１
ある日ザックスが仕事から帰ると、セフィロスがクラウドを組み敷いていた。
ドアをあけた途端、ソファの上でのその光景だ。さすがにザックスも凍りついたものだ。
セフィロスは彼の帰宅なぞお構いなしに、さらにクラウドに顔を近づけた。「口をあけろ」
ぶんぶんと何度も首を振るクラウド。
「あけろと言っているのだ」
セフィロスの長い指がクラウドの顎を掴んで揺すろうとしたところで、ザックスははたと我に返った。「なにしてんだよ……？」
「やかましい」
「セフィロス」ザックスは工具箱を横に放り出し、大股に彼らに近づいた。「そういう実力行使に出たってことは、おれと決闘する覚悟もできてんだろうな？」
セフィロスは不機嫌な目を細めてザックスを見た。「ふん、貴様もそのつもりだったくせに、大口を叩くな」
「なんだと？」バスターソードは部屋に置きっ放しだったので、ザックスはテーブルの上にあったスタンドを握りしめた。
セフィロスが押さえつけていたクラウドを放し、身を起こす。「やるつもりか」
「ただじゃ、やられねえからな」
「ふゃるっへ、はんふぉ？」
見れば、自由になったクラウドがソファに起きあがり、ちょこんと坐りなおしていた。その口はなにかをいっぱいに含んだまま、上下左右に動いている。
もぎゅもぎゅ、もぐもぐ、もぐもぐ……ごっくん。
「ごちそうさま」満足という顔で手を合わせるクラウド。
「貴様というやつは！」セフィロスがクラウドの首を絞めようと飛びかかった。クラウドはそれを両手で受け、がっちりと組んで両者とも動かなくなる。慎重にバランスを取るようなその筋肉の震えを見ると、そのまま力比べになったらしかった。
「あのよう……いったい、なに揉めてたんだ？」ザックスはスタンドを放し、首の後ろをこすった。おれ、なにを誤解してたんだろう。
「水饅頭だ！」セフィロスがクラウドの手を押しこみながら叫んだ。
「未練がましく残しとくほうが悪い！」と、クラウドも押し返す。ソファがぎしりと音を立てた。
「水饅頭って……こないだ、ふたつ通りむこうの未亡人が置いてったあれ？」ザックスは、いまにも折れそうなソファの脚を心配しながら呟いた。
「そうだ！」セフィロスが上へと両手をはじきあげ、よろけたクラウドをびしりと指さす。「俺が最後においしくいただこうと思っていたものを、これが丸飲みしたのだ」
「だって、いかにも食べてくださいって感じで冷蔵庫の真ん中にあったんだぞ？」
「おまえはちゃんと四個食べただろうが！」
もらった饅頭は一ダースだった。ちょうど三等分できたので、おれとクラウドはその日のうちに八つ食べてしまった。セフィロスは一日に一個ずつ消化していたようだが……。「んな、クラウドにそういう取り決めを守らせるほうが難しいだろ。見えないところに隠しとけっての」
突きつけられた指を捻りあげつつ、足でセフィロスの顔をぐりぐりとやりながらクラウドが叫んだ。「なんだよ、ザックスだって狙ってたくせに！」
「まったくだ」と、セフィロスもチョコボ髪を掴みながら唸る。
「いや、おれは……」確かに、冷蔵庫をあけるたび誘惑に駆られたのは認める。だがなんでおまえら、こんな低俗な争いしてなきゃならねえんだ？ おれはときどき情けなくなるぜ。
ソファの上の腕力勝負はとうとう、くんずほぐれつの殴りあいに発展しはじめた。こうなっては仲裁するのも命懸けだ。間違っても普通の人間が手出ししてはならない。確実に天国の門を見ることになるだろう。
そんなことを考えながら飛んでくるスパナだの鋸だの金槌だのを避けていると、玄関のドアが乱暴に叩かれる気配がした。ふたりが暴れる音のほうが大きいので、うっかりすると聞き逃すところだ。
ザックスはふたりを止める前に無意識にドアをあけてしまった。
回転して飛んできた鉈が、訪問者の目の前で戸口の枠に突き立つ。
そこで凍りついていたのはラグナだった。
ザックスは再び襲ってきた半田鏝を空中で軽く受け止めながら、もういっぽうの手をあげた。「よう、どうした？」
「お、おう……」昼の光をきらりと反射させる鉈を見つめながらラグナは口をひらく。「その……取りこみ中か？」
「おい」ザックスは鉈を引っこ抜き、半田鏝といっしょにふたりに向けて投げ返した。「客に怪我させたくなきゃ、いますぐやめろ！」
クラウドとセフィロスがそれぞれ投げ返されたものを受け止め、ぴたりと騒ぎは収まる。
「怪我じゃすまねえんじゃねえか、いまのは……」ラグナがぼんやりと呟く。
「ただの夫婦喧嘩だ。気にすんなよ」
「あれ、ラグナ？」クラウドがセフィロスの下から這い出てきた。
「なにをしに来た」セフィロスも不機嫌に迎え、たがいにこんぐらがった足をほどきはじめる。
「ああ、その……」ラグナは頭をかいた。
ザックスは彼の陰に隠れるようにした少女に気づき、彼女を見おろした。「その子がエルオーネか？」
彼女はおかっぱ頭の十歳にも満たないだろう子どもだった。ラグナの娘にしては育ちすぎ、恋人にしてはひどく若すぎる。せいぜい妹か、近所の子といった間柄だろう。
ただ、この子どものためにエスタに不法入国するぐらいだから、彼にとって大事な人間には違いない。
ラグナも彼女を見おろした。「そうなんだ、それでよう……」
「はっきり言え」セフィロスが苛立たしげに急かした。
まだ不安そうに三人を見比べながら、ラグナはついに言った。「しばらく匿ってくれ」