LONG AGO

　辺境。そう呼ばれる地域には少数の開拓民と少数の賊がいる。
　賊の大半は、大抵が単に政府に税金を支払っていないというだけのことだが、稀に他人のものをかっ攫っていく盗賊という連中もいた。ようするに腕力と勢いで楽をして暮らそうという人々である。余計なことかもしれないが、彼らの老後は不安定なものになるだろう。
　ところでここに、その盗賊の一味がいた。
　その地方では急激に成長してきた大きな盗賊団で、せっせと宣伝活動に励んだすえ、最近ではようやく、あまり暴力沙汰も起こさずに牛や麦などをさし出してくれる村が増えたものだ。家も命もなにもかもぶっ壊された挙げ句、全部取りあげられるより、彼らを盗賊として辺境世界で受け容れてやるほうが賢い選択と言えるかもしれない。なにかが間違っているような気もするのだが、それが辺境の掟というものだった。
　ここでは力が法なのである。たまにこの力は暴力に置き換えられる。
　さて、その盗賊団はいま、大量の利益とともに山間部にある彼らのアジトへと引き揚げる途中だった。
「ちょっと待った」と立ちはだかるのは正義の味方……なのだろうが、彼らにしてみれば自分たちのものを奪っていく悪漢にほかならない。
　しかし世の中弱肉強食であり、食物連鎖に似た因果応報があるものだ。ことに暴力という肉体的な能力に依存する以上、上には上がいる。
　そして彼らの前に立ちはだかったのは、その最高峰とも言える三人だった。
　しかし彼らはそれを知らない。最近越してきた盗賊団であり、急激に家族を増やしたせいで内部の管理におおわらわだったため、以前からのこのあたりの風評には興味を示してこなかったのだ。
　立ちはだかったのは、そろいもそろってタイプの違う美男子づらをした若者だった。ふたりは長身だが、ひとりは少年。金銀黒とそれぞれ派手な頭をしている。見た目はどこぞのモデル業をやっている優男という連中なのだが、色合いの違う青い目を輝かせ、モンスターさえ裸足で逃げ出すほど危険なオーラをまとったその様子は、ただものではない威厳を感じさせた。
　ところで盗賊団の頭(かしら)というものは、ある程度、鈍感でなければ務まらない。そしてある程度、猪突猛進なところもなければならないのだ。と彼自身考えている。
　そして彼はあまり利口でもなかった。
　ずずいと前に出て、その三人に真正面から相対したのだ。「なんだ、てめえら。おれたちに喧嘩売るつもりなのか？」
　彼は知らなかった。この数十年来、近隣の村人たちがすでに見て見ぬふり、さわらぬチョコボに祟りなしとして認めている大いなる災厄の存在を。
　三人の真ん中に立ち、腕組みして立つチョコボ頭の少年がにこりと笑った。

