LONG AGO
チョコボは飛べる！
セントラ・パラダイス遊園地。
捻りもオリジナリティーもない名前だが、そこはそう呼ばれつづけて五十周年。本日は創業記念祭最終日だ。
何百組というアベックや団体がゲートを通り、何千もの家族がマスコットキャラクターのデブチョコボと写真を撮ったことか。
この一週間、毎日五回、風船が空へと舞いあがり、毎晩花火が打ちあげられている。さまざまなテーマブースから大音量で流れてくる軽やかな音楽は、あちこちでぶつかり、競いあい、たまに不協和音を奏でるものの、人々のざわめきにかき消えた。
子どもたちが嬌声をあげて駆けまわり、若者たちはアイスやクレープを手に練り歩き、遊園地をぐるりとめぐるジェットコースターからは断続的に悲鳴が落ちてくる。土産物屋は長蛇の列、レストランは常に満杯だ。
アシカがボールをぽんぽん放り投げて芸をしているステージの前では、ベンチの数が足りず、ブースの周囲までも立ち見でぎゅうぎゅうになっている。当然ながら子どもは抱きあげられ、肩車され、おかげで人並みの身長であっても最後尾からは見えないこともしばしばだった。
そんなわけで、クラウドはセフィロスに持ちあげられていた。
ごつい父親らしき男に抱えられた、ちょっと栄養の摂りすぎた子どもの後ろから身体を斜めにして覗きこんでいた彼は、いきなり背後から脇を支えられて高く掲げられたのだ。
クラウドは眉を寄せて瞑目し、忍耐力を総動員していた。「セフィロス……」
「なんだ、まだ見えないか？」
「そうじゃない。こういうの、やめてくれないか」
まだクラウドを抱えたまま、セフィロスは首を傾げたらしい。「なぜだ。アシカという哺乳類がどれほど器用なものか見てみたいのではないのか」
「もう、そんな気なくした。おろせよ」
「なんなら肩車でもいいのだが」
「おろせって言ってるんだ！」後ろ蹴りで顔面に踵を叩きこむと、クラウドは地面にうずくまったセフィロスを遠慮会釈なく踏みつける。「いつもいつも、おれの身長でからかいやがって、ちくしょう」
そうして結局、普段どおりにじゃれあっていると、ザックスがクレープ片手に近づいてきた。「やれやれ、どこもいっぱいだぜ。さすが最終日だけあって半端じゃねえよな。どのブース行っても並ばずには楽しめないって」
「おれ、ゴブリンハウス行く」クラウドはザックスの手にあるクレープに食いつきながら宣言した。「ちびっ子といっしょに遊ぶんだ」
「それより、あの」とザックスは、頭上をちょうど走っていったコースターを指し示す。「乗りもののほうが人気あるぜ」
「ザックス、いじめか？」クラウドは彼を睨みつけた。「おれ、ゴールドソーサーのシューティングコースターだって酔ったのに！」
「ああ、ごめんごめん、忘れてた」
「それならば、幽霊屋敷にでも行こう」セフィロスが凝りもせずにクラウドを抱きかかえ、とっとと歩きはじめる。「暗いところなら平気だろう」
「だから、おろせってば」クラウドは足をばたつかせて叫んだ。「あんたこれ、拉致っていうんじゃないか？」
「んじゃおれ、適当に女の子ひっかけて遊んでるからよ」ひらひらと手を振りながらザックスが見捨ててくれる。
「なんだよ、おれひとりにこいつを押しつける気か？」
「押しつけるもなにも」ザックスはクレープの残りを口に突っこみながら呟いた。「おまえの装備品みたいなもんなんだし、仕方ないだろ」
「ふざけんな」クラウドは、がっちり締めつけてくるセフィロスの腕の中でもがきながら叫んだ。「おれだって楽しみたいのに！ デブチョコボと写真撮るんだ、モーグリと握手して風船もらうんだ、ゴブリンパンチゲームで遊んで最高得点出すんだ！ それにおれ、まだチョコミントキャラメルポップコーンだって食ってないんだぞ」
「まだまだ陽は高い」セフィロスはクラウドをおろしながら上機嫌に言った。「望みどおりのところに連れていってやる」
「だからさ、どうしてあんたが連れてくの。おれはひとりで歩けるんだよ」
「そうか、わかった」セフィロスは軽く溜息をついた。「おまえは好きなところへ行けばいい。俺もひとりで好きなところへ行かせてもらう」
なんだか素直だな。少し不気味に思いながらも、「じゃ、そうする」と、クラウドはきびすを返して歩き出した。
