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「だからさ、無理だって言ってるんだ」ザックスはヴィンセントに諭しつづけていた。「見ろよ、なんもかも歪んで、溶けて、さわれやしねえだろ」
名もなき王の墓の陰気な石壁、粉々になった石棺、それの載った台座、すべてが質量を失い、溶けるように透き通って歪曲している。
それは時間圧縮による効果だった。数百年もの時間を一点に凝縮した結果、その時間のあいだに生まれ消えていくものはすべて、この幻の中に閉じこめられてしまったのだ。
「それなら、なぜ私たちは平気なのだ」ヴィンセントが眉を寄せた。「無理というはずはないだろう。こうしてちゃんと喋っていられるし、たがいに触れあうこともできる」
つつつ、と不気味に撫でられ、ザックスは鳥肌を立てる。「やーめーろー！」
セフィロスを背中にくっつけ、まるで背負ったような恰好のままクラウドが舌打ちした。「これじゃ、なんにも食べられないじゃないか」
「おまえの心配はそれだけか」クラウドをしっかり抱きしめたままセフィロスが呆れたように呟く。彼は時間圧縮が始まってからこちら、クラウドが消滅してしまうかもしれんと片時も放していない。
「食うのは生きるための基本だろ」
「だからよう」ザックスはとりあえず彼らのことは無視して、まじめに疑問に取り組むことにした。「おれたちはそれこそ長生きだからよ。数百年なんて単位じゃ消滅しきれねえみてえだよな。だから、この時間圧縮にもはじかれたんだと思うぜ」
「そんなことはどうでもいい。私はおまえたちに、家を修繕しろと言っているのだ」ヴィンセントがさらに悪魔の波動を放ちながらザックスに迫ってくる。「さっさとやらんか」
「だから、なんにもさわれねえんだから修繕なんかできるわけないだろ」
「ヴィンセント、なんか食うもの作ってくれよ」クラウドが石棺の中から鍋を取り出した。
「見ろ、やればできそうではないか」
「クラウド！」ザックスは泣きそうになって叫んだ。「おまえはそういう、でたらめなことをするんじゃねええ！」
「エルオーネを訓練してるうちに、ちょっとしたものぐらいなら引き寄せられるようになったんだ」クラウドは上機嫌に呟き、鍋を持ったまま、ほかにもなにかないかと崩れた石棺の中をかきまわしはじめる。「材料が必要なら、なんとかするからさ。でも、おれの手から離れたら消えちゃうかもな。あ、そうすると腹にも溜まらないか」
「そうか。せっかく作ってもらっても、すぐ幻になるのでは困るな」ヴィンセントは溜息をついた。「まあいい、ツケにしておいてやる」
こいつら、どうしてこう支離滅裂な現象についていけるんだ？ ザックスは頭を抱え、しゃがみこんだ。
「あ、ほらほら、いたやんかー」
聞き覚えのある声がして、彼らは同時に振り返った。
ほとんど透き通りかけている壁のむこうを、三人の人影が見え隠れし、庭も濠も、そしてやはり壁もぶち抜いて駆けてくる。
「ヴィンさーん！」と、手を振ったのはセルフィだ。
ザックスはしゃがんだまま彼らを見あげた。「なんで動けるんだよ、おまえら？ うちのちびだって、いったん放したら時間の中に紛れこんじまったっていうのに」
部屋の片隅に目をやれば、ミニドラゴンは小さな銅像のように羽を広げてじっと立っていた。しょうがねえよな。時間がもとに戻ったら迎えに来てやるからよ。
「それはこっちの言うことです」キスティスが溜息まじりに彼を見おろしてきた。「ルナティックパンドラにいたわけでもないのに、どうしてあなたがた、無事なんですか」
「なあなあ」ゼルが足踏みした。「こんなところでなにやってるわけ、あんたら？」
「リフォームの見積もりをしていたのだ」ヴィンセントが応えた。「それで、なんの用だ？」
「あたしたちい、迷子なの」セルフィが気楽そうに言う。
「迷子？」ザックスは彼らを見まわした。
キスティスが再び溜息をつく。「時間の壁を越えたところにアルティミシアの城があったんですが、そこに向かっている途中でゲートに吸いこまれまして……」
「強制的に外にほっぽり出されちまったわけね」ザックスは頷き、のろのろと立ちあがった。「こういう状態で金取るわけにもいかねえしな。アフターサービスにしといてやるよ」そして彼は仲間たちを振り返る。「おおい、アルティミシア城とやらを探すぞ」
そのときにはクラウドがセフィロスの頭を鍋で殴っていた。「しつこいよ、あんた」
ものすごく気持ちのいい音が響いたので、セルフィが声をあげて喜んだ。「いいな、それちょうだい！」
「こんな食欲魔神の鍋でいいのか？」と、クラウドはそれを彼女に手渡した。
「ごちゃごちゃと余計な話すんな！」ザックスは叫んだ。
「大勢でぞろぞろと大陸を歩きまわるのも鬱陶しい」セフィロスがたんこぶをひと撫でして治しながら呟いた。
「だったら、どうゲートポイントを探すんだよ？」
セフィロスはちらりとキスティスを見、さらにクラウドを振り返った。「バハムートを持っているぞ、この女」
「ほんとか？」
無造作に近づいてくるクラウドに、キスティスは傍目にもわかるほど怯えてあとずさった。「ななな、なんですか？」
クラウドは彼女の両肩をがしりと掴まえ、にこりと微笑んだ。これはおねだりの笑みではなく、彼女をそれ以上怯えさせまいとしたのだろうが、たぶん逆効果だとザックスは考える。
「ちょっと借りるな」彼は囁いた。「バハムート！」
キスティスは悲鳴を押し殺し、同時に巨大な竜王がその場で羽ばたく。「なな……なんで……」
硬直した彼女を支えながらゼルが同情した。「気持ちはわかるぜ、先生。おれもやられた」
「無断借用でないのは感心なことだが」ヴィンセントが眉を寄せる。「その娘、気絶していないか？」
確かに、キスティスはその場で意識を失っていた。