１
瞬くように光る波頭、空にはくっきりと白い雲、ゆらりゆらりと揺れる水面のその下を覗きこめば、青いお魚さんたちが大群なして横切っていく。
ザックスは鼻歌まじりに帆を操り、気持ちのいい風を受けてヨットを走らせていた。
帆を固定してロープを留め、彼は甲板を横切る。
そして陸揚げされたマグロよろしく転がっていたクラウドを、うっかり踏みつけてしまった。「あ、すまん」
「すまんじゃない……」息も絶え絶え、チョコボは瀕死状態だ。「いまは反撃する元気ないけど、憶えてろよ」
「おまえ、相変わらず乗りものに弱かったんだなあ」
「大きな船なら、だいぶ平気になったんだ……」クラウドはごろりと転がって仰向けになりながら呟いた。「まさか、こんな小さなヨットで大洋に乗り出すとは思わなかったし」
「小さいったって、ヨットにしちゃあ豪華なんだぜ、これ」ザックスは両手を広げ、立派な船体を示してみせる。「なんたって、ラグナからもらってる金、ほとんどつぎこんで買ったんだもんよ。食糧と水さえあれば、普通の人間だって何週間もここで暮らせるって」
「何週間も、おれ、冷凍マグロになってなきゃならないの？」
うんざりとクラウドが呟いたとき、新たなでかい足が彼の腹にのしかかった。
セフィロスはちらりと視線を下におろす。「そんなところで寝ているとは知らなかったな。どうかしたか？」
「ちくしょう……」クラウドはずるずると這って海のほうへと身を乗り出し、乗船前に食べたスモークサーモンを吐き出しはじめる。
ザックスは銀髪の英雄に横目をやった。「あんた、クラウドが弱ってるときに限って、いじめ抜くよな」
「ふん、普段、ぼこぼこ殴られているのだ。このくらいのお返しは当然だろう」
「まったく、あとで五倍になって返されるってのに、懲りないやつだ」
「十三倍にしてやる」咳きこみながらクラウドが呟いた。
「それでは計算しにくいのではないか？」セフィロスがふふんと鼻で笑った。「両手指以上の数字となると、かぞえられなくなるだろう、おまえ？」
どれほど言葉でからかっても暴力が来ないとわかっているからか、ここぞとばかりに、ぐりぐりとチョコボ頭をいじめている英雄だ。ぶち切れてホーリーくれてやっても、おれは構わんけど、クラウドよ、ヨットだけは壊さないでほしい。
クラウドには悪いが、おれはこういうセーリングが好きだ。なにもない海の真ん中、風任せ、波任せで揺られていると、細かいことなんかどうでもいいって気持ちになれるんだよな。
ここまで来るとうるさいカモメの声もないし、主要航路からも外れているから滅多にほかの船にも遭わない。まあときどき、鮫が泳いでっけどな。クラウド連れてりゃモンスターも来ないし（遊びたがりのは別だが）、魚料理は新鮮だし、万が一凪いでどうしようもならなくなれば適当にエアロぶちかませばいいしよ。うーん、最高。
あとは、もう少し相棒たちがおとなしくしててくれりゃなあ。
「馬鹿野郎！」
ばき。
どぼーん。
……やれやれ。考えてるそばからこれだ。
ザックスは甲板越しに、走るヨットの後方、白く泡立っている航跡へと目を走らせた。案の定、銀髪の英雄は波に弄ばれている。
「どうでもいいけど、嵐の日にやるなよ、クラウド。さすがに可哀相だ」ザックスは呟いた。
「嵐なんか考えたくもないよ……」力を使い切ったのか、まともに応える気力もなく、ぐったり手すりを抱きしめているチョコボ。
ザックスは身を乗り出し、叫んだ。「おおい、止めたくねえんだから自力で追いついてこいよ」
なにやら罵声が飛んできたようだが、エンジンと波の音でよく聞き取れなかった。まあいい、あいつのことだから、そのうちテーマソングとともにででも現われるだろう。
「ザックス」クラウドがよろよろと彼にしがみついてきた。「一生のお願いだ。上陸してくれ」
「おまえの一生ってえと、長いぜ？ 相当な貸しになるけど」
「分割払いにしろ」
「ちょっと待て、利子計算すっからよ」
「上陸しろって言ってるのに！」
「わかった、わかった」泣きながらザックスの肩と腕をかためてくるので、彼はしぶしぶ承知した。「でもよ、この近くにはそうそう――」
「あそこ！」
クラウドが指さすほうを見れば小ぢんまりとした島がある。からっと晴れた青空に、それは黒々と不気味な雰囲気を漂わせていた。どう見たって、いいものなんかありそうにない。
「あそこ？」ザックスは苦笑した。
「いいから、とにかく船から降ろしてくれよ……うっぷ」