１
またセフィロスがチョコボから振り落とされた。
白い雪をかぶった森のなか、樹間をくぐってチョコボの鳴き声が訴えてくる。なにを訴えているかなどザックスにはわからない。たぶん、「このイカ、なんとかしてくれ」とでも？
クラウドが白い溜息をつき、自分のチョコボを止めて振り返った。「何度め？」
「やかましい」無理やりチョコボの黄色い羽毛で包まれた首を押さえつけながら、セフィロスは疲れた声で応える。
「せっかくクラウドが捕まえてくれたチョコボなのにな」ザックスはこれ見よがしにチョコボを操り、彼らのまわりをきれいに円を描いて歩いた。「見ろよ、おれなんか、こんなに仲よくなっちまって」
と、セフィロスが彼の髪を掴んで引きずりおろそうとする。
「いててて」ザックスは叫んだ。「なにしやがる、放せ」
「おまえを強制的におろしてやろうと思ってな」
「そんな必要ねえだろ」
しかしザックスは、ついに柔らかい雪の地面に引きずりおろされた。手綱を絞られて苦しくなったチョコボがばたばたと暴れまわる。
そんでもって、セフィロスがそれからもしつこく首を絞めあげてきたりするからエスカレートしちまうんだ。ザックスはお返しにひっかいてやったが、あまり効果はなかったらしい。ちくしょうめ、チョコボに馬鹿にされつづけて、こいつ、いいかげんストレスが溜まってるな。クラウドの目の前でこの鳥をいじめるわけにもいかねえもんだから、代わりにおれで鬱憤を晴らすつもりかよ。
「……ほんとに仲いいよな」
空虚に響いてきたそれはクラウドの声だった。ふたりはぴたりと動きを止め、彼を振り返る。
「は？」
「なんだと？」
クラウドは彼らからチョコボの手綱を取りあげ、雪道を再び歩き出した。「ふたりとも仲がいいって言ったんだ」
「おまえとも仲いいだろ」ザックスはチョコボに追いつきながら急いで叫んだ。
「俺は、おまえと仲よくしたいのだ」セフィロスも並ぶ。「もちろん鍵のかかる部屋でな」
「よい子は外で遊べっての！」ザックスはセフィロスの顎に肘鉄を食らわせた。
「だからさ」クラウドの声がまた掴みあおうとしたふたりの動作を止める。「あんたたちがそんなふうに仲いいから、恋人のひとりもできないんじゃないか」
セフィロスがよろけた姿勢で動きを止め、ザックスは顔をしかめた。「いったい、なんの話だよ？」
「つまり……そうだよ、うん」とクラウドは、ひとり納得したように頷く。「あんたたち、嫁さんをもらえばいいんだ」
また突然、なにか妙なことを思いついたな。ザックスは慎重に少年の様子を窺った。
「おまえがなってくれるのか？」セフィロスがずいと迫る。
「おれがなれるわけないだろ。お嫁さんは女の子の特権なんだ」クラウドがきっぱり言った。「嫁さんっていいぞ。メシ作ってくれるし」
おまえ、その言いかただと、メシさえ作ってくれればアダマンタイマイでもOKって感じだぞ。
「確かにティファは料理上手だったかもしれねえけどよ。全員が全員、うまいメシを作れるとは限らねえだろ」ザックスは首を傾げた。「とにかく、なんだってそんなふざけた話になってるんだよ？」
「おれ、ふざけてないよ。まじめに提案してるんだ」
「だから、おまえがだな……」セフィロスがチョコボに突つかれながらも、じりじりとクラウドに接近していく。
クラウドはそのセフィロスの脳天に思いきり肘鉄を落とした。チョコボに乗っているせいで普段の身長差が逆転しているのを最大限に活用しているらしい。「ようするに、独身生活何千年なんて長すぎると思うんだ。ここらで落ち着いてみたらどう？」
「けっ」ザックスは横へ向かって悪態をついた。「自分が経験者だと思って、ここぞとばかりに説教しやがって。おれらが独身生活長い寂しい男だってんなら、おまえだって寡生活何千年の――」
「うるさいな。経験もないやつに言われたくないね」
「んだと、おれは経験ぐらい、いつだってできる！」ザックスは憤然となって拳を握った。「おれのプロポーズを受けて断わらない女の子はいないぜ！」
「よし」クラウドが頷いた。ザックスがしまったと凍りつくまもなく、くるりと反対側へ目を向ける。「あとはセフィロスだな」
「結婚してくれ」セフィロスはクラウドの手を両手で握りしめた。
「プロポーズの練習はチョコボとやってよ」クラウドは上から彼の顔を踏みつけた。「おれはまじめに言ってるんだ」