人波を縫うように移動し、水族館パークからモーグリパークへ、そしてムンバのアスレチックパークへの分岐点にさしかかる。
そこでクラウドは振り返った。
案の定、銀髪の英雄がそびえ立っている。
「セフィロス……」
「俺はひとりで歩いているのだ。たまたま、おまえが前を歩いてはいるがな」
「………………わかったよ」
クラウドは諦めた。なにをどう諭したところで無駄なのだ。例えばジェットコースターのレールに縛りつけてきたとしても、これはいつのまにかそこにいるだろう。
セフィロスは満足そうに腕を組んだ。「いっしょに行動したほうが効率がよかろう。俺はゴブリンハウスでも構わんぞ？」
「幽霊屋敷だ！」クラウドはときどき天邪鬼になった。
＊＊＊
ザックスは久しぶりの休暇を楽しんでいた。
いや、彼にとっては仕事も休みも普段の日もあまり変わりばえしないのだが、なにより、あのふたりを放ったらかしに遊ばせておくことができるのはありがたい。
根無し草の彼らはたまたま、この街に足を踏み入れたのだが、あんまり派手にお祭りをやっているので、クラウドはまったく頓着なく、まっすぐここをめざしてくれた。
モンスターといっしょに暮らしている時間のほうが長いというほどのクラウドだが、意外にもこうした場所は好きなのだ。ゴールドソーサー以来、遊園地や競馬（鳥）場と見ると、ふらふらと中へ入っていったりする。
まあ、たまにはいいよな。ほんと、辺境でモンスター退治だのやってると文明的な遊びかたも忘れちまうってもんだ。
そんなわけで、彼は失われた勘を取り戻すため、さっそく五人ほどの女の子に声をかけていた。
やっとひっかかってくれた子は、まあまあ可愛い。金髪に青いリボンをつけ、ゼブラのシャツと柔らかそうなスラックスで結構活発そうだ。彼女は失恋したばかりで、ここへは友達といっしょにグループで遊びに来ていたらしい。ところがその友達とはぐれ、つまらなくなって帰ろうかなと考えていたという。
うーん、年齢も年齢だし、こりゃお子さまコースかな。それでも久しぶりの人間の女の子。ザックスはカフェに入って、適当に話を合わせて盛りあげてやった。
ちょっとした話の合間に、ふとザックスは、さっきメインストリートを逆向きにすたすた歩いていったはずの金銀コンビを見出してしまう。まったく、あいつらと別行動しててよかったぜ。どうしてああも人目につくのかねえ。
しかもおまえら、どっからどう見ても立派なカップルだぞ。ザックスはうんざりと溜息をついた。
クラウドはいま、空色のパーカーをざっくりと着ている。体格を隠してしまうとクラウドは年齢不詳の可愛い子ちゃんだ。もちろん、その腕にゃ筋肉も立派についているし、細くてもぺったんこの胸を見りゃ、誰だって男だって見当がつく。
けど、ああいう厚手で大きめのものを着られるとな。だいたい本人は服装に興味ないもんだから、セフィロスが勝手に、しかも故意に着せやがる。あの英雄、なにがあろうとクラウドを人形扱いしたいらしい。そりゃま、あいつにあれこれ着せ替えさせるのは確かに面白いぜ。面白いけどよ。
あーあ、どこへ行くか揉めてるんだろうとは思うが、腕をひっぱりあっちゃって、仲のいいこと。
ふと、彼の後ろで低い含み笑いの声がした。
ザックスは怪訝に、ジンジャーエールをストローで吸いながら振り返ってみる。
細身長身の結構な二枚目、どこかセフィロスみたいな雰囲気のある男が椅子を引いて立ちあがるところだった。彼の周囲にはいかにもお付きといった男たちがふたりばかり、召使いのように立っている。
その彼らに何事かを囁くと、男は満足そうに薄く笑い、カフェを出ていった。
「なんだありゃ？」とその団体を目で追っていると、隣の女の子が応えた。「この街の領主さまよ」
「あん？」
「あのとおり若くてハンサムでしょ、頼もしく見えるし、実際、結構やり手なのよ。この遊園地だって半分以上資本握ってるし。でもね」と彼女は身体を寄せ、囁くように続ける。「ちょっと困った癖があってさ」
「まあ人間、ひとつやふたつ、そういう癖があるもんだがな」ザックスはまぜっかえした。「たまには、そればっかりってやつもいるし？」
