LONG AGO

　乱雑に刻んだ人参と玉ねぎ、ピーマン、大量のキャベツに、そして豚肉。
　焦げ目がつくほど乱雑に炒められたそれを、セフィロスはぼんやりと見おろした。「………やはり、少し遠くても大きな町へ出たほうがよかったのではないか？」
「うっせえな」ザックスは自分のぶんの皿を置きながら椅子にどっかりと据わった。そしてクラウドをびしっと指し示す。「腹減ったって騒ぐこいつを連れて、延々半日も旅してられるかっての」
「ザックスが得意料理だって言うから期待してたのに」クラウドは器用に箸を使い、ひらひらと手のひらサイズのキャベツを持ちあげた。「ただの醤油炒めに見えるぞ」
「炒めものだって立派な料理だろうが。それに、おれがフライパン以外使えると思ってるのか？」ザックスが箸を取りあげながら、むっとして言う。「だいいち、どんなにごねたって、このあたりの店はみーんな新年でお休み！　ありがたく全部食えよ、このホイコーロウ！」
　セフィロスは眉を寄せた。「その料理は、確か味噌で炒めるのではなかったか？」
「んなこた知らね」ザックスはちょっと怯んだように見えた。「豚肉と野菜を炒めりゃ、それでいいんだろ？」
「名前なんかどうだっていいや。とにかくおれ、食えるんなら食うよ。いただきます」と、クラウドがさっそくキャベツに食いつく。
　もぎゅもぎゅと口に入れながら折りたたんでいくそのうちに、しかし珍しくも、クラウドは顔をしかめながら首を捻ったものだ。「……醤油、味？」
「文句あるのかよ」
「ほんとに醤油？」クラウドはピーマンを摘まみあげ、穴があくほどに観察している。
　セフィロスもひとかけ人参を放りこんでみた。もっとも味などよく知らない彼には、ひとくちではなにがどう変なのかはわからない。豚肉とキャベツと味わってみたところ、妙に違和感のある臭みが口の中に残っている。
　クラウドと同じように無言で皿を見つめてしまったセフィロスを見て、ザックスがついに叫んだ。「てめえら、文句があるなら自分でやれ！」
　そしてがつがつと、残飯処理までやってやるとばかりに勢いよくかっこんだものだ。が、他人の皿どころか、自分の皿も三分の一ほどで止まる。「………」
「……醤油ってこういう味だったっけ？」クラウドがおそるおそるザックスへと訊ねる。
　セフィロスもゆっくりと彼に目を向けた。
　ザックスはなにも応えず、静かに席を立った。キッチンへ引き返すかたわら、口を押さえ、小さく呻きつつ戸棚をあけている。
　やがて彼はキッチンから出てきた。「……すまん、醤油じゃなくてオイスターソース使ったらしい」
　間違えたのはほかにもありそうだがな。特に賞味期限あたり。
「それで、こんな不思議な味なのか」クラウドは納得すると、そのまま食事を再開したものだ。
　ザックスが慌てて叫ぶ。「いい、いい！　おれが悪かった。俺が失敗したんだ。食わなくていい。ってか、食わないでくれ！　それがどんな味のするものか知ったいまでは、見ているほうが気の毒だと思わねえのか」
　ばたばたと片づけられ、きれいさっぱりなにもなくなったテーブルを、クラウドは悲しげに見つめた。「腹減った……」
　セフィロスもちょっと虚しくなる。「……まともに食事をしたのはいつだったかな」
「食うには食ってたけど、モンスターばかりだったし」クラウドも頷いた。
　ザックスが戻ってくる。「ったく、ねちねちねちねち、やっちまったもんはしょうがねえだろ。一食七十ギルで食わせてくれる飲み屋が営業再開するまで、ちったあ我慢しろや」
　クラウドがばたりとテーブルに倒れた。「おれ……」
「しっかりしろ」セフィロスは彼の手を両手で握って元気づけてやる。
「あんたさ」クラウドは顔だけをあげてセフィロスを見つめてきた。「料理なんてできないよな」
「む……茶を淹れるぐらいなら」
「あれは茶を淹れてるとは言わねえ」ザックスが手厳しく指摘した。「葉っぱと湯を入れているというんだ」
「やかましい。料理音痴の貴様が唯一自慢できることだからといって、ここぞとばかりに――」
「それもこれも、おまえらがおれをお茶汲みにばかりこき使うからじゃねえか！」
「おれ……」セフィロスとザックスがたがいの胸ぐらを掴みあったところで、クラウドがテーブルに向かって呟いた。「また嫁さんもらってこようかなあ……うまいもの作れるなら、なんだっていいや」
　セフィロスは頭のどこかで、ぴしりとひびが入ったような感触をおぼえた。
「おまえな」ザックスが身を乗り出し、チョコボ頭に向かって忠告する。「なんでもいいなんて言うな。どれだけの生きものがエントリーしてくるかわからねえだろうが」
「けどさ」クラウドは寝転んだまま、ぐるんと顔だけを横に向けた。「こんなふうになんにも載ってないテーブルかこむ日が続くなんて、おれ耐えられない」
「情けねえこと言うなよ」
「おい」と、セフィロスは低い声を出した。
　ふたりが怪訝そうに振り返ってくる。
「本当になんだっていいのだな？」
「あん？」
「え？」
　セフィロスは彼らに背を向け、颯爽と家から出ていった。