◇

「やれやれ」ザックスは溜息をついた。「喧嘩成立だな」
「なんだそりゃ」と、盗賊団の頭(かしら)が苛立たしげに叫ぶ。「おめえら、この人数相手に素手で来るつもりか？　おれらがお優しい義賊で、武器は使わずにすませてやるなんてこと、言うと思ってるのか？」
「いや、なに使ってもいいんだけどさ」ザックスはぼりぼりと頭をかいた。「できりゃ、話しあいのほうが身のためだと思うけど」
　盗賊たちがげらげら笑った。
　頭も笑いながら彼らを順繰りに指さしてまわる。「おめえら、どうせ村の連中に雇われたんだろう。荷物取り返して、おれらをとっちめてくれって？」
「おれたちのテリトリーに入ってきたのは、あんたたちのほうだろ」クラウドがさほど大きくもない声で呟いた。
「あん？」
「あんたたちがぶん取ってったぶん、おれたちの実入りが少なくなるんだよ。だから、全部分けてもらうからな」
「そりゃ、分けるとは言わねえって」ザックスは小さく突っこんだ。
「ふざけんな！」頭が大きく手を振る。
　背後にいた盗賊たちがそれぞれ、ライフルや拳銃、棍棒などを構えた。
　それとほぼ同時にクラウドが叫ぶ。「バハムート！」
　一般人にバハムートはやめろって。ザックスは一歩退がりながら心中で呟いた。
　しかし。
「あれ？」クラウドがぐるりと空を見まわす。「バハムート？　どうしたんだ？」
「なにをやっているのだ」セフィロスが正宗を呼び出しながら怪訝そうに振り返った。
　こちらの状況などお構いなく、盗賊たちはてんでんばらばらに発砲してくる。セフィロスが張ったバリアに、それらの銃弾がはじかれる気配。
　ザックスもバスターソードを構えることもなく、無防備にクラウドを振り返った。「なんだよ、召喚獣、近くにいないのか？」
「いや」クラウドは身体ごと、ぐるぐるその場でまわりながら応える。「いるんだけど、なんだか……え？」
「おい、どうでもいいが、この喧嘩、買ったのではないのか？」セフィロスが鬱陶しげに正宗を振った。
「ちょっと待てよ」クラウドが軽く片手をあげる。「なんだって……こんなときに、それはないだろ」
「なにやってんだって訊いてるんだよ」ザックスは叫んだ。
　盗賊たちのほうからは飽きもせず、あるいは狂ったように鉛弾が飛んでくる。
「ええい、鬱陶しい」セフィロスが発砲のやまない盗賊たちへと向きなおった。「こちらは立てこんでいるのだ。しばらく黙っておれんのか」
　ちゅどーん、とあたり一面に原子の光が走り抜けた。
　巻きこまれ、あっというまに土塊や岩といっしょに転がった盗賊たちを、ザックスは同情をこめて見まわした。「立てこんでるって……最初に遊びましょって声かけたのはこっちだろ。それに、アルテマはいけねえよ、アルテマは」
「メテオでも降らせればよかったか？」
　そう応えたセフィロスの後頭部にクラウドのまわし蹴りがきれいに決まる。「冗談でもやめろって言ってるだろ」
　俯いたままセフィロスは、「わかった」と言った。「ところでおまえ、召喚獣がどうかしたのではないのか？」
「いや、あいつら、どうも」クラウドはすごく困ったような顔をした。
「どうも？」
「ストライキに入ったらしい」
　なんだよ、そりゃ。
「なにについての待遇改善を求めているのだ？」セフィロスがまじめに考えているらしい。
「わかんない。どこか腰を落ち着けて話しあわないと」
「話すのか？」ザックスは思わず引きつった笑みを浮かべてしまった。
「おたがい、言葉でわかるわけないだろ。意思疎通の問題だよ。だから、その意思疎通がストライキで断たれちゃってるから……」
「なにもならんではないか」セフィロスが溜息をつく。「そもそも、ストライキを起こす前にちゃんと要求をだな……」
「賃金あげろってか？」
「とにかくさ」クラウドは倒れている盗賊たちのほうへ歩き出した。「今回の獲物をぶんどって、さっさと塒(ねぐら)に戻ろう。それからだ」
「なあ」ザックスは彼を追った。「おれら、いつまでこんな盗賊まがいのことしてるわけ」
「べつにいいじゃないか。生活に困ってるわけじゃないだろ」
　いや、普通、生活に困ったやつが山賊になるもんだけど。
　クラウドはとっとと焦げていない荷物を漁り出した。「なあセフィロス、牛まで巻きこむことないだろ」
「どうせ、おまえが食うつもりではなかったのか？」
「乳牛だから村に返そうと思ったんだ。おれ、いくら牛乳飲んでも背伸びないしさ」
「あれほど食って飲んで走りまわっていたというのに」
「だからいちいち、おれの頭に手を乗せるのはやめろよな」クラウドはセフィロスの手を撥ねのけた。「だいたい、誰のせいだと思ってるんだ」
　ザックスは麻袋をひとつ片手で持ちあげてみせた。「小麦は結構残ってるぜ」
「でも精製してないだろ」クラウドは毛布の束をひっぱり出しながら不機嫌そうだ。「衣類だけもらっていこう。いま使ってるの、どれもだいぶ古くなってきたもんな。小麦は農家に頼んで、パンとかケーキにしてもらうんだ」
　そりゃもう、飴玉あげるからさっさと帰ってくれって態度で喜んで作ってくれるよ。どっちかってえと、お供えものみたいなもんだよな。いわば山神さま扱いだ。
　そのうえクラウドも、たまに女子どものお願い事聞いてやるもんだから、中には本気でチョコボの神さまだと思ってる子どもがいるんだって、おまえ、わかってないんだろうな。
「俺はいまだに理解できん」セフィロスがむっつりと呟いた。「一度は山賊になってみたいと、ここ数十年そういう暮らしをしてきたが、税金を払わず定住するだけで山賊と言えるのか？」
「いや、これは山賊って言わねえよ」
「ではなんだ？」
「村の連中にしてみれば自然災害と変わらねえだろうな。毎年来るイナゴと同じだ」
「なるほど、食うだけ食って去っていく、か」