「あのね」彼女はまじめに続けた。「彼、金髪美人がお好みなの。しかも他人の恋人横取りするときがしょっちゅうあるんだって」
「へえ」ザックスは彼女を指し示す。「あんた、危ないんじゃない」
「あたし美人かなあ」えへへ、と彼女は笑った。
例えばセフィロスなら、この話を聞けばぴりぴり神経を尖らせることだろうが、ザックスはクラウドについてはまったく心配していなかった。だいたい、あいつは男だもんな。
＊＊＊
幽霊屋敷は暗かった。客はぞろぞろと行列になり、たまに分断しながら、細い通路や湿ったスポンジの上、または斜めに傾いだ床を、きゃあきゃあ騒ぎながら歩いていく。
仕掛けはあまり面白いものはなかった。センサーと連動して効果音とともに現われる吸血鬼の映像は、通る人数が多いものだから表示されたままになって間抜けに牙を剥いていたし、骸骨の模型はあばらが二本ほど折れていて、いい具合に脱力できた。
いっぽう、点滅するゴーストの中には本物がいたので、クラウドは手を振って挨拶したものだ。ヴィンセントもこういうところで寝てればいいのに。暗いし、お化けもいるし……そういえばあいつ、いまどこに潜りこんでるんだろう。
上からコンニャクの粒が降ってきて、女の子たちが逃げまどい、あるいは少年も青年たちも喚きながら走り抜けていく。
ばたんとドアがひらいてミイラ男に扮したスタッフがクラウドに抱きついてきたときには、思わずじっと見つめてしまった。こういう仕事も大変だよな。
黙っていなかったのはセフィロスのほうだった。「貴様、断わりもせずこれに触れるとは！」
クラウドは、ミイラ男の包帯を夢中になってほどきはじめた彼を放っておき、幽霊屋敷から外へ出ていった。
腹減ったなと考えているところへ、誘うように甘い匂いが鼻の先を通りすぎていく。視線をめぐらせると、ひとつの屋台が山ほどのプラスチックパッケージを並べ、同様に山ほど人だかりを集めていた。
チョコミントキャラメルポップコーンだ。あんなにある！ クラウドは無意識にそちらに向かっていた。見本パッケージはロケット型だった。つるんとした丸い黄色い蓋が陽光を受け、きらきら輝いている。まるでチョコボの群れのようにクラウドには見えた。
彼はポケットを探った。しかし出てきたのは乗りものやイベントのフリーチケットだけだ。一ギルも持っていない。
壁のように積みあがっているロケット型のプラスチックケース、その中に入っているポップコーンの誘惑を振り切って、クラウドはそこからしぶしぶ離れた。
「あれ、セフィロスがいない」クラウドはぐるりとその場でまわった。たぶん、まだあのミイラの包帯をほどいて、くるくるまわして遊んでいるんだろう。変なことが好きなんだよな、あいつ。
「しょうがない、放っておこう」彼は歩き出した。
だが、すぐに目の前にきらびやかな衣裳を着た男がふたり現われ、彼の行く手を遮った。金銀ラメ入りのタキシードに星も鮮やかな蝶ネクタイ、それなのにサングラスをかけているのが、妙にアンバランスで笑える。
その蝶ネクタイを避けて通ろうとしたが、彼らは入れ替わり立ち代わり、交代で彼の前を塞いできた。からかわれてるのかと、ちょっとむっとしたところへ、「ねえねえ、きみ、ヒロインになってみないかい？」と、ひとりが明るく話しかけてくる。
ヒロインって女の子がなるものじゃないのか？ クラウドは無視して通りすぎようとした。
「いま、期間限定、ゲストでお芝居のイベントやってるんだ」
「きみみたいな可愛い子募集中」
「ロマン溢れる冒険と運命の出会いがきみを待っているぞ！」
「出演者には洩れなくフリーチケット贈呈！」
そんなの、とっくに持ってるよ。ザックスが買ってくれたもん。
「ついでにスナッククーポン1000ギルぶんだ！」
ぴくり、とチョコボ頭が反応した。
振り返ると、にこにこ顔のサングラス蝶ネクタイがそろっている。
クラウドは訊ねた。「そのクーポン、ポップコーン買える？」
「もちろん！」
「ポップコーン、二十箱買えるよ！」
「やる！」クラウドは思わず拳を握りしめた。
＊＊＊
結局、金髪の女の子も赤毛の女の子もいまいちだったので、ザックスはまたひとり、ぶらぶらと新しい彼女を探していた。
今度はブルネットにしとくかなあ。クラウドのせいで、どうも金髪系の白い肌の子は見劣りしちまうんだな。うん。おれも贅沢になっちまったもんだ。