＊＊＊

　残されたザックスとクラウドは、閉じられたドアをしばらく見つめてから、ようやくたがいの顔を見あわせたものだ。
「どうすんだよ、あいつ、おまえの嫁さんになるつもりでいるぞ？」
　クラウドは思いきり眉をひそめる。「おれ、やだよ、あんなでかいの」

＊＊＊

　セフィロスはまずニブルヘイム跡に向かった。
　遥か昔の相次ぐ地殻変動と天変地異のおかげで、このあたりはすっかり地形も変わり、ニブル山はほんの片鱗を残すのみになっている。
　もとより激しい起伏の多い山地ではあったが、地層が剥き出しになり、草木も生えない乾いた岩山に取って代わられていた。海抜の高い山地に深い谷が走っているというよりも、にょきにょきと地層を剥き出した岩地がビルのように並んでいるという感じだ。当然、人々はいま、このあたりを別の名で呼んでいる。
　その自然のビルのうちのひとつがやや低い位置にあり、なだらかなスロープもついているという按配に存在していた。
　そのてっぺんには切り取ったように低く陥没した場所があり、その陰に人知れず細長い洞窟がある。そこを入れば螺旋状に切り抜いたような竪穴にぶつかるのだ。
　そう、ここはあのニブルヘイムの高台にあった屋敷、その跡だった。屋敷もなにもかもが朽ち果てたのち、地下室だけをまるごと抱きこんでこの場所は残っている。
　そしておそらくは幽霊も健在であろう。
　セフィロスは竪穴をまっすぐ跳びおり、その先にある鍾乳洞じみた形にすっかり変化してしまった通路をくぐって、めざす幽霊の寝所を見出した。
「なんの用だ」と、棺桶の中から不機嫌な声が低く響いてくる。
「起きてくるなら話す」セフィロスは応えた。
「失せろ」
「クラウドのことだが？」
　しばらくの沈黙。
　やがてその蓋が勢いよく撥ね飛んだ。
「まったく」マントを翻し、棺桶の中で立ちあがったのは、もちろんヴィンセント以外にはいない。「この私を眠りから呼び醒ますのは、いつでもあのチョコボだ」
「あえて無視すれば、そういつもいつも起こされずにすむと思うがな」セフィロスは腕組みしながら、ふんと鼻を鳴らした。「耳栓でも買ってやろうか？」
「無視したら無視したで、棺桶ごとアルテマをぶっ放してくれるだろうが」幽霊は諦めを混ぜこんだ声で呟いた。
「むう……それは乱暴だな」
「まったくだ」ヴィンセントはマントの中で腕を組んだ。「それで、なんの用だ」
「非常に口にしにくいことなのだが」
「話があってきたのだろう？」
「……料理を教えろ」
　ヴィンセントはそのまま無言でいた。
「聞こえたか？」セフィロスは彼を覗きこんだ。「ふむ、ついに耳まで遠くなったようだな。確か俺よりも年寄りだっただろう、おまえ」
　ヴィンセントはビーストフレアで応えた。
　変身からもとに戻ると、彼はこほんと咳払いする。「それとクラウドと、どういう関係があるのだ」
「あれは嫁さんを欲しがっている」
　幽霊はわずかに目を逸らした。「……懲りたと思っていたが……」
「なんだ？」
「なんでもない」ヴィンセントはまたセフィロスに向きなおった。「その嫁さんと料理の関係は」
「うまい飯を作れるのが第一条件らしい。料理さえできれば、おそらくモンスターでも召喚獣でも、あいつは喜んで迎えるだろう」
　ヴィンセントはまじまじとセフィロスを見つめてきた。「……おまえが嫁なのか、逆ではなく？」
「細かいことを気にするものだな」
　ヴィンセントはスプラッタコンポを繰り出した。「頭を洗って出直してこい、もちろん中身のほうをだ！」
　そしてヴィンセントは再び棺桶の中に身を沈め、蓋が自動的に閉まる。
　いつも思うのだが、この棺桶はいったいどうなっているのだろう。
　セフィロスは電動ノコギリを放り出すと、その疑問を解決するため、棺桶ごと特大のトルネドをぶちかました。分解してみようと思ったのだ。
　その後、その小さな丘はちょっとした窪地になったという。