「俺もまじめなのだが」靴の下でセフィロスが呟く。
「じゃあ、目が悪いんだな。おれが女の子に見えるんじゃ、末期的だ」
「本気で言ってるのか、おまえ？」ザックスは懐疑的に眉をひそめた。鈍感とはクラウドについての定説だが、どうも半分は、わざととぼけているのではないかと疑われるふしはある。だいたい、最近になって顕著になってきたセフィロスの迫りまくりにも、普通、全然気がつかねえはずねえだろ……いや、でも、こいつのことだからなあ。
「おれはいつだって、まじめに生きてるじゃないか」クラウドは言ってから、軽く吐息をついた。「そうだな、セフィロスの場合、普通にお見合いしてもうまくいきそうにないし」
「なんだそれは」セフィロスが秀麗な眉をわずかに寄せた。
「こう、なんか、ドラマチックな展開が必要だよな」
「どらまちっく？」
「モンスターに襲われて命が危ないところを助けられるとか」
セフィロスが少し考えこんだ。クラウドがモンスターに襲われて助けを求めているところを想像してでもいるのだろうが、現実問題、その逆しか見たことねえもんな、おれら。
「とにかく、腕っぷしだけはあるんだから」クラウドはひとり続けていた。「そのあたり恰好つけて登場してさ、相手のひと目惚れ狙わないと」
ザックスもセフィロスも目を丸くして彼を見あげていた。
「おまえにしちゃあ、ずいぶんまともな意見だな」ザックスは思わず呟いた。そんな世俗的なシチュエーションを想像できる感性が、こいつにあったのか。
セフィロスはまったく違うところでショックを受けているらしい。「ひと目惚れでないと相思相愛は無理なのか、俺は？」
「そりゃね」クラウドは頷いた。「一見、白髪(しらが)のようなその長ったらしい髪とずるずるした黒い服の好みからして、特にさっぱり清潔好きな女の子には敬遠されるに決まってるよ。あんたの場合、性格も変だしな」
セフィロスはますますショックを受け、絶句していた。おそらく白髪(しらが)と性格が変というあたりだろう。
クラウドはまったく頓着せずに続けていた。「だから、そういう細かいことに気づかれないうちに結婚式まで漕ぎつけないと、あんた一生、嫁さんなんてもらえないんじゃないか？」
「結婚詐欺を奨励してどうする」ザックスは呆れて首を振った。
クラウドは心外だというように眉を寄せる。「本当に結婚するなら詐欺にはならないだろ」
「待て、勝手に話を進めるな！」セフィロスがいささか大きな声で叫んだ。「クラウド、おまえが俺のことを心配して言ってくれるのはありがたい、というよりも大きなお世話なのだが、俺には心に決めた者がいるのだ！」
クラウドは驚いたらしい。「いつのまに？」と、声が裏返ったものだ。
セフィロスはふと寂しげに微笑んだ。「あれは忘れもしない、神羅時代――」
「そんな昔から想ってる人があるんじゃ、無理強いできないな」クラウドはすぐさまセフィロスの主張を遮った。「死んじゃった人を忘れるのって難しいもん。でもさ、新しい恋を始めるのもいいもんだよ。機会があったらやってみないと」
「いや、まだ目の前にちゃんと存在しているのだが」セフィロスはもごもごと口の中で呟く。「そもそもおまえ、その恋という意味を理解しているのか？」
「ザックスも気に入った子がいたら教えてくれ」クラウドは相変わらずセフィロスの言うことなどまったく聞いておらず、チョコボの上からザックスの肩をぽんぽんと叩いてくる。「ああ、あんたは女の子なら誰でもいいだろうけど、とにかく、相手が決まったらモンスターけしかけてあげる。だから、ちゃんと助けてうまく教会に連れていくんだ」
「なあ、おれにもそのシチュエーションが必要なのかよ？」ザックスは苦笑した。
「あれ？」クラウドは少し頭の中を整理したらしい。「ああごめん、セフィロスと間違えてた」
悲鳴が聞こえたのはそのときだった。
三人は雪と森の奥へと視線を向ける。
彼らはしばらく無言でいた。ザックスはクラウドを見る。クラウドはセフィロスを見た。セフィロスはクラウドに背を向け、チョコボに話しかけて逃げようとしている。
「女の子の声みたいだったけど」クラウドがぽつりと呟いた。
「だからなんだ」セフィロスはなおもチョコボに話しかける。
「行けって言ってるんだよ！」クラウドはチョコボにセフィロスを蹴り飛ばさせた。