そんなわけで黒髪の子に声をかけたザックスだ。しかし彼女のボーイフレンドらしき茶髪のにーちゃんに睨まれているところで、セフィロスに首を絞められた。
「なんだよ、いきなり」ザックスはどうにか彼の腕を外し、むっつりと言った。
「クラウドがいない！」
「だからって、どうしておれの首を絞める」
「おまえが隠したのではないのか？」
「あのよう」
「ミイラの包帯を一本一本、丁寧に剥いてやっていたのだ。中身は貧相なおっさんでな。泣いて謝るものだから赦してやったというのに」セフィロスはわけのわからない説明をしてから、苦渋の色も濃く瞑目した。「ところが、クラウドがいなくなってしまった」
つまり、幽霊屋敷ではぐれたってわけね。「わかった、わかった、いっしょに捜してやるから」
だがクラウドはどこにも見あたらなかった。
あのチョコボが行きそうなレストランやカフェはもちろん、ありとあらゆる屋台をめぐり、デブチョコボ広場、ゴブリンハウス、モーグリのダンスフロアからなにから、イベント会場もくまなく歩きまわった。すれ違ったのか、もともといないのか、それらしい少年は見つからなかった。
ステージの並ぶなりきり広場では金髪の美少女が団体でぞろぞろ歩いていったが、むろんフリルのドレスを一様に着たその中にあのチョコボがいるはずもない。
ザックスは仕方なく、最後の手段とばかりにインフォメーションセンターへ届けを出しに行った。
『迷子のお呼び出しを申しあげます。クラウド君、クラウド・ストライフ君。中央広場、噴水前に来てください。お父さまとお兄さまがお待ちです。繰り返し迷子のお呼び出しを申しあげます。クラウド君……』
ザックスはセフィロスといっしょに噴水の前に立っていた。
「ひとつ訊くが」セフィロスがむっつりと言った。「お父さまとは誰のことだ」
「細かいこと気にすんなよ」ザックスは彼を見ないようにしながら応える。「とにかく、こういう呼び出しされたら、あいつ、怒ってすっ飛んでくると思ったんだけど」
「来ないな」
「うん」
＊＊＊
クラウドはへたばっていた。
ドレスがきついとか、フリルと大きなリボンのついた帽子が鬱陶しいとか、そんなのは些細なことだ。まして知らずに睡眠薬入りのジュースを飲まされたところで、アルテマウェポン憑きの彼の身体に効くわけがない。
ただ単に、クラウドは車に酔っていた。
芝居するんだから着替えさせられるのは当然だ。でもどうして、こんなもので移動しなきゃならないんだろうとひたすら考えながら、しかしぐるぐると市街をめぐりめぐっているうち、彼はぐったりしてきてしまったのだ。
ところで、いつのまにか遊園地出てないか？ 芝居って別の場所でやるんだろうか。
運転していたサングラスの男が、つらいなら横になっていろと言ってくれたので、遠慮なく彼は寝転がった。
気持ち悪い、降りたい、降ろしてくれ。いや、しかしポップコーンのためだ。
ちくしょう、ザックスめ。五十ギルくらい持たせてくれたっていいだろう。ああ、おれのチョコミントキャラメル、待ってろよ。
そしてクラウドはそのまま眠ってしまった。
＊＊＊
「あら？」友達といっしょに通りすぎようとしていた金髪の女の子が、ザックスを見かけて足を止めてきた。「さっきはご馳走さま」
「おう」ザックスは軽く手をあげた。
「なにしてるの？」と彼女は隣のセフィロスを見あげ、「あ、可愛い女の子といっしょに歩いてた人だ」
「人違いではないのか？」セフィロスはつっけんどんに言った。まあこいつは、女の子といっしょに歩いていたつもりはねえだろうからなあ。
「友達と会えたんだな」ザックスは言った。
「うん、おかげさまで」彼女は笑った。「暇つぶし、つきあってくれてありがと。でもどうしたの？」と彼女はまたセフィロスを振り仰ぎ、「もしかして彼女とはぐれた？」
「ああ、まあな」ザックスは代わりに応えた。セフィロスが怪訝そうに横目で睨んでくる。「呼び出しかけたんだけどよ、ああいう放送って、イベントブースの中じゃ聞こえねえかな」
「そうかもしれないけど」彼女は首を傾げた。「もしかして、領主さまに攫われちゃったんじゃないの？」
「へ？」
