１
潮騒の吐息がクラウドの耳に沁み入ってくる。
逞しい腕が彼の胸を横切り、薄い布越しに触れる箇所がひどく熱い。ときおり、その長い指が腕をこすり撫でていく。
片足はザックスの腕が絡み、彼の長い黒髪はクラウドの腹の上で泳いでいるようだった。
熱を持った息を吐き、薄く目をあければ、その視界を覆うほどに銀の髪が顔に首に這いまわっている。
クラウドは囁いた。「セフィロス……」
「なんだ？」身を起こし、顔を覗きこんでくる美麗な顔。その動きにつれて銀糸がクラウドの首筋をくすぐった。
もう、限界だった。
「……どけ」
無言でわずかに身を離すセフィロス。クラウドはその彼の胸に手を当て、さらに引き剥がした。
同時に腹を枕にしているザックスを蹴り飛ばす。「暑いんだ、うざったいんだ、ふたりともいったい、なんのためにここに来たと思ってるんだよ！」
ザックスが目をこすりながら応える。「なにって、海水浴だろ」
ぎらぎら光る太陽、白い砂浜。潮騒は音楽的に響き、カモメの喧騒さえその伴奏と化している。
ここはバラムのリナール海岸。リゾート地としては第一級の自然豊かな島だ。
その海水浴客で賑わうはずの浜辺は、しかしここではない。ビーチパラソルや屋台が広がる場所は彼らのいるところより少し離れていて、ここには人っ子ひとり見あたらなかった。
「おまえが人いきれに酔うだろうからと、この場所を探すのは骨が折れたのだぞ。それなのに、なにが気に入らない？」セフィロスがあたりを示しながら不満げに訊いてくる。
「そりゃそうだよ、遊泳禁止だもん、ここ」
「んなの、おれらには関係ねえだろ。どうせモンスターが出るだけだって」ザックスが肩を竦める。
「べつに泳ぎたくて言ってるわけじゃない」クラウドはむすっとした。
「だから、なにが気に入らないのかと訊いているのだ」
クラウドは両手をひろげ、あたりの広大さを主張してみせる。「これだけだだっ広くて、人がいなくて、気持ちいいぐらい晴れてるっていうのに、どうしてそうあんたたちは、べたべたくっつくんだ？」
「なに言ってんだよ、おれがクラウドを枕にするのはいつものことだろ？」
「毎晩こうして雑魚寝をしているだろうが」
「いまは昼間だ！」
「夜ならいいのか？」
クラウドの中のどこかで、ぶちりとなにかが切れた気がした。「……そういう問題じゃないんだ、セフィロス、ザックス」
「ど、どうした？」ザックスがわずかに身じろぎする。
「声がかすれているぞ。風邪をひいたか？」
すかさず再びべたべたとさわりまくって熱がないかどうか確かめるセフィロスに、クラウドはトルネドをぶち当ててやった。
砂浜から少し離れた芝の上に落下したセフィロスは、追加効果のせいで、しばらくふらふらしていたようだ。
「ああ、ああ、あんまり邪険にするなよ。ちょっとは可哀相かなーとか思っちゃうよ、おれ？」ザックスが砂の上で胡坐をかき、同情的な目でセフィロスを見やる。「まあ、あれだけくっつかれてると、さすがにうざったいかもしれねえけどさあ」
「ザックス」クラウドは無表情に言った。「あんたも鬱陶しいんだ」
「……おれも？ なんで？」
クラウドはすくっと立ちあがり、ホテルのあるほうへと歩き出した。
「おおい、クラウド！」ザックスの声と本人が追ってくる。「ほんと、どうしちゃったんだよ。いつもならこのくらいのスキンシップ、無視するほうが得だってひらきなおるくせに」
「まったくだ」とセフィロスが、立ちなおって横に並んできた。
「あっついんだ、うるさいんだ、鬱陶しいんだ。特に……」クラウドは立ち止まり、くるりと彼らを振り返った。「あんたたちのその髪が！」
ザックスもセフィロスもまばたきを繰り返した。
「髪だと？」
「髪？」
「切ってくれ」クラウドは訴えた。
ぶんぶんとそろって首を振るふたり。
「ダンディーなおれに似合う髪型っつったら、これひとつっきゃねえの。いきなりイメチェンなんかしたら、ファンの女の子たちからどっと非難の声が押し寄せてくるじゃねえか」
「無駄なことはやらんほうがいいと思うぞ」
クラウドはアルテマウェポンを呼び出した。セフィロスの正宗と同様、長年のうちにほとんど自身の一部になってしまったその武器は、使おうというときだけ現われてくれるから非常に便利だ。
「おれは、髪を切れと言ってるんだ！」避難しようときびすを返す彼らの背に、クラウドは必殺技を繰り出した。「画竜点睛！」
砂や海水といっしょに、つむじ風がふたりを巻きあげ、空高くどこかへと運んでいく。
肩で荒い息をつき、クラウドはその行方を目で追うこともせずホテルへと駆け出していった。
＊＊＊
やがて炎の洞窟あたりまで飛ばされたセフィロスとザックスが、ようよう青きバラムホテルへ辿りついたとき、彼らはフロントでクラウドからの手紙を渡されたのだった。
おれは独立する。
髪をなんとかしない限り追ってくるな。
でなきゃ、バラムフィッシュを未調理で食え！
ザックスはセフィロスに目をやった。「どうするよ……」
セフィロスは顔をしかめた。「毒魚を食うほうがまだしもだが……深刻だな」
「追うしかねえな」
彼らは部屋に行き、旅支度を始めた。
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