◇

　盗賊団の男たちは奇跡的に生きていた。
　セフィロスが手加減したに違いないが、もしそこにクラウドがいなかったら、彼らも荒らされた荷物の中から這い出ることは永遠になかったと思われる。
　しかし盗賊団の頭(かしら)はそのことを知らなかった。なんだかわからないが手品の類でごまかされたと思ったのである。身体じゅうのあちこちが痛んだが、ひとつ間違えば死ぬ目に遭ったのだとは、まったく気づいていない。
　彼はほとんどからっぽになってしまった荷物の残骸を眺め、あの三人の顔を記憶に焼きつけ、復讐することを誓った。
　盗賊たちの中に多少でも事情を知ることのできる者がいたとすれば、命を賭けてでもそれを止めたことだろう。いや、命が惜しいからこそ止めるとすれば、命までは賭けないかもしれない。
　とにかく頭は復讐を誓い、三人の捜索を開始した。

◇

「バハムート、シヴァ、オーディン、ラムウ、なあイフリート？」
　クラウドは立て続けに召喚獣を呼びつづけていた。しかしその召喚に応じて姿を現わす獣は、いまだにいない。
　三人の塒(ねぐら)。そこは山の中にある広い洞窟だった。
　もちろん水道も電気も届いているはずもない。ベッドは麓の村でかっ攫ってきた藁をシーツでまとめただけで、机もテーブルもなく、明かりは蝋燭、寒ければ入口近くで焚火をし、暑ければブリザガ一発で瞬間冷却。ま、たいして不便なわけでもない。
　とにかく、山賊であるからには立派な門構えのある家なんか邪道だと、こうした原始的な生活をしているのである。
　ただ、そのためにわざわざ、風穴さえなかった山腹にでかい洞窟を拵えるのもどうかと思うけどな。
「タイタンにクジャタ、ああもう、チョコボ？」クラウドはまだひたすらに呼びかけていた。「チョコボまで無視か？　なにが不満なんだよ」
　ザックスは鍋に煮こんだシチューをかきまわした。「クラウド、頼むから騎士どもは呼び出すなよ？」
「わかってる」クラウドは胡坐をかいた上に頬杖をつき、空(あ)いているほうの指で苛々と膝を叩く。「いったい、なんだっていうんだろうな」
「おまえがこき使いすぎるのではないのか？」
「そんなはずないよ」クラウドは身を起こし、両手を広げた。「さっき呼び出そうとしたのだって、久しぶりに気合い入ってたってのに」
「そうか？」ザックスは焚火から鍋をどかしながら顔をしかめた。「おまえ最近、しょっちゅう呼び出してたじゃねえか」
「え、そう？」
「うむ」と、セフィロスが同意する。「焚火を作るのにイフリートを呼び、食糧を保存するのにシヴァを呼び、足代わりに召喚獣のチョコボを使っていたな」
「空飛びたくなってバハムートを気軽に出してたしさ。そうそう、このあいだ、猪を仕留めるのにタイタンで峠ごとひっくり返しただろう」
「あれは山ごとひっくり返せたけどやめたんだ」
「たかが猪一匹のために、地形を変えるんじゃねえよ」
「そうとも、地図の書き換えは面倒なのだぞ」
　いや、そういう問題でもねえんじゃねえかと。
「けどさ」クラウドは腕を組んだ。「あいつらだってふよふよ浮いてるだけじゃ退屈になるし、力があり余って、どこかしらで災害起こすんじゃないかって心配なんだ。だから適当に使ってストレス発散させてやらないと……おれ、こんなにあいつらのこと考えてやってるのに」
　おまえの存在そのものが災害だと思うけどな。
「そうは言うが、都合のいいように使ってるだけにしか見えん」セフィロスが首を振った。
「そうそう、それが不満なんじゃねえの？」
　と、いきなりシヴァが現われた。ザックスの手に持ったシチューがみるみる凍りつく。あーあ。
　召喚獣はこくこくと頷いていた。
　クラウドが眉を寄せる。「なんだよ、使わなきゃ、うるさくまといついて遊んでくれっていうくせに」
　シヴァはじれったそうに、そうじゃなくてと身をよじる。どうでもいいけど、相変わらず魅力的なねーちゃんだよな。人間でないのが残念。それと、ご尊顔を拝するたびに周囲のものが凍りついちまうのも玉に瑕だ。
　ザックスは毛布をひっぱり出し、ぐるぐると身体に巻きつけた。
　セフィロスはなんでもないことのように振る舞っていたが、組んだ腕に必要以上に力が入っていることをザックスは見抜いている。なにがどうでも召喚獣たちに弱味は見せられんと考えているらしい。なぜかっていやあ、クラウド挟んでのライバルと考えているからだろうな。おれもマバリアとかでいろいろ微調整できりゃ、こう召喚獣出現のたびにびくびくしないですむのかもしれねえけど、魔法ばっかりは、どうしたって苦手だ。
　毛布の中でやっと体温を確保したザックスは、ほっとしたのもつかのま、次の瞬間には汗をかく破目になった。
　シヴァがいきなり消え、今度はイフリートが出現したからだ。
　彼は毛布を放り投げた。だーっ、これだから召喚獣どもとつきあうのはいやなんだ！
　続いてラムウ、オーディン、クジャタ、チョコボ、リバイアサンと現われ、それぞれが訴えたいことを訴えたいように訴えては消えていく。
　しばらくそれらの交代を見つめていたクラウドだが、やがて無表情な顔をセフィロスのほうへと向けた。「なあ」
「俺に訊くな」
「なんだ？」ザックスは水蛇(リヴァイアサン)の洪水によってずぶ濡れになった上着を絞りながら訊いた。シチューはとっくに諦めている。「連中、なんて言ってんだ」
「なにが言いたいのかがわからないんだ」
「おまえがわからないのに、おれらにわかるわけないだろ！」
「つまり」セフィロスが再三の落雷によってできた枝毛を切りながら呟いた。「クラウドのごく日常的な用事ではなく、なにかどでかい仕事をしてみたいのではないか？」
「だったら、さっきの盗賊どもを一気に――」クラウドは取っかえひっかえ現われる召喚獣たちをぐるぐる見まわしながら言った。「え、そうじゃない？　セフィロスでもできるようなことなんかやりたくないって？」
「貴様ら、俺を愚弄するか」セフィロスが正宗を構えた。
「狭いところでやめろよ」
　ザックスがそう叫んだとき、洞窟の入口から複数の慌ただしい足音とひとつの野太い怒鳴り声がした。
「この悪党どもめ、出てこーい！」
「やかましい」セフィロスのトルネドがそちらのほうで発動し、怒鳴り声は大勢の悲鳴に変わって夜空へと吸いこまれていったようだった。