「言ったでしょ。彼、金髪美人がお好み。それに、あんなに仲よくしてるから、きっとあの人の悪い虫が騒ぎはじめたかもしれないわよ」くすくすと、からかうように笑う彼女。
「でもよう」ザックスは髪をかきまわした。「あいつ、男だぜ」
「そうだったの？」彼女は笑うのをやめ、今度は少し心配そうに眉をひそめた。「じゃ、余計危ないんじゃない？」
なんだよそりゃ。
「貴族さまって変な趣味持ってるしねえ」と友達と頷きあう。それからまたセフィロスを見やった。「この人も同じ趣味？」
「そういうわけじゃねえんだけど……」ザックスは眉を寄せた。
「あいつがそう簡単に拉致されるとは思わんが」セフィロスも懐疑的だ。
「まあな。食いもんで釣られりゃ別だろうが」
「………」
「………」
「じゃあね」と、彼女たちは行ってしまった。
「………」
「………」
「……まさか、なあ」ザックスは力なく笑った。
「その領主とやらの屋敷はどこだ」セフィロスは真剣そうだ。
「この東にあったような？」
「行くぞ」
「へいへい」
＊＊＊
目を覚ますとクラウドは天井の高い広間にいた。
ステンドグラスのある教会に似たような場所だが、祈祷台もなければベンチもない。ただ扉のわきに一体ずつ、悪魔だか妖精だか知らないが、妙な形の羽の生えた銅像が立っているだけだ。
クラウドはまだ眠気の残る頭でそれらのことを見て取ると、目をこすりながら立ちあがった。ポップコーンはどうなったんだ？
「まったく、言いわけは聞き飽きたぞ」と、どこからか声が響いてくる。
「でも」別の声が泣きそうな響きで応えていた。「ここまで移動するのに、どれだけ殴られたことか、とてもじゃありませんけど、お部屋にまで連れてこれなかったんですよ」
「相手は眠っているのに、どうしてそこまで手がかかる」
「無意識だとは思うんですけど」
「睡眠薬はまだ効いているのだな？」と声がひときわ大きくなったと思うと、扉がひらかれた。
声の主は背の高い男だった。グレーのスーツに深緑と青のネクタイ、かなり地味だがセンスはよさげだ。ただ切れ長の目で唯我独尊に見おろしてくるその様子が、なんだかセフィロスみたいなやつだなと、クラウドはちょっとむっとする。
「起きているではないか」男が呟くように言った。
「はあ」サングラスがそろってぼんやりと頷く。
「ここ、どこだ？」クラウドは訊ねた。「芝居、どうなったんだ？ スナッククーポン、ほんとにくれるのか？」
「なんの話だ？」背の高い男が顔をしかめる。
クラウドは彼らをゆっくりと睨みつけた。「騙した？」
「違う、違う」サングラスがふたりして急いで手を振った。「ちゃんとあげるとも、こちらの領主のお芝居につきあってくれればね」
背の高い男は彼らを振り返ってから、不意ににやりとした。「なるほど、そういう趣向か」
なにがなるほどなのかよくわからなかったが、芝居はまだやっていないらしい。「なあ早く終らせようよ。おれ、遊園地に戻ってまだ遊ぶんだからな」
男はいきなりクラウドの腰に手をまわしてきた。彼はその手を捻りあげる。
悲鳴をあげながら楽な方向へとくるくる身体をまわす男に、クラウドはしかつめらしく注意した。「初対面でいきなり抱きついたりすんな。なれなれしいぞ」
「ここ、これは」サングラスが慌てて口を挟む。「お芝居なんだ、お芝居」
「ああそうか」クラウドは手を放した。そういえば、ゴールドソーサーでも王さまにキスしたりとかしてたもんな。なぜだかエアリスが怒ったけど。「でもおれ、台詞とか聞いてないぞ。もう始まってるのか？」
「ふむ、リハーサルというところだな」手を揉んで筋を和らげながら男が呟いた。「台詞が心配なら部屋で教えてやろう。こちらへ――」と手をひっぱって広間の奥へと向かいかける。
そのとき、正面の大扉が粉々に吹き飛んだ。
＊＊＊
「クラウド！」セフィロスが扉を粉々に斬り裂き、さらにファイガで吹き飛ばして広間に乱入した。
ザックスも扉のそばにいたサングラスの男をふたり、バスターソードの平で殴り飛ばしながら部屋に入りこむ。
背の高いひょろりとしたスーツ姿の男が、フリルのついた帽子をかぶったドレス姿のクラウドの腕を取っていた。まるでいまにもバージンロードへ踏み出そうかという雰囲気。