＊＊＊

「ああ、うん」ザックスは受話器を耳に当てたまま、こくこくと頷いた。「あいつがまた、わけわかんねえところで、なんだか見当外れな野望を燃やしてるってのはわかってんだけどよ、どこ行ったんだかさっぱりでさ。ああそう、すまんね……だからよう、こっちもそれどころじゃねえの。世界最強の欠食児童抱えてる、おれのことも考えてくれねえ？　なあヴィンセント、長年愛用の棺桶と地下室がなくなったのは、そりゃ同情するけどさ。なんとかしろったって、そうそう都合のいい場所が見つかるわけじゃなし……ああうん、檜の棺桶ぐらいは用意して……そうだ、遊園地に似たようなのあったぜ。吸血鬼の人形つきで……騒がしいって？　まったく、あんたも注文が多いよな。はいはい、セフィロス見つけたら詫び入れに行かせ……え、顔も見たくない？　わかったよ、クラウドが満腹で機嫌よくなったら、あんたんところ行かせる。うん、とにかく、それまでどっか適当な墓地にでも紛れこんでてくれよ。じゃあな」

＊＊＊

　セフィロスはふらふらとその村に入っていった。
　小ぢんまりした小規模なコミューンで、どこかニブルヘイムに似たところのある村だ。
　その郷愁にも似た感慨をおぼえて足を向けただけで、断じて、その一軒から漂ってくる甘いおいしそうな匂いにつられたわけではない。
　ところどころ剥げかけた漆喰、板屋根に藁を葺いただけの粗末な家だったが、かすかに聞こえる楽しげな笑い声がとても幸せな家族が住んでいることを窺わせる。
　セフィロスはその家の小さな庭先で足を止めた。
　窓からちらりと見える台所では、ひとりの少女がオーブンとシンクを行ったり来たりしている。母親らしき女もいて、どうやらいっしょに料理を作っている様子。
　セフィロスはしばらくそれを見守っていた。
　親子の平穏で暖かな生活についてなにを考えていたわけでもないし、羨ましいとか仲間に入れてもらいたいとか思ったわけでもない。ただ、ぼんやりとそれを見ていただけだ。
　だから、見ていただけだというのに。彼女らはこちらに気づいた途端、俺を家の中に連れこみおった。
「急ぐ旅じゃないんだったら泊まっていきなさいよ」と母親が気さくに提案すれば、娘もうんうんと頷く。「できれば宿賃代わりに、屋根の修理とか壁の修理とか頼めるといいわねえ」
　そのくらいならやってやらんこともないが、しかしおまえたち、俺はかつての英雄なのだぞ。泣く子も黙る白銀の鬼神と呼ばれ……いや、クラウドは黙らなかったが……とにかく、そんなふうにそこらで拾える犬猫とわけが違うというのに。
　俺はいつから恐れられない男になったのだろう。
「これではいかん」セフィロスはホットケーキを突き刺したフォークを握りしめて呟いた。
「なにが？」娘が彼を覗きこんでくる。
　その琥珀色の目がまっすぐ向けられてくるものだから、セフィロスはさすがにたじろいだものだ。
　なぜだか、さっきからこの娘が近づくと俺はどきどきして仕方がない。とはいえ、ジェノバが感じられるなどというわけではなかった。
　彼女はただの少しばかり器量のいい村娘で、ミニスカートから覗く足はすらりとしていて、よくよく目に入る。だがそれだけだ。セフィロスにとって、ことさら興味を惹く存在ではまったくないはずだった。
　それなのにどうして意識するのか、我ながら不可解なことだ。
「いや……」セフィロスは懸命に言葉を探した。「つまりだな……俺は誓ったのだ。うまい家庭料理を作れる男にならねばと。そうでないとクラウドの嫁さんにしてもらえんのだ」
　娘はしばらくのあいだまばたいたあげく、震える声を出した。「ええと、ずいぶん……その、大きなお嫁さんね？」
　大きさが関係あるのか？
「だめよ、ティファ。人にはそれぞれ事情があるんだから」母親が鋭く囁く。
　セフィロスはホットケーキごと凍りついた。
　………………ティファだと？
　そう呼ばれた娘は肩を竦め、「はいはい」と苦笑する。それから彼女は一本指を立てた。「なんなら、うちで包丁の使いかたぐらい練習していけば？　ついでといっちゃなんだけど、うちに代々伝わってる秘訣も教えてあげてもいいわよ」
「ティファ」と、母親がたしなめるようにしかめつらをする。
　しかし娘は笑った。「だって面白そうじゃない。この人、どう見たって台所になんか立ったことないわよ。どれだけ上達できるか楽しみだわ」そして娘は自分の顔を指さした。「わたしのひい祖母さんのひい祖母さんのお祖父さんのお祖母さんのそのまたひい祖母さんのお母さんって人が、わたしと同じティファって名前だったんだけど、その人がとても料理上手でね。ずっと同じ味を娘から娘へと伝えてきてるんだって」
　そうか。よくよく考えれば別人のはずだ。あの女が生きているはずがない。
　セフィロスはちょっとだけ立ちなおった。「その秘訣とやらは門外不出ではないのか？」
「たかが家庭料理に？」母親が吹き出した。「やる気があるならつきあってあげてもいいわよ。ついでに屋根の上に登ってくれるとありがたいもの。以前から雨漏りがひどくて」
　ふむ、料理講習代と思えば安いものか。
　しかしあの女の家系か……俺の正宗を持ちあげ、ジェノバを一撃で倒し、クラウドを尻に敷きつづけた、あの恐るべき女の……。
　……いや、考えようだぞ。
　クラウドはひたすら、あの女の料理だけには逆らえなかった。とことん惚れていたと言ってもいい。
　俺が同じものを作れるようになれば、あれはいつでも俺の言うがままになる。きっとそうなるに違いない。
　思わず出てきそうになる笑みを噛み殺し、セフィロスは厳かに頷いた。「ご教授願おう」
　親子はなぜか満足げに微笑んだ。