◇

　盗賊の頭(かしら)は生まれて初めて空を飛んだ。
　目がまわり、大声で悲鳴をあげつづけていたが、それは手下どもも同じなので誰も気にしないだろう。
　やがて気がつけば、杉の木のてっぺんにひっかかって、だらしなくぶらさがっていたものだ。
　彼は深く深く思考をめぐらした。なにがなんでも、あの悪党どもを退治せねばならん。でなければ世界はおしまいだ。
　ある意味正しい認識であったが、彼の言う世界とは彼のテリトリーの中のみに限られる。
　清く正しい世間一般の善良という顔をした人々が、慄えながら彼の名を囁きあい、有力者は貢ぎものを持ってくる。女たちは媚び、半端なやくざ者どもは自分の命令一下、いっせいに動き、誰も彼の自由を束縛することはない。それが彼の理想郷だった。
　あの三人をなんとかしない限り、俺の世界は地獄に変わる。
　盗賊の頭は杉の木の上で長いあいだ考えていた。

◇

「つまり？」クラウドが非常に複雑そうな顔をしかめ、ひたいをこすりながら指を一本立てた。「召喚獣たちも山賊をやってみたいってことか？」
「これまでのジェスチャーからすると、そういうことだろうな」セフィロスが腕組みし、唸るように言った。「しかし問題がひとつあるぞ」
　ひとつどころじゃねえだろうがよ。
　ザックスはすっかり疲れて、洞窟の隅で寝転びながら彼らの会議（？）を延々と聞いていた。しかしどうやら結論に辿りついたらしいので、あまり突っこんでまた混乱させるようなことにはしたくなかった。
　セフィロスは続けた。「山賊というものにはリーダーが必要なのだ。いったい、どの召喚獣が頭(かしら)になるのだ？」
　パリパリと電気をまとわせてラムウが現われた。
「あ、そう」クラウドが納得したように頷く。「そうだよな。やっぱり年功序列か」
「見た目のな」セフィロスが溜息をつき、途端に落ちてきた落雷を避けて身体を斜めに傾ぐ。「まあいいだろう。どこで山賊をやるつもりだ？」
　カーバングルやチョコボが現われ、いっせいに西のほうを指し示した。
「隣の山？」クラウドが賛成しかねるというように首を傾げる。
「すでに俺たちのテリトリーだと思うが」セフィロスも頷いた。
　だがチョコボもカーバングルも、いやいやというふうに、あるいはねだるように飛び跳ねる。
「わかったよ」クラウドが両手を振った。「あそこの山で好きなだけ遊んでてくれ。それでいいんだろ？」
　やった、とばかりに召喚獣が躍りあがり、シヴァも現われて喜びを表わしたようだった。
　が、ザックスは確かに見た。
　一瞬だけ、ちらりとシヴァやラムウの目がきらっと光り、まるで挑戦するような剣呑さを帯びてクラウドを見やったのを。
　……なんだかいやな予感がする。