セフィロスの頭に血を昇らせるに充分だな、こりゃ。ザックスは英雄をちらりと見あげた。ああ、やっぱり目が据わっちまってるよ。
こいつのクラウド所有欲は、本物のチョコボが食いもんに関心を寄せるのと同じくらいあるからなあ。取りあげたりなんかしたら死ぬまで突つくぞ。
「あれ、セフィロス？」クラウドが間抜けな声をあげた。「ザックスも、どうしたんだ？」
「どうしたではない！」セフィロスは正宗を突き出す。「おまえ、どうして抵抗せんのだ！」
「おれ、芝居やるんだ」
「は？」ザックスとセフィロスは声をそろえて口をあけた。
一瞬の空白に、領主らしき男が高らかに笑った。「この少女は私のものだ、貴様がどれほど――」
言い終わる前にセフィロスが正宗を横へ振った。すっぱりと柱が斬り取られ、銅像が斜めにずるりと滑って落ちる。
相変わらずの腕だ。おれらだと、粉々にすることはできても、こんなふうにきれいに切断はできないもんな。ザックスは、ごとりと落ちた悪魔の顔を見おろした。なんでこんな目に遭わなきゃならないのかとずいぶん恨めしげだ。
領主はしばらく凍りついていたようだったが、意外にもすぐ行動に移った。クラウドを小脇に抱え、次には身を翻したのだ。クラウドのかぶっていた帽子が外れ、ふわりと床に取り残される。
クラウドを脇に抱えたまま領主は広間の奥へと走りこみ、そこにあった簡易エレベーターへと跳びあがった。
ういいいん、と周囲の古めかしい装飾の大広間には似合わない機械の唸り声をあげ、男にぶらさげられたまま、クラウドは天井へと吸いこまれていった。
「くっ、小癪な！」セフィロスは帽子を拾いあげながら窓に突進した。
「おおい、窓から出てどうするつもりなんだよ」ってか、なんか変なふうに興奮してねえか？
しかしセフィロスは聞いておらず、ステンドグラスにそのまま突っこんで外に飛び出していった。
ザックスは溜息をつきながら、かたわらの床を見おろす。気絶したサングラスの男がふたり、もういやだと全身で訴えているようだった。「あんたたちも苦労してそうだな」
＊＊＊
エレベーターから降りると、男は塔に沿って螺旋状に伸びる階段を懸命に駆けあがっていった。
クラウドはぶらさがったままおとなしくしていたが、なんかおかしいなとは思いはじめている。「なあ、ほんとに芝居なのか？」
「そうとも、あの男がおまえを攫い、蜂蜜漬けにして食ってしまうのを私が退治するという話だ！」
どちらかといえば、いまあんたに攫われてるような気がするんだけどな。クラウドはぼんやり考えた。けど、セフィロスまで出演するなんて聞いてないぞ。ザックスはなんの役なんだろう。
「おれ、蜂蜜はやだな」クラウドは呟いた。
「ならば逃げ切ろうではないか」
「退治するんじゃなかったのか？」
「いや、まだ時機が来ていないのだ」
「おれ、退治してやってもいいぞ」
「それは頼もしい、というか、あまり頼もしいことを言ってほしくはないのだが」男は息を切らしながら、ふと眉をひそめた。「それにしても意外に重いのだな、おまえは」
「うん、おれ結構、筋肉あるんだ」クラウドは頷いた。でも腕力じゃ、ザックスにもセフィロスにも勝てないんだよな。この背丈だけは恨めしいよ。
男はさすがに腕がだるくなってきたのか、クラウドをおろし、手を引いていっしょに走るという恰好に切り替えた。
クラウドは絡まるドレスをばさばさと強引に捌きながら彼について走った。それにしても、どうしておれだけ舞台衣装着てるんだろう。こいつは普段着みたいだし、セフィロスもいつもの黒コートだったよな。だいたい観客はどこにいるんだ？ カメラでもまわってるのか？
螺旋階段は、やがて塔の最上階へ辿りつく。
石組みのものすごく古い様式で、どこだかの古代の王城を真似て造ったものらしかった。ちなみに、いつごろのものかなど判断できるほどクラウドは歴史に詳しくない。というより興味ない。
重そうな鉄扉を電気仕掛けで簡単にあけると、男はクラウドを押しこむようにして中に入った。
部屋には飾りものを置いてあるアルコーヴがぐるりと並んでおり、その中央には大きな玉座が鎮座している。
男はクラウドをその玉座に坐らせると、いそいそとアルコーヴのひとつに行き、ボトルとグラスを手にしてすぐ戻ってきた。