＊＊＊

　ザックスは溜息をついた。
　カップラーメンの中身を取り出して、がじがじとかじりながら、いじけているチョコボ一匹。
「おまえなあ」
「ひもじいよう」がじがじ。
「どうしてそのまま食うんだ。お湯はちゃんと沸かしてやっただろ」
「ザックスが沸かしたお湯なんか、なにが入ってるか知れたもんじゃないもん」がじ。
「てめえ……」
「昨日は缶詰あけただけで中身は飛び散るし」がりがり。
「ありゃ古かったんだよ。中のガスが膨張しちまってるの気がつかずに、うっかり缶切り突き立てちまっただけじゃねえか」
「蜂蜜レモンだと思って飲んだら米酢だった」ばりっ。
「飲む前に気がつけよ」
「おれ、卵は半熟がいいって言ったのに、両面焼きで、しかも黒焦げにしてくれるし」ぼりぼり。
「だから、おれに器用な芸当を期待すんなって」
「シリアルは牛乳につけすぎてぐちゃぐちゃになって出てくるし」ぼり……
「寝坊するおまえが悪いんだろ」
「おれきっと、ドッグフード以上のもの食べさせてもらえないんだ」くすん。
「誰が食わせてると思ってるんだよ、いいかげんにしろ！」

＊＊＊

　セフィロスは得意満面だった。
　どうだ、このザックスの面食らった顔は。
　クラウドのあの青い目に瞬く星の数。
　彼らは食欲を促進させるほどの香しい匂いと色合いに魅入られ、鍋の中のポトフから目を逸らせなかったようだ。
　くくく、あれから血の滲むような努力をしたのだ。このぐらいの反応がなければおかしい。
　そう、文字どおり血みどろになって特訓を終えてきたセフィロスだった。
　まったく、包丁というものがあれほど危険な代物だとは、これまで露ほども考えていなかったぞ。キャベツの千切りのときなど、うっかりすれば指の皮をこそげ落としているし、気がつけば爪がきれいに切りそろっていたりする。また、じゃがいもを剥いていれば、いつのまにか親指の肉が減ることもあるのだ。
　玉ねぎには泣かされるし、面取りには苛々させられた。灰汁はスープの大敵、干瓢や干し椎茸を水で戻すことを忘れると地獄。小麦粉はダマになってくれるし……なによりも、そう、なによりも、鳥を捌くときが非常につらかった。鶏が黄色くなくて幸いだ。
「あんた……」ザックスが呻いた。「よくぞここまで……ガスコンロの点けかたすら知らねえんじゃねえかって思ってたのに」
「ふっ、俺に不可能はない」
　クラウドは俵型にしたキャベツを、まるでマテリアを拝むようにフォークで摘まみあげた。「すごいよ、これ……ピカピカしてて、色鮮やかで……」ぱくりと食いつき、いまにも泣きそうなほど顔をくしゃくしゃにする。「柔らかい……懐かしい味がする」
「じゃがいもも煮崩れしてねえし、人参はまあ、ご丁寧に面取りまでしちまって」
　ザックスのその呆れたような口調に、セフィロスはちょっとむっとなった。「なにか文句があるのか？」
「いや、べつに」ザックスは背を丸め、ポトフを平らげつづける。「うまいよ、うん、文句なんかねえ。けど、毎日こればかりじゃな」
「馬鹿にするな。クリームシチューもカレーも筑前煮もばっちりだ。肉じゃがも完璧にできるぞ。すべてクラウドの好物だろう」
「セフィロス」クラウドが、うるうるきらきらした青い目で彼をまっすぐ見あげてくる。「あんた、おれのために……」
「クラウド……」
「お願いだ、セフィロス」クラウドはフォークを放り出し、がっしりと彼の両手を握った。「一生、おれのそばにいてくれ！」