◇

　盗賊の頭(かしら)はひとつの噂を耳にした。
　王都のほうから一個小隊が山賊退治に駆り出されたという話だ。
　もちろん、それほど大がかり（？）に王国の警備隊が動き出した原因は、盗賊団の高名さによるところだろうと彼は自惚れていた。
　地方の無力な保安官とは違い、王国の警備隊ともなれば軍隊と変わらない。厄介このうえないものだが、彼を相手にするとなればもちろん、それほどの手強い武装集団でなくてはならないのだ。
　そういう事態を想定してはいたが、なにもいまになってと最初はあせりもした盗賊の頭である。
　だがアジトからお宝を運び出せという命令を発する前に、彼はふと素晴らしいアイデアを思いついたのだった。
　王都の警備隊にあの悪党三人組を始末してもらえばいい。
　そして彼らがいなくなって平和になったこの世界を、自分があらためて支配すればいいのだ。
　彼は含み笑いを洩らし、やがてそれは高笑いに変わっていった。

◇

　召喚獣たちが独立してから数日、ザックスが危惧したのとは裏腹に、じつに平和な毎日が続いていた。
　先だって分けてもらった食糧や日用品のおかげで生活は規則正しくなっていたし、クラウドは猪との連戦連勝にご機嫌だ。そのうえ、セフィロスが川魚を大量に釣ってきたから食卓は豪華絢爛だった。クラウドにとっては素晴らしく薔薇色な日々だったに違いない。
　だが良いことは長く続かない。ザックスたちはそうと知らぬまに召喚獣たちのことを忘れていたのだ。
　ある日、ザックスは山裾に棲みついていたアライグマの一家が引っ越していたのに気づいた。その次の日には、クラウドの遊び相手であり、いざというときの食糧となる猪の一族が残らず姿を消していた。ウサギや鹿も、気がつけば見かけることが少なくなってきている。
　そして。
　いったいなにが起こったのだろうと首を捻るまもなく、三人は召喚獣たちに宣戦布告を叩きつけられたのである。
　まず強烈な突風とともにメガフレアでご挨拶、バハムートが先陣だった。
　ちょうど、麓の村で作ってもらったふわふわのくるみパンを、あーんと大口あけて食べようとしていたクラウドは、そのままころころと山の中腹まで吹き飛ばされたらしい。
　ザックスは岩陰に咄嗟に避難して直撃を免れたが、セフィロスはまともに黒焦げにされた。もっともコートの破損以外、そのくらいではびくともしないのがセフィロスなのだが。
「ほほう」ぼろぼろのコートをばさりと閃かせ、セフィロスは不敵に笑った。「この俺に不意打ちを食らわすとは……覚悟はできているだろうな？」
　バハムートがくるりと身を回転させて虚空に消えると、今度はリバイアサンが樹間に立ちあがる。
「サンダガ！」セフィロスが叫んだ。
　その魔法とリヴァイアサンの洪水とが真正面からぶつかり、絡みあった。だが召喚獣の使う攻撃を、たとえクラウドとて抑えられるものではない。
　雷をまとった洪水がセフィロスを呑みこんでいった。
　流されながら、おそらくセフィロスは自分のサンダガで感電していることだろう。ザックスはとっさに跳んでぶらさがった木の枝から彼の冥福を祈った。いやほんと、いいかげん成仏してほしいもんなんだけど、クラウドもなにを好きこのんで、再生したあいつを引き取ったんだかなあ。
　と、その洪水の勢いがやや落ちてきたところで、それらの水が波頭を立たせたまま、ぴきーんと凍りついた。
　その氷の彫刻のあいだから、くるみパンを口にくわえたクラウドがのぼってくる。意外に復活してくるのが早かったな。
「ふぁにふんだ！」クラウドはパンを噛みちぎり、もぐもぐしながら叫んだ。「ちゃんと住処は与えてやっただろ。今度はなにが不満なんだよ！」
