１
バラムガーデンはアルクラド平野に戻っていた。
サイファーは忌々しげになめらかな壁と円形の校舎を持つ巨大な建物を見あげる。以前は魔女の騎士として、ガルバディアガーデンでこの巨大な校舎を見おろしていたものだった。
俺はここが大嫌いだった。
物心ついたときからここに閉じこめられて、好きでもない勉強だの訓練だのと強制させられてきたのだ。
ずっと命令してくる教師が嫌いだった。それになんの疑問も持たずに従っている生徒も嫌いだった。
俺は一人前だと、ずっと主張してきたのだ。
誰になにを指図されなくても、なんだってできる。どれほど惨めな境遇であっても、俺は走れるし、戦えるし、生きていくことができると思っていた。
いまでもそうだ。
けれどガルバディアの査問会では、まわりの連中はすべて俺を子ども扱いしやがった。未成年だというだけで、イデアとシドの監督下に戻されるなんて不条理というものだろう。
俺の意志なんか、てんで無視じゃないか。
ちくしょうめ。
アルティミシアに従っていろいろやったことは認める。もしかしたら洗脳されたのかもしれない。
それでも俺は、自分の意志だと信じていたんだ。こんなちゃちな学校では経験させてもらえなかったことを、実行する機会を彼女が与えてくれたのだと、俺はとても嬉しかったんだ。
……ちょっと待て。
与えてくれた？ させてもらえなかった？
ちくしょう、俺は子どもじゃねえ。
「サイファー」風神が後ろから声をかけてきた。「中入校是？」
「仕方ねえだろ」サイファーはちらりと先を行くイデアの黒いドレス姿を睨みつけた。「仕方ねえんだよ。逃げても、まま先生が困るだけだからな」
「サイファー、大人だもんよ」雷神が嬉しそうに言った。「我慢できるの、えらいもんよ」
「うるせえ」
彼はバラムガーデンのゲートをくぐった。
ゲートを抜け、正面ロビーを歩いていきながらサイファーは何度も舌打ちをこらえた。
校庭でも校舎内でも相変わらずごちゃごちゃと生徒がうろつきまわり、やかましくおしゃべりしている。叱りつける教師の声、馬鹿笑いする女子のきんきん声、なにが面白いのか年少組のばたばた走りまわる音。
ああ、いらつく。
エレベーターの前でイデアがくるりと振り返った。「今日はもう、疲れているでしょう。再編入手続きやコース選択の説明などは明日にします。とりあえず寮だけはもとのままにしてありますから、そちらへ行って休んでおきなさい」
「ふん、おれの部屋なんか、とっくになくなったと思ってましたよ」
「あらあら、友達がいのない子ね。セルフィがネットワークや集会をひらいて、あなたの弁護に立ってくれてたんですよ」イデアは曲者の笑顔を向けてくる。アルティミシアより逆らいがたいように思えるのは、きっと気のせいじゃねえんだろうな。「あなたの部屋はちゃんと、もとのままですとも。ああ」と彼女はそこで、なにか思い出したようにちらりと寮のあるほうへ目を向けた。「そういえば、ちょっと余分なものが置いてあるかもしれませんけど、扱いには気をつけてくださいね」
「は？」
イデアはさっさときびすを返し、エレベーターに乗って学園長室へとあがっていってしまった。
仕方なく彼らは学生寮へと足を向ける。
あの寮も嫌いなんだよな。だが、ひとりになれるだけましか。
候補生のうちは相部屋にいなければならないのだが、サイファーは新しい寮生が入るたびに、いじめ抜いて追い出していた。実質上、個室と言ってもいい。ふん、誰も俺に関わるんじゃねえってんだ。
しかし生徒たちはサイファーのことを知っている。遠巻きに眺めて、目が合った途端に逃げていくのなら神経に障ることもないのだが、すれ違いざま、ちょっとびっくりしたような顔をしながら、なれなれしく挨拶してくるやつもいる。魔女の騎士には逆らわず、おべっか使えってか？ ガルバディアの兵士たちもみな、そろってへらへら追従するタイプだったよな。そういうのがいちばん、むかつくんだよ、ちくしょうめ。
「サイファーじゃねえか、戻ってきたんだな」ゼルがＴボードを走らせながら手を振ってきた。「おまえ、留年決定だってよ。来期から、おれらと同じ学年だぜ、よろしくな！」
サイファーはじろりと彼を睨みつけた。しかしゼルはボードに乗ったまま、すいっと通りすぎていってしまう。
「ちっ、余計なお世話だ」
「ゼル！」シュウが駆けてきてサイファーなど無視していった。「ボードはだめだって言ったでしょ！ 没収！」
「逃げるが勝ち！」ゼルはスピードをあげ、ホールをぶっちぎって校庭のほうへと飛び出していった。
「……楽しそうだもんよ」雷神がぽつりと呟く。
「黙」風神が蹴りを入れた。
寮の入口では、また会いたくもないのにキスティスに出会ってしまう。彼女は教育実習生用のテキストを手に、なにやら小動物を足もとに連れていた。
「あら、戻ってきたのね。じゃあ、査問会は終わったのかな」彼女はゼル同様、彼の存在などあたりまえのように受け止め、軽く挨拶していこうとする。
「先生」サイファーは彼女を呼び止めた。
「わたしもう、先生じゃないの」キスティスは微笑んだ。「でも、今度は正式に数学教師の資格を取ろうと思ってるのよ」
「どうでもいいんだ、そんなことは」彼は彼女の足もとに隠れているペットを指し示した。「あんたみたいな優等生が学校に犬を連れこんでいいのか？」
「ああ、ちびちゃんのこと？」彼女は屈みこんでそれを抱きあげた。「この子は犬じゃないわ。ルブルムドラゴンなの」
ミニドラゴンはサイファーの目の前に掲げられると、初めましてとでも言うように炎を吹きかけてきた。
サイファーは短く悲鳴をあげ、数歩あとずさってしゃがみこむ。
「ちびちゃん、火を吐いちゃだめだって言ったでしょ」
ミニドラゴンは不服そうに唸る。
キスティスは溜息を落とし、ドラゴンを床におろした。「躾けはやっぱり、クラウドじゃなきゃだめなのかしら。この挨拶だけはやめさせないと危ないわ」
ぶつぶつと、なおもドラゴンに注意を与えながら彼女は行ってしまった。
「ちくしょう」サイファーは身を起こしながら毒づく。「俺のいないあいだに、この学校は乱れ切っちまったらしいな。いったい、いまの風紀委員は誰がやってるんだ」
「おれ、知らないもんよ」
「不可解」
「もう、いい」彼は大股に自分の部屋へと向かった。