１
見晴るかす限りの砂漠だった。
空は薄青く、ほとんど白と言ってもいい。風は熱い息吹をまんべんなく大地に与えつづけ、そして目に映るものは砂、砂、砂、砂、そして砂。
「いいっかげんにしろおおお！」ザックスは力いっぱい叫んだ。
「やかましい」セフィロスが隣で腕組みしたまま呟く。
ザックスは口を閉じ――ひらいたままではあっというまに口内が乾いてしまうので――、半眼でクラウドを振り返った。「……おい」
クラウドはこちらに背を向け、膝を抱え、縮こまるように砂の上に坐っていた。「しょうがないだろ。サボテンダーがうんって言わないんだから」
「どうしてだよ」ザックスはがっくり肩を落とす。「砂漠だろ、これ以上ないぐらい乾いてんだぜ？ こんな、だーれもいない、というか、なーんにもない場所、むしろあいつの好みだろうが？」
「でも気に入らないらしいんだ」クラウドは砂の上でぐるぐると指で円を描く。「それなのに、おれたちをここから出さないってことは、この近くで探せってことなのかな」
「てめえの棲み処ぐらい、てめえで探せと言え！」ザックスは足もとの砂を蹴りあげた。抵抗のない軽い砂はザックスの足もとで流れ、彼を転ばせる。「ちくしょう、もう何週間、砂漠をさまよってると思ってるんだ、おれら？」
「六、七週間は軽く越えたな」セフィロスがしみじみと頷く。「三人とも、よく乾き死に(ドライ・アップ)しないものだ」
「わかんねえぞ？」ザックスは砂の上で大の字になったまま、へっと笑った。「一万年後にこのあたり掘ってみたら、チョコボとイカとカエルがいっしょになって石油になってたりしてな」
「トード」セフィロスとクラウドの声がハモった。
ザックスガエルはたちまち干からびていく。
「あっ、しまった」クラウドが慌ててエスナをかけた。
ぐったりしたザックスを抱き起こしながらクラウドはセフィロスを睨みあげる。「こんなところでカエルにしたら、さすがに死んじゃうだろ」
「おまえも唱えただろうに」
「あんたが唱えたからじゃないか」
「俺は、おまえが唱えるから――」
「いっしょに唱えたら、どっちかが無効になるだけで、もとに戻らなくなるだろ」
「だから、おまえがだな……」
「いいかげんにしろ」ザックスはクラウドの首を絞めあげた。「てめえら、おれがいなきゃ、とっくの昔にモンスターの仲間入りだってのに、最近扱いがひどすぎるぞ」
「おまえはまだ、ましなほうだ」セフィロスが真剣に訴えた。
「あんたは好きで貢いでるんだろうが」ザックスはクラウドの首を絞めたまま揺すった。「おれなんか、まじめにこつこつ働いてたってのに、こいつにカエルにされ、スリプルかけられ、大塩湖の件ではぐちぐち文句を言われ……せっかくの店舗は無駄、ガキどもはおれをカエルだと信じて疑ってねえし」
「ふん、メテオを落とされる気分を味わってみたいか？」
「だからさあ、そりゃあんたの自業自得だっての」
「そういうおまえも――」セフィロスはふと眉を寄せた。「ザックス、さすがのそれも瀕死になっているのだが」
クラウドは苦しがって力なく空(くう)をかいていた。「ううう……」
「おお、大変申しわけないな、クラウド」ザックスはまったく抑揚のない口調で呟き、彼を放した。
ぱたり、とクラウドが砂の上にうつ伏せる。
「なにを死んだふりをしている」セフィロスが足もとに横たわるチョコボを見おろした。
「首絞めたぐらいで死ぬわけないだろ、おまえ」ザックスも軽く蹴りを入れてみる。
………。
………。
「やはり、この気候ではクラウドの体力もなくなるか」
「……まじ？」
「まじだったらどうするんだよ？」砂の大地の底から響くような声を出しながらクラウドがむくりと起きあがった。「覚悟はいいか、ザックス？」
「たんま、たんま、たんま！」ザックスは慌ててセフィロスを楯にした。
「サボテンダー、遠慮なく針ン千本あげていい……」そこでクラウドは怪訝に眉をひそめ、きょろりとあたりを見まわす。「あれ？」
ザックスはセフィロスの陰から顔を出した。「いなくなったのか？」
「いや……いるんだけど」クラウドはまたぐるりと上空を見まわしてから、やがて南のほうへ目を向ける。「どこ行くんだよ？」
ザックスにはよく見えないエネルギーのかたまりを追っているらしいクラウドは、ずかずかと砂を蹴散らかして進んでいった。
「おおい、そうやって追っかけてまわるから、いつまで経っても砂の上をうろつく破目になるんだろうが」ザックスは叫んだ。
だがクラウドは聞いていなかった。どんどん進んで、しかし海の見える位置まで出たものだ。
「おお、やっと砂漠から出られる！」ザックスは喜んだ。
そこは小高い砂丘になっていて、見おろせばきらきら光る波頭。海靄の広がるむこうにはぼんやりと小さな島の影も見える。あの島がどこかはともかく、この炎熱砂漠から解放されて、冷たい水と爽やかなそよ風が恋しいザックスだった。
ところがクラウドは、斜面の途中でぴょこんとしゃがみこんだのだ。
そしてそこの砂溜まり――いや、全部砂なんだけどよ――をじっと見つめ、おもむろに両手で地面をかきはじめる。
ザックスはその作業をしばらく見つめていた。「……もしかして、ここ掘れチョコボ？」
「セフィロス、ザックスの口を塞いでくれる」クラウドが事務的に言う。
しゃきん、とセフィロスの手に正宗が握られた。「喜んで」
「待て待て待て」白羽取りしながらザックスは喚いた。「てめえ、クラウドに使われてんじゃねえよ！」
「くっくっく、こうしてめでたくお許しが出たのだ。年貢の納め時だな、ザックス」ずずいと体重をかけてくるセフィロス。
「あんた、さりげなく日射病になってるんじゃねえか？」ザックスは必死になってぎらぎら光る刃を抑えていた。ひたいに赤いすじが走るのも、あとほんのわずか。
「だからなんだ」セフィロスはどこかすっ飛んだ目をして、さらに一歩を踏み出そうとした。
「サボテンダーだ」クラウドが呟いた。
脈絡がなくなって、ふたりは同時に力を抜き、しゃがみこんだ少年の背中を見つめた。
クラウドは砂の中から緑色の物体を抱きあげる。「モンスターのサボテンダーだよ。懐かしいなあ」
それは九十度の角度で曲がった手足のついた小さなサボテンだった。クラウドの手にぶらさがってぐったりしているそれは、どうやら乾き死に(ドライ・アップ)しかけているようにも見える。
「どうかしたん、そいつ？」ザックスは出血するそばから乾いていく手のひらを振りながら眉を寄せた。
「迷子ではないのか？」正宗を収めながらセフィロスが至極まじめに言った。