「さあ、これを飲むんだ」
「なんで？」クラウドはいちおうグラスを受け取った。
「いい気分になれる」と男は、とくとくと真っ赤なワインを注ぎこんでくる。
ワインはあまり好きじゃないんだけどな。もうちょっとキツイやつのほうがいい。「それよりクーポンくれよ」
「なんの話だ」
クラウドは本格的に変だと思った。「……ポップコーン、二十箱分」
「だからなんのことだ」男は、さあ飲めとばかりに、ぐいと彼の手を取って唇のほうに押しつけてくる。
クラウドはやっぱり変だと思った。「騙したのか？」
「いいから、これを飲め」男はクラウドの首に手をかけ、仰向かせるようにしてくる。「人形のように従順にしていればいいのだ。贅沢をさせてやれるぞ」
むか。
あんた知らないだろうけど、人形っていうの、それ禁句なんだぞ。
「人を騙すようなやつはお仕置きだ！」クラウドは叫んだ。「ラムウ！」
稲妻が迸り、どーん、と電気の柱が床と天井を貫いた。
＊＊＊
セフィロスは塔の壁を登っていた。コートを風にはためかせ、長い銀髪は見事にさらさらとたなびく。しかも手に持っていたものが邪魔になったのか、いかにも少女趣味なリボンのついた帽子を頭にかぶってしまっている。
後ろ姿だからまだいいが、その恰好で振り返らないでくれよ。
素直にエレベーターが戻ってくるのを待って階上へ行き、螺旋階段を歩くザックスは、一周するたびに出会う英雄に、ちょっと他人のふりをしたくなった。それほどセフィロスはなりふり構っていられない様子だった。彼は、それはそれは必死になってチョコボの姿を追い求めていたのだ。
ああ、天下の英雄が恋に狂うとこんなんなってしまうのか。こいつに憧れてソルジャーになったおれやクラウドの立場は、いったいどうしてくれる。おれはともかく、クラウドはまだあんたに英雄の影求めてんだぜ？ こんなイモリみたいに壁に張りついてる姿なんざ、見せられねえよ。
「おおい、こっち歩くほうが楽だぜ？」三周めに出会ったとき、ザックスは仕方なく声をかけた。
「やかましい」セフィロスは呟き、また左手と左足を同時に動かして上へ移動する。「待っていろ、クラウド、いま助けてやるからな」
「いや、だからよう、ふざけるのも大概にしねえ？」
「誰がふざけているというのだ！」セフィロスは手を止め、ザックスを振り返ってくる。
ああ、やっぱり見たくなかったよ、フリルに縁取られた英雄さまの顔なんて。
と突然、塔の先、つまり彼らの頭上の壁が吹っ飛んだ。
どーん、と白い眩しい光とともに、うっすら見えたのはラムウの爺さんだ。
セフィロスは壁に張りつくのを諦め、ザックスのそばに跳びおりてくる。そして彼は帽子を外しながら頭上を見あげた。「クラウドめ、やっと抵抗しおったか」
「一般人相手に召喚獣は、ちと、やりすぎなんじゃないか？」
「領主というのは一般市民なのか？」
「いや、そうじゃなくて」
とにかくも、クラウド以上に相手の生命が気がかりで、ザックスは駆け出した。
ところどころ連鎖的に崩れていく石段をジグザグに跳びあがりながら、ザックスとセフィロスは最上階に辿りつく。
ひん曲がり、まともに機能しなくなった扉をこじあけてみれば、瓦礫の中にうずもれるチョコボ頭とそれに覆いかぶさっているスーツの男。
「クラウド!?」セフィロスが叫び、部屋に踏みこんだ。
男の下からよろよろとクラウドが這い出てくる。「まいった……」
「どうした？」
「いや、ラムウ呼び出してお仕置きしたのはいいんだけど、おれのほうに倒れてきやがって……おかげで、おれまで感電しちゃったじゃないか」クラウドは苛立たしげに焦げたスカートをたくしあげ、領主を蹴って遠ざける。
すると、勢い余って床でも蹴りつけたのか、そこの石畳がぼろりと崩れた。
近づきかけていたセフィロスが慌てて後ろへ跳び退がる。床は次々と崩れ落ち、階下へと大理石のブロックを落としていった。
あれま、あれまといううちに、クラウドはひとり離れ小島に取り残された。ちなみに気絶した領主は大理石のひとつといっしょに落ちていったようだ。まあ運がよければ生きているだろう。
クラウドはスカートをはためかせ、玉座の背にしがみついて周囲を見おろしていた。