　クジャタが現われ、地団太を踏んだ。この召喚獣の技は比較的弱めの魔法攻撃ではあるが、雷、炎、氷、土、と、エレメンタルがすべてそろっており、それらを連続して浴びせられるのだ。
　しかしクラウドもウォールでしのいだ。
　あたりの木々は魔法の発生による強風に傾き、ザックスも飛ばされまいと必死で枝にしがみつく。地面が揺れ、炎はさいぜんクラウドが凍りつかせたリヴァイアサンの水を溶かした。
「あれ」と、クラウドが泥地と化した足もとを見おろす。「なに寝てるんだ、あんた」
「やかましい」セフィロスがクラウドの足の裏に毒づいた。「おまえが俺ともども凍りつかせたのだろうが」
「あんたが流されてるとは気がつかなかったよ」クラウドはごめんよというように両手を合わせた。「わざとじゃないんだ」
「だったら足をどけんか」
「なあ」ザックスは枝にぶらさがりながら声をかけた。「どうでもいいけど、召喚獣たち、なんの用でこんな挨拶してくるわけ」
「ああ、そうだった」クラウドはセフィロスの上からおり、あらためて召喚獣たちのほうへと向きなおる。「なにが不満なんだか、ちゃんと言えよ」
　いや、だから言えねえだろ。
　しかし召喚獣たちは問答無用とばかりに攻撃を続けた。
　ラムウの裁きの雷、シヴァのダイヤモンドダスト、イフリートの地獄の火炎と続いたかと思えば、チョコボ＆モーグリが必殺技！　とばかりに驀進。
　さすがにびくともせずに防いでいたクラウドも、最愛のチョコボを前にちょっと鈍った。どーんと撥ね飛ばされ、高く舞いあがってセフィロスの頭上に落ちていく。
　そこへタイタンが地面をひっくり返し、ふたりしてこんぐらがってもがき、怒鳴りあっているうちにオーディンのグンニグルの槍が降ってきた。とどめとばかりにハーデスが暗黒の釜を持ち出してきたが、ステータス異常攻撃なんぞ、このふたりに通用するはずがない。
　アレクサンダーが最後の審判だと身を乗り出してきたが、クラウドとセフィロスの連携反撃にあえなく屈した。
　だが、さすがにふたりとも息が切れている。
「いいかげんにしろよ！」クラウドがついに叫んだ。「ストライキぐらいならまだ可愛げがあるけど、なんだよ、この総攻撃！」
　ひょひょひょ、と笑い声とともにテュポーンが姿を見せた。ところで、これまでフェニックスだけ参加していないようだが、たぶん転生の炎は効果がないと踏んで控えているのだろう。黒焦げにしても、アレイズがかかるのでは意味がない。
　いたずら好きの風の召喚獣は、しかし現われただけで技を繰り出す気配がなかった。愉快そうに空中を踊りまわっているだけだ。
　ザックスは木の上でふと、召喚獣たちは本当に楽しんでいるだけなのかもしれないと思った。
　山賊稼業の意味がわかってるのかどうかはともかく、こいつら、山賊になれば対等にクラウドやセフィロスに勝負を申しこめると考えたのだ。いや、考えるということ自体、彼らがするのかどうかわからないが、とにかくこれは、彼らにとってテリトリー争い（の真似事）のつもりに違いない。隣の山賊と喧嘩して、勝って土地を拡げる。ようするに、人間の真似して遊んでいるわけだ。
　テュポーンのその無邪気な動きにクラウドとセフィロスが警戒していると、ついに最後の召喚獣が姿を現わした。
　巨大な影が十三体。言わずもがな、最強の、そして究極の召喚獣、ナイツ・オブ・ラウンドである。
「待てい！」セフィロスが真剣に叫んだ。「騎士どもまで、おまえ手放したのか!?」
　クラウドもちょっと青ざめている。「ええと、ええと……」
　十三人の巨大な騎士たちがふたりをいっせいに取りかこみ、それぞれの武器を振りあげた。
　その不吉な影が見あげるクラウドとセフィロスの上にのしかかってくる。
「ええと、なんで？　え？　どうして？」クラウドは両手を祈るように合わせ、騎士たちを仰ぎながら、しかしまだ混乱しているようだった。