「もちろんそのつもりだ」
「あのよう」ザックスがふたりの世界に割りこんでくる。「どうせなんのかのとひっついてんだから、いまさらだろ。それよかあんた、煮物ばっかりしかできないわけ」
　む？
「そういえばそうだな」あっさりとクラウドが手を放す。「ローストビーフとか、ピザとか、ムニエルとか、そうそう、おれ、焼いたホッケとかも好きだぞ。いろいろな唐揚げもな。たまにはパスタも食べるしさ」
　なんだと？
「なあ、お菓子は？」
「そうそう、食後にはデザートだよな」ザックスが頷いた。
「おれ、プリン好きだ。ババロアでもいい」
「デコレーションしたケーキはどうなんだよ」
「おれの誕生日に作ってくれるだろ」
「誕生日っていやあ、このあいだおれの彼女が……」
「そうだ、中華料理もマスターしてくれよ。ザックスのあのホイコーロウ、やっぱりダメージ大きくて」
「手作りのパンが――」
「蒸したキノコも――」
「――女の子の手作りが最高だし」
　セフィロスはそれらの言葉をどこか遠くで聞いていた。
　料理にそんなに多くの種類があるとは。
　そしてクラウドの決定的なひとことが、彼の胸から背中へと突き通ったのである。
「そういえば、ティファに作れないものなかったなあ。やっぱり彼女は最高の嫁さんだったよ」
　………………負けた。
　俺はあの女を越えられなかった。
　セフィロスは敗北感に打ちのめされ、よろよろと出ていったのだった。

＊＊＊

　ザックスは再びヴィンセントと電話していた。「うん、そう、今度はこっちが……だからさ、あいつがまた変なことにこだわって、どっかずれた根性発揮するもんだから、クラウドのやつが嵌まっちまってよう。あいつのポトフじゃなきゃ食わねえって拗ねてんだ。え？　うん、だから捜してんだけど、あんたんとこ行ってねえ？　あ、そう。見かけたら、ポトフ作りに、たまには帰ってこいって伝えておいてくれよ。心配なんかしてねえって。どんな災難が降ってきたところで、あいつがどうにかなるわけはねえだろ。なんだって？　心のダメージ？　ヴィンセント、まだわかってねえな。クラウドがひとこと、セフィロス大好きって言やあ、すべての問題は解決だって。そうそう、たとえポトフのためだろうとな。うん、じゃあ頼むぜ」
　電話を切ってから、ザックスは首を傾げた。
　ところでヴィンセントの棺桶って、どこに電話線引いてるんだろう。

＊＊＊

　そこは夕暮れの小さな村。
　……のはずだった。
　ほかの料理も教授してもらおうと、再びその村を訪れたセフィロスである。
　しかしニブルヘイムに少し似ていたあの村は、いま跡形もなく、代わりに寒々とした荒野が広がっていた。
　靄のかかった空気のむこうには切り立った岩山が並び、あたりにはモンスターたちの空虚な吼え声が漂っている。
　その中でセフィロスはただ立ちつくした。
　あの村は本当にあったのだろうか。
　俺は幻を見たとでもいうのか？
　いや、俺の手は確かに憶えている。
　あのコンロの炎の熱さを……。
　そもそも、あの親子はいったい何者だったのか。
　黒髪に琥珀色の目をしたミニスカートの娘は……。
　………………。
　セフィロスはそれ以上考えたくなかった。

THE END.

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