ザックスは頑丈な鉄骨の走っている上にとどまって成り行きを見守ることにする。そろそろクラウドの立ってる床も危ねえな。
「クラウド！」セフィロスが手を伸ばしながら叫んだ。
「大丈夫」クラウドは頷いた。「おれ、飛べるから」
焦げたドレスの裾を翻し、クラウドはふわりと空中に身を投げた。
召喚魔法の光が閃き、バハムートがさらに塔を崩しながら姿を現わす。その背にクラウドを乗せ、竜王は羽ばたいた。
高らかに吼え、周囲の瓦礫をさらに強風で吹き飛ばしながら、バハムートはぐんと上空へ舞いあがる。
ザックスはその場にしゃがみこんで、ぼりぼりと頭をかいた。「なんか、どっかのヒロインみたいなことやってるな、あいつ」
バハムートの背から大きく手を振っているクラウドを見あげ、セフィロスは寂しげに立ちつくしている。手に持った帽子のリボンが虚しく風にはためいた。「どうでもいいが、なぜ俺たちを置いていくのだ、あいつは」
「あんた、空飛べるやつ呼べないわけ？」
「召喚獣どもが俺に従うと思っているのか？」
「ああそう」ザックスは項垂れた。「しゃあねえ。地道に地面歩いていきましょ」
「どこに地面がある？」セフィロスはむっつりと訊いた。
見まわせば、彼らは塔の骨組みの上にかろうじて立っているだけだった。
＊＊＊
セントラ・パラダイス遊園地。
五十周年記念祭が終わっても、そこは相変わらず人気のテーマパークだった。
結局、遊びきれなかったと言ってクラウドが駄々を捏ねるので、三人は再びこの遊園地に足を踏み入れていたのだ。
あの領主、もしかしたら今日も可愛い子ちゃん探してサングラスのふたり組を引きずってるだろう。出会わないことを祈るぜ。もっともたぶん、こいつの顔見りゃ逃げるだろうけど。
ザックスは紙幣をいくつかクラウドに渡しながら、大きく溜息をついた。「まったく、小遣いぐらい持って歩けよな」
クラウドがフリーチケット以外持っていなかったからこそのあの騒ぎだ。こいつが財布持ってりゃ、なにも問題なかったのに。
「なんだよ、おれやセフィロスに渡したらなにに使うかわからないって、取りあげたのはあんただろ」クラウドが帽子の下から恨めしげに文句を言った。
クラウドはいま、例のリボンのついた帽子をかぶっていた。結局、セフィロスが持ってきてしまったのだ。フリルを取り払って少しは地味にしてあるが、リボンだけは譲れなかったらしい。日射病が心配だとかなんだとかと言い聞かせ、チョコボ頭に無理やり装着させていた。
服もやっぱりキュロットまがいのショートパンツだし、なにがどう転んでも着せ替え人形にしたがるんだ、このおっさんは。
クラウドもいいかげん、自分の着てる服が全部セフィロスの選んだものだってことに気づけよな。
「悪かったよ。今度からポップコーン買えるぐらいは持たせてやるから」ザックスは再び出てきそうになる溜息を抑えて呟いた。
小遣いをせしめたクラウドは、さっそくとばかりに屋台へ向かっていく。
「まるで子どもだな」彼のあとをゆっくり歩きながらセフィロスが溜息をついた。
「いいじゃねえか」ザックスは苦笑する。あんただってしょっちゅう、つきあってやるくせに。
あるいはクラウドのほうがつきあってやってるつもりなのかもしれないが、まあ、どっちもどっちだ。そんなふうに遊んでられるだけ、おれたちは充分平和だってこった。
クラウドは五十ギルを握りしめ、その握りしめた拳を突き出して売り場のおばさんに叫んでいた。「チョコミントキャラメルポップコーン、くれ」
おばさんは彼を見返し、非常に同情的な目をしたようだ。「ごめんよ、お嬢ちゃん、あれは創業記念祭限定の商品なんだ。昨日来てくれればあったのにねえ」
クラウドは、お嬢ちゃんと呼ばれたことよりも、その事実にショックを受けていたらしい。
彼がなにも言えずにかたまっていると、おばちゃんは普通の紙パッケージに入った普通のキャラメルコーンを彼の腕に抱えさせた。
「これで我慢しておくれ」とついでとばかりにチョコボのマスコット人形をつけ加える。「縫いぐるみはサービスだよ」
クラウドは人形をかじりながら、セフィロスの腕にすがりついて静かに泣いた。
| THE END. |
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