◇

　都から来た警備隊の連中は、さっそく山賊討伐に入ったようだった。
　もっとも、村人たちの過半数が御山には手を出さないほうがいいと彼らに忠告したが、警備隊はそもそも、その山に住む連中を退治することを目的としている。村人たちの言葉を受け容れることはなかった。
　盗賊の頭(かしら)は普通の善良な村人に扮して、彼らのあいだに紛れこむことにした。
　武装した警備隊員たちとあの三人とをかち合わせるために、山賊の頭が画策することはなにもない。警備隊の連中は、《高名な山賊》をあの三人のことと勘違いして動いてくれたからだ。
　もっともそれは勘違いでもなにもなく、目標は誤っていなかったのだが、山賊の頭は勝手にそう考えていた。
　このまま、うまく共倒れしてくれれば、この世界にも平和が戻る。
　彼は期待半分、緊張半分に事態を見守ることにした。

◇

　アルティメット・エンド。
　ザックスは木の上で幹にしがみつき、その惨状を見まいと顔を背けた。
　ああ、まさか騎士たちまでもが反乱を起こそうとは。
　無属性の究極攻撃が十三回行なわれたあと、あたりは耳鳴りがするほど静寂に包まれた。
　崩れた土砂、倒れた木々、粉々になった岩や掘り起こされた根っこの散らばるそこには、土煙がわずかに漂うだけ。
　やがて、ふよん、ふよん、とその周囲に召喚獣たちが姿を現わし、それぞれじっとその場を見つめる。
　勝った？
　もしかして本当に勝った？
　そんなふうに囁きあっているようにも見える。
　ザックスも彼らと同じように木の上から事態を見守っていた。
　しんと静まり返った山。
　鳥の声ひとつせず――どうやら事前に避難していたらしい――、動く小動物、昆虫さえいない。
　ザックスは思わず、ごくりと喉を鳴らした。
　と、石がひとつ、ころんと転がる。
　むくり。
　ふたつぶんの大小の土塊が起きあがった。
　土砂にまみれたクラウドとセフィロスの手には、それぞれ専用の長大な剣。
　またそれぞれの青い目には、まったく同様の危険な光がたたえられ、彼らは静かに召喚獣たちを睨みまわした。さらにその口もとにはやはり、ふたりとも同様の薄い笑みがこぼれている。
　ああ、趨勢は決まったな。
　ザックスは再び目を逸らし、倒れかかってはいるものの、意外に頑丈なその木の上で長時間待機する覚悟を決めた。

