らない植物がある」スコールは彼女の背中を見おろしながら呟いた。「なにかの木だと思うんだが」
「花壇に生えるのは草ばかりじゃないでしょ」リノアはやっと顔をあげた。
「だが一週間前にはなかったんだ」
「そう？」彼女はスコールの身体越しに眺めやってから頷く。「一週間前どころか、ずっとあるよ、あのコーヒーノキ」
「コーヒーノキ？」
「スコール、あなたも一週間に一度とかじゃなくて、せめて三日に一度は園芸部の活動したら？」
「いや、だから、一週間前になかったものがどうして」
「だから、ずっとあるって言ってるでしょ」
……なんだ、この《ずれ》は？ 「クラウドが植えたって？ それを見たのか」
「見てないけど……でもここにある草花は全部、クラウドがアバウトに種を蒔いた結果じゃないの」リノアは軍手の嵌まった両手を広げて、ぐるりと周囲を示した。
バラムガーデンの大花壇は、写真に撮ってタイトルをつけるとすれば《混沌》だ。チューリップや水仙、バラなど球根類はもとより、スミレやら、向日葵やら、バーベナやら順不同に入り乱れ、たまに季節外れだというのに、横で咲いている菜の花につられてコスモスが咲いたりすることもある。それらに負けず劣らず、ラベンダーやカモミール、ヤロウなどの薬草類も頑張って戦っているし、タンポポやカスミソウは黙っていても元気に成長していた。さすがに味が変になるからと、にんじんやキャベツなど作物の列は隔離されているが、蒔種時期にちびチョコボたちが遊びまわって蹴散らかすおかげで、うっかりすると隅っこでジャガイモが繁殖し、校庭のほうまで地面の中を這い進んでいたりする。
ときどきオチューやフンゴオンゴなどが生えることもあるのだが、それらは自由に学校を出て、バラムの原生種を脅かすこともなく世界へと羽ばたいていくので、まあたいして問題ではない。ぐずぐず居坐るやつは、クラウドが強制的に〈天国にいちばん近い島〉へ巣立ちさせるからな。でなければ鍋の中だ。
だがクラウドは、それらの成長過程を見るのが好きだった。いきなり生長した木を持ってきて植えることは、これまでなかったことだ。
「あれはなんだ？」スコールはとりあえず疑問をひとつずつ消化することに決めた。
「なにって、コーヒーノキでしょ」リノアは手をはたきながら立ちあがった。「アカネ科、常緑樹。普通は鉢植えにして観賞用にするんだけど」
「鉢植えって数じゃないぞ」スコールは問題の木のほうを指し示した。「三列縦隊で行儀よく並んでいるんだ」
「そりゃ、クラウドのコーヒーノキだもん。行儀がいいのは珍しくないよ」
そういう問題じゃないだろう。「どこから持ってきて、いつのまに植えたんだ？ それになんの種類なんだ、あれは」
「さあ？」リノアは首を傾げた。「クラウドは〈コスモキャニオン〉って呼んでたよ」
「コスモキャニオン……」スコールはわずかに眉を寄せた。「どんなモンスターの棲息地だ？」
「まさか、あの木がモルボルみたいに歩きまわるっていうの？」
「クラウドが連れてきたんだろう？」
リノアも少し考えこんだ。「そう……だよね。うん、そうだった」
しばらくふたりして、青々としたつややかな葉をつける小さな木の列を見つめたものだ。
「とにかく、クラウドを捕まえて説明させないと」スコールはやっと呟いた。
「クラウドはガルバディアだよ」リノアが応える。
「なんでガルバディア？」
「ヴィンセントさんの捜索」
「また行方不明になったのか、あの教頭」スコールは足を止め、ちらりと西のほうへと目を向けた。
「まま先生がちょっとふざけすぎたみたいなの。若作りのヴィンセントさんにしたいんだって、髪までばっさりやっちゃって」リノアが頷く。「それでね――」
「どうしてクラウドがわざわざ捜しに行く？」
「だから続きがあるの」リノアは最後まで聞けというように大きく腕を振った。「ヴィンセントさんがいなくなったものだから、まま先生は着せ替え人形のターゲットにセフィロスさんを選んだの」
スコールは思わず、まま先生のホーリーでずたぼろにされながら、白い羽根のドレスを押しつけられる体育教師を想像してしまった。
「それでね、白いシャツ着たセフィロスさん見て、クラウドは泣きながら出ていったってわけ」リノアは肩を竦めた。「『白い服着たセフィロスなんてセフィロスじゃない』って」
そうなる前に誰も、まま先生に思いとどまらせることはできなかったのだろうか。まあ、ガーデンの最高権力者である魔女に逆らえる人間がいるとは思えないけどな。なにしろ、人間どころかチョコボだって従順になるんだ。