◇

　山は嵐のさなかにあった。
　どんなと訊かれても、とにかくすごい嵐としか言いようがない。
　豪雨が山腹を叩きつけ、あるいは天へと噴きあがり、稲妻が縦横無尽に走る。ときおり氷粒がつむじ風とともに舞いあがって、ついでに樹木や大きな岩も噴火するように飛び跳ねては彼らの頭上に降ってきた。
　いまにも山賊討伐のために入山しようとしていた警備隊は、当然のことながら二の足を踏んだものである。山賊の頭(かしら)も、間違ってもこんな山に登ろうなどとは思わなかった。
「ああ、お怒りじゃ」道案内の老人――麓の村の長が慄えながら両手を合わせた。「やっぱり、あの鳥頭の神さまを捕まえようなんぞ考えてもいかんかったのじゃ」
「神だと？」警備隊の隊長が怒鳴った。怒っているわけではなく、大声を出さないと周囲の雷鳴にかき消されてしまうからだ。「山賊ではなかったのか？」
「鳥頭の神さまと、白髪(しらが)頭の神さまと、ハリネズミ頭の神さまじゃ」ひざまずいて山を拝みながら、村長はぶつぶつと呪文のように唱えた。「お願いですじゃ、これ以上被害が及ばんうちに都に帰ってくださいませ」
「う……しかし」隊長は渋い顔をしたが、部下たちのほうが素直に及び腰になっている。
「隊長……」
「帰りましょう」
「こんな小さな山で遭難するなんていやです」
「祟り神なんて絶対近づかないほうがいい」
「むう」隊長が思案するように顎を撫でた。「そうだな……山賊の情報そのものが間違っていたのかもしれん。都に帰って調べなおすか」
「おいおい」山賊の頭は慌てた。「それじゃ、あんたら、なにしに来たんだよ！」
　こっそり村人のふりをしてあとをついてきた彼だったが、そこでうっかり出しゃばったのがまずかった。
　同行していた村長をはじめ、数人の村の男たちがいっせいにこちらを見る。
「あっ、こいつ、おれんちの牛を盗ってったやつ！」
「小麦もごっそりとな」
「大勢手下ども連れてきて、暴れ放題やりやがって」
「役人さま、こいつが本物の山賊ですよ！」
　全員に指までさされて、山賊の頭は一歩後退する。「お、おれは――」
　それに合わせて、みなも一歩詰め寄ってきた。
「ちょ、ちょっと待てよ」彼は両手を振った。「あそこに住んでるやつは」といまだに嵐の吹き荒れる山のほうを示し、「おれなんかより遥かに悪党なんだぞ。なにしろ山賊の上前ははねるわ、それをわざわざ持ち主に返すわ……いや、そうじゃなくて、その、なんだ」彼は混乱したまま考えをめぐらせた。「だ、だいたい、おまえらもあいつらの所業には頭抱えてたんだろ？」
「おまえさんは台風相手に喧嘩を売るかね？」村長が厳かに言った。「彼らは言うなれば、ただのイナゴじゃ！　食うだけ食って満足すれば素直に帰ってくれる。わしらの一年分の稼ぎや家畜を根こそぎ奪っていくよりは、数倍もましじゃわ」
「そうとも、彼らはお腹が満たされて幸せでいてさえくれれば静かなもんだ」
「山の動物たちを支配してるから、人間を襲う熊はいなくなった」
「猪も彼らを相手にするので手いっぱいで、ここのところ畑を荒らすこともない」
「ときどき山の形が変わるけど、かえって、ここいらに手を出そうという賊どもが近づかないから都合がいいんだ」
　いったい、正義の味方なのか、それとも次元の違う悪党なのか？
　山賊の頭(かしら)はさらに混乱した。「じゃあその、祟り神とかって呼んでる意味は……」
「おう、そうじゃった」村長がぽんと手を打った。「若衆よ、急ぎ、うまい食いものをかき集めねば。なんとしても、お怒りを鎮めてもらうのじゃ」
　いったい、なんなんだよ？
　走り去っていく村人たちを茫然と見つめた盗賊の頭である。
　そして彼は、村人たちに代わって彼を取りかこんだ警備隊員たちを見て、今度は恐怖に打ち震えたのだった。
　彼と彼の手下は結局都へ連行され、過去十数年の盗賊被害の罪をすべて押しつけられて裁判にかけられたのだった。
　しかし彼は知るよしもなかっただろう。
　このままあの三人組への復讐に執念を燃やしつづければ、どんな運命が彼を待っていたか。
　それを考えれば、都に連行され、厳重な石牢で終生生活するほうが、どれほど幸福なことか、いずれ誰かがそう言って慰めてくれることを祈ろう。

◇

「結局、もとの木阿弥か」ザックスは峠に立ち、平和の戻った山を見まわした。
　平和といっても、あちこち森林は薙ぎ倒され、土砂崩れは起き、不自然な山火事の跡がいたるところに見受けられる。もしかしたら、以前よりも標高が十マイルほど引っこんだかな？
　召喚獣たちは二度とストライキなんか起こさないと約束（？）させられ、以前どおりに大気に溶けていることにしたらしい。もっともさすがに騎士たちだけは、クラウドの命令なしには顕現しないとかたく誓わされたけどな。
　セフィロスがぼろぼろのコートをむっつりと見おろした。「クラウド、いいかげん山賊暮らしもやめないか」
「うーん」クラウドは峠に残った一本の木、それも上から半分はぽっきり折れてしまったその上に坐りこんで、村から差し入れられたラズベリークッキーを頬張っていた。「そうだなあ、山はもう見飽きたかもね」
「いや、そういう意味ではなく」
「じゃ、今度は海賊かな」クラウドは手を打った。
「似たようなものではないか」セフィロスがうんざりと呟く。
「あのよう」ザックスは彼を見あげた。「おれらはいいけど、おまえ、船酔いは？」
「うっ」
「忘れてたな」
「あ、でもさ」クラウドは両手を広げた。「誰も知らない島を独占して、のんびり過ごすのもいいと思わないか」
「そんなこと言って」ザックスは溜息とともに首を振った。「どうせおまえ、暇だって暴れ出すじゃねえかよ」
「暇とのんびりとは違うよ」
「なにもしないことと、なにもできないこととが違うようなものだろう」セフィロスが軽く手を振った。「まあ、まずは孤島捜しだ。準備をせねば」
「やった。どこ行く？」クラウドは木の上から跳びおりてくる。
「好きなところへ行きゃいいだろ」ザックスは肩を竦めた。
　どうせ、なんのかんのって召喚獣どももついてくるんだし、場所が変わってもやることはいっしょだ。
　願わくば二度と、召喚獣たちが革命ごっこなんぞ起こさないことを祈るぜ。

